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早速ですが、諦めてもいいですか?  作者: Ka


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第6話 出発

 村を出た俺たちは、次の目的地へ歩みを進めていた。


「はあ、はあ、はあ......」

「まだ全然歩いてないよ?」


 手を膝につき、その場で息を切らせる俺を見て、レンは呆れた表情で言う。

彼女の声からは一切の疲れを感じさせなかった。

青臭い匂いが四方から鼻孔に入ってくる。

一面に生い茂る緑のところどころに花が芽吹いていた。

もう少し行けるとは、思ってたんだけどな。

 生暖かい呼気が地面へと沈んでいく。

正直なんとかなるだろうと高を括っていたが、レンの歩調は想像を絶するものだった。

彼女のペースに食らいついていられたのは、最初の一時間にも満たないだろう。

我ながら情けない。

なんとかもう一歩踏み出そうにも、一度止めてしまった身体は銅像のように動かなくなってしまった。


「もう、無理、かも」


 歩みを止めても、鼓動は落ち着く気配を見せない。


「しょうがないなあ。ここで一旦休もうか」


 肩をすくめたレンは荷物を近くの木の根元に降ろした。

その言葉に全身の気が抜けてしまった。

や、やっと休める......

重力に身を預け、その場に腰を下ろす。


「痛っ!」


 反動で地面についた手が勢いよく跳ね上がった。

鋭く尖った石が手からぽろっと地面に落ち、道の端へ転がっていった。

手のひらはパックリと二手に裂けていて、間もなく赤い液体が溢れてきた。


「大丈夫?」


レンは上ずった声をあげ、こちらを向いた。


「全然平気」


 実際大した傷ではない。あえて言うなら問題はこの後。

次の瞬間、裂けた部分に小さな火が燃え立った。

マッチ棒を擦った程度のちっぽけな火。

 しかし、細胞が異常として認識するには十分すぎる規模だ。

別種の新たな痛みに目を細める。

生じた火は導火線を伝うようにして、傷口を辿る。

火が過ぎた後の傷口は何事もなかったように塞がっていた。

火は次第に小さくなり、やがて陽炎だけが残った。その陽炎も空気に溶けるようにして、すぐに消えていった。

 不死鳥の因子。

 俺に宿り、たった今効果を発現した能力だ。

その身に宿る炎はあらゆる傷を癒すという。

ただしこの炎が厄介で、能力が発動するたびに痛みを伴う。

 当たり前と思うかもしれないが、元々の傷と、火傷の痛みの二重苦はなかなかにきつい。

今回は小さな傷だったからいいものの、以前のように腕や足を失った時の苦痛を想像すると、燦々と熱を振り撒く太陽に反して、悪寒が肌の下を走った。

 ふうっと一息つくと、痛みは次第に引き、視界が開けていく。

節々が冷たく感じた。知らぬ間に相当汗をかいていたらしい。


「落ち着いた?」

「やっとね」


 痛みに耐えた俺を労うかのように風がそっと肌を撫で、そばを抜けていった。

少し軽くなった腰を上げ、レンの隣まで向かう。



「アキラってさ、もしかして引きこもりだった?」

「うぐっ......」


 茶髪をなびかせる少女は頬をゆるませ、言の刃で容赦無く俺を刺した。

細かく言えば引きこもりではないし、学校にもしっかり通っていたのだが、思い起こされるのは家でぐうたらしていた日々だけで、否定するだけの記憶が出てこなかった。


「あと二、三日はかかるから慣れてよね」


 レンが折り畳まれた紙をパッと広げた。

地図のようだった。

緑色に塗られ、縦に伸びた大陸の周りに水色の海が描かれている。

大陸は南端のわずかな部分のみが青い斜線が引かれていて、他は反対に真っ赤に引かれていた。


「この前の村がここで、私たちが次に行くのはここ」


 レンが赤と青の境目近くを指差し、指はそのまま陸地をなぞり、赤の領域へ入り込んだ。

『火』が言っていたことも参考に入れると、この青い斜線部分が人間の領地なのだろう。ぱっと見、一割にも満たないように見える。人間側が劣勢とは聞いていたが、ここまでとは。

話は続く。


「古城ギルフレッド。昔人間が建てた城で、領土を魔族に奪われた後も、人々が半ば籠城して生活しているんだ。あとちなみに名前はこの城を建てた勇者の名前からつけたものだそうだよ」

「城に引きこもって生活なんてできるものなのか?」

「ここは川の一部を囲む形で建てられたから、水に関しては問題ないし、農業ができるぐらいには城の中に土地があるみたい」


 聞く限り、城とはいっても、小さな城塞都市のように聞こえた。

まあ確かに水と土地があれば、ほとんど外界とは接しないでそういうこともできるかもしれない。


「だからまずはここへ行って、魔族の領土に関する情報収集をしたいんだ」


 敵地で独立している城。いわば孤立した最前線基地とも言える。確かに情報を集める上ではうってつけの場所に違いない。


「アキラは何か意見とかある?」

「いや特にない。レンに従うよ」


レンは頷き、広げた地図を丁寧に畳み、地面に置いた荷物の中へしまった。


「ピクトは、まだ起きてこないね。不定期に寝ちゃうから、いつ出てくるかわかんないんだよね〜」


 レンが腰に携えた小さなポーチをそっとさすった。

馬小屋で意識がない時に見守ってくれていたピクトは、出発の直前にいきなり眠いと言い出し、ここまでずっとレンのポーチに姿を隠してしまっていた。

 当時の様子とともに、ふととある記憶が蘇った。

俺が二人にこの旅に同行したいと言った時のことだ。

歓迎ムードのレンとは違い、ピクトの反応はどこか言葉に詰まるような、気乗りしないような、そういうものだった。

 自分が何かしてしまったのだろうか。

所在のしれない罪悪感が村を出てからずっと頭の端にこびりついていたままだ。

しかしピクトとはそもそも会話自体が少なかったし、心当たりがない。

本当に彼の言う通りただ休息なのかもしれない。自分にそう言い聞かせても、思考は静かに動き続けている。

あるいは......


「待ってても仕方がないし、先を急ごう。もう歩ける?」


 レンが荷物を持ち上げ、足首をくるくると回した。

はっと意識がこの場へ戻る。

足の疲労感は大分マシになった。まだ万全には程遠いが、レンのいう通りそこまで待ってもいられない。ピクトについては、また起きてきた時に考えよう。

大地を踏みしめ、立ち上がる。


「大丈夫だ」


 そう言って、再び歩き始めたレンの背中を追った。



ーー二日後


「もう少しだね」


 レンが鼻を小刻みに動かす。

太陽は傾き、陰り始めた一帯に虫の鳴き声が生まれ始めていた。

戦ぐ風に身体がぶるりと小さく震える。

俺たちは古城ギルフレッドのすぐ近くまで来ていた。


「今日はここで野営しようか」


 レンはその辺に落ちている小枝を集め、道外れに横たわった大木に腰をかけ、焚き火の準備を始めた。

今日も今日とて、俺の足は石でもくくりつけられたみたいだ。

けれど、初日のように立ち止まってしまうようなことはなかった。

よし、成長してるぞ。

 目の前には草原が広がっている。

暗くなりつつあるが、風に揺らぐ草の波がかろうじて見て取れた。

道を挟んだ反対側にも多少の草原が続いているが、その先は森になっている。

 俺も寝袋を広げ、準備をする。

 この二日間で多くのことをレンに教えてもらった。

まず一つ目が、魔物と魔族の違い。

彼らの違い、それはズバリ知性だそうだ。

本能の赴くままに、直情的に行動をするのが魔物。

例としては、馬小屋で襲ってきた影たちが挙げられる。

反対に魔族は人間と比べても遜色ない知性を持つようで、魔物を懐柔し、社会基盤まで形成しているらしい。

当然、魔王は魔族に属する。

ちなみに魔王率いる魔物と魔族の総称は魔軍と呼んでいるようだ。

なんともまあ、直球なネーミングセンスだなと思う。

二つ目は、領土の問題だ。

地図上では魔軍に押し込まれてはいるものの、得た領土に対して魔物や魔族の数が足りておらず、道で魔物に出くわすことはあまりない。魔除けをしておけば、安心して寝ることもできる。この先を進んでいけばこうもいかないらしいが、まあ今はこの幸運を噛み締めておこう。

 寝袋を広げ終えると、カチカチと石を打ちつける音がした。

レンの火打石だ。

カチ。

カチカチ。

心地の良い打音がテンポよく鳴り響く。

風にさざめく木の葉と虫の合唱も相まって、目を閉じれば何かの楽器かと思ってしまいそうだ。

何小節かの後に、焦げた匂いが鼻をくすぐった。

レンが顔の前に手を当て、あたりから集めた小枝の山へ息を吹き込む。

風を触媒として火種は次第に焚き火へと変わる。

 その時だった。


「ぎゃああぁあぁぁああッ!!!」


 反射的に首が森の方へと向く。

男の絶叫であった。

一瞬、それ以外の音がこの世界から消えてしまったかのような絶叫。

心臓がきゅっと小さくなる。

人間の声だとは思えないけれど、なぜかそう確信できてしまった。それがひどく恐ろしかった。

 男の声が途切れ、再び風と虫の合唱に戻る。

カツンと乾いた音がした。

直後、残像が視界の端から森へと駆け抜ける。

遅れて、足に何かが当たった。

それはレンが手にしていたはずの火打石の欠片だった。

腹の底でぐるぐると何かが渦巻く。身体が進むことを拒否している。

だけど、行くしかない。今ここに一人でいるよりはマシだ。

右足を持ち上げる。

踏み出した足は鉛のように重かった。

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