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「ユート殿、これは一体……?」
「何がどうなってるんですかっ」
開けられた檻の扉をくぐりつつ、騎士と天使はそれぞれ異なる反応を示した。セイーヌは戸惑った様子で俺に問いを投げかけ、アリーテの方は敵意丸だし歯も丸だしで悪魔を睨みつけながら、
「メガベロベロリが私達をこんな簡単に解放するなんて……絶対に裏があるに決まってますっ!」
「そんな変な名前じゃないって言ってるでしょうが」
メファヴェルリーアはツンとそっぽを向いて、
「……ったく、相変わらず生意気な小娘ね」
「生意気とは何ですかっ!」
「言葉通りの意味に決まってるじゃない」
「むむー!」
「お、おい。アリーテ、取りあえず声を抑えてくれ。誰かに聞かれて様子を見に来られたらマズいだろ?」
火花を散らせ、今にも殴り合いが始まりそうな二名の間に割って入り、俺は悪魔に突っかかっている天使を宥めにかかった。アリーテは俺の言葉を取りあえず聞き入れてくれたようだったが、
「ううううう」
と、まるで怒った犬のように低く唸りながら、メファヴェルリーアを鋭い眼光で見据えるのは止めなかった。まあ、天使と悪魔なので相性が悪いのは仕方ないといえば仕方ないのだろう。騒ぎがひと段落したところで、俺は二名に事情をぼかしつつ説明する事にした。ドーネルから聞かされた話は、むやみやたらに喋らない方が彼女の為にも良いと思ったのだ。
「まあ簡単に言えば、メファヴェルリーアさんはシュバトゥルスに協力するのをやめてくれたんだ」
「何故だ?」
セイーヌは訝しげな視線をかつての敵に向けながら、
「ユート殿も重々承知の筈だが、相手は悪魔だぞ。そんなにたやすく信用しない方が……」
彼女の言葉を聞いた途端、メファヴェルリーアの拳が無言で握りしめられたのを、俺は見逃さなかった。このまま、彼女のトラウマを抉るわけにはいかない。警戒を一向に解かない騎士と不満を露わにしている天使に対し、俺は強い口調で訴えた。
「セイーヌさんの言う通り、メファヴェルリーアさんは確かに悪魔です。けど、彼女の本性は優しい人だと俺が知っています」
「どうして、そう言い切れるんですかっ。騙されてるかもしれないんですよ?」
「詳しい事は言えない。けど、色々あって俺は確信したんだ」
「色々あって……まさか!」
と、何かに気づいた様子の天使は悪魔に不信感溢れる眼差しを向け、怒りに顔を歪めて声高に叫び始めた。
「ユートさんがいたいけな十六才男子だという事を利用して、あんな事やこんな事をしてその心を籠絡したんですねっ! 何て不純な! ふしだらな!」
「馬鹿! そんなんじゃねえ!」
思わず俺まで大声を上げてしまう。直後、セイーヌから諫めの言が飛んできた。
「ユート殿、どうか声を抑えて」
「う……すみません」
コホン、と咳払いをして息を整えた後、俺はある行動に出た。途端、アリーテとセイーヌの口から、
「ユートさん!?」
「ユート殿!?」
と、驚きと狼狽の入り交じった言葉が発せられる。傍らの悪魔も息を飲んでいた。
俺は彼女達に、深く頭を下げたのだ。
「確かに……すぐ信頼し合うっていうのは無理かもしれない。でも、少なくとも今、メファヴェルリーアさんは俺達の敵じゃないって、それだけは信じてほしい」
長い沈黙が流れた後。
「……分かった、取りあえず今は共闘しよう」
「……ユートさんがどうしてもというなら、異存は大有りですけど従います」
彼女達の言葉を聞き、俺は深く安堵したのだった。
それから。牢獄を抜け出した俺達はまず、別の地下部屋に移されていた荷物を取り戻した。その後、階段を慎重に上る。メファヴェルリーアの計らいで、警備の手下達は全員休息を取らせてあり、現状の安全は保証されているも同然だ。
「一階についたら、どうするんだ?」
セイーヌの問いに、メファヴェルリーアは真剣な面持ちで、
「まず、この館を出るわよ」
「何故ですかっ。シュバトゥルスを倒すチャンスなんですよっ」
アリーテが刺々しい口調で質問すると、彼女は表情も変えずに。
「貴女はシュバトゥルス様の本当の恐ろしさを知らないのよ。何の準備もなく挑んでも、むざむざやられるだけだわ。ここはまず逃げ出して体勢を整えるのが先決よ」
そうこう話しているうちに、地上へと到着する。周囲を警戒しつつ俺達は足早に廊下を進み、玄関ホールまでやってきた。そのまま外へ通ずる巨大な扉を開こうとして、
「……あら?」
メファヴェルリーアが戸惑いの声を上げた。俺達全員でどれだけ押しても、扉はビクともしなかったのだ。
「変ね、いつもは開きっぱなしなのに……」
「まさか、やっぱり私達を騙して」
「アリーテ、そういう言い方はもうよせ」
「理由は分からないのか?」
セイーヌの問いに、メファヴェルリーアは困惑を浮かべたまま首を横に振る。
「それじゃあ、外に出るのは不可能って事か……」
俺は腕組みをしてそう言葉を発した、次の瞬間。
「フフフ、やはりこうなるだろうと思っていたよ」
穏やかな、それでいて冷酷な響きを含んだ声が、ホール中に響きわたった。




