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レイル・リランカと私は昔馴染みだ。
同じく大貴族の家系に産まれ落ちた身の上ということもあり、互いの両親に引き合わされる形で子供の頃から付き合いがあった。
時には一緒に笑い、ささいなことで喧嘩もした。酸いも甘いもとはよく言ったもので、あれほど心を許した友人はレイルだけだ。今思い返しても、なんで仲良くなれたのか不思議でたまらない。
なにせこっちは根っからの引きこもり気質。屋敷の外に出ることさえ稀な人間なわけで、貴族特有の社交界にも顔を出さないものだから、必要以上に交友関係が広がるはずもなく。レイルとの繋がりだけが、私の世界に彩りをくれた。
そんな陰湿な私に比べ、昔から人と接するのが上手だったレイルの躍進は凄まじいの一言に尽きる。会う度に出世を重ね、みるみるうちにその地位と名声を確固たるものにしていく………友人として、実に喜ばしいことだ。本来なら祝福の言葉一つかけてやらねばならなかったのだろう。
「もう会うのはやめましょう」
「ど、どうしてだい!?」
「実は私、無神論者なの。そんな人間と聖神教の司祭様が密会しているなんて世間にしれたら困るでしょ?」
「それは………」
だけど私は、祝福ではなく別れの言葉を告げた。あの時の捨てられた子犬のように落ち込むレイルは、今でもよく覚えている。
でも仕方がなかったのだ。あれ以上レイルの隣にいると、自分が惨めに思えて………そう、もっともらしい理由を並べはしたけど、簡単な話、私はレイルから逃げだしたのだ。
⌘⌘⌘
「ジルちゃんから報せが届いた時は驚いたよ。まさかアテナから僕を頼ってきてくれるなんて」
「………仕方がないでしょ。他に手がなかったの」
アイリーン・エルマが私を陥れるために開かれた審問会は、レイルの鶴の一声で延期となった。流石は最高司祭の言葉というべきか。どれだけ不自然であろうと、レイルに異論を唱えられるものはいない。
そして私はレイルの館に連れてこられた。建前としては私への尋問になってはいるけど………さてはて、側からどう見られているのやら。少なくともエルマ親子は、この裁定を不服そうにしていた。
「ふーん。まぁ、時間はいくらでも作れる。ゆっくりとくつろいでくれ」
そう言って、レイルは象牙と派手な刺繍で着飾った趣味の悪い椅子に座るように促してくる。まぁ趣味が悪いのは椅子に限った話ではないようだけど………レイルの書斎?と呼ぶべきかは定かではないが、この部屋の装飾は全体的に私の感性にそぐわない。
無駄にデカく、四角を金色にメッキされた机。壁にはこれ見よがしに骨董品が並べられ、何やら神話をモチーフにした天井絵まであるしまつ。
全く、どこに目をやっても忙しないというかなんというか。昔はこんな成金のようなことはしていなかったはずなのに………はてさて、権力と時間というやつは人をこうも変えてしまうものらしい。
「リランカ様。ありがたいお言葉ですけど、」
「レイルだ。呼び方は昔のとおりに頼むよ。アテナ」
気のせいだろうか。
レイルの口調にはちょっとした苛立ちを感じる。最大限こちらが下手に出ているというのに、一体何が不満だというのだ。
「む、ですけど私は」
「らしくないね。僕に身売りでもしたつもりなのだろうけど、気にせずにこれまで通りにしてくれ」
「はぁ、それがご用命とあらば」
「ふむ………まぁ今はそれでよしとしよう」
私は恭しく頭を下げる。それで納得してくれたのか、レイルはいつもの雰囲気に戻る。飄々と、掴みどころのない優男に。
「私のことを恨んだりはしてないの?」
「恨む?どうして僕がアテナのことを恨まなければいけないんだい」
「それは………」
先ほど感じた苛立ちも、今ではすっかり鳴りを潜めている。元々、貼り付けたような笑みを絶やすことがないレイルのことだから、これが感情を読みとらせないように取り繕っているのか、自然体なのか私には判別できない。
これが大貴族として鎬を削ってきた者と、そうでない者の違いというやつか。さっそく自身の未熟さが露呈したようで嫌な気持ちになる。
「はぁ、でしたら率直にお聞きします。私のことをこれからどうするおつもりで?」
だからって立ち止まるつもりはない。この際だ。かける恥は全部かいてしまったほうが後腐れもないだろう。
レイルがいくら最高司祭とはいえ、罪人紛いの私をいつまでも屋敷に留めておけるはずがない。いずれ近いうちに、再び審問会が開かれる。それまでに無罪を勝ち取る算段をつけなければ、身を売る覚悟でレイルを頼った意味がない。
「もちろん、全身全霊を待って助けるさ」
「具体的にどうやって?」
「手っ取り早いのは、エルマ親子の申告を一方的に却下することなんだけね」
「それは無理でしょう。成り上がりの身とはいえ、カーンは宰相でアイリーンはその娘。そんな一方的な裁定を下せば、次はなりふり構わないで私に罪を着せてくる。政を牛耳る宰相としての強権………間違いないなく、私の命はない」
「でも僕にはこの件を一瞬で解決できる、ある方法を考えている」
どう考えても八方塞がりなのに、レイルの顔はやたらと自信満々といったご様子。
「方法って………あなたは魔法でも使うつもりかしら?」
「はは、面白い冗談を言うね。そんなものがこの世にはないと、アテナが一番よく知ってるだろう………僕らは偉大な神の信奉者。神はね、奇跡を起こすんだよ」
「奇跡………」
それこそあるわけないでしょ。とは、今の私には口にすることが出来なかった。ああ、なるほど、今なら聖職者に人生を狂わされる人達の気持ちがよく分かる。
皆、藁にもすがる思いなのだ。そんな状態で、自分の見識外なものを見せられでもしたら、奇跡が起きたのだと信じてしまうのも頷ける。
とはいえ、知識だけは誰にも負けない自負が私にはある。レイルがどんなことをしようと、すんなりと騙されたりはしない。
「僕は今宵、死者を蘇らせる」
「………は?」
鳩が豆鉄砲を食ったようなマヌケな声がこだまする。あまりにマヌケな声だったので、それが自分のものだと理解するのに時間がかかったぐらいだ。
「馬鹿馬鹿しい。リラ………レイル様はいつから錬金術師におなりになったのかしら?」
毅然とした態度で言い放つ。レイル相手にこんな態度が取れたのも、自身に身についた知識を信頼しているからに他ならない。
人の世が始まって幾星霜。
死者を蘇られる手法は、どんな時代でも追求されてきた。その最たるものが錬金術と呼ばれる手法である。
時の為政者が国家の財政が傾くほどに予算を注ぎ込み、そして完成させたとされる錬金術。ただの石を金に変えるのは勿論のこと、蘇りの秘薬エリクシル、なんて物も作られたとされていた。
だが、実際に実物を見たものはおらず。失敗を認めたくない為政者が、殊更に誇張した噂を吹聴したとされるのが現在の通説となっている。
ようは錬金術師とは、嘘つきの代名詞のようなものだった。
「確かに僕は嘘吐きだ。でも嘘吐きは他人の嘘にも敏感なんだ。つまり他人のついた嘘を暴くのも、得意というわけさ」
「嘘を暴く?………はっ!?」
私は一つの可能性に思い当たる。あまりに埒外のことだから、今まで見落としていた。
もし、死そのものが嘘だったとしたらどうだろうか。その嘘を暴くことで、あたかも偽りの死から蘇ったと呼べるのではないだろうか。
だからそれはつまりレイルの言う奇跡とは………
「もしかして、マルセルが生きてるの?」
私の問いに答えるはこない。代わりにレイルの淫靡な口角が、悪魔のように釣り上がるだけであった。




