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第三章 クレイジーサムライと呼ばれた男 ③

「ミドリコ何とか言ってよ。僕はスパイなんかじゃないよね?」

「はい、時田悠はスパイではありません。ナインツでごくありふれた高校生活を送る、一見普通の日本人学生です」

「一見とかいうな、僕はごく普通の人間だってば!」

「それはない」「まーだ良い人ぶってるよ」「二重人格キャラとか今どき古くねえ?」


 周りの人間たちが口々に僕を否定する。

 ああもう! こっちの僕はいったい何をやらかしたんだよ! この連中もそんな危険人物の下でよく働く気になったな!

 遠巻きに白眼視され続ける僕。

 もう家に帰りたくなっちゃったな。


 そんなこんなで不快な思いを隠しきれずにいると、突然何を思ったかミドリコが僕に密着してきた。


「ハウンドより警告、後方十メートルに武器を所有する未登録人物の存在を確認」

「えっ警こ――うわっ」


 言い終わるより早く僕は車の陰に追いやられた。ミドリコってこんな仕事もするのか。


「ほう、OYOME―Ⅲ型とハウンドとは意外と相性の良い組み合わせなんだね」


 警戒するそぶりもなく姿を現したのは、以外にも外国人の子供だった。

 金髪碧眼、歳は十歳くらいかな。

 黄色いポロシャツとデニムのハーフパンツを着て、その上から子供サイズの白衣をはおっている白人の少年

 ……なんか、古い日本アニメから出てきたような奇妙な格好の少年だった。


「軍用のハウンドが高感度索敵し、空気を読まないOYOME―Ⅲ型が無遠慮にかばう。なかなか用意周到だな、新しい時田よ」


 妙に偉そうな態度で僕をほめる少年。

 また変な奴が出てきたぞ、エイツにはこんな奴ばっかりか?

 僕が車の陰で頭を押さえつけられているうちに、仲間たちは少年を半包囲した。

 武器を持っているという話だが、軽装なので大火力兵器を持っている風ではない。


「まあ落ち着きたまえよ」


 少年は皮肉な笑みを浮かべながら両手をあげる。


「仲間うちで争うのは愚かなことだ、そうだろう時田」

「仲間?」

「私はトーマス、トーマス・エジソンだ。もちろん偽名だよ」


 殴ったろかこいつ。偽名にしてもふざけすぎだ。


「君たちの所属する組織のナンバーツーだよ。態度には気をつけてもらいたいな」


 ナンバーツー? この子供が?

 僕が口を開くより先に岡持さんが話しかける。


「おい、あまりふざけたこと言っちゃいけないぜ」

「ふざけていないよ岡持」


 変わらぬ笑みを浮かべながら名前を言い当てられて、岡持さんは少したじろいだ。

 僕たちの名前を正確に知っているってことは、まさか本当に?


「外見で人を判断するのは愚かなことだ。こう見えても私は君の数倍は人生を体験しているのだよ。老人であることにいささか飽きたので第二の人生を楽しんでいる所さ」


 自称老人は自分の左頬を右手でつかむと、顔の皮膚をバリバリと引きはがしていく。

 人工皮膚の内側は、光沢のある金属でできていた。


「このとおり、肉体の大部分を機械化したサイボーグなのだよ」


 はがした皮膚を再び貼ると完全に元通りとなる。

 まるで魔法でも見ているみたいだ。

 僕たちは突然現れたこの少年の空気にすっかり飲み込まれていた。

 言うこともやることも得体が知れなくて、つい心理的に受け身になってしまう。

 僕は岡持さんに確認した。


「岡持さん、さっき組織の人が来るって言ってましたね?」

「あ、ああ、しかしまさかこんな……人が来るとは」


 ガキが、って言いそうになったみたい。気持ちはわかる。

 トーマス・エジソンさん(偽名)は軽く笑いながら岡持さんの部屋に向かって歩き出す。


「せっかく若い外見とあふれるパワーを手に入れたのだ、動いてみたいと思うのが人情というものだろう。新しい『クレイジーサムライ』の顔も見てみたかったしね」


 トーマスはドアを勝手に開け、気取ったしぐさで僕たちに入室をうながす。


「まあ入りたまえよ屋外でする話ではない。君たちに新しい任務を持ってきた」

「そこは俺の部屋なんだけどなあ」


 家主の岡持さんが不満たらたら指示に従って入ると、他の人たちもノソノソとそれに続く。

 あとに残された葵さんが、僕の腕にしがみついてきた。


「あの子、ナンバーツーなんだってぇ」

「そうだってね」


 きっとあの人は現代人じゃない、未来からきた人だ。

 でなきゃ『もう年だからそろそろサイボーグに』なんて発想はしないよ。

 どこで何やってきた人だか知らないが、大丈夫なんだろうかこの組織。

 


「結論から言うと必ずしも月面基地を破壊しなくてはならない、というわけではない」


 トーマス老人? 少年? は積みあげてきた前提を破壊するところから始めた。


「なぜ破壊するのかというと侵略者から自由を取り戻すためだ、そうだろう? 目的は奪還であって復讐ではない。そこを間違えなければおのずと答えは見えてくる」


 トーマスはNPCを使った立体映像を駆使して説明している。

 僕にはもちろん見えないので、ミドリコが中継役となって僕のスマートフォンに映像を転送してくれている。


「さて君たちにやってもらいたいのは、この日本にあるOMTのサブアンカーの調査だ」

「サブアンカー?」

「そうだ。極端な話、この日本国のアンカーすべてが異常をきたすと、この国でのOMTは機能が著しく低下する。月面にあるメインアンカーを完全に破壊するのは難易度が高いのでね、地道な作業も検討しようじゃないかというのが本部の方針だ」


 アンカーとは英語で船を固定するイカリのことです。

 転じて心の支えとか拠り所という意味にもなります……とミドリコが横からささやいてくれた(嫌味ったらしい顔で)。

 はいはい知りませんでしたよ。


「アンカーはNCA本国とそれぞれの地球を結ぶ重要なラインだ。これ抜きで鏡界間の移動を行うことは、命綱なしで宇宙空間を飛ぶにひとしい。危険すぎて自家用ジェットの代わりにはできないね」


 トーマスは肩をすかして気取ってみせる。

 僕は質問してみた。


「へえ、そのアンカーってエイツ全体でどのくらいあるんです?」

「正確な数は不明だが、少なくとも三桁を下回るということはあるまいよ」

「そうですか……。じゃあその数百個のうち二、三割も壊せば、未来人はパニックを起こして逃げ出すかもしれませんね」


 僕がつい思い付きを口走った瞬間、トーマスは大きく目を見開いて顔色を変えた。


「あい変わらず時田は――気持ちの悪い男だな」

「はあ?」


 なんで子供だか年寄りだか分らんような変人にけなされなきゃいけないんだ。


「そんな顔でにらまないでくれ、寿命がちぢんでしまうよ。まあ我々が想定しているのも、まさにそういう心理作戦だ」


 つまり未来に帰る手段を失いそうになれば、未来人は不安になって帰っていくのではないかという読み――というか願望をこめた作戦。

 まあ異世界侵略して核ミサイルぶっ放そうっていうよりはまともに実行できそう。


「ナインツの各国を説き伏せるにせよ侵略するにせよ、現在の我々にとってかなりリスクの高い行為だ。より効率の良い、安全にできる活動も視野に入れておかなければいかん」


 うげ、結局侵略戦争もガッツリ選択肢に入っているんじゃん。

 心配する僕の表情を読んでか、トーマスが僕に言う。


「心配はいらんよ、君の世界を乗っ取ったりはしないさ。ちゃんと理由もある」

「と言いますと?」

「シンプルな話だ」


 彼は少年の顔をゆがませて、おどけた表情をつくった。 


「我々はそこまで裕福ではないし大人数でもない。地球侵略なんていうとてつもなく大規模な作戦にうって出て、失敗したら取り返しがつかない。侵略に時間をかけすぎても駄目だ、やはり資金がもたない。素晴らしく効率よく、そして驚くほど短期間に成功させないとこの作戦はうまく行かない。そうでなければ組織は破産だ。こういうのを、君の国では『絵空事』というのだろう?」


 なるほど。どんな兵器や作戦があるのか知らないけれど、それでも地球は巨大で人類の数は膨大だ。

 人も金も信じられないくらい大量に必要だろう、非現実的なほどに。

 ――ただし、いよいよ他にやりようが無くなったら侵略という手段に出る、という雰囲気も感じた。

 この人たちが追いつめられた獣だということもまた事実なのだ。


「それで各国のアンカー施設を襲う、って話になったわけですか」


 多くのアンカーを破壊したならば、あるいは破壊しきれなかったとしても、人の心をおびやかすことはできる。

 そんな時すぐ動揺するのは、やはりビジネス目的で来ている一般人たちだろう。

 軍人なら愛する祖国のために犠牲となろう、的な考え方で我慢できるかもしれない。

 けど普通の人はそうじゃない、自分の国に帰れなくなるっていう怖さはきっと深刻だ。

 僕がそんな状況になってしまったとしたら絶対に耐えられないね。


 だってアンカー壊した人たちは未来人のことをすっごく恨んでいるんだよ? 

 捕まったら殺される、それもひどい虐待をうけて殺されるかもしれない。

 となれば誰よりも早く安全な場所に逃げたい、こんな所にいられるかって気持ちになる。


 うん、この作戦ってけっこう有効なんじゃないかな。

 どれくらいの人間が逃げていくのか、なんていう計算は分からないけど考え方は正解だと思う。

 ただしエイツを救う、という面に関してだけね。

 この作戦、僕が住んでいるナインツにはほぼ旨味がない。

 それどころかNCAに戦術を学習されて防衛力を強化されてしまう恐れがある。

《相手は自分を知らないけれど、自分は相手を知っている》

 というのがNCA側の、無限鏡界を支配するものの強みだから。

 けどそれを今ここで言っても何にもならないなと、僕は思った。

 ここにはナインツの人間が僕しかいない。

 僕たちが損するから反対、なんて言ってみたところで今よりさらに嫌われるだけだ。


「さてどうかねアンカーの重要性については理解いただけたと思うが、任務は受けてもらえるのかな」


 トーマスの言葉に一同は沈黙する。

 誰も何も言わない。

 自然と僕に視線が集まってきた。


「え、僕? 僕が決めるの!?」


 岡持さんの顔を見ると彼は苦い顔で肩をすくめる。


「俺には荷が重い。今日お前に完敗してつくづくそう思ったよ」


 何でも知っているつもりの成人男子数人が、何にも知らないはずの高校生一人に敗れたという事実。

 クレイジーサムライをはじめ、数々の異名を誇った男の再来。

 入手困難な高性能ロボット二体を支配し、ブラックアウトで常人を瞬く間に征圧してしまう特殊能力者。

 こんな奴がそんじょそこらに居るわけないってのはわかる。

 けど僕だって手にした物のほとんどは偶然なんだよ。


「責任重大だから嫌だってのはわかるけどよ、何とか頼むわ。俺たちもちゃんとフォローするから」


 僕は救いを求めて室内を見回した。

 葵さんは、妙に静かだと思ったらうつらうつらと居眠りしている。

 この手の話はとことん興味ないんだね。

 他の大人たちは僕に押しつける気満々だ。

 トーマスは上の組織の幹部だから末端の面倒なんか見れるわけもない。

 あとここに居るのは……。


「わたくしに独裁者となれ、というのですか?」


 ミドリコが邪悪な笑みを浮かべるのを見て、僕はあきらめるしかなった。


 まあ結局のところ日本にあるサブアンカーを調査するっていう任務は引き受けた。

 必要なことだろうしね。

 もう夜だしそろそろ解散しようかって流れになって、僕たちは外に出る。

 星空がきれいだ。

 夜空の下で背のびをしているトーマスに、僕は質問してみた。


「ねえトーマス、組織のナンバーワンってどんな人なの? あなたと同じ未来の人?」

「……私は自分が未来からきた、などとはひと言も言っていないのだがね」

「いやだって、現代にはそんなお年寄りはいないから」


 僕が顔面の皮を引っ張るしぐさをすると、トーマスは苦笑した。


「そうか、二十一世紀にはまだ存在しない技術だったかね。迂闊だった!」


 僕もあいまいな笑みを浮かべて、話を続ける。


「僕たちにOMTを流しているのも、あなた方なんですよね?」


 金髪の少年は無言で肩をすくめた。イエスということだろう。


「そこまで予想できているのなら結論までもう少しじゃないかね? リーダーがはたして何者なのか?」

「いや無理ですよ、偉い人なのは間違いないでしょうけど」


 NCAの現体制に不満を抱いている政治家? 宗教家? 財界人? あるいは諸外国の政治家とか国王?

 候補が多すぎて特定なんてできない。


「ふむ。名前はまあ、ノーベルとでも言っておこうか」


 偽名。当然なのかな。


「私の師だよ。この世で最も偉大な男さ、少なくとも私にとってはね」


 そう言って少年は胸に手を当て天をあおぐ。

 ふざけているようには見えなかった。

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