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ガラクタ倉庫のランプの精は、ランプの中へ戻れない  作者: 碧衣 奈美
第二章 魔性の魔力

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ハズィランの真意

 自分がケガをさせた人間がそれぞれどういう状況だったか、ハズィランも知りようがない。

 しかし、中にはトイフェールの祖父と似たような後遺症が残った人間も、少なからずいただろう。

 ハズィランが自分の魔力をおもちゃにして人間社会に災いを起こした時、死人は出なかった。だが、死んだ方がマシ、と思えるような傷を受けた人間がいたかも知れない。

 今となっては確かめようもないし、償いようもないが……。

「その時、トイフェールは魔法使いになる決心をしたそうだ。彼の中では、祖父に怪我を負わせた魔性も、彼とは全く関係ない魔性も一括(ひとくく)りなのだろう。ここへ来るまでに何度か魔物退治をしたそうだが、同行した魔法使いの話では魔物に対して本当に容赦なかったそうだ。まさに完膚無きまで、といった状況だったらしい」

 普段は明るく、気さくな青年なのだが、その時は本当に人が変わったように魔物を追い詰めていたと聞く。その魔物は人間に害をなすので退治されたのだが、それでもその魔物が少し気の毒に思えた、とまで同行した魔法使いは話していた。

「だから、ハズに対してあんなに突っかかってたのね」

 トイフェールにすれば、同僚に憎き魔性がいる、というのはがまんならない状態なのだ。よりによって、同じ職場で働くなんて、ありえない、と。

 さっきの話も、ハズィランがしたことだから突っかかった。その対象がルルナであろうとなかろうと、彼にとっては関係ない。あの補習をしたのが別の魔法使いであれば、きっと何も言わなかったはず。

「トイフェールがこの学校へ来たのは、彼の師匠にあたる魔法使いが心配したからだ。彼の魔性に対する極端な偏見が、後々彼の視野を狭めないか、とな。その魔法使いとは私も懇意(こんい)にしている。彼はハズィランのことを聞いて、トイフェールが近くですごせば少しは頭が柔らかくなるのではないか、と考えたのだが……事情が事情なだけに、そう簡単に意見が変わるとはいかないようだ」

 人に教えることで自分の足りない部分に気付くこともあり、色々な経験を積むことは大切だ。

 その師匠はトイフェールにそう言って、この魔法学校へ行くことを勧めたらしい。ギルデントが師匠の友人であり、素晴らしい魔法使いだということも聞いていたので、トイフェールは喜んでやって来た。

 だが、彼はハズィランのことを聞いていなかったのだ。


 学校に魔性がいる、なんてことは。


 一人前の魔法使いであれば、説明されなくても人間であるかどうかくらい、すぐにわかる。

 ギルデント校長や他の教師である魔法使い達の手前、おとなしくしていたトイフェールだが、もしかすれば「騙された」などと思っているかも知れない。彼が魔性を嫌っていることも、嫌っている理由も師匠は知っているのに、こんな所へ送り込んだのだから。

「ねぇ、校長先生。そのうちトイフェール先生が、ハズを退治に来たりしないかしら。昼間は周りの目があるから、夜にこっそりと……。朝起きたら、ハズがどこにもいなくなってたりして」

 話を聞いていると、それくらいのことはやりそうに思えてきた。

「馬鹿。頭のいい魔法使いなら、逆にそんなことはしねぇよ」

「あら、ずいぶん自信ありげに言うのね」

 ココナが意外そうに言う。

 さっき、あれだけ敵意をむき出しにされていた相手なのに、かばうような発言をハズィランがするなんて思わなかった。

「手荒なことをする気はないが、攻撃されれば俺も無抵抗でいる気はない。俺があいつにやられる状況ってのは考えにくいし、向こうだって無謀なことをする程に馬鹿じゃないだろう。それに、もし俺があいつにやられたとしても、その時は逆にあいつの立場が悪くなるだけだ」

「どうして?」

 ルルナが不思議そうに聞き返す。

「あいつがどれだけ嫌がろうと、今の俺はあいつの同僚だからな。たとえ一ヶ月足らずであっても、あいつより先にこの学校にいたって点では、俺の方が先輩だ。個人的感情で俺を消せば、トイフェールは同僚殺し、なんて呼ばれることになりかねない」

 魔法使いが魔性を消しても、罪には問われない。仮にトイフェールがハズィランを殺しても、役人に捕まることはないのだ。

 しかし、今のハズィランはこの学校で教職に()いている。正当な理由もなく彼を殺せば、トイフェールは「行き過ぎだ」と避難を浴びるだろう。

 それが尾を引けば、彼がこの先魔法使いとして活動しようとしても「性格が過激である」などと言われ、活動範囲が狭くなってしまう可能性も出る。まだ若いトイフェールにそういう批評が出ることは、大きな障害だ。

 そういったことを考えれば、ハズィランがこの学校にいる限り、おかしなことはできない。出せば、憎い魔性のせいで自分の首を絞めることになる。

「もし裏から手を回そうとしても、ハズィランに何かあればトイフェール先生が疑われるものね。そう考えると、逆にハズィランは絶対に安全ってことになるわ。よかったわね、ルルナ。心配することないわよ」

「べ、別に心配してないもん。ハズなら殺されたって、そう簡単に死なないだろうし」

「何だよ、それ」

 横では、ギルデント校長が笑いながら彼らの会話を聞いていた。

「仲よくしろ、とは言わんよ、ハズィラン。トイフェールの方が避けるだろうし、余計ないざこざを起こすこともない。時間が経てば、何か変わるかも知れないが……。ルルナとココナは、仲がいいハズィランのことを悪く言われて気分を害しただろうが、トイフェールの事情も少し汲んでやってくれないか。私も少しずつ彼を(さと)すつもりでいるから」

「はーい……」

 不承不承ではあるが、ギルデント校長に言われてルルナもうなずいた。

「ねぇ、ルルナが同じような補習の約束をしてるってトイフェール先生が聞いたら、また問題が起きないかしら」

「おや。ルルナ、再挑戦をするのか。確か満点を取ったら、補習はなしなんだろう? ルルナが満点を取りさえすれば、問題にもなるまい」

「そ、そうですよねー……」

 校長の言葉に、ルルナは引きつりながら笑った。今の件で補習をかけた課題がうやむやにならないかなー、などとひそかに期待していたのだが、まさか校長先生から激励を受けてしまうとは思わなかった。

「もし駄目だったら? 同じ議論をするなんて、もうごめんだぜ」

「彼も蒸し返すことはしないと思うがね。そこまで執拗ではなかろう」

 そうだろうか、とは思ったが、ハズィランは何も言わなかった。

「ところで……お前ら、今は何の時間だ?」

「え?」

 ハズィランに言われ、ルルナとココナが互いの顔を見る。

「何の授業を受ける時間だってことだ。今は休憩時間じゃないぞ」

「え……あ、だってぇ……」

 もう授業時間は半分近く過ぎている。だが、授業よりこっちの問題の方がずっと重要だったのだから、仕方がない。

 ……ということを、他の先生はどこまでわかってくれるだろうか。

 先生がふたりもいる前で、しかも校長先生がいる前で「もう出る気がなくなったから、この授業はさぼっちゃえ」なんて言えない。

「教室はどこかね? 私が口添えしよう」

 ギルデント校長の言葉に、ルルナとココナは安堵のため息をついた。これで大幅減点はされずに済むだろう。

 仲裁役としてギルデント校長を連れて来たココナだが、人選は最高だったようだ。

「それをえこひいきって言うんじゃないのか?」

「ハズが蒸し返してどうするのよっ」

 ルルナがハズィランを追い掛けようとし、ココナが走り出そうとしたルルナの襟首を慌てて掴まえた。

☆☆☆

 ルルナとココナをしかるべき教室まで送り届け、ギルデントは校舎を出た。

 校長室へ戻ろうと歩き出した時、校舎の脇にのびのびと育ちすぎた木の影に立っているハズィランに気付く。

 何やら考え込んだような表情を見て取ったギルデントは、そちらへ足を進めた。

「トイフェールのことが気になるのかね?」

 太い木に背をあずけ、腕を組んで考え込んでいたハズィランは、その声に顔を上げた。

「彼のような人間がいることは、きみもよく知っていると思っていたがね」

「ああ、今更珍しくもないさ」

 魔性というだけで、憎しみを込めた目を向ける人間はどこにでもいる。

 ハズィランは組んでいた腕をほどいた。

「ただ……あいつの言ってることは、当たってる気がしてきた」

「うん?」

「俺がルルナをえこひいきしてるって奴だ」

「そうなのかね? きみが実技を受け持ってくれているクラスは、どこも全体的に成績が上がってきている。ルルナだけが特別伸びたとは、私は思わないが……」

 ルルナの成績が上がってきているのは、ギルデントも知っている。だが、他の生徒達も同じように上がっているのだ。中には、補習もしていないのにルルナより格段にアップした生徒もいる。

 試験の点数だけを重視するつもりはないが、魔法使いとして技術力が高くなることは歓迎されることだ。ギルデントとしては、この結果にとても満足していた。

「ああ。最初に見た時と比べて、かなり上達したと思える奴は何人もいる。それはいいんだ。俺にとっては……言い方は悪いが、どうでもいい。俺はとにかく、ルルナに一通りの魔法を普通に使えるようになってほしい。本気でそう思ってる」

「ルルナに? ……ルルナだけ?」

 ギルデントの問いに、ハズィランはうなずいた。

「満点取れなかったらってのも、俺自身が意識してなくても、これくらいはできてくれっていう気持ちから出たんだと思う。あいつは単純だから、すぐにのってくると見越して」

 言った時も、補習が終わってからも、ハズィランは何も気にしていなかった。

 それが、トイフェールにえこひいきだと言われ、ふと自覚したのだ。

 そうかも知れない、と。

「ルルナとの関わりを思えば、わからないこともないが……なぜルルナだけなのかね? きみやランプには、ココナも同じように関わっているのに」

「ココナはルルナ程に馬鹿じゃないからな」

「本人に聞かせられない理由だね」

 ギルデントは苦笑した。今、この場にルルナがいれば、間違いなく腕を振り上げてハズィランを追い掛けている。

「けど、あんただってわかるだろ。ランプに関わった時のあいつ、突っ走り具合が半端じゃなかった」

「それは……確かに言えるな」

 ランプの外にハズィランを封じたのが魔女キッカだと知り、しかもそう遠くない場所にいるとわかると、ルルナはあっさり魔女の所へ行こうと言い出した。

 年を取って弱くなっているらしいと言っても、過去にガーヘンディッシャンを死に至らしめるように仕向け、人間に危害を加えてきた性悪な魔女。

 そんな危険な存在がある所へ、何のためらいもなく行く、と言い出した。ためらうどころか、それが当たり前のように言ってしまうのがルルナだ。

 ココナは、そんな彼女に引っ張られてしまったに過ぎない。

「魔女の所からは無事に戻れた。だけど、同じような状況になった時も、そうなるとは限らない。なのに……あいつは大した力もないくせに、突っ走る度胸だけは一人前だ。これから先、ルルナの前にどんな事態が起きるか、俺にだって想像がつかない。それでも、あいつは深く考えずに突っ走るだろう。それを考えたら……」

 ハズィランの表情が険しくなる。

「俺はすごく怖い」

 ギルデントは何も言わず、ハズィランを見た。

「あいつらはたぶん話してないだろうけど、魔女が俺にかけた魔法を解く方法を教える代わりに、ルルナの魔力をよこせって言い出した。そうしたら、あの馬鹿、簡単に『いいわ』なんて言いやがったんだ。自分なりに考えた結果だ、なんて抜かしやがったけど、考えなしにも程がある」

「それは……初耳だな」

 そんな交換条件があったことなど、ルルナ達は話さなかった。無事に戻れたから、もういいや……とでも思ったのか。

「昔の俺みたいに、何も思わずに人間を傷付ける魔性なんて、いくらでもいる。そんな奴らに、ルルナをどうかされたくない。けど、俺や他の誰かがずっとついていられる訳じゃない。だから……せめて自分の命を守れるだけの力を、早くルルナに持ってほしい。……あいつの性格があんなじゃなかったら、俺だって補習二倍なんて面倒なこと、してないぜ」

「……ああ」

「才能がそのうち開花する、なんて言ってるけど、だったら出し惜しみしてないでさっさと咲かせろってんだ。とにかく、特別扱いするつもりはないけど、あいつの馬鹿っぷりが直らない限り、俺はルルナを放っておけないっ」

 自分の口調が強くなってきたことに気付いたのか、ハズィランは短く息をついた。

「……こういうの、やっぱりまずいかな」

「いいや」

 ギルデントは(おだ)やかな表情で、首を横に振った。

「普通の教師でも、気になる生徒の一人や二人はいるものだ。つい指導に力が入ってしまうこともある。ハズィランにとってのそれが、ルルナだというだけだ。それに、ハズィランをそういう気持ちにする存在があるということは、私はとても喜ばしいことだと思う」

「喜ばしい……か?」

 ハズィランは少し戸惑ったように、ギルデントを見た。

「もちろん。人を……誰かを大切に思う気持ちを持つのは、いいことだよ」

「大切にって……俺は別に……」

 いつもクールな表情のハズィランが、珍しく焦ったような表情で口ごもっている。

「しかし、きみはさっき『怖い』と言った。ルルナが傷付いたり、死んだりしてしまうのがいやなのだろう? 誰でも、自分が大切にしている者がそうなるのはいやなものだ。一度でもそういうことがあれば、なおさらだろう」

「……」

 ハズィランは、ギルデントから視線を外した。

「こればかりは、慣れるということがないからね」

「ああ……そうだな」

 今日のハズィランは、やけに素直に自分の感情を話している。彼がこんな率直に気持ちを表現したのは初めてだな。

 これまで、ギルデントがハズィランと話をする機会は幾度となくあったが、それは一教師としての報告であったり、ギルデントが祖先のことを聞きたがった時であったり。

 事実を淡々と述べるだけで、そこにハズィランの感情は入っていなかった。

 ふと、ギルデントは思う。今、ハズィランが話していた相手は、ガーヘンディッシャンだったのではないか、と。

 ハズィランの話では、ギルデントとガーヘンディッシャンは生き写しという表現がぴったりなくらい、そっくりらしい。

 ハズィランがどんなふうにガーヘンディッシャンと話をしていたか、知る(よし)もない。だが、あの魔法使いの前では、彼も自分をさらけ出していたのではないだろうか。


 自分の姿を通り越し、彼ははるか昔の魔法使いと話している。


 ギルデントがそう思ってしまう程、今のハズィランは自分の心を見せていたように思えた。ハズィランはそんな意識をしてなかったようだが。

「これからも好きなようにするといい。きみがそんなふうに考えているなら、おかしな方向へ行くこともないだろう。それに、トイフェールにもさっき言ったが、私はガーヘンディッシャンを信じているからね。それはつまるところ、きみを信じている、ということでもある」

「いいのかよ、そんな簡単に言い切って」

「もちろん。さてと……」

 軽くうなずき、ギルデントはゆっくりとその場を離れながらハズィランの方を振り返る。

「私は部屋へ戻って、お茶を飲もうかと思っているんだが。一緒にどうかね」

「そうだな……ご相伴(しょうばん)にあずかろうか」

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