ひっさつ魔法と危機
初美たちは、王都の西部、教会のある方へ向かっていた。
どうやら魔族たちは恐れ多くも女神を祭る神聖な場所で、何やらよからぬ動きをしているらしい。初美たちはそれを掃討するため、一路西へ向かう通りを進んでいた。
小走りに進む初美の目に映るのは、都市の姿だ。魔族の襲撃に遭い、家屋や木々、設置物など、どれもこれもボロボロだ。どことなく色あせて見えるほど。
これが勝っても負けても付いてくる結果なら、あまりに無残だろう。
初美はそう思っていると、ふとティータニアが黙っていることに気が付いた。
ティータニアは、崩れた家々に視線を向けている。
「…………」
「ティータニアさん?」
「いえ、申し訳ありません。街を見ていると、つい感傷に浸ってしまって……」
「それは……」
初美には、ティータニアが何を考えているのかすぐにわかった。
「私も王女という身分ですので、街に出ることはそう多くありませんでしたが、私が生まれ育った場所です。それがこんな風になってしまっているのを見ると、やはり胸に来るものがあって……」
ティータニアは廃墟と化してしまった街に憂いの視線を向けながら、思いのたけを吐露する。
「私は悔しいのです。結局何もできなかった。切り捨てることを念頭に入れることしかできなかった」
「でもそれは」
「仕方なかったとは言いたくありません。そんなことを口にするようになれば、どんなときでも切り捨てることが当然と考えるようになってしまいますから」
魔族に攻め込まれた街を見たことで、迫り上がってきたのだろう。初美にも、彼女の嘆きが強く伝わってくる。
そんな中、リリアナが袖をくいくいと引いた。
「早く、魔族たちを、追い出さないといけません、ね」
「そうね。頑張りましょう」
リリアナと初美はティータニアを元気づけるように、気概を示す。
すると、ティータニアは意外そうに目を丸くさせたあと、穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます」
だが、すぐに表情を引き締めて、剣士の顔を見せた。
そう、潜んでいた魔族の影を見つけたからだ。
「……いますね」
「倒し、ましょう」
「ええ」
ティータニアの言葉に呼応して、初美は背に負った大太刀に手を掛ける。
「それにしても、まさかこんなに早くこの刀を使うことになるとは思わなかったわ」
いまここにある刀は、初美が持っていたドワーフ製のミスリル刀ではない。
日本に戻った際、譲り受けたものだ。
長さや身幅は同じだが、拵えは黒漆打刀拵。
ティータニアが大太刀に怪訝そうな視線を向ける。
「以前に見たものと違うようですが、これはミスリルよりも良いものなのでしょうか?」
「どうなんでしょうね。でも、材質は鋼です」
「やはり鋼ですか。ですが、それでしたらサーディアスで作られた刀の方がよろしかったのでは?」
「いえ、たぶんこれはちょっとそう言うのとは違うんです」
「……?」
「ちょっと持ってみますか?」
初美はそう言うと、ティータニアに刀を渡す。ティータニアはそれを抜いて一振り、二振りして確かめる。そして、どこか慣れた様子で壁を斬り付けるが、どうもしっくりこないらしい。
「……申し訳ございません。私にはまったく。ただ切れ味の良い刀としか」
「ジンツウ」
「え?」
「ううん。なんでありません」
そんなやり取りをする中、リリアナが警戒するよう注意の声を上げた。
「ティータニア殿下、はつみ。魔族が、動きそう、です」
「うん。わかった」
魔族たちは気付いたらしく、排除に向けて動き出す。
三人は小さく「どうするか」と言葉を交わしたあと。
まずはリリアナが魔術で攻撃を加え、その後二人が散り散りになった魔族たちを撃破するという算段となった。
「まずは雑魚を、処理、します」
リリアナは舌足らずな口でそう言うと、呪文の詠唱に移る。
「――可愛い可愛い大行進。みんなで並べ。揃って並べ。飛べない鳥さん。泳げる鳥さん。歩く鳥さん。綺麗に一列動き出せ」
やがて、聞こえてきたのはそんな呪文だ。
「か、可愛い?」
「鳥……さん?」
二人は妙な呪文を聞いて、ひどく戸惑う。呪文だけ聞いていれば、相手を害するようなもにはまるで思えなかったからだ。
「――聞くならば告げる。耳を傾けよ。相似は相反し、流れ渦巻き、どろりと溶け出し、ぬたりぬたりと混ざり合う。其よ戒めから解き放たれよ。其よ縛りから解き放たれよ。飛べぬ者は翔け上がり、泳ぐ者は揺蕩わず、歩く者は歩を進めず。ただひたすらにその宿命に逆らい続ける」
そして、前半と全く違うおどろおどろしい後半の詠唱文に表情を険しくさせるまでがセットだった。
リリアナが息をふうと手に吐き出すと、そこから黒いコールタール状の呪詛が地面に垂れる。それは先ほどの水明が使ったものとほぼ同じような光景だ。
生まれる呪詛の泥だまり。やがてそれはいくつかに分かれて形を取る。
たちどころに、リリアナが持ってきたぬいぐるみと寸分たがわぬ形状をした、黒いペンギンに変化した。
リリアナが状を片手に音頭を取ると、ペンギンたちはよちよち歩きで付いていく。
その様はさながら、外遊びで先生に引率された幼稚園児たちのよう。
それが青白い目をした真っ黒なペンギンというのが、不気味なところではあるのだが。
「あ、あの、リリアナ・ザンダイク? これは一体」
「これがさっき言ってた奴ね……」
ティータニアはペンギンたちの可愛らしい挙動に困惑し、初美はどことなく呆れたような視線を送る。
そんな中、魔族たちが異変に気付いて動き出す。もはや偽装も要らぬといったところだろう。初美たちを排除するため、そこかしこから一斉に飛び出した。
「行き、ます。くらいな、さい」
整列したペンギンたちは、リリアナの掛け声を聞くと、一斉に空中でトボガンを行い、黒い呪詛の飛沫をまき散らしながら、縦横無尽に動き回る。
そして、リリアナが杖を突き出して口にするのは――
「――ひっさつ、ぺんぎんさん、みさいる、です!」
そんな、あまりに妙な鍵言だった。
直後、呪詛のペンギンたちが一斉に鳴き声を上げる。
「kyううるRrrるるルるるぅUUUうウゥうう!!」
「ぴpyyyyゆうUうるるrrるrルルRRRR!!」
「きゅRるるRUうウUWAAぁAAあわAああA!!」
翼をぱたぱたと動かすのは、発声の大きさを期待したものなのか。真っ黒なペンギンが、口から発する耳障りで妙な鳴き声の数々が、周囲の物をひどく震わせる。
「…………」
「…………」
一方で傍から見ている二人はペンギンが魔族に向かって飛んでいく光景を見て、胡乱な視線を禁じ得ない。
だが、呪いのペンギンが魔族にぶつかると、それは大きく弾けて魔族を包み込み、行動不能にさせていく。すぐさま数体の魔族がその場でうずくまって動けなくなった。
「じゃあ、私たちの出番ね?」
「いえ、まだ、です。待ってくだ、さい」
「え?」
掛けられたのは制止の声だ。どうやらリリアナの魔術は、まだ続くらしい。
地面に縛りつけられ動けなくなった魔族たちとそして、黒い水溜まりのように変化した呪詛の水面。
そこに加えられるのは、リリアナのさらなる詠唱に他ならない。
「――尋の暗幕。其は開かず締まらず、いくつの海を覆い尽くす。恐怖は深き水底の下にあり、蓋が開くのをただただ待つ。人よ覗け。垣間見ろ。そして知るがいい。泥濘の幕下には命を貪る無尽の茫漠が潜み居ることをいついかなるときも覚悟せよ。お前よ貴様よ汝よ其方よ。いま誰しもの恐れの根源を見るがいい」
「――海魔の大顎よここに開け」
直後、大きく広がった黒い水面が波打つ。
まるでその直下に大きな魚を抱えてるかのように。
やがて黒の水面から顔を出したのは、巨大な海洋生物らしき大顎だ。
さながらクジラがその大顎を開いて待ち構え、小魚の群れを呑み込む直前のよう。
サメの歯のようなギザギザの乱杭歯が、動けなくなった魔族たちを一口に呑み込んだ。
他の魔族たちは呪詛の水面を嫌い、その範囲に近づかないよう距離を取る。
予定通り、魔族たちは散り散りになった。あとは各個撃破だ。
初美とティータニアは手分けしてそれに斬りかかり、魔族たちを圧倒。
後鏡。
夢幻緑青。
離人剣。
鬼哭。
初美は様々な技を繰り出し、片やティータニアも同じように技を繰り出す。
一閃。
交叉。
旋回。
転身斬。
目にも留まらぬ速さで、次々と斬り倒していく。
相手にもならない。そんな風に思った初美が口に出した折のこと。
「こいつら思ったほどの強さじゃな――え?」
彼女が上げたのは、困惑の声だった。
斬られた魔族たちが嗤っている。ケタケタと、ケタケタと。
まるで人間の愚かな行為を嘲笑っているかのように。
最もわからないのは、その他の魔族の動きだ。
初美たちの排除に動かず、その場で自らの胸を自らの手で貫いていく。
「これは一体、何を――?」
「わからないけど……」
初美とティータニアが困惑する中も、魔族たちは嗤いながら自刃を試み、何らかのつぶやきを口にしている。
「邪神の身許へと……」
「ナクシャトラ様、万歳……」
まるで、自らその身を擲っているかのようではないか。
「ハツミ、ティータニア殿下! よからぬ、感じ、です!」
リリアナの口から、警告の声が飛んでくる。
そんな中、初美がふと気付いた。
「血が広がってるわ!」
「――しまった、です! 魔法陣!」
真っ先に気付いたのは、リリアナだった。
辺りに飛び散った魔族の血液は、円を形成している。
直後彼女たちが目の当たりにしたのは、強烈な発光だった。
強い血色の光は目に残像を残し、やがて具現化したのは、巨大な姿だ。
背丈は家屋一つ分ほどもある巨躯。人型をしているが、それは二足歩行をしているためであって、外見は人と似ても似つかない。角。
しかし、初美にもティータニアにも、その姿には見覚えがあった。
「あの魔族はまさか」
「ちょっと嘘でしょ……」
その魔族はラジャスそのものであり。
手に持った剣や身にまとう装束はマウハリオのもの。
どちらの良い部分も取り込んだ魔族を作れば、こうなるのではないか。そんな見た目の存在ができあがっていた。
ティータニアが気付きの声を上げる。
「なるほど、あの女魔族の言っていた趣向とは、つまりこういう……」
「どういうことです?」
「以前レイジ様たちに、趣向がどうだのと言い残し、退がっていったと聞きました。何かしら細工をするような話だとは思っていたのですが、こういうことだとは」
ティータニアは小さな心当たりに呻く。
だが、どうやら現れた嵌合体の魔族は本人たちの記憶があるわけではなく、姿形を似せただけのものでしかないようだ。
初美やティータニアの姿を見ても、それらしい反応は見せない。
「おそらく他の方にも似たようなことになっているのではないかと」
「黎二さんの方に行くか、エリオットさんの方に行くか、どちらもか……」
リリアナが訊ねる。
「どうします、か? すいめーを呼びますか?」
「まだ剣も合わせていないのに助けを呼ぶなんてやりたくないわ」
初美はそう言うと、大太刀を左肩に担いだ。
「二人とも、少し離れて」
「はい」
「承知、しまし、た」
初美は呼吸のあと斬意を高め、嵌合体の魔族の首へ狙いを定めた。
「倶利伽羅陀羅尼幻影剣朽葉流……」
そして、横薙ぎに一気に振り抜く。
以前の戦でマウハリオを切り裂いた絶刃の太刀が、嵌合体の魔族の将に襲い掛かった。
その斬線の先にある何もかもを切り裂く一閃である。
だが、今回ばかりは毛筋一つの傷がついたのみ。
「そんな……」
まさかの事態に、初美は驚きの声を上げる。
ここまでダメージが入らないとは思わなかった。
虚を突かれたせいで、精神に隙が生まれる。
驚きに埋め尽くされた一瞬の合間に、巨体の魔族が襲い掛かってきた。
「くっ――」
初美はすぐさま受けに入る。
剣術も何もない、力任せの一撃が初美を大きく吹き飛ばした。
「ハツミ様!」
「っ、大丈夫! こっちは大丈夫です!」
着地する。上手く受けることができた。これが刃筋の立った巧妙な一撃であれば、また話は変わったのだろうが。
援護とばかりに、ティータニアが割って入る。
嵌合体の魔族は舞うような二剣の剣舞に翻弄され、捉えるのに苦慮している様子。
しかし、彼女に取っても力任せの攻撃というのは予想以上に厄介な様で、剣の届く位置まで踏み込めない。
しかしてそれをさらに援護するのは、魔術師の少女だ。
「――不食の大地。其は腐り溶け落ち荒れ果てて、再びは戻らず。願いは断たれ、望みは失せて、呪う声の数だけ幾夜を、冬ざれの野をぬめりぬめりと砂漠する。奥底からは飢餓の声。奥底からは渇きの声。命は落ちた。佳人は泣いた。それでも決して終わらない。其が立つ台地は、生者を引き込む死を告げぬま――」
――すそ渦巻くが足取沼。
リリアナは嵌合体の魔族を呪詛の沼に沈めようとするが、魔族の身体が大き過ぎるからなのか、膝部分までしか捕えることができない。
やがて魔族は絡みついた呪詛を撥ね退け、地面へと戻ってくる。
「そこです!」
直後、ティータニアが空を舞い、魔族の顔面へ横薙ぎを叩き込む。目を狙う斬撃だ。柔らかい部分ならばと繰り出した一撃は、しかし色濃いおどみによって撥ね退けられる。
「せぁあああああああ!」
次いで間髪入れず、間合いを詰めた初美が大太刀を振りかぶった。
袈裟斬りの豪快な一撃。鉄さえ切り裂くだろうその一撃が、嵌合体の魔族の胸板に見事に決まる。黒い血の飛沫が上がった。
「これは……どう、です?」
「ダメ! 浅いわ!」
斬撃の手ごたえが思った以上に薄かった。
確かに目に見えた傷を与えることができたものの、それでも傷はかなり浅い。
分厚い皮膚の表面を切った程度のもの。
三人、散らばるように距離を取る。
「いくらなんでも頑丈過ぎるでしょ。なんて身体してるの……」
「相手が、見えている攻撃は、受けられるよう、です。おどみ、です」
「そのようですね。やはりそれを撥ね退けるには魔法か……」
「勇者の力が必要……ってことね」
先ほどのティータニアの剣撃で有効なダメージを加えられなかったのがその証左だ。
初美は勇者の力を持っており、リリアナはこの世界のエレメントを利用した魔法を使える。初美やリリアナは戦う手段を持っているが、そうなると問題はティータニアだ。
「殿下、手段は、おあり、で?」
「業腹ですがあの男の真似をするしかないでしょう」
「あの男?」
それは一体誰のことか。初美とリリアナが考える中、ティータニアが呪文を唱える。
すると、彼女の剣が冷気をまとった。針で刺したような痛みを伴う冷風が、初美にもリリアナにも感じられる。
それは見た目からも、斬りつけた場所を瞬時に冷却させ、凍傷にしてしまうような鋭さがあった。
「ティータニアさん、それは?」
「これはハドリアス公爵の術です。私はあの男ほどうまくはできませんが、有効ではあるでしょう」
「公爵、ですか? ですが確か殿下は、仲があまり、よろしくないと」
「……手ほどきを受けていた時期が私にもありましたので」
リリアナの訊ねに答えたティータニアは、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。負けず嫌いな彼女にとっては、あまり思い出したくない記憶なのかもしれない。
そんな中、ふいに地面が爆ぜる。
嵌合体の魔族が大地に向かって豪快に剣を振るったのだ。
剣撃で地面に亀裂が走り、大きく砕けたあと、土煙が巻き起こる。
視界が一気に悪くなる中、
「しまった――」
「これでは」
「吹き飛ばし、ます」
だが、リリアナの行動より早く、嵌合体の魔族が迫ってくる。
初美はその気配をいち早く察知し、剣筋を読む。
斬意は高揚しており、土煙の向こうにうっすらと見える影は、先ほどまで見ていた背丈よりもどことなく高い。おそらくは棍棒を振りかぶるような無造作な一撃だろう。
初美は勇者の力を頼みにしながら、打ち合いに応じる。
一合、二合、三合。いなすように受けても、徐々にしびれるような痛みが、手や腕から伝播して身体の中心に伝わってくる。もし得物がただの鋼やミスリルであったなら、こうはいかなかっただろう。折れて終わり。大太刀ごと両断されることも考えられる。
「うぐっ――」
初美は四撃目を受けきれず、大きく撥ね飛ばされた。腹部が浅く斬られ、勢いが付いたまま地面をごろごろと転がる。
直後、リリアナの魔術で視界が晴れる。即座にティータニアが斬りかかった。
膝や肘。関節部の傷口が凍り付き、嵌合体の魔族の動きが阻害される。
リリアナがその隙をついて初美に駆け寄る。
「はつみ、いま直します」
「ごめん。ありがとう」
リリアナが即座に治癒の魔術を使って、斬られた場所や地面を転がってできた擦過傷を直してくれる。
「――っああ!!」
ふいに、聞こえてくる差し迫った悲鳴。
二人が目を向けると、ティータニアが、まるで地面に組み伏せられるように、魔族の剣によって押さえつけられていた。
「くっ、うぅう……」
いまだ凍った傷がそのままで、ティータニアも二剣で大剣を支えてはいる。
だがそれでも、斬られるのは時間の問題だろう。
初美は治療が終わるとすぐに動き、ティータニアの救出へと向かう。
狙いはティータニアを地面ごと叩き斬ろうとする魔族の両腕。初美は疾風のように駆け寄ると、それに気付いた魔族が片手を剣から離し、彼女へと向かって伸ばす。そしてその手のひらから、濃色のおどみを解き放った。
初美におどみがぶつかる直前、初美はふっと口から吐息を漏らす。
「はつみ!」
「ハツ、ミ様……!」
二人が危惧を抱いたそのときだった。
――幻影剣霞斬り
おどみが衝突した瞬間、初美の身体がまるで霞を散らしたかのように霧散する。
初美の影が穿たれたと同時に、魔族の剣を持っていた片腕に横薙ぎの一撃が叩き込まれた。
そしてその横合いには、剣を振り抜いた状態の初美の姿。
戒めが緩み、ティータニアが腕を蹴り付けて脱出。初美と共にその場から離脱する。
魔族の追撃は、リリアナの闇の魔法が押しとどめた。
「ハツミ様。かたじけなく存じます」
「いえ無事で何よりです」
視線を向けると、先ほど初美が霞斬りによって付けた切り傷が、おどみによって修復されていくのが見えた。
「これは……なんでもありのようですね」
「やるなら一撃で倒さないといけない……ということね」
初美はそう言うと、剣を構え直す。
まさか力ずくの相手に、これほど苦戦を強いられるとは思わなかった。
頑丈な身体。尋常ならざる膂力。自分よりも一回りも二回りも大きい体躯。
技とは、それらを凌駕するはずなのにもかかわらず、こうして立ち回りに苦慮するのはいまだ自分の腕前が未熟なためか。
「強い……」
ここが、窮地なのだろう。だが、ここが窮地だからこそ、気を張るべきはここなのだ。
初美は、日本に戻ったときのことを思い出す。
そう、朽葉家の道場に、流祖がふらりと現れたときのことを。




