12
SIDE――リーネ
煌めく星々の輝きさえ阻み続ける、深く暗い闇の世界が支配する森。ねじ曲がった蔦をそこらかしこに侍らす気味悪い植物達の蔓延る野道を歩きながら、私は安堵の息を吐いた。
――どうやら、私をつけていた奴は撒けたようね。
どこの誰かは知らないが、好奇心旺盛な奴が私の事を尾行していたのはとっくに気がついていた。尤も、私の美貌に惚れ込んだ若い男が、人気のない場所で標的をモノにしようと鼻息荒く意気込んでいたのかもしれないが。
――フフフ、美しいというのは罪なものだわ。
一度引き離しておけば、そうそう見つかる事はない筈だ。外からでは分からないだろうが、この森は同じような景色ばかりで迷いやすい。町に住む者ならそれを熟知している筈だし、早々に引き返すだろう。それに万が一、鉢合わせになったとしても、今まで通り、気絶させて直前の記憶を改変させてしまえば良いだけだ。
――ま、可愛い男の子だったら、いつものように捕まえちゃうけど。
今から向かう心のオアシスを思うと、私の気分は高揚した。森の奥に存在する、小さな洞窟。その中には店から奪ったポーションの山と、私が集めた少年達のコレクションが存在するのだ。早く安らぎの地に赴きたいと思うと、自然と足早になる。
だが、一つだけ気がかりな事があった。
――まさか、勇者と天使がこの町にやってくるなんて。
あまりに計算外な事態だった。少し会話をしてみた限り、まだそこまで驚異的な相手ではないようだが、それでも用心に越した事は無いだろう。この地に現れる勇者は、尋常ではない力を持つと相場が決まっているからだ。天使の操る聖魔法だって、まともに食らえば命取りになる危険性はある。
――そろそろ、引き上げ時かもしれないわね。
幸い、十分な量のポーションは既にネメラ山にある別の拠点へ移してある。洞窟に残してある分だけは回収するとして、明日からは怪しまれるような行動を出来るだけ謹んだ方が良い。あの子達と過ごす時間が減ってしまうのは残念だが、背に腹は代えられない。あの計画を完成させる為だ。
――シュバトゥルス様の計画が成功すれば、この地だってすぐに私達のものになる。
来る素晴らしい未来を想像し、私は自然と舌なめずりしていた。そして、今頃は宿で何も知らずに惰眠を貪っているだろう彼らに向け、私は心の中で高らかに叫ぶ。
――煩わしい勇者に天使、今に見てなさい。世界を支配するにふさわしいのは、私達悪魔なのよ!
効果範囲から相手が離れたせいか、彼女の目線で見ていた目の前の景色が、プツリと途切れた。
「……まさか、リーネさんが悪魔だったなんて」
側の大木に力無く寄りかかりながら、僕は呆然と呟いた。これほどまで身近に犯人がいようとは。しかも、あの清楚な雰囲気を漂わせていたオットリ風の美女が、である。俺の受けた動揺は計り知れない程に大きなものだった。
「い、いや。取りあえず落ち着け」
頭を強く殴りつけ、俺は何とか平静を取り戻した。こうしてはいられない。相手が人外だと判明した以上、早急に策を練らなければ。
とにかく、宿に戻ってアリーテと話し合わなければ。その一心から駆け出そうとした俺の足が、ふと止まる。
「あれ、どこをどう行けば戻れるんだ」
そういえば、とリーネの言葉を思い出す。この辺りは同じような景色が多く、迷いやすいとかどうとか。その言葉通り、今の俺は方向の感覚を綺麗サッパリ失っていた。
「……こうなりゃ、とにかく走るしかない」
目印なんてものは残していなかったのだし、とにかく町を目指して進むしかないだろう。半ばヤケになった俺はやけに重い足を懸命に動かす。
――それにしても、体が凄くダルい。力を使った反動か?
『サイド』を使うと、かなり体力を消耗する。更にもう一つ、大きな弱点がある事に俺は気づいた。他者の視点や思考を覗いている間も、自分自身の体の感覚や目の前の光景は残っているのだが、相手の心を読みとるのに神経を集中させるせいで、自分は全く身動きが取れないのだ。つまり、サイドを発動している間は自らが無防備になる、という事である。相手の心を読み取りながら自分は食事を取るといった芸当は、今の俺では到底無理だろう。身の安全を確認出来なければ、サイドは使わない方が賢明だと思った。
そうこう思考を巡らせているうちに、俺は森の入り口まで戻っていた。どうやら、今日の俺はツイているらしい。ここまで来れば、後は迷う事もない。宿を目指し、ただひたすらに走り続ける。心臓は悲鳴を上げ、目には大粒の汗が流れ込んでくるが、構うものか。一刻も早く、彼女と話し合わなければ。
目的地に到着した時、俺は既に疲労困憊していた。フラフラになりながらも宿の中に入り、階段を上り、廊下を進んで、部屋のドアを開く。鍵を閉めてから近寄ると、どうやらアリーテは未だ夢の中らしい。
「むにゃむにゃ、もう食べられないよ……」
と、寝言を呟きながらグッスリ寝入っている。正直、起こすのも気が引けるが、今は一大事である。心を鬼にして、俺は彼女に呼びかけた。
「おい、アリーテ。起きてくれ」




