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古今堂怪異綺譚  作者: 一宮九葉
第2章

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 『系譜石《けいふせき》』が見せた光景と、己《おのれ》の血脈《けつみゃく》の重さに、志乃はしばらくの間、ただ静かに座していた。

 疲労感と共に、これまで経験したことのないほどの大きな責任感が、彼女の小さな肩にのしかかっていた。

 しかし、幻視《げんし》の中で見た光景には、まだ解き明かされぬ謎が残されている。


 志乃は、心を落ち着けると、神器の専門家である和泉へと向き直った。


「和泉さん。先程、石が見せた光景の中に……戦国の世の巫女《みこ》がおりました。その方が、山頂の社《やしろ》で、何か光るものを天に掲げていたのです。まるで、小さな太陽のような……。あれも、『神器《じんぎ》』なのでしょうか。そのような品に、心当たりはございますか?」


 その問いに、和泉ははっと息を呑み、隣にいた水上と視線を交わした。

 水上の表情も、にわかに険《けわ》しくなっている。

 八坂《やさか》翁《おう》だけが、全てを見通したように静かに目を閉じていた。


「……志乃さん」和泉の声は、緊張でわずかに震えていた。「あなたがご覧になったのは、おそらく、『陽霊《ようれい》の玉《たま》』でしょう」


 和泉はそう言うと、書庫の一角にある、特に厳重に錠をかけられた棚へと向かった。

 彼女が取り出してきたのは、黒漆《くろうるし》の箱に納められた、分厚い和綴《わと》じの書物だった。

 その表紙には、『神器典《じんぎてん》』という金文字が記されている。


「これは、我々『防人《さきもり》』が代々記録し、編纂《へんさん》してきた神器の目録《もくろく》です。ここに…」


 彼女は慣れた手つきで頁をめくり、ある箇所を指差した。

 そこには、光り輝く玉を掲げる巫女の、精緻《せいち》な絵が描かれていた。

 志乃が幻視で見た光景と、寸分《すんぷん》違わぬ姿であった。


 和泉は、その頁の記述を読み上げ始めた。


「『陽霊の玉』。太陽の神の御魂《みたま》、その一部を宿すと言われる宝玉《ほうぎょく》。ただ光るにあらず、万物《ばんぶつ》を育む生命の力と、あらゆる穢《けが》れを祓《はら》う浄化《じょうか》の力を宿す。その輝きの前には、いかなる闇も影を潜め、いかなる病も癒《い》えると伝えられる…」


 そこまで読むと、和泉は一度言葉を切り、志乃の顔を心配そうに見つめた。


「ですが、続きがあります。『…されど、その力、あまりに強大《きょうだい》にして清浄《せいじょう》なるが故《ゆえ》に、常人にはその輝きに耐えること能わず《あたわず》。長きに渡りこれを持てば、魂魄《こんぱく》焼き尽くされ、灰燼《かいじん》に帰《き》すであろう。また、その大いなる光は、闇を祓うと同時に、深き闇に潜むモノどもを強く惹きつける。故に、これを扱えるは、清浄なる『鎮《しず》めの血脈』を持つ者のみと心得よ』…と」


 志乃は、ごくりと喉を鳴らした。

 幻視に現れた巫女は、自分と同じ『鎮めの血脈』を持つ先祖の一人なのだ。

 彼女は、この危険な宝玉を、その身一つで扱っていたことになる。


「その『陽霊の玉』は、今どこに?」


 志乃の問いに、水上が重い口調で答えた。


「分かりません。それが、我々が長年追い続けている謎の一つです。古文書によれば、戦国の世の終わりに、ある巫女がそれを携《たずさ》え、乱世の穢れから隠すために、どこかへ姿を消した、とだけ記されています。その行方は、今もって知れない」


 八坂翁が、静かに目を開いた。


「乙女よ。そなたが見た幻視は、ただの過去の記憶ではないやもしれん。それは、来るべき未来への、道標《みちしるべ》であった可能性が高い。玄洋会《げんようかい》が『鎮めの石』を手に入れた今、彼らが次に求めるのは、その力を増幅《ぞうふく》させるための、より強大な神器じゃろう。おそらくは、この『陽霊の玉』…」


 新たな神器の存在が明らかになり、事態はさらに複雑さと危険性を増していた。

 玄洋会が玉の存在に気づくのも、時間の問題かもしれない。

 そして、その在処《ありか》を示す唯一の手がかりは、今や志乃の記憶の中にしかないのだ。

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