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新たな神器の存在が明らかになり、書庫の空気は一層張り詰めたものとなった。
玄洋会が次なる手を打つ前に、こちらが先んじなければならない。
志乃は、幻視で見た光景を必死に思い返していた。
あの山頂の社……先祖である巫女は、ただそこで力を誇示していたわけではない。
あの場所で、何かを、あるいは何かから、『陽霊の玉』を固く守っていた。
そんな気がしてならなかった。
「八坂様、水上さん」志乃は、決意を固めて二人に向き直った。「私が幻視で見たあの山頂の社こそが、『陽霊の玉』が隠されている場所だと思います。私の先祖は、あそこで玉を隠し、守っていたに違いありません。玄洋会がその場所を見つけ出す前に、私たちが先に行かなければなりません」
その言葉には、不思議な確信がこもっていた。
翁は、その確信が『鎮めの血脈』に由来する、一種の直観であることを悟り、深く頷いた。
「乙女の言う通りじゃろう。じゃが、問題は、その社がどこにあるかじゃ。幻視で見た光景を手がかりに、この日の本の国に数多ある霊山の中から、たった一つの場所を突き止めねばならん」
「志乃さん」水上が、真剣な口調で尋ねた。「どんな些細なことでも構いません。見た光景を、できるだけ詳しく教えていただけますか」
こうして、前代未聞の古地図調査が始まった。
八坂翁の指示のもと、和泉と水上が書庫の奥から、巨大な巻物状の国絵図や、寺社が発行した古い参詣曼荼羅、そして陸軍が作成した最新の測量地図まで、ありとあらゆる地図を持ち出してきた。
大きな机の上に広げられたそれらは、帝都の歴史そのものを広げたかのように、壮観であった。
「山の形は、どのようなものでしたかな」翁が尋ねる。
志乃は目を閉じ、懸命に記憶を探った。
「…頂が三つに分かれていて、中央が最も高く、まるで兜の前立てのようでした。山の麓には、大きな湖があったように思います。そして、木々は…松ではなく、もっと葉の大きな、深い緑の…」
「楢か、あるいはブナか…」水上が呟き、最新の地図と照らし合わせ、植生から候補地を絞り込んでいく。
「社そのものは?」和泉が尋ねた。「鳥居の形や、屋根の造りに特徴は?」
「とても、古い造りでした」と志乃は答えた。「伊勢の神宮で見たような、直線的で、飾り気のない…。千木が高く、鰹木が何本も並んでいました」
和泉はその特徴を聞き、建築様式の記録を調べ始める。
しかし、志乃の記憶を頼りに絞り込んでも、候補地はまだ数十箇所も残っていた。
時間は刻一刻と過ぎていく。
どの地図を睨んでも、どの文献を調べても、決定的な手がかりが見つからない。
焦りが募り始めたその時、志乃はふと、八坂翁が龍脈を引いていた、あの半透明の紙に目を留めた。
そして、一つの考えが閃いた。
「八坂様。少し、試してみたいことがあります」
志乃はそう言うと、和泉が保管していた『鎮魂藻』の小箱を、丁重に借り受けた。
そして、その箱をそっと胸に抱き、広げられた巨大な古地図の上に、おそるおそる手を置いた。
彼女は、幻視で見た光景を、そして母の故郷である信州の山々を、強く心に念じた。
自分の内にある『鎮めの力』が、この地図と、そしてその先に広がる大地と、共鳴するのを願って。
すると、不思議なことが起こった。
志乃の手が触れている辺りから、地図の表面が、まるで水面のように、微かに波紋を広げ始めたのだ。
和紙の繊維が、淡い光を帯びて明滅している。
その光は、地図の上を川のように流れ、やがて一点へと収束していった。
「…ここです」
志乃の指が指し示したのは、信濃国の山深く、ほとんど名の知られていない、一つの山であった。
水上が、すぐさま最新の軍用地図でその場所を確認する。
「……間違いない。現在の、上高地と呼ばれる一帯の奥深く…。交通の便も悪く、ほとんど人の立ち入らない場所です」
八坂翁は、その地名を聞くと、書庫の棚からひときわ古びた一冊の書物を取り出した。
それは、その地方の風土記の写本であった。
彼は、震える指で頁をめくり、やがてある記述を見つけ出した。
「……あったぞ。『日鎮ヶ岳』。古の伝説によれば、天照大神が国造りの後に、その御魂を鎮めた地とされる。麓には、斎部の一族が隠れ住む神邑あり。山の頂には、乙女の巫女が仕える社ありて、大いなる光が世を焼き尽くさぬよう、永劫の封印を守ると云う…」
全ての謎が、一本の線で繋がった。
幻視の光景、母の血筋、そして『陽霊の玉』の伝説。
彼らが探していた場所は、間違いなくこの『日鎮ヶ岳』であった。
一同の顔に、緊張と決意の色が浮かぶ。
目的地は定まった。
あとは、玄洋会より先に、そこへ辿り着くだけである。




