表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古今堂怪異綺譚  作者: 一宮九葉
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/49

22

 新たな神器の存在が明らかになり、書庫の空気は一層張り詰めたものとなった。

 玄洋会が次なる手を打つ前に、こちらが先んじなければならない。

 志乃は、幻視げんしで見た光景を必死に思い返していた。

 あの山頂のやしろ……先祖である巫女みこは、ただそこで力を誇示こじしていたわけではない。

 あの場所で、何かを、あるいは何かから、『陽霊ようれいたま』を固く守っていた。

 そんな気がしてならなかった。


八坂やさか様、水上さん」志乃は、決意を固めて二人に向き直った。「私が幻視で見たあの山頂の社こそが、『陽霊の玉』が隠されている場所だと思います。私の先祖は、あそこで玉を隠し、守っていたに違いありません。玄洋会がその場所を見つけ出す前に、私たちが先に行かなければなりません」


 その言葉には、不思議な確信がこもっていた。

 おうは、その確信が『しずめの血脈けつみゃく』に由来ゆらいする、一種の直観ちょっかんであることを悟り、深く頷いた。


「乙女の言う通りじゃろう。じゃが、問題は、その社がどこにあるかじゃ。幻視で見た光景を手がかりに、この日の本の国に数多あまたある霊山れいざんの中から、たった一つの場所を突き止めねばならん」


「志乃さん」水上が、真剣な口調で尋ねた。「どんな些細ささいなことでも構いません。見た光景を、できるだけ詳しく教えていただけますか」


 こうして、前代未聞ぜんだいみもんの古地図調査が始まった。

 八坂翁の指示のもと、和泉と水上が書庫の奥から、巨大な巻物状の国絵図や、寺社が発行した古い参詣さんけい曼荼羅まんだら、そして陸軍が作成した最新の測量地図まで、ありとあらゆる地図を持ち出してきた。

 大きな机の上に広げられたそれらは、帝都の歴史そのものを広げたかのように、壮観そうかんであった。


「山の形は、どのようなものでしたかな」翁が尋ねる。


 志乃は目を閉じ、懸命に記憶を探った。

「…いただきが三つに分かれていて、中央が最も高く、まるでかぶと前立まえだてのようでした。山のふもとには、大きな湖があったように思います。そして、木々は…松ではなく、もっと葉の大きな、深い緑の…」


ならか、あるいはブナか…」水上が呟き、最新の地図と照らし合わせ、植生しょくせいから候補地を絞り込んでいく。


「社そのものは?」和泉が尋ねた。「鳥居の形や、屋根の造りに特徴は?」


「とても、古い造りでした」と志乃は答えた。「伊勢の神宮で見たような、直線的で、飾り気のない…。千木ちぎが高く、鰹木かつおぎが何本も並んでいました」


 和泉はその特徴を聞き、建築様式の記録を調べ始める。

 しかし、志乃の記憶を頼りに絞り込んでも、候補地はまだ数十箇所も残っていた。

 時間は刻一刻と過ぎていく。

 どの地図を睨んでも、どの文献を調べても、決定的な手がかりが見つからない。


 焦りが募り始めたその時、志乃はふと、八坂翁が龍脈を引いていた、あの半透明の紙に目を留めた。

 そして、一つの考えがひらめいた。


「八坂様。少し、試してみたいことがあります」


 志乃はそう言うと、和泉が保管していた『鎮魂藻ちんこんそう』の小箱を、丁重ていちょうに借り受けた。

 そして、その箱をそっと胸に抱き、広げられた巨大な古地図の上に、おそるおそる手を置いた。


 彼女は、幻視で見た光景を、そして母の故郷である信州の山々を、強く心に念じた。

 自分の内にある『鎮めの力』が、この地図と、そしてその先に広がる大地と、共鳴きょうめいするのを願って。


 すると、不思議なことが起こった。

 志乃の手が触れている辺りから、地図の表面が、まるで水面のように、微かに波紋はもんを広げ始めたのだ。

 和紙の繊維が、淡い光を帯びて明滅している。

 その光は、地図の上を川のように流れ、やがて一点へと収束しゅうそくしていった。


「…ここです」


 志乃の指が指し示したのは、信濃国の山深く、ほとんど名の知られていない、一つの山であった。


 水上が、すぐさま最新の軍用地図でその場所を確認する。


「……間違いない。現在の、上高地と呼ばれる一帯の奥深く…。交通の便も悪く、ほとんど人の立ち入らない場所です」


 八坂翁は、その地名を聞くと、書庫の棚からひときわ古びた一冊の書物を取り出した。

 それは、その地方の風土記ふどきの写本であった。

 彼は、震える指で頁をめくり、やがてある記述を見つけ出した。


「……あったぞ。『日鎮ヶ岳(ひずめがたけ)』。いにしえの伝説によれば、天照大神あまてらすおおみかみ国造くにづくりの後に、その御魂みたまを鎮めた地とされる。麓には、斎部いんべの一族が隠れ住む神邑かむらあり。山の頂には、乙女の巫女が仕える社ありて、大いなる光が世を焼き尽くさぬよう、永劫えいごうの封印を守ると云う…」


 全ての謎が、一本の線で繋がった。

 幻視の光景、母の血筋、そして『陽霊の玉』の伝説。

 彼らが探していた場所は、間違いなくこの『日鎮ヶ岳』であった。

 一同の顔に、緊張と決意の色が浮かぶ。

 目的地は定まった。

 あとは、玄洋会より先に、そこへ辿り着くだけである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ