53 政治と自己欲求
第7章 動き始めた歯車 第53話 政治と自己欲求
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やはり日本は、どこか平和――
それが当たり前になっている節がある。
もちろん、それ自体はとても良いことだし、
この先も、ずっとそうであることを誰もが願っているはずだ。
しかし、少し角度を変えて考えてみれば、
すべての人が、それを同じ温度、同じ重さで受け止めてよいのかは、
もう少し慎重に考える必要があるのかもしれない。
特に、責任ある立場にいる公人と一般の人々とでは、
危機を測るものさしは、まったく違うものであるべきだろう。
だが人は、忘れる生き物だ。
同じように、人は平和にも慣れ、危機や危険にさえ麻痺してしまう。
連日のようにメディアが伝える死者数でさえ、
それが日常となれば、やがて単なる数字のひとつとなってしまう。
そして、より強い見出しが求められ、
より人々の目を引く映像が選ばれ、
いつしか「何が起きているのか」よりも、
「どれだけ人々の関心を引けるのか」を競い始める。
それがメディアという企業の価値を高め、
自らを守ることにつながるのならば、
利益や競争を求める仕組みは、人の心のものさしを、
本来そこにあるはずの優しさや温かみから、
遠く離れたものへ変えてしまうのかもしれない。
かつてパンデミックの最中、
国家が毎日のように発表していた死者数をめぐっても、
似たようなことが起きていた。
死者数の増加を恐れるあまり、
その数字の先にある一人ひとりの生活よりも、
いつしか別の「何か」を追い求め始めていたようにも思える。
そして時がたてば、
そうしたすべてさえ過去のものとなり、
記憶の中へと押し流されていく。
つまり――
平和を長きにわたり享受できることで、
いつしか人は、
平和とは「当たり前にそこにあるもの」だと、
思うようになってしまうのかもしれない。
戦争がないこと。
争いがないこと。
危険がないこと。
それらを、平和と呼んできた。
けれど――
本当に、当たり前なことなのだろうか。
もちろん、それらも平和の一部なのだろう。
だが問題は、自らの願いが自分の中だけでは収まらなくなったときだ。
自分の幸福のために、誰かの幸福を奪う。
自分の正しさを、誰かに押しつける。
自分の自由のために、誰かを束縛する。
そして、
自らの欲望を満たすために、
他者を自分と同じものへ変えようとしたり、
自分のものにしようとする。
そこに争いの芽があり、その果てに戦争があるとすれば――
平和とは、単に戦争が起きていない状態なのではない。
国家も、組織も、突き詰めれば人間の集合体でしかない。
だからこそ、まずは己の欲望を知り、それを他者に強いない。
自ら考え、自ら選び、その選択に責任を持つ――
そして、他者にも同じ自由があることを認める。
一人では足りないものがあるのなら、互いに支え合えばいい。
平和とは、完成された世界の名前ではない。
違う考えを持つ者同士であっても、
互いを理解しようとし、それでも共に生きていこうと手を取り合う。
そして互いに支え合いながら、
誰もが自分らしく生き、誰かの生き方や暮らしも大切にしていく。
そんな思いを共有する人々が集まり、そんなコミュニティが育ち、繁栄していく。
それは、誰かから与えられるものではない。
人々の絶え間ない努力によって、共に築き、受け継いでいくものなのだ。
その結晶こそが、「平和」ではないだろうか。
そして、どれだけの人が、その違いに気づいているのだろう。
「そこにある平和」と、
「築き続けなければならない平和」。
もし、それほどまでに平和が大切であるならば――
日本は、もっと堅牢であってもよいのではないだろうか。
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アメリカも、日本とさほど変わらないのかもしれない。
そして、この緊迫した状況さえも、
アメリカ政府は比較的楽観的にとらえていた。
国内に目を向ければ、ポーカー政権の任期も残すところ一年となっていた。
続く物価問題についても、その大きな原因はウロ戦争や影の船団によるものであり、
アメリカ合衆国は世界の平和と安全を維持するために、
必要な措置を取り続け、国内経済と物価の安定を一日でも早く取り戻す――
政府はそう説明していた。
また、近い将来に完成されるとされるMEC・地中海エネルギー回廊こそが、
アメリカ経済全体を大きく押し上げるとの期待も、連日のように報道番組で取り沙汰されていた。
つまりポーカー政権は、国政問題のほぼすべてを、
外的要因によるものとして説明していた。
そして、それは国民にとっても納得のいく説明だった。
これからアメリカが良くなっていく――
誰もが、そう信じて疑わなかった。
少なくとも、豊かな者たちの暮らしを見るかぎり、
そこに「危機」という言葉は似つかわしくなかった。
高所得者たちは、連日のように大盤振る舞いの暮らしを続けていた。
東側諸国による海上検査の強化によって、世界の海上輸送は滞り始めていたが、
それでもアメリカ経済全体を揺るがすほどの影響には至っていなかった。
ただし、中国からの物資供給の停滞は別だった。
それは国内の物資不足に拍車をかけ、物価をさらに押し上げる要因のひとつとなっていた。
それでも、一時期ささやかれていた「米中戦争が起きるのではないか」という懸念は、
ある程度、払拭されていた。
ポーカー大統領が、自らの手で世界平和を導き、
ノーベル平和賞を受賞することを望んでいるのは、すでに周知の事実だった。
そのため関係者の中には、少なくとも彼自身は、
本気で平和を求める使者であろうとしているのだと、受け止める者さえいた。
彼の予測不能な行動や、
思いつきとも思える突発的な行動さえも、
「世界平和」
という大きな大儀を前にすれば、いつしか霞んでしまっていたのかもしれない。
だが――
平和を願うことと、平和をつくることは、本当に同じなのだろうか。
そして、世界を平和にしたいという願いの中に、
自分が平和をもたらしたい。
自分が歴史に名を残したい。
自分が称賛されたい。
そんな自己欲求が入り込んだとき、その「平和」は、いったい誰のためのものになるのだろう。
ポーカー大統領が任期中になんとしても成し遂げようとする思惑は、次第に露骨なほど表れていた。
「Flood the Zone(ゾーンを水浸しにする)」――
大量の情報や政策、発言を次々と投じ、
人々が一つひとつを吟味する間もないほど、政治空間そのものを埋め尽くしていく。
アメリカ国内では景気回復を求める抗議の声も上がっていた。
しかし政権は、その声に立ち止まるよりも、
さらに多くの政策を打ち出し、前へ進むことを選んでいた。
大統領にとっては、それさえも大きな目的へ向かう途中の、
小さな出来事にすぎなかったのかもしれない。
そして、もしかすると――
アメリカの景気回復についても、
すでに国外に、その答えを求めていたのかもしれない。
そこには、日本がいまだ果たし切れていない約束があった。
そう、アメリカへの「80兆円の投資」である。
すべてがうまくいけば、アメリカ経済は潤い、政権評価は高まる。
そして、思うような結果が得られなかったとしたら――
それを果たされなかった約束のせいとするのかもしれない。
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トニック・ヘイワードが、アメリカ合衆国商務長官を務めていた。
日本でいう経済産業省に近い役割を担う機関である。
そして、この日――
日本からは、鷹内新政権でも入閣した赤羽涼太が、
経済産業大臣としてヘイワード氏のもとを訪れていた。
目的は、あの「80兆円の対米投資」に関する計画書を持ち込み、
具体的な協議を始めることだった。
アメリカ国内では、深刻な電力不足が問題となっていた。
急速に進むAI分野の爆発的普及によって、
データセンターを中心とした電力需要が急増していたからだ。
そこで日本側は、
アラスカ産LNGの開発・輸出インフラ、
メキシコ湾における原油輸出インフラ施設、
人工ダイヤモンドや半導体産業の製造拠点など、
エネルギーと先端産業を中心とした、
大規模な投資を行う計画を立てていた。
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日頃よりご愛読いただき、心から感謝しております。
当面のあいだ更新が不定期となりますこと、何卒ご容赦ください。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場する団体・人物・名称はすべて創作であり、
特定の組織や個人を批判する意図はありません。
また本作は『国家再編計画書』の理念と制度設計を参照し、
国家構造の再構成をめぐる可能性を探る仮想的シナリオとして
構成されています。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来・中革連 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語の進行にあわせて加筆・修正を行う場合があります。
大きな変更については適宜お知らせいたしますが、
主に文章表現やニュアンスの調整を目的とした軽微なものです。。
※ 本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)を活用しています。
物語の構想・内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助として利用しています。




