第五話 価格
条件は3つだった。
1つ。ケルドの坑夫の順番を、王都の団員より先にする。減衰術士の派遣は、坑夫の年間200人分を確保したうえで、余った施術枠からのみ出す。
2つ。第三魔術団は、団員1人あたりの年間累計ドラム数に上限を設ける。上限は年150。それを超える運用は、どれだけ請求額が高くても受けない。
3つ。料金は、団員1人あたり年間、金貨40枚。
レオンハルトは3つ目で顔を上げた。
「金貨40」
「はい」
「37人で、金貨1,480枚だ。団の年間予算の4割になる」
「そうなると思います」
「根拠を聞かせてもらえるか」
ニナは紙を出した。
「1人につき年20回の施術が必要です。37人で740施術。うちの術士1人が年に800施術できます。つまり、あなたのために術士を1人、専任で確保することになります」
「そちらの術士の年俸は」
「金貨30枚です」ニナは言った。「残る金貨1,450枚は、次の術士を探して育てる費用と、ケルドの坑夫の分の補填です。専任を1人あなたに割くと、坑夫の枠が減ります。減った分の坑夫は、順番が遅れます。遅れた分は、固まります」
「つまり、その1,450枚は」
「あなたが買っているのは、施術ではありません」ニナは言った。「ケルドの坑夫の順番です」
レオンハルトは、机の上の紙を長いこと見ていた。
「値切ることはできるか」
「単価は下げられません」ニナは言った。「これは順番の値段です。30人なら1,200枚、20人なら800枚。人数を減らす以外に、下げ方はありません」
レオンハルトは紙の上で指を動かした。
「30人にする」
「では金貨1,200枚です。30人なら、専任の枠が200施術余ります。余った分は坑夫に戻します」
「誰を切るかは」
「あなたが決めることです」
レオンハルトは笑わなかった。ただ、口の端が動いた。
「5年前と、立場が入れ替わったな」
「いいえ」ニナは言った。「私は今も、あなたに数字で説明しています。あの部屋でしていたのと同じことです。ただ、当時は聞いてもらえなかったし、今は聞いてもらえる。それだけです」
レオンハルトは紙を鞄に入れた。それから、動きを止めた。
「一つ、聞いていいか」
「はい」
「お前は、私が来ると思っていたか」
「思っていました」ニナは帳面の棚を見た。「4年目から、団員の年齢構成を逆算して、いつ最初の1人が倒れるかを計算していました。5年目の秋から8年目の春のあいだ、という結果でした」
「なぜ、そんなものを計算した」
「準備のためです」ニナは言った。「あなたが来たときに、断るか受けるかを、その場の気分で決めたくなかったので」
「結論は、受けるだったのか」
「条件付きで受ける、でした」ニナは言った。「気分で決めていたら、私は断っていたと思います」
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レオンハルトは王都に戻り、37人の中から7人を落とした。
基準は残余量ではなかった。彼が使ったのは、残余年数と、その術士が今後団に何年在籍するかの掛け合わせだった。40を過ぎて残余の少ない術士は、施術しても5年で退団する。20代で残余の多い術士は、施術しなくてもしばらくもつ。落としたのは、その両端だった。
7人のうち4人が退団した。2人が事務職に移った。1人だけ残り、無報酬で訓練生の指導係になった。その男は4年後に術が組めなくなり、指導係のまま60まで勤めた。
レオンハルト自身は、30人の中に自分を入れなかった。
ニナがそれに気づいたのは、名簿が届いた3日後だった。彼女は返書を出した。
『貴殿を除外する合理的理由が見当たりません。残余1,700は、この名簿の中では上から6番目です。除外の根拠を示してください』
返事は短かった。
『根拠はない。訂正する』
彼は30人目に自分の名を書き足し、代わりに1人を落とした。落とされたのは、彼の副官だった。
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契約は成立した。1人あたり金貨40枚、30人、5年契約。
年額は金貨1,200枚。団の年間予算の3割強が減衰院への支払いに消えることになり、第三魔術団は翌年から高出力案件を受けなくなった。請求額が落ち、予算配分が下がり、団員数は44人から26人に減った。9人の術士が退団し、9人が事務職に回った。
3年目に、第三魔術団の負傷率は王国で最も低くなった。出力は最も低かった。
5年目に、財務府が制度を変えた。討伐令の価格表に「継続稼働可能年数」の項目が追加され、術士の魔脈状態が査定に含まれるようになった。制度を変えたのはレオンハルト・ダールではなく、彼の後任の女性団長だった。名前をアンナ・ライヒといった。彼女は入団4年目の若い術士で、レオンハルトが「健全な7人」と呼んだうちの1人だった。
セシリア・ヴァントは王立魔導院に入り、測定機器の開発に12年を費やした。彼女が作った装置は、魔脈内の未還元魔素をドラム単位で表示した。彼女はその単位の名称を変えなかった。ニナがつけた名前のまま、王国の標準単位になった。
ユリウス・カーレンについては、記録が少ない。彼は南方の農村で教師になり、子供に読み書きを教えた。魔術は教えなかった。
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ニナ・アシュフィールドは、49歳まで施術を続けた。
彼女自身の魔脈には澱が溜まらなかった。抜いた澱は彼女の中で熱になり、消えた。ハウザーはそれを「還元」と呼んだが、機序は最後まで分からなかった。
49歳で手を止めたのは、澱のせいではなく、指の関節が動かなくなったからだった。減衰は指先の感覚で行う。感覚が鈍れば、粘りと固化の境目が読めない。読み違えれば、抜けるはずの人間に「無理です」と言うことになる。
彼女は自分でその判断を下し、翌日から後進の記録係になった。
減衰院はその時点で術士14人、年間9,000施術。ケルドの坑夫の平均引退年齢は、45歳から61歳になっていた。
引退の日、組合が帳面を1冊贈った。30年分の施術記録の写しだった。表紙の裏に、組合長の字で数字が書いてあった。
『総抜出量 1,204,000ドラム』
ニナはその数字を、4,000で割った。
301。
坑夫1人の限界がおよそ4,000ドラムだから、30年で301人分の限界を消したことになる。
この30年にケルドの坑に入った坑夫は、延べ720人だった。
彼女はその紙に、もう1行だけ書き足した。
『未対応 419人分』
そして帳面を閉じて、棚に戻した。
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記録係になって2年目に、王都から手紙が来た。差出人はセシリア・ヴァント、王立魔導院第二測定研究室。
内容は、単位の定義に関する照会だった。ドラムという単位は、ニナが「一定量の水を一度温める熱量」を基準に決めたものだが、その水の量と温度の記録が曖昧で、地方ごとに2割の誤差が出ている。標準化にあたって原典の値を確認したい、という文面だった。
ニナは初期の帳面を引っ張り出した。20歳のときの記述だった。
『鍋1杯の水がぬるくなるまで』
彼女はそう書いていた。鍋の大きさは書いていなかった。
返書に、彼女はこう書いた。
『原典に厳密な値はありません。鍋は診療所の台所にあったもので、現存しません。貴研究室の裁量で定義してください。当院は新しい定義に合わせて過去30年分の記録を換算し直します。換算作業に要する期間は、およそ2年です』
半年後に返事が来た。新定義の通知と、2行の追伸があった。
『換算作業の人員として、当研究室から4名を派遣します。費用は当方持ちです。
——あの報告書に単位がついたということです』
ニナはその2行を読んで、しばらく手を止めた。それから帳面の棚に向き直り、一番古い1冊を抜いて、換算作業の1日目を始めた。
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(了)
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