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「ぐぅ……」
だが、呼び掛けに応じる事なく、アリーテは未だ眠り続けていた。しょうがないので、俺は彼女の両肩を掴んで激しく揺さぶる。
「アリーテ、起きろ。大変なんだ」
「ううん、ミックスベジタブルはいやぁ……」
――どうして天使がミックスベジタブルなんか食べてるんだよ……。
ささやかな疑問が浮かんでくるが、取りあえず今は関係のない事だ。気を取り直し、俺は彼女の体に込める力をいっそう強め、
「起きてくれ、今すぐに話し合わなきゃならない事があるんだ」
「ふみゅ……?」
ようやく起きたらしいアリーテは、半分閉じかかった目で俺を見つめる。そして、たちまちそのパッチリした瞳が大きく見開かれたかと思うと、
「ユ、ユートさん? これって……」
と、戸惑いながらも俺と自身の姿を確認し、やがて頬を桜色に染めながら、消え入りそうな声色で呟くように言う。
「……やっぱり、襲う気だったんですね」
「……は?」
呆気に取られ、俺は自然と声を上げる。一方アリーテの方はというと、恥ずかしそうな表情を浮かべながらも、熱っぽい眼差しで俺を見つめていた。
「でも、その、私達まだ出会って一日しか経ってませんし」
「い、いや。誤解だって」
慌てて訂正しようとするも、既に暴走しきっている彼女は俺の言葉など耳に入っていない様子で、一人で何やら語り始めた。
「ユートさんの気持ちはよく分かりましたし、私も嬉しいんですけど……まだ心の準備が色々と必要というか、やっぱりこういうのは、キチンとした順序を経て進めていかなければならないものだと思うんですっ。だから、取りあえずディープキスから始め」
「だから誤解だって」
「ふにゃ」
頭の上をポンと叩くと、アリーテは小さく声を上げて両目を瞑った。
「な、なんで急に叩いたりするんですかっ」
「お前が勝手に妄想を広げまくってたからだよ」
「だって、現にユートさんは私の両肩を掴んで、無理矢理ベッドの上に押し倒してますし」
「そんな誤解を招く表現は止めろ」
「じゃあ、どうして眠れる宿の美少女天使を起こしたりしたんですか?」
「実は、かくかくしかじかなんだ」
「えっ! この宿で働いているリーネさんが二つ事件を起こしていた張本人で、しかもその正体は悪魔だったんですか!?」
詳しい事を説明すると、アリーテは先ほどより更に驚いた様子だった。俺は重々しく頷く。
「ああ、その通りだ。後、もう少し声を潜めてくれよ」
「まさか、驚愕の新事実です……なるほど、それで私を起こしたんですね」
「リーネさんが帰ってくる前に作戦を練りたかったからな」
彼女は確か、森の奥にあるという洞窟に用事があるという。それならば、当分は宿に戻ってこれない筈だ。話し合う時間は十分にある。
「もう策とかあるんですか?」
「それが……」
彼女から両手を離し、俺は自分のベッドの縁に腰掛けつつ問いに答えた。
「色々と考えてみたけどさ。ほら、俺は戦いなんてした事ないし、お前もまだ天使見習いだろ? 真っ向勝負じゃ勝てないように思うんだ」
あの口振りからして、リーネは恐らくそれなりの実力を持つ悪魔だろう。情けない話だが俺は戦力にならないし、かといって修行中のアリーテだけでは分が悪すぎる。
――何か、彼女を無力化させられる手だてがあればいいんだけど。
しかし、素晴らしいアイデアが思いつく事は一向になかった。しばらく思案に耽った後、俺は彼女に話しかける。
「なあ、アリーテ。良い案はあるか?」
「ありますよ」
「そうか、あるのか……え?」
意外な返答を受け、俺は彼女に驚きの視線を送る。すると、アリーテは両目を閉じ、人差し指をピンと立てて、
「要するに、リーネさんを戦えなくすればいいんですよね?」
「ああ」
「それなら、話は簡単ですよ」
と、彼女は自らの立てた作戦を俺に説明し始める。その概要を聞き終えた後、俺は、
「え」
と、思わず驚愕の声を上げてしまっていた。一方、彼女はというと得意げな様子で、
「こうすれば、リーネさんも恐れるに足らずですっ!」
と、高らかに宣言する。
「で、でもさ」
正直、その提案に乗り気でない俺は彼女に言った。
「さ、流石にいくら何でもそれは……」
「むむっ。私の立てた素晴らしい策に文句でもあるんですかっ?」
「いや、だって」
言葉を濁す俺に、彼女は頬を膨らませて、
「ユートさん、相手は悪魔ですよっ。いくらリーネさんが異性として好みだからって、油断しちゃいけません」
「べ、別に好みとか、そういうわけじゃ」
「嘘です。ユートさんはリーネさんに『甘酸っぱい青春』のようなものを感じていた筈ですっ」
「ぐっ、それは……」
完全に論破され、俺は言葉を失う。アリーテは更に語気を強めて言葉を続けた。
「私達は、世界をより良くする為にやってきたんです。人々の生活を脅かすような悪魔は、何があっても絶対に退治しなきゃならないんですっ」
「わ、分かったよ……お前の作戦に、乗る」
彼女の剣幕に気圧されるようにして、俺は渋々、彼女の立てた作戦を了承したのだった。




