第一話 編成表
王立第三魔術団の春の編成表に、ニナ・アシュフィールドの名前はなかった。
41人分の名簿が広間の壁に貼り出される。第一隊から第六隊まで、それに補助枠。ニナは4年、補助枠の一番下に載っていた。
今年は補助枠が3名から2名に減っていた。減った1枠が、彼女だった。
「見ても増えないわよ」
副団長のセシリア・ヴァントが後ろから言った。広間には20人ほどが残っていて、全員がこちらを見ないようにしていた。見ないようにしている、というのは、聞いているということだ。
「理由を、聞いてもいいですか」
「いいわ。ここで言う。全員に関係あるから」セシリアは手にした綴りを開いた。「過去2年の討伐案件を84件抽出した。難易度は揃えてある。あなたが編成に入った隊の平均出力は、入っていない隊より12パーセント低い」
「はい」
「認めるのね」
「私も同じ計算をしました」ニナは言った。「結果も同じです」
セシリアの眉がわずかに動いた。反論されることを予定していたのだと思う。
「なら話が早い。第三の予算は出力で決まる。討伐令の請求額は魔素の消費量で計算されるからよ。あなたを入れた隊は魔素を使わない。使わなければ請求できない。請求できなければ配分が落ちる」セシリアは綴りを閉じた。「去年、第一は12パーセント伸ばした。第三は8パーセント落ちた。来年度の配分は2割減。2割減れば41人は養えない」
「はい」
「あなたを嫌っているわけじゃないの。41人と1人なら、40人を選ぶ。それだけ」
正しい、とニナは思った。自分が団長でも、同じ表を見て、同じ判断をしただろう。
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ニナの技能は【減衰】という。
12歳のとき、教会の判定石は彼女に灰色の光を返した。判定官はそれを読み上げてから、少し困った顔をした。攻撃でも治癒でも強化でもない。触れた術式の出力が落ちる。それだけだ。
魔術を弱くする力に値段をつけるのは難しい。同じ年に判定を受けた70人のうち、配属先が3年決まらなかったのは彼女だけだった。
第三魔術団が拾ったのは、当時の副団長が「暴発事故で3人死んだ年だったから」という理由で採ったからだ。その副団長は3年前に退団している。以後、ニナの仕事を説明できる人間は、団に1人もいない。
広間を出るとき、主席術士のユリウス・カーレンが壁にもたれていた。24歳。13歳で王立魔導院を飛び級で出た男で、団の平均出力を1人で3パーセント押し上げている。
「なあ」ユリウスは右腕を差し出した。「最後に1回、頼めるか」
「あれは施術ではないんです」
「知ってる。けど、あんたに触られた翌日は体が軽いんだよ。肩を揉んでもらってるみたいでさ」
抜いたあとの軽さは分かる、とニナは思った。溜まっていることは分からない。
ニナは彼の腕に手を置いた。
そして、いつものものが指に触れた。
魔脈——体内を魔素が通る経路——の中に、粘るものがある。糸を引く水飴に指を入れたときの感触。ニナが【減衰】を使うと、それが手のひらへ移ってくる。移ったものは彼女の中で温かくなり、すぐに消える。
粘りは団の全員にあった。年上の者ほど強い。
だが最も強いのは、40代の古参ではなかった。
この、24歳の男だった。
「ユリウスさん。今朝、どこか痛みませんか」
「どこも」
「3日前は」
「痛くない」ユリウスは笑った。「俺、健康だけが取り柄なんだ」
ニナは手を離した。
痛みがないこと。それが、彼女が2年かけて見つけた唯一の共通点だった。粘りの強い者ほど、何も感じていない。
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報告書は4枚になった。
1枚目に現象を書いた。高出力の術を撃った翌日、術士の魔脈に粘りが残る。日が経っても消えない。薄くなるだけで、ゼロにはならない。次に撃てば、また増える。
2枚目に、自分の技能でそれが取れることを書いた。ただし機序は分からない、と正直に添えた。
3枚目に、団員31人分の記録を並べた。粘りの強さを10段階で表し、年齢順に並べると、きれいな右上がりになった。40代は20代のおよそ2倍。
ただし1人だけ、その線から大きく上に外れている者がいた。
4枚目の最後の行に、彼女はこう書いた。
『ユリウス・カーレン主席術士、24歳。段階9。当団最高値』
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回答は9日後、封書で来た。
『記載の「粘り」なる現象は、当団の保有する測定機器および王立魔導院の標準検査法のいずれによっても検出されない。再現性の確認ができない以上、これを人事および運用の判断材料とすることはできない。よって本件は保留とする。第三魔術団長 レオンハルト・ダール』
保留。ニナはその2文字を何度か読んだ。棄却ではない。
その日の夕方、彼女は団長室に呼ばれた。
レオンハルト・ダールは35歳で、5年前に前団長から第三を引き継いでいる。書類の量で他の2団に勝つ、と言われている男だった。
「棄却ではないんですね」ニナは先に言った。
「棄却する根拠がない」レオンハルトは答えた。「お前の書いたものは、正しいとも間違っているとも言えない。私が持っている道具では、どちらとも判定できない」
「判定できないものは、使えない」
「そうだ。人事にも運用にも使えない。だから保留にした。綴りに残す」
「読む人はいますか」
レオンハルトは少し黙った。
「いない」彼は言った。「測れるようになるまでは」
ニナは頭を下げて部屋を出た。廊下は西日で赤かった。彼女は、その封書を破らずに鞄へ入れた。
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退団は3月の末だった。送別の宴はなかった。等級丙の補助術士の退団に宴を開く慣例はない。
門のところで、セシリアが待っていた。
「一つだけ言っておく」彼女は言った。「私は14で家を出て、16で第二に入って、22で副団長になった。全部、出した数字で取った」
「はい」
「支援職で19まで居座って、外されそうになったら『実はみんなを守っていました』って紙を出す。私はそれが嫌いなの。それだけよ」
「はい」
「あなたはあの報告書を、自分の椅子を守るために書いた」
「守りたくないと言えば、嘘になります」
「正直ね」セシリアは少し笑った。そして、行きかけて振り返った。
「ユリウスが最近、朝起きられないって言ってる。あなた、それも自分のせいだって言うつもり?」
「いいえ」ニナは言った。「私が、もう触っていないからです」
セシリアは何か言おうとして、やめた。
呪ってやろうか、と一度だけ思った。好きなだけ撃てばいい、と。
だが、撃たれて困るのは彼らの腕で、彼女の腕ではなかった。呪いにならなかった。
ニナは銀貨18枚の残りと、4枚の報告書の写しを鞄に入れて、北へ向かう乗合馬車に乗った。行き先はケルド。王都から馬車で9日の鉱山町に、減衰術士の求人が1件だけ出ていた。
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