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逆風の秘剣



 それは、八鍵邸のリビングで、みんな揃ってうだうだしていたときのことだ。



 帰りはどうしよう。何を買っていこう。お土産を何にしようか悩むさまは、まるで修学旅行最終日前日の夜のよう。


 そんな中、八鍵邸に電話がかかってきた。

 洋風のレトロチックな電話が、リンリンと音を響かせる。

 勝手知ったる従兄の家と、受話器は初美が取った。

 折よく、彼女の母からの電話だった。



「初美さん、本家がいらっしゃいましたよ」


「え? 白夜(びゃくや)のおばあちゃんが?」



 それは、純粋な驚きだった。母が本家と呼ぶ幻影剣の流祖は、滅多にお山から下りてこない。彼女が下界にくるときは、それこそ日本に何かあったときくらいのものなのだから。



「初美さんをお呼びです。すぐに戻れますか?」


「うん。それは大丈夫だけど……」


「大丈夫ですよ。特に何か急ぎの要件というわけでもないようですし。お顔を見たいだけなのかもしれません」


「うん、わかった。すぐ行くから」



 受話器を置き、リビングに戻ると、フェルメニアたちがベランダの前に集まっていた。

 カーテンを開けて、窓の外を覗き込むように、夜天を見上げている。

 奥に見えるのは、夜の闇を己の色味に染め上げんとするような、巨大な赤い月だ。



「月が、真っ赤、です。不気味、です」


「外には靄も出ています。スイメイ殿、これはかなりの異変なのでは?」



 フェルメニアがソファでくつろいでいた水明に訊ねると、彼はさほど問題ではないというように、暢気な様子で読んでいた本を閉じる。



「ん? ああ、それな。異変は異変だが、そんなに気にするようなことじゃない」


「いいのですか? これは以前に説明のあった世界の一時的な変容だと思うのですが……」


「これは、大きな影響が、ある事態でなければ、起きないと聞き、ました。この目に見えた異変は、それに相当すると、思います」


紅月夜(べにづくよ)だ。たぶん大妖怪が山から下りてきたんだろ」


「だ、大妖怪、ですか?」


「ふむ、それは妖怪博士とは何か関係が?」


「いや、違う違う。あっちとはだいぶベクトルが違う生き物だから。あっちも本気出せば怖いだろうけど、こっちはそんなレベルじゃないくらいの怖さがある」



 三人は水明のぼかすような説明では納得できず、不思議そうにしている。

 それはともあれと、初美は水明に声をかけた。



「水明、ちょっと」


「あー、初美? いま外がな」


「うん。いまの電話がそれ。白夜のおばあちゃんがお山から降りてきたって」


「だろうな。そうじゃなかったらここまでのことはないからな」



 水明はそう言って、辟易したように舌をべろりと出す。



「ハツミ嬢には心当たりがあるのか?」


「うん。なんか外がおかしくなってるみたいね。私にはわからないけど」


「どういうことです?」


「白夜のおばあちゃん……うちの流派の始祖がお山から下りてくると、空気が生臭くっていうか、生温くなるのよ」


「流派の」


「始祖だと?」


「そう。幻影剣を作った人よ」


「あれは人じゃねえ定期」


「水明あのね」



 初美が水明の物言いに呆れていると、ふとレフィールが何かに気付いたように声を上げる。



「なんだあれは? うっすら化け物が見えるぞ」


「へー、レフィは百鬼夜行、見えるのか?」


「私にも、はっきり、見え、ます、よ?」


「ああ、リリアナの方は結社の妖怪のオプションのせいだな」



 外にいるのは、しゃれこうべや、妖怪妖魔の一大集団だ。本人が連れているわけではないのだが、世界に影響を与えるため、そう言ったものを具現化させてしまうのだという。

 無論初美にはそう言ったものは見えないため、窓の外に目を凝らしても、何が何だかわからないのだが。



「あれはなんだ? いいものにはまるで見えないが」


「いいんだ。たぶん悪さはしないからほっとけほっとけ。やっても人を驚かすとかその程度だ。よっぽどやったら親玉にたたっ斬られるからな」


「ふーん。みんな、そんなもの見えるんだ?」


「そうだぞ。大妖怪が降りてくるときは、昔からそんなんだ」


「そうだったんだ……」


「ま、お前が師範(せんせい)に付いて行って斬ってきたものとかとは別モンだから気にすんな」



 初美は意外なことを聞いたように、表情を驚きに変える。

 そんな表情を見せたのもつかの間、彼女はすぐに水明に訊ねた。



「水明も行く?」


「いや俺はいい」


「そう? 一応水明もウチの流派なんだから。それに、八鍵家だっておばあちゃんとまったく関係ないわけじゃないでしょ?」


「そうだけど、まあ俺は途中で剣をやめちまった身だからな。顔を出すのは気が引けるというかなんというか」


「そんなの気にしなくてもいいと思うけどね」



 そんなやり取りをかわしたあと、初美は八鍵邸を出る。

 屋敷の前の道路には靄がかかり、異様な雰囲気を醸し出していた。


 空気も心なしか生ぬるい。


 だが、こんなのはいつものことだ。初美はそんな不気味さを気にも留めずに、隣の自宅へと向かう。

 玄関では、母雪緒が待っていた。



「初美さん」


「お母さん。白夜のおばあちゃんはもう道場に?」


「はい。おいでになっていますよ。鏡四郎さんに馳斗さん、権田さんもご一緒です」



 初美は母の言葉を聞くと、すぐに庭の方に出る。

 見慣れた自宅の庭先は、不気味な現象で溢れていた。

 これを見える者がいれば、さながら妖怪屋敷と思うことだろう。


 初美にはケタケタという笑い声がうっすら聞こえるのみで、正体を現していないためいまのところ彼女の目には映らないが、それでも嫌な気配として感覚に捉えることができる。


 初美にとっては、それを自然のものとして受け入れている母親の胆力の方が恐ろしいと思うことしばしばなのだが。



 鬱陶しいので斬意を向けると、それらは一斉に押し黙った。



 ともあれ、たどり着いた道場にはすでに、父鏡四郎と弟馳斗、そして塾頭を務める権田の姿があった。

 平時であれば、挨拶の目配せ一つでもするところだが、それよりも、初美の目は別のものに惹かれていた。


 そう、そこにはこの世で最も妖しく輝くものがいたからだ。

 それは、白い長髪を持った女だった。髪は角度の加減で玉虫色に輝き、瞳もまた、同じように玉虫色。妖しい艶やかさを醸している。顔は若々しく、二十代の妙齢といったところ。


 その肌は新雪のように白いが、顔にはさながら亀裂の入った仮面のように、一筋のひび割れが走っている。



 白無地の着流し姿で、まるで死人にまとわせる白装束を思わせた。

 いまは薄暗がりの道場の最奥で、片膝を立てて座っている。


 その側に侍るのは、美貌の少年だ。

 愛くるしさがあり、やはり女と同じようにどことなく妖しさを兼ね備えている。



「おばあちゃん。遅れてごめんなさい」


「かまわぬ。吾が勝手に下界に降りてきたのだ。時が合わぬのは仕方なかろう」



 初美は遅刻を詫びるように軽く頭を下げると、女が声を発する。


 道場の奥から響いてきたのは、恐ろしく透き通った声だ。

 美しさを通り越して、不気味ささえ感じてしまうほどの天上の美声。

 初美は道場の中央に行くと正座し、改めて頭を下げる。


 沙門白夜(しゃもんびゃくや)。日本五大秘剣の一つ、倶利伽羅陀羅尼幻影剣を興した魔性の尼僧に。



「ご無沙汰してます。流祖」


「うむ。馳斗ともども大きくなった。此方へ」



 声に呼ばわれ近くに侍ると、なでり、なでり。

 白夜が初美の頭を撫でる。



「お、俺もか?」


「うむ」


「恥ずいなぁ……」



 馳斗も初美共々、恥ずかしそうに頭を差し出す。

 それを白夜が、なでり、なでりと優しく撫でる。儀式のようなものだ。顔合わせのときは毎度こんなことをしている気がする。



 白夜が鏡四郎に視線を移す。



「鏡四郎。(なれ)も」


「いやいやいや、勘弁してください流祖。俺はそんな歳じゃありませんよ」


「ふむ? まだ四十かそこらであろう? 吾にはさほど変わらぬ」


「そりゃあ流祖に比べればガキんちょに変わりないんでしょうが、一応子供たちの手前プライドってもんがあるんですよ」


「そうか。ならばよい」



 白夜はそう言って、手を引っこめた。



「それで流祖。今日は、一体どういったご用件で? 何か厄介事でもありましたか?」


「ふと、思い立ったからだ。理由らしい理由はそれくらいだ」



 白夜の言葉に、鏡四郎は意外そうに目を丸くしたあと、言葉をこぼす。



「珍しいですね」


「稀と言えば稀だろう。そういう気分のときは往々にして、吾のかかわりのないところで何かが起こっているものだ」



 その言葉に、初美の身が硬くなる。もしや白夜は自分たちの戦いまで、見透かしているのではないか、と。

 しかしてその予想は当たっていたようで、白夜が初美に視線を送る。



「初美。いまの序列は如何に?」


「うん。半年前に三十二位になった」


「そうか。(なれ)であれば、影番もすぐであろう」


「いえ、ここから先はさらに厳しくなると思っています」


「当然だ。あそこは怪物の住まう魔境よ。まあ、吾のような人外も多いゆえな」



 白夜はそう言うと、どことなく自嘲にも見えるような笑みを漏らす。

 そしてその笑みを一転、厳しいものへと変えた。



「初美。剣を執るがよい。稽古を付けてやろう」


「うえっ――!?」


「ほ?」


「これはこれは……」



 馳斗、鏡四郎、権田が驚きの声を上げる。

 もちろんそれは初美も同じだった。



「おばあちゃん、いいの!?」


「極意が三つだけでは心もとないであろう」



 現在初美が会得しているのは、霞十字抄(かすみじゅうじしょう)朧斬月(おぼろざんげつ)、朽葉流では絶刃の太刀の名で通る玄妙抄(げんみょうしょう)絶刀絶刃(ぜっとうぜつじん)、朽葉流涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)の三つのみである。



「五剣と一刀の宿命とは外れるが、これも必要なことだ。(なれ)に剣を一つ示してやろう」



 次いで白夜は「庭先に出るがよい」と言って、初美に移動を促す。



 初美は父、弟、塾頭と共に外に出ると、広い庭先で白夜と相対した。

 出しなに父から渡された大太刀を抜くと、白夜も携えていた一振りを抜いた。

 初美が大太刀であるのに対し、白夜が構えるのは直剣だ。



 俱利伽羅陀羅尼幻影剣の本家本流は、分派である朽葉流と違い直剣を得物とする。

 一方で朽葉流が刀や大太刀を使うのは、ときの朽葉家の当主が、幻影剣を対人の剣に落とし込んだことに端を発するものだ。



 初美が峰を右肩に背負う構えを取る一方で、白夜は剣を持った右手をだらりと下げて、下段の構えとも言えない無造作な様子。得物は長さ160㎝、身幅8㎝前後の長物。柄は杵のようで両端が三つに分かれており、応龍が巻き付いている。さながら不動明王の持つ利剣だろう。


 白夜はそんな武骨な剣を持っているにも関わらず、まったく自然体だ。

 まるで何十年、何百年もその姿で立っていたかのようにも見える。



 そんな無造作な立ち姿に、しかし初美は斬り込めない。

 異世界での数々の闘いを経たはずだ。力を得て強くなったはずだ。

 だが、斬り込めない。

 いや、当然だ。日本最強と謳われる剣士、父朽葉鏡四郎を押してなお、さらに上にいると言わしめるのが目の前のこの女性(にょしょう)なのだ。俗世を離れているゆえに日本最強は父に譲ったが、その実力は折り紙付き。



 四聖八達の序列二位。百鬼夜行の主。剣の神である經津主神(ふつぬしのかみ)本地垂迹(ほんじすいじゃく)では十一面観音から剣の深奥を賜った世に謳われる剣聖の一人である。



 彼女に真っ向から斬り込むことができたのは、若き日の父と、天才剣士と呼ばれる男の二人のみだという。



「初美、来ぬのか?」


「……胸を借りさせていただきます」



 いや、元より敵わないのはわかっていることなのだ。そもそも隙を探すなど烏滸がましい。いまの己にできるのは、ただ真正面から自分の全力を叩きつけるだけなのだから。

 初美は正面からただ真っ直ぐに斬りかかる。



「――()っ!」



 一撃のために行うのは、発声ではなく呼気だ。

 金属すら容易く切り裂く真っ直ぐな一撃は、しかし、白夜の横薙ぎの剣に止められた。

 ギィイイイイン、と金物がぶつかり合う音が庭先を甲高く切り裂く。

 こちらが刀を振りかぶるまでは確かに、剣尖(けんさき)を庭先の地面すれすれに付けるようなあの構えだったはずだ。にもかかわらず、余裕をもって合わせられたのはどういう手腕なのか。道理がまったくわからない。いや、わかるはずもないのだ。それだけ此方と彼方には、目に見えない距離がある。



 初美は白夜の剣圧に押され、すぐに大きく弾き飛ばされる。

 初美は庭の土を靴の踵で摺りながら勢いを殺して停止。



「くぅ……」



 思わず、自分の口から苦悶のような呼吸が漏れる。

 柄を握った手はまるで巨大な鉄塊でも受け止めたかのように、強い痺れを帯びている。



 そんな中、白夜が剣を庭の地面に突き刺した。

 途端、初美は白夜との間合いがわからなくなる。距離を作り。剣を手放した姿はどうしようもなく隙だらけだ。だが、この隙に乗じてうまうまと斬りかかれば、下から上にバッサリと斬られてしまうのではないか。そんな予感が、初美の背中を冷たくさせていく。



「俱利伽羅陀羅尼幻影剣、玄妙抄(げんみょうしょう)……」



 ふいに白夜の口から、そんな呟きが漏れた。

 直後初美に、逆風の太刀が襲い掛かる。まるで奈落の奥底から吹いてくるような魔風が、彼女の真下から天へ向かって駆け抜けた。



 ……気付けば初美は、庭先で膝を突いていた。

 見れば、白夜は斬り上げた姿のまま、こちらを静かに見据えている。



「これは……」


「二十年ほど前、鏡四郎に授けたものだ。汝が使いこなすにはいまだ早くはあるが、助けにはなろう」



 白夜がそう口にしたあと、かたわらにいた美童が、一つの歌を詠む。

 それは先ほどの技の要訣を詠んだ武術歌なのか。



「初美。いまの歌をよく覚えておくがよい。しばらくはこの歌を技の頼みとし、己のものにしたのちは離れよ」


「はい。御指南、かたじけなく存じます」



 すると、白夜は剣をしまい込み、また初美の頭をなでりなでりと撫でた。



 ふと美童が、どこからともなく紫の包みを取り出す。

 それは竹刀袋のようで、あからさまに長物とわかるものだ。



「初美さん。これを」


「義孝様、これは?」


「開けてみてください」



 初美は彼の言葉に素直に従い、包みを綴じていた紐をほどく。

 やがて包みから出てきたのは、一振りの大太刀だった。

 長さや身幅はいつも道場で使っている本身と同じ。拵えは黒漆打刀拵。刀身は直刃で、地金と鋼の境目の部分が朧げに霞んでいる。



 白夜が顎をしゃくった。



「持て」


「おばあちゃん、これは」


「これより戦いに向かう(なれ)へ、吾からの(はなむけ)だ。先々必要となろうと思って、古刀の一振りを打ち直しておいた。ヒヒイロカネも十分にあろう」


「私のためにそんなことを」


「うむ。この大太刀で、(なれ)の斬るべきものを斬ってくるがよい」



 白夜はそう言うと、初美に確かめるように言葉をかける。



「初美」


「はい」


「剣士は剣を抜いたその場所こそが」


「死に場所の定めどころと心得よ」


「剣を抜けば死あるのみ」


「斬られれば死あるのみ」


「人の生は一度きりなればこそ」


「武士道と云うは死ぬこととみつけたり」



 そんな問答めいたやり取りのあと。



 鏡四郎が白夜に向かって頭を下げる。



「流祖。娘に気を掛けていただき、かたじけなく存じます」


「うむ。子らの身を案じるのに理由はいらぬ。それが戦いに向かうなら、なおさらよ」



 白夜はなんのことはないというようにそう言って、ふとあさっての場所に視線を向ける。

 その先にあるのは、八鍵家の屋敷だ。



「――して、八鍵の小僧めはどうしているか?」


「水明は家にいます。辞めた身ということで、ここに来るのは遠慮しました」


「そうか。そのような些末ごと、気にすることもなかろうに」


「ほんとそれです」


「だが、出たくないというなら無理に引っ張ってくるわけにもいかぬな。では初美、奴めにも、なお精進するがよいと伝えておくがよい。小僧に待つのは、目先の危機だけではないのだとな」


「おばあちゃん、それはどういう……」


「いまは考えずともよい。いま目の前にある戦いではなく、まだまだ先の話ゆえな」



 沙門白夜は、やはり何もかもを見透かすようなその虹の双眸を、血のように赤く染まった月へ向けていたのだった。



  ●


                                        

 初美は思い出したあの剣を胸に、覚悟の息を吐く。



「――私が仕留めます。二人は援護を」


「ハツミ様?」


「はつみ?」


「二人とも、お願い。上手く隙を作ってくれたらいいから」



 初美はその場で集中する。必殺の一撃を、間違いなく入れるために。

 一方的に押し付けるような願いだったが、ティータニアとリリアナはそれを素直に受け入れてくれる。


 ティータニアはやはり翻弄するように魔族の周囲を舞い、その剣に宿した氷雪の冷気で関節部や足元を脅かし、一方でリリアナは真性呪言(スペル・ゼノグラシア)で生み出した狼犬に跨り、その咆哮で邪神の力であるおどみを吹き飛ばそうと腐心する。



「――岩よりこの身を擲ちて、捨つるいのちは不動くりから」



 初美は陀羅尼の如く呪文を唱えながら、頭の中に思い描く。

 斬る前の光景を。斬ったあとの光景を。

 その二つが合致したとき、初美はすぐに動き出した。



 嵌合体の魔族が動き出す。ふとした隙を埋めるための苦し紛れの攻撃だ。初美は狙いの定まっていないその剣撃を回避して、この剣を使うのにもっともよい位置に距離を取る。

 右に、左に、前に、後ろに。水に映った月を見ながら。やがて絶好の位置を見出した。



 相手に一歩の欲目を出させる、引き込みの妙をここに。


 彼我の距離感を狂わせる、間積もりの妙をここに。


 それを発揮させるため、地面に大太刀を突き刺した。



「ハツミ様!?」


「はつみ! 一体、何を!?」



 二人は初美が突然大太刀を手放したことに驚く。

 そんな中も、迫りくる魔族の巨体。

 初美は吹き付けてくる剛風に堪えながら、それを迎え撃たんと構えを取る。



 そして、




 ――倶利伽羅陀羅尼幻影剣 玄妙抄 明王断(みょうおうだん)



 敵を下から上に真っ二つに両断する逆風の秘剣が、いまここに再現される。

 下から上への重力に逆らった轢断に触発され、地の底から吹き上がる魔風。その風が吹き上がって天へ昇り切ったその直後、魔族の将の嵌合体は、背後にある無人の教会ごと、縦真っ二つに切り裂かれたのだった。



 右と左に分かたれ、両側に倒れていく亡骸。

 鋭い斬撃に舞い上がった塵がパラパラと振り落ちる。

 朽葉初美は残心を終えると、あのとき美童が詠んだ歌を口ずさんだ。




     地に根差す 太刀が見せるは 惑いなり

             天へ吹き込む 風はさかしま




 その歌は、その剣技の核心部分を詠んだものだ。地に突き立てた剣が相手を惑わせ、距離感とタイミングを狂わせる。そこに、相手の上からの斬撃よりもなお速い逆風の太刀を繰り出すのが、この秘剣の妙である。



「ハツミ様、お見事です」


「いえ、私のなんてまだまだです。お父さんや白夜のおばあちゃんなら、もっと簡単に倒してたと思います」


「それは……」


「ええ。それくらいとんでもない人たちだから……」



 そうだ。間違いない。むしろ流祖白夜ならば、この地にいる魔族すべてを一人で全滅させることも可能だろう。



 初美はそのことを考えて、身震いする。まだだ。これだけ力を手に入れてもなお、あの四聖八達(かいぶつたち)のいる高みには、届かないのだ、と。




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