第25話 最後の四天王
翌朝――ガルドリア王国は、かつてない緊張に包まれていた。
城内で起きた異常事態は一夜にして全軍へと共有され、兵士たちは国内各地、さらには周辺地域にまで広がって捜索を開始していた。
もちろん彼らが探しているのはレイたち。
四天王ガルムを討ち、捕虜たちを逃がした“反逆者”たちである。
「この一帯も徹底的に調べろ。わずかな情報でも見逃すな」
「はっ!」
兵士たちの怒号が、街中に響き渡る。
当然、その捜索の手はヤコウの商会にも及んでいた。
「こちらに怪しい者は来ていないか」
扉を叩きつけるように開けて踏み込んできた兵士に対し、商会の男は落ち着いた様子で応じる。
「いえ、そのような者は。もし見かけましたら、すぐに報告いたします」
にこやかな笑顔すら浮かべているが、その背にはわずかな緊張が滲んでいた。
兵士はしばらく鋭い視線で室内を見渡す。
奥へと続く通路、積まれた荷物、閉ざされた扉――。
一歩間違えば、すべてが露見する距離。
「……そうか。妙な動きがあれば、すぐに知らせろ」
「もちろんでございます」
数秒の沈黙の後、兵士たちはようやく踵を返した。
扉が閉まる音が響くと同時に、商会の男は深く息を吐く。
その頃、建物の奥――人目につかない一室で、レイたちは息を潜めていた。
「……今の、かなり際どかったな」
窓の隙間から外の様子を窺いながら、レイが低く呟く。
通りには普段よりも明らかに多い兵士の姿があり、時折立ち止まっては周囲を警戒する様子が見て取れた。
「これだけ動かれてしまっては……さすがに外には出られませんね」
「ああ。下手に動けば一発で囲まれる」
「とりあえずは、ミレアの報告待ちだな。外と王城の様子を見てもらっている以上、今一番情報を持っているのはあいつだ」
その言葉に、エリシアも頷いた。
静かな緊張が、室内を支配する。
そのときだった。
「……ここは……」
かすかな声が、ベッドの方から聞こえた。
「サーニャ様!」
エリシアがすぐに駆け寄る。
目を覚ましたサーニャは、まだ焦点の定まらない視線で周囲を見回していた。
「ここは……どこだ……」
「ご安心ください。今はヤコウ様の商会に身を寄せています」
エリシアは落ち着いた口調で、これまでの経緯と現在の状況を簡潔に説明する。
ガルムとの戦闘、救出作戦の成功、そして今は追われる立場にあること。
すべてを聞き終えたサーニャは、静かに頷いた。
「……そうか」
だがその直後、わずかに身体が揺れる。
「……っ」
「サーニャ様?」
一瞬、呼吸が乱れたように見えた。
すぐに落ち着いたものの、その違和感は確かに存在していた。
「問題ない……少し、力を使いすぎただけだ」
そう言って目を閉じるサーニャ。
「とりあえず今は、全員の回復と合流が優先だ」
レイが言うと、エリシアもすぐに続く。
「はい。無理に動けば逆に状況を悪化させる可能性があります。ここで数日、身を潜めながら次の手を考えましょう」
サーニャも静かに頷いた。
場面は変わり、アルヴェリア領。
レイたちが救出した者たちは、無事に到着していた。
温かい食事と久しぶりの入浴を終え、ようやく人心地ついた彼らの中から、代表としてルーカスが領主アルフレッドのもとを訪れていた。
「この度は、本当にありがとうございます」
深く頭を下げるルーカスに対し、アルフレッドは穏やかに笑う。
「気にするな。レイと娘からの頼みだ。我々にできることは何でもしよう」
そう言って軽く肩をすくめる。
「それに……あれだけの依頼料を受け取ってしまってはな」
その言葉に、ルーカスは目を見開いた。
「……依頼料?」
「ああ。お前たちを連れてきた者が持っていた金貨だ。すべて、お前たちのために使ってくれと手紙に書かれていた」
「……っ」
ルーカスは言葉を失う。
あの状況で、そこまで用意していたというのか。
「あの方は……どれだけお人よしなんでしょうか……」
思わず漏れたその言葉に、アルフレッドも同意するように笑った。
「まったくだな」
そして、ふと表情を引き締める。
「手紙にはもう一つ書かれていた。お前たちはここで十分に休み、回復すること。そして――」
ルーカスを見る。
「回復後、再びガルドリア王国へ向かい、レイたちの手助けをすることだ」
その言葉に、ルーカスは一切迷わず頷いた。
「もちろんです。今度は、私たちが力になります」
アルフレッドは満足げに頷く。
「それから、これからさらに救出される者たちもここへ来る予定だ。その指揮はお前と後から来るヤコウというものに任せるとのことだ」
「承知しました」
「屋敷の中は自由に使って構わん。ただし外に出ることは控えろ。ここにいることが知られれば、面倒なことになる」
「はい」
ルーカスは再び頭を下げ、その場を後にした。
そして――再びガルドリア王国。
ゼルドとバルガは兵士たちを率い、レイたちの捜索を続けていた。
「……どこへ消えた」
ゼルドが低く呟く。
「いずれ見つかる。あの程度の数、隠れ続けられるものではない」
バルガは苛立ちを隠さず言い放つ。
だが、その一方でレイたちの捜索をせずに城の一室に一人残っている者がいた。
最後の四天王の一人であるルミナだった。
彼女は誰にも会わず、自室に籠り続けていた。
(ガルムが死んだ……)
その事実を、何度も反芻する。
驚きはあった。
だが、それ以上に――
(……好都合ね)
そして同時に別の疑問が浮かぶ。
(サーニャ……なぜ、今さらこの国に……)
サーニャはルミナにとって良き友人だった。
あの状態の彼女がどうやってガルムを倒したのか。
思考を巡らせていた。
そのときだった。
扉の向こうに、わずかな気配を感じる。
「……誰」
静かに問いかける。
すると扉が、静かに開く。
そこに立っていたのは。
「……久しぶりね」
ミレアだった。
ルミナの目が、わずかに見開かれる。
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