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面白い小説読了後のあの素晴らしい爽快感。
ああいうのが出せるように頑張りたいです。
と、いっても自分の稚拙な文章、ストーリーでは敵うはずもなく、それはもうプロの作家さんの物語とは物凄い差があるわけで…。
この悲しき差を埋めるべく日々精進です。
肌に寒気が突き刺さる。
ポケットに入れている手は大丈夫だが首や顔はモロに冷風をくらっているため、もはや人間のものとは思えない表皮体温になっていた。
出来ることならこの冷えてしまった肌を温め直す名目で、山本の後に続き楓ん家でぬくぬくしたいとこである。
「あの…、楓さん…」
美影がまた先頭を無言で進む楓に尋ねた。
「もしかして目的地って星見が丘公園ですか?」
「そうだが…、なんで知ってるんだ?」
美影の口から楓の向う先が飛び出したらしい。
星見が丘公園?
どこにでも有りそうな名前の公園だが、俺達が天体観測する場所はただ単に楓の家の近くの公園と聞かされていただけだ。
その公園の名を彼女が知っているというのは疑問である。
美影はモジモジとしながら答える。
「実は昔この辺りに住んでたんです。星見が丘公園も小さい頃よく行った場所で…」
そう言いながら美影は照れたように微笑むと、懐かしそうに辺りを見渡した。
へぇー、美影昔この辺りに住んでたんだぁ。
俺も彼女につられて辺りを軽く見てみたが、始めて訪れる俺にとってみたら、この町は寂れたゴーストタウンにしか見えない。羽路市の郊外は案外こんなもんなのかもしれない、過疎化というか空洞化という…、俺にはよくわからないけど少しだけさびしくなる。
…楓の実家を田舎扱いは失礼な物言いかもしれないが実際その通りなんだもん。
「でも、懐かしなぁ、コンビニなんか全然ないところがまたいいんですよねー」
「いや不便なだけだろ。俺も早く引っ越したいぜ」
「えー、楓まで引っ越したら僕一人になっちゃうじゃん!」
「芳生だって引っ越せばいいだろ」
「僕はこの町が好きなの!」
芳生はかっこよく言い切った。
…それでは美影が格好悪いという事になってしまうではないか。
美影がこの町を移った、ということは転校前、つまり引っ越しをする前に美影の実家がここらへんにあったということなのかな。
だとしたら引っ越ししたあとで近場の羽路高校に転校してくるのは少しおかしくないだろうか。
引っ越しする前の段階でも羽路高校はそんなに遠くないのだから、普通に入学してても変わらないと思うけど。
「元地元民だったら知ってるかな、星見が丘公園は実際天体観測にはどうなんだ?」
のほほんと背中に担いだ円筒バッグの天体望遠鏡を揺らしながら、楓は美影に尋ねた。
…美影の家庭の事情だしあまり憶測するのも失礼だな。
というわけで俺は静かに思考を停止した。
「ちょっとまて、楓」
黙る俺とは違って部長が口を挟む。
「お前、一回も行った事ないのに場所決めしたのか?」
確かに具合をわざわざ美影に尋ねるということは不思議である。
そうなると楓は場所見を一回もしなかったという事だろうか。
「昼間なら何回か行ったことあるが夜行くのは始めてだな」
「貴様!下見もなしに今回の合宿を敢行したのか!」
「敢行したのはアンタだろ」
部長は目をひんむいて楓を睨み付けている。
そこまで気にする事じゃないだろ。
まあ、遠出したかった部長に言わせれば近場に小旅行する決め手となった楓の無責任な発言が気に食わないのかもしれないが。
「ええーい、黙れ黙れ!私はお前がオススメのビュースポットがあるというから乗ってやったのだぞ!それが実は下見もしてなかった場所だったなんて驚愕だ!もしもろくに星が見えなかったらどうするというのだ!?」
「この天気でそれはないし、見れないのなら『星見ヶ丘』なんて名前はつかないだろ」
確実とは言えないがその通りだろう。
こんなに晴れ渡る夜空で少なくとも木々が生い茂る森の中でない限り、星が見えないという事はない。
俺は首を軽く動かして天を仰いだ。
なんならもう始めても支障がないほどの満天の星空である。
夜中まで快晴という天気予報は外れる事は無かったようだ。
「それでも万が一、天体観測が出来ないとなると…」
部長は頭では理解していても悔しいからか、惨めな反論を開始している。
「部長さん大丈夫ですよ」
そんな部長を諫めたのは美影だった。
「星見ヶ丘公園には天体観測所が近くにありましたし、私も何度か天体観測をした事がありますから。それくらいメッカなんです」
明るくニコニコと部長に言う。
部長は仕方無く説き伏せられたといったように数秒黙ると、すぐに声をあげた。
「彼氏と天体観測か」
「え?」
いきなり過ぎる部長の発言に美影同様俺も面食らう。
今の話で彼氏と行ったなんて一言もでていなかったが…。
彼氏と天体観測!?
「だってそうだろ?天文部以外に天体観測なんてする理由はそれくらいしか考えられないじゃないか」
とんだ迷推理だ。
慌てて損したよ。全部部長の想像じゃないか。
「違いますよぉ!」
美影もほっぺたを赤くしながら反論している。
安心安心、美影に彼氏はいない、よね?…多分、きっと、だけど、
…美影可愛いからな、…わからない、平気だよね…、どうなんだろう…、彼氏、いたことあるのかな?いや別にいたから嫌いになるとかそういうのは、…ないけど…、
「彼氏なんていません!」
やったぁぁぁぁぁ!
否定したぞ!本人がそう言ってんだから確実だろう。
救われた!なんだか凄い救われた!
それがわかっただけで今回の合宿に意味があった気がする。
「私が星見ヶ丘公園に行ったのはガールスカウトでのキャンプの時と家族でのちょっとしたイベントでですよ!彼氏なんかと行った事はないです!」
「どうだろうな。そう熱くなって否定するところが怪しい…」
「部長さん!」
「わ、わかったよ。全くジョークがわからないんだから…」
もの凄い剣幕に部長は静々と黙った。
美影は白い息を吐きながら、呼吸を整えている。
いやぁ、でも良かった。
美影に彼氏はいなかったんだから…。
…まさか、単に天体観測という名のデートはした事なかったが、実際はいた、とか、…ないよね…?
…
べ、別にいたから問題があるとかそういうわけじゃないんだよっ!うん!
表面上は平静を取り繕っているが心の中では大パニックである。
いっその事彼氏いない歴を聞く方がアレコレと推察するより早い気がする。
…だけどそれ聞く勇気があったらいつまでも友達をやっていないだろう。
「あ、あの駄菓子屋まだあったんだ」
美影が、先ほどの剣幕はどこにやらという感じのすっとんきょんな声をあげた。
その視線の先には暗くて見づらいが駄菓子屋があるようである。
時の波に取り残されたという感じのレトロな木製の看板に平仮名で『だがし』と書かれているのが辛うじて読める。
「ババアは去年引退して今は娘が引き継いだそうだ」
楓もそっちの方向を向きながら言った。
ババア、というのは店員の事だろうか。それにしても意外だ、楓がババアだなんて口汚ない言い方するとは。
「あら、そうなんですか。懐かしいなぁ…、おばあさん、私は怒られた事無かったんですが、男子はみんないちゃもんつけられたって言ってましたね」
「ああ、全くあのばあさんには酷い目に合わされた」
「あれは楓が悪いよー」
よくわからん地元トークで盛り上がる美影と楓の二人に芳生が新たに加わった。
そういえば芳生もここらへんに住んでいると言ってたな。
「真夏のマンホールの蓋の上でオタマジャクシを焼くなんて残酷だもん」
…えげつないな、子供楓。
「焼いたら食えるかな、と思ったが匂いがきつ過ぎてアレは無理だった。その途中にババアが出てきて叱られたのもいい思い出だ」
「とばっちりで叱られた僕の身にもなってよ」
随分と嫌な思い出をお持ちで。つうか実際口にしてたらちょっぴり友達を考えさせてもらいたいとこである。
「でも実際カエルは鶏肉に似た味がすると聞いたことがあるし、ザリガニやサワガニは泥抜きすれば結構おいしいというのに…」
下手物食いの楓が…。
そんな豆知識いらん。
「ドジョウは普通に食うだろ。なのに同じニョロニョロしたオタマジャクシはいけないというのが理解できん…」
なんでそんな話を発展させようとする。
「美影って北中?」
ぶつぶつと一人下手物トークを発展させる楓の後ろで、芳生が美影に話しかけた。
北小というと北中学校、とかそういうところだろう。
残念ながら地元民じゃない俺には全くどこの話をしてるのかさっぱりだが。
「いえ東第二中学校です」
「あー、東二中かー、あそこバレー強いよね」
「そうですね、練習にも熱がこもってましたよ」
「僕は一中だったんだけどさ、うちのバレー部が手酷くやられてたのが記憶に残ってるよ。折角応援にいったのにストレート負けだもん、ちょっとアレにはガッカリしちゃった」
「でも一中はサッカー強いじゃないですか。去年なんてテレビのインタビュー受けた選手いたらしいですね」
「あ、木村ね!そのインタビュー受けた人って僕の友達なんだ」
芳生は誇らしげに胸を張った。お前じゃないだろインタビューを受けた人は。
美影も美影で「わあ、凄い」なんて芳生を誉めるみたいになってるし、もうわけがわからん。
「そういえば一中VS二中の合同スポーツ大会なんてあったよね。合計メダル数で二中負けたのが悔しいなぁ」
「三年生だけのやつですよね、みんな受験控えてるこの時期になんでやらなくちゃいけないの、とか文句言ってたけど、結構盛り上がりましたよね」
「美影はなんのスポーツ選んだの?」
「バスケにしたんですけど全然」
残念そうに首を降る。
それから芳生さんは?と聞き返した。
「僕は騎馬戦!なんだか分からないウチに優勝してたよ!」
…ちょっとまて。
スポーツ大会になんで騎馬戦が入るんだ?
というかその一中VS二中の合同スポーツ大会ってのはそもそもなんなんだよ。
運動会とは違うのか?
頭の中では様々な疑問が巡り巡るが彼らの話の腰を折るのは忍びないので黙って拝聴するだけだが…。
「わぁ!アレ一番厳しくなった競技ですよね!確か六中が殴り込みに来て大混戦になったという…、私は女子なんで現場にいなかったけど、後で友達に聞きましたよ!」
…六中が殴り込み?
えっと、ちょっと待って、つまり、
一中と二中の騎馬戦に六中が乱入してきたってこと?
三〜五の中学校は何やってんだ、いきなり飛んで六中かよ、市内にどんだけ中学校あるんだよ。しかもさっき北中とかいってたからまだ東西南北があまってんじゃねぇか!
…あ、一中二中が東中なんだっけ、つまり略さず言うと、東第一中学校対東第二中学校の対決に東第六中学校が乱入してきたと…、…もうわけわからん。
というか乱入ってそもそも…いいの?
俺の無言の疑問に芳生はスラリと思い出に浸るように答えた。
「ほんっと、大混戦だったよ!いきなり二機の騎馬がフィールドに『たのもー』っていって入って来て、普通に参加してるんだもん、驚いちゃった!」
「え、そ、それで?」
「いきなりそんな目立つ登場したからさ、一中も二中も最初の標的にして開始10秒くらいで二機とも潰れてたなぁ…、それで六中のその人達、後で来た先生にすっごい叱られてた」
「あはは、そりゃそうですよね。でもそんな中で優勝って凄いじゃないですか」
心底楽しそうに語る芳生につられてか、美影も随分と楽しそうだ。
「僕は騎馬の方だったからあんまり活躍してないけどねぇ、スポーツ大会といえば、ドロケイのやつ覚えてる?」
「あー、覚えてます!あの伝説の風事件ですよね?あれは間近で見てたんですっごい鮮明に記憶してますよ!」
…バスケがあって、騎馬戦があって、ドロケイがある…、…どんだけ広範囲なスポーツ大会なんだよ…。
その後、彼らの小粋な地元トークは星見が丘に着くまで延々と続いた。
俺や和水、部長は一様に口を閉ざしたままだった。
こういう共通話題で会話してるときに介入するのは非常に困難である。
無駄に相槌をうっても理解出来なくと虚しくなるだけだし、…うーむ、こういう話題されてる時に会話に入るのは本当に難しいなぁ。