第三章 クレイジーサムライと呼ばれた男 ①
夕方までの長い時間を、僕は社会勉強のために使うことにした。
いくら何でも僕はこのエイツのことを知らなさすぎる、何をするにしても知識を得る必要があった。
そんなわけでざっくりと世の中の状況を二人と一体から説明してもらったわけだけど、ぶっちゃけていうとエイツはいま世界的経済危機のまっただ中らしかった。
全世界同時大不況ね。
経済危機が一つならばまだしも、多数同時的に発生してしまったのが今のエイツの状況。
こうなってしまうともうどこの国にも支える事なんてできやしない。
ドミノ倒しのように順番に破綻していって、どうにもこうにもならなくなってしまっていた。
原因はもちろん、未来人による侵略戦争と収奪貿易のせい。
「ってちょっと待って」
僕は無意味に尊大な態度で語り続けるミドリコを止めた。
「さっきも気になったんだけど、未来人は僕たちの何が欲しいわけ? 石油やガスも必要ないし、二百年も昔の製品なんか今さら使い物にならないでしょ?」
「少しは自分でも考えてみてはいかがですか。古いほうが価値のある物事もあるでしょう」
イラッ。
「世界に一つしかない美術品、宝飾品。あるいは世に数本しかない幻のビンテージワイン、名匠の作った楽器、工芸品、玩具など、時代が進むごとに失われていく宝というものが世の中には無数に存在しているのですよ」
結局自分で言うんかい!
「つまりコレクション性の高いお宝ってことだね。でも世界に一つしかないものがいっぱい増えるとしたら、値段がメチャクチャ下がっちゃうんじゃ?」
「十億円のものが一億円に下がったとしても、商品価値はあると考えているのでしょう」
「ふんふん、しかしそんな簡単に手放すもんかな」
熱烈なコレクターにとってコレクションは命よりも大事なものだ。
恫喝や暴力をうけてもなかなかイエスとは言わないんじゃないかな。
ヘタすりゃ倉庫に火をはなって宝物と一緒に自殺、なんてことも起こりかねない。
戦国武将でそんなことをした人がいた気がする。
「だからだよ」
岡持さんが短くつぶやいた。
「だからNCAの連中は、わざわざ世界を不況にしたんだ」
岡持さんの言葉はいつも内向的というか、説明不足で分かりにくい。
自分の説明不足に気づいたのか、彼は頭をガリガリかきむしりながら補足してくれた。
「絵とか骨董品っていうのはさ、好きだから集めるっていう他に投資目的で集めるっていう側面がある。表に出せない金のロンダリングとかな」
「そういうのはよく分らないんですけど」
投資とかロンダリングとか、言葉だけは聞いたことあるけどよく知らない。
「そうか。なら単純に転売屋だと思ってくれればいい。その転売屋がさ、本業で金に困ったら美術品を売るしかなくなるだろ? 安く買いたたかれるのは承知の上で」
ああ、何となく理解できてきた。
「えーっとつまり未来人は、第一に未来の商品を大量に売ってお金を作る。第二に経済競争で圧倒して現代人のビジネスをぶっ潰しまくる。第三に貴重な美術品を安く買って未来で高く売り大もうけする。ということで合っていますか?」
「その通りよくできました!」
岡持さんは拍手して僕をほめてくれる。でも目が笑っていなかった。
「なにせ二十一世紀の世界人口って七十億もいるからな。生活にかかせないNPCを全員に売りつけるだけでもすげえゴツイ商売よ。あっちの経営者はさぞ大忙しだろうさ、地球九個で六百三十億人だぜ。それが毎月更新料を払い続けるんだから、もうすごすぎて二十一世紀の原始人には想像もつかねえよ!」
悲しい笑い声を聞きながら、ちょっと計算してみた。
NPCにかかる費用が約千円。
かけることの六百三十億だとひと月で六十三兆円かな?
現代日本の国家予算がたしか『一年間で』だいたい百兆円だ。
六十三兆円を十二倍すると七百五十六兆円。国家予算の七倍以上にもなる。
世界第三位の経済大国の七倍だ。
このうち何割が税金になるのかは分からないけど……。
たった一つの商売だけでこんなとてつもない利益を抱えている国って、全体でどれほどとんでもないことになるんだ?
もちろんこれは大ざっぱすぎる計算なので数字はぜんぜん当てにならない。
だけど想像もできないほど強大な経済力を持っているってことだけはわかる。
そういう国で生活する人たちって、どういう暮らしをしているのかな。
もう働きたくない人はロボットに全部任せちゃって働かなくてもいいんじゃないかな。
エイツの人たちは仕事が欲しいとお願いして乱暴されていた。
NCAの人たちは働きたくないなら働かなくていい生活をしている?
なんだよこの理不尽な差は。
「許せないですね」
「そうだろう、だから何とかしなくちゃいけねえんだ」
岡持さんはムスッとした顔でうんうんとうなずいていた。
たしかに何とかしなくちゃいけないとは思う。
けど経済力があるっていうことは軍事力もそれだけあるっていうことだ。
これ本当にどうしたもんだろうねえ……?
それからも僕のお勉強タイムは続いた。
――そもそもどうしてこの時代が狙われたのか、もっと古い時代ならさらに楽な戦争ができただろうに?
――それは単に技術力の問題。現在のOMTでは二百年までしか移動できない。
――NCA以外の未来国家はOMTを持っていないのか?
――鋭意開発中らしい。二十世紀の核兵器開発競争に状況が似ている。
――一から七までの地球と連携は取れるのだろうか?
――我々が直接コンタクトをとることはできない。だがさらに上の組織ならそういった繋がりもある。
――上の組織って?
――詳しくはまだ言えない。だが今日これから組織の一人が来る予定。
――岡持さんたちは現代人なのにどうしてOMTを持っているのか?
――上の組織から与えられたもの。上がどういうルートで入手したのかは説明されていない。
――僕はどうやってミドリコを手に入れたの?
――とある作戦行動中に潜伏した建物内で危機的状態に陥ったことがある。そのとき新品未登録状態のOYO―MEⅢ型を偶然発見した。それがミドリコ(名付け親は葵)。苦しまぎれにミドリコを強奪して、彼女の力でどうにか逃げることができた。
――ミドリコって強いの?
――普通の人間の十倍は強い。態度は百倍悪いけど。
――具体的には?
――一対一ならハウンドと互角以上に戦える。二対一以上だと苦しいが作戦しだい。
――組織にはミドリコのようなロボットは何体いるの?
――他にもロボットがいるとは聞かされていない。しかしゼロだと言われたこともない。
――どれくらい大きな組織なの?
――エイツ全域に根をはる世界的な組織。それ以上の事は自分たちも知らない。
「ふーっ」
まだまだ勉強しなきゃいけないことは山盛りあるんだけど、頭が疲れてきた。
整理する時間が欲しい。
「ZZZ……」
僕の右膝で葵さんが居眠りしていた。よく寝るねこの人。
なにげなく頭をなでてみると、サラサラの髪が指に心地いい。
ちょっと幸せな気分。
この人と幸せに生きてみたいと、心からそう思う。
そのために出来ることをしなくちゃね。
時計を見ると夕方四時近くになっていた。
紹介してくれる人たちが来るまで、あとどれくらいなのかな。
「そろそろ準備しとくか。お前らで買い出しに行ってきてくれよ、うちには今、飲み食いできるようなモンがなんもないんだ」
NPCで疑似的に飲み食いしても、栄養補給はできない。
どれほど物価が高騰していても最低限の食事は必要だ。
岡本さんにそう言われて、僕、葵さん、ミドリコの三人は自動運転の車で最寄りのスーパーまで買い物に行くこととなった。
運転はミドリコにまかせておけば問題ない。まだ眠そうにしていた葵さんも、店内で会話しているうちに本来の元気娘に戻ってきた。
「よっしゃー、今夜はユウさんに手料理ごちそうしちゃおうかな!」
「え、料理」
できるの!?
とか言いそうになってしまったがギリギリでこらえる。
ナイスだ僕。
「ご想像通りですよ悠。葵にできるのはレタスをちぎって市販のドレッシングをかける程度のことです」
「しつれいな、カニカマボコを上にのせることだってできるもんね!」
レタスとカニカマボコ。まあサラダっぽくはあるかな?
「あとはね、うーんと、冷やしトマト!」
それ冷蔵庫に入れるだけだし。
「ハーフ冷やしトマト!」
せめて二つじゃなくて四つに切って。
「冷やっこは、ちょっとむずかしいかも」
豆腐のパック開けるのって難しい要素あったっけ?
それとも水切りができないのか?
うーん、まあ、その、できると言っておいてできない人より、ハッキリできないと分かるぶん良い人だよ、ね?
「悠、憂慮するべき計算結果が出ました。葵に食事係を一任した場合、貴方は平均寿命の三分の一程度しか生きられません」
「それ二十代で死ぬし!?」
それ寿命じゃなくて毒殺だろが!
「あのお客様、他にお客様もいらっしゃいますのでお静かに……」
「あっすいません」
僕が謝罪されられた。なんか理不尽だ。
不平等な扱いを受けながらも買い物は続く。
そしてドリンク売り場についたとき、葵さんは一本のペットボトルを拾い上げた。
「これ、これ、NPCだよ!」
「えっこれ?」
ラベルには英語でNPCナントカカントカと、確かに書いてはいる。
「この液体を摂取すると約一時間ほどでNPCが体内の主要部分に行きわたります。そこからセットアップが始まることとなります」
「へえ」
ボトル内をよく見ると、すごく細かいカスのようなものが浮いているように見える。
これら一粒一粒が超小型コンピューターなのだろう。
「こりゃあお手軽なんてレベルじゃないね」
興味はあるが手を出さない約束だ。
僕は元の場所にペットボトルを戻した。
月に一回この水を飲めば二百年も先の技術が自分のものになるわけか。
使うよねそりゃ。
それから騒々しくも楽しい買い物を済ませ、僕たちは店を出た。
ちなみに会計レジは存在しない。
出入口付近のゲートをくぐった瞬間に商品を持っている客(今回は葵さん)のNPCに商品内容と金額確認の連絡がいく。
そして本人にしか見えない確認ボタンを押せば登録してある政府銀行の口座から自動的にお金が引き落とされる。
近年ゴチャゴチャと増加した『何とかペイ』のたぐいよりもさらに速い。
すごく便利だけどこれは、同時に金の流れを監視されているってことだ。
そして金の流れを監視されているってことは、行動パターンを監視されているってことだ。
異常な使用履歴が検知されれば、軍や警察に通報される。
街中に潜伏している危険人物を探し出すことも可能ってわけだ。
僕もNPCを飲めばそういう対象にされてしまう。
……ちょっと怖いね、これは。
背筋に寒いものを感じたが、今すぐ何かができるってわけじゃない。
何事もなかったかのように店を出た。
外に出るとすでに陽はかたむき、町は茜色に染まっていた。
人は変わっても太陽は変わらない。
こんな言い方をすると、ちょっと哲学的かな。
「そういえばこれからやる集会って、僕たちがこの鏡界に来た時の廃村のほうが良かったんじゃないの?」
「秘匿性を考慮すればその通りでしょう。交通の利便性を考慮した結果である可能性が非常に高いです」
「なるほど」
雑談しつつ僕らは再び岡持さんの部屋へ向かう。ミドリコが前の座席、僕と葵さんが後部だ。
「仲間って、どんな人たちが来るのかな?」
「みんないい人たちだよ~」
「そりゃ良かった」
恥ずかしながら僕は人見知りするたちだ。単に小心者ともいう。
「うふふ」
葵さんはなぜか意味深に笑った。
「ユウさんはいつ変身するのかな~」
「え、なにそれ?」
「やる気スイッチがはいったユウさんに、はやく会いたいな~」
「どういうこと?」
「うふふふん」
葵さんは笑うだけで答えてくれない。
僕の腕に抱きついて楽しそうにしていた。
変身? やる気スイッチ?
何を言いたいのだろう?
未来の道具でヒーローに変身とか。
まさかね、嫌だよそんなの。





