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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第1話:婚約破棄の夜会で、彼の嘘を数え上げる

婚約破棄された令嬢が、他人の婚約の「裏の顔」を暴くお仕事に就きます。毎章きっちり化けの皮を剥がします。ざまぁと溺愛、両方お約束。


「コーデリア・レインズ。お前との婚約は、今夜限りで破棄させてもらう」


——観察記録。元婚約者、カルヴィン・ブライア侯爵子息。婚約破棄の口上、およそ三分。


そのうち嘘は、三つ。


私は泣かなかった。泣く代わりに、数えていた。


シャンデリアの下、夜会の音楽が止まる。三百人分の視線が、広間の中央で立ち尽くす私に集まっていた。婚約者に捨てられる令嬢というのは、社交界で一番上等な余興らしい。


「理由を、うかがっても?」


「白々しい。お前が社交をおろそかにし、婚約者としての務めを怠ったからだ」


はい、一つ目。


カルヴィン様。私がこの一年、夜会を欠席していたのは、あなたのご依頼でブライア家の領地帳簿を整理していたからです。あなたの字で書かれた依頼状は、今も私の文箱に十二通。


「それに俺には、真実の愛を教えてくれた人がいる」


彼の背後から、栗色の巻き毛の令嬢が進み出た。マーゴット男爵令嬢。潤んだ瞳で、庇うようにカルヴィンの腕に指を添える。


「ごめんなさい、コーデリア様……わたくし、殿方を横から奪うようなこと、したくなかったの。でも、出会ってしまったんです。ほんの一月前に」


はい、二つ目。


マーゴット様。あなたが今つけている香水は、三の月にカルヴィンが王都の香水商に特注したものです。調合の受付から納品まで二月。「一月前に出会った」方に贈るには、注文が早すぎます。


「これは両家で合意済みのことだ。往生際悪く騒ぐな」


三つ目。


私は父を見た。壁際にいた父は、グラスを持ったまま蒼白になっていた。あの顔は「初耳」の顔だ。娘の私が保証する。両家合意という言葉は、今この瞬間、父の頭上を素通りしていった。


——三つ。たった三分の口上に、三つ。


「数え終わりました」


「……は?」


「いえ、こちらの話です」


不思議だったのは、嘘の数ではない。カルヴィンは昔から、取り繕いの下手な人だった。


不思議なのは、口上の運びだった。社交をおろそかにした、真実の愛、両家合意——言葉の順番が、まるで誰かに書いてもらった台本のように整いすぎている。現に彼は途中で一度、「真実の——」と言いかけて詰まり、目線を斜め上に泳がせてから言い直した。


暗記した文章を思い出す時の、目の動きだった。


(誰の、台本?)


考える時間は与えられなかった。父が転がるように歩み寄ってきて、私の腕を掴んだのだ。


「こ、コーデリア。帰るぞ。……これ以上、レインズ家に恥をかかせるな」


恥をかかされたのは私のはずだったが、父の順番では違うらしい。


私は最後に一度だけ、カルヴィンを見た。彼は勝ち誇った顔の作り方すら下手で、目だけが落ち着きなく、広間の二階桟敷のあたりを気にしていた。


私は、覚えておくことにした。


*


レインズ伯爵家の書斎で、父の沙汰は簡潔だった。


「北のシオン修道院へ行け。ほとぼりが冷めるまでだ」


「冷めたら、戻れるのですか」


「……お前は昔から、そういう聞き方をする」


答えになっていない答えが、答えだった。捨てられた令嬢の傷物という評判は、ほとぼりでは冷めない。父は醜聞を箱に詰めて、蓋をしたいだけだ。箱の中身の私ごと。


自室に戻り、私は荷造りを始めた。修道院に持っていけるものは少ない。迷わず手に取ったのは、亡くなった母の形見の裁縫箱だった。


母、カサンドラ・レインズ。私が十二の年に、馬車の事故で死んだ。


裁縫箱と言いながら、母がこの箱で針を持っているところを、私は見たことがない。代わりに母は、この箱の前で私に妙な稽古ばかりつけた。


『コーデリア。今日すれ違った八百屋の奥さん、指輪はどちらの手にしていた?』


『お客様の靴を見なさい。言葉は嘘をつくけれど、靴の減り方は嘘をつかないわ』


人は嘘をつくとき、必ずどこかで帳尻を合わせる。だから帳尻の狂いを探しなさい——それが母の口癖で、今夜の私が泣く代わりに嘘を数えていたのは、たぶん母のせいだ。


蓋を開けると、糸巻きの下で、古い紙が一枚滑った。


名刺だった。


『ハトリー縁談調査事務所 ——あなたの縁談、お調べします』


縁談、調査。


聞いたことがない商売だった。結婚する前に、相手の裏の顔を調べる仕事、ということだろうか。


私は今夜の夜会を思い出した。三分で三つの嘘。台本のような口上。誰も、何も、調べなかった私の婚約。


……もし。


もし誰かが、あの婚約を調べてくれていたら。私は今夜、広間の余興にならずに済んだのだろうか。


窓の外では、修道院行きの支度のため、使用人が馬車の手配を話している。北へ行く馬車は三日後に出るという。


私は名刺を、胸元にしまった。


北へ行く馬車には乗らない。三日もいらない。明日の朝、私はこの名刺の住所へ行く。


捨てられた夜に泣くのは、やめた。


数える側に、回ることにしたのだ。


お読みいただきありがとうございます! 泣く代わりに嘘を数える令嬢、コーデリアの物語が始まります。彼女が扉を叩く「縁談調査事務所」には、一筋縄ではいかない面々が待っています。


次回「縁談調査人という仕事」。手癖の悪い後輩が登場します。


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