記憶の空白
次の朝、幻の家族が起きてきた。
幻は不審者扱いする家族に、「緊急事態だったから、彼氏を連れてきちゃったの」と必死に訴えた。
幻は飛を援護してくれたのだ。
幻の母親は飛に訊問してきた。
「いつまでいるつもりなの?」
幻の母親は鋭い剣幕で飛をにらみつけた。
神経を針で刺すように。
「一刻も早くここを出ていかないと、強制的に外へ追放する」
とでも言いたげな剣幕だ。
「家が朝霞なんで、ここから遠いんです。とても歩いて帰られる距離ではありません」
飛が針を交わすように、目線をそらしながら言った。
老婆にも聞こえるようにはっきりとした声で。
「ふーん、だからって居候されちゃ困るんだよ!」
幻の母親は年配の方だった。
飛はたじろいだ。どうすればいいか分からなかった。
その時、幻の父親が妻に後ろから声をかけた。
ダンディだった。
「電気を今から復旧するって。でも今日限りみたいなんだよ」
幻の父親はそう言った。
テレビもスマホもラジオも使えないのに、どこからその情報を仕入れたんだろう?
あ、電気がもう復旧したのか。
「だってよ。じゃあ今日中に家に帰ったほうがいいよ。本当に帰れなくなるよ」
幻の母親の言う通りだった。
仕方なく、飛は幻の家を出ることにした。
幻の住む高層マンション内を出口方向へと歩きながら、飛は状況を整理した。
消失したはずの電気が復旧した。
ということは、人工衛星に搭載された変圧器。
電圧を変える装置。
それを分離する「セーフモード」が正常に作動したのだろう。
これにより、電気が生き延びたに違いない。
でも今日限りのようだ。
明日からはまた電気が使えなくなるのだろう。
飛は初めての地形に戸惑った。
あのときは真っ暗闇で何も見えなかったから、歩いてきた道を覚えているはずがなかった。
それでもスマホが使えたので、迷うことなく家へ真っ直ぐ帰れたのであった。
ナビ機能を使って。
我が家に戻ってきた。
飛はリビングにある木のいすに座って、テレビを点けた。
砂嵐ばっかりだ。
それでも音声は問題なく聞こえた。
「CME、これって専門家の溝内さん。一体何なんですか?」
「コロナ質量放出といいましてね。
放出される質量はおよそ10の12乗kg、10億トンで、速度は秒速30キロから3000キロなんです。
それでこのCMEが近づくとICME(惑星間コロナ質量放出)が発生しまして、ローレンツ力がゼロになるんですね」
そこで進行役が専門家の話を止めた。
「溝内さん。難しすぎます。もっとわかりやすく「具体的に」お願いします」
「ローレンツ力というのは、電磁場の中で運動する荷電粒子が受ける力のことですね。それから――」
飛は考え事にふけていた。
記憶に空白がある。
僕には高校生から先の記憶しか残っていない。
それより前はダメだ。まったく思い出せない。
一体、僕はどこで生まれ、どんな家庭で育ったのだろう。
飛はあの生死を繰り返したような過激な衝撃を思い出した。
次に飛は高校生よりも前の記憶が皆無であることをかえりみた。
この二つの断片的な事実が繋がっているとしたら――。
飛は脳を酷使した。
そして、考察した。
ミステリーを解く探偵のように。
飛が急に脳をフル稼働させたことにより、脳に変化が生じていた。
人間の記憶力はシナプス(神経細胞に繋がっていて、電気的信号、「興奮」を伝達する役割のある部分)がどれだけ繋がっているか。それで決まる。
驚くことに飛の脳内はそのすべてのシナプスが「メモリーチップ」に繋がっていた。
「メモリーチップ」は人間の記憶容量をコンピュータ並みに増幅させるための画期的な人間用USBメモリーだ。
(もちろん架空の道具である。)
飛のメモリーチップは真っ黒に焦げてショートしていた。
メモリーチップが黄緑の色光を帯びた。
記憶の再生であった。
メモリーチップが自動で記憶を再生したのだった。
飛は失っていた記憶の空白を急に取り戻した。
脳が覚醒していた。
目が冴えて、活力がみなぎった。
飛は映画を鑑賞するかのように、脳内の映像に見入った。




