おまけ これからの二人
晴れて自由となったあの日の夜から、これは始まった。
「じゃあ、俺は床で寝ますので……」
「そんなのダメよ。貴方がベッドを使って」
「いや、そもそもここはおじょ……ベラの家で」
「私凄く眠いの……じゃあもう一緒に寝ましょう。狭いけれど」
長年片思いしてきた人と同じ部屋で寝ること自体耐えられるかわからないのに、同じベッドだなんて絶対に無理だ。そもそもベラは本当に俺が男だってわかっているのか?
「むr……」
「早く入って頂戴」
そのまま腕を掴まれ、強制的にベッドに寝させられた。正直理性が飛びそうだ。こんなに至近距離にベラがいるなんて俺は爆ぜるんじゃなかろうか。
「あったかい……」
「ベラ……やっぱり俺床で……ベラ?」
俺を抱きしめて、ベラはすでに寝ていた。今までの精神的であったり肉体疲労を考えれば当然だが、今この時だけは、まだ寝ないで欲しかった。あの威圧しかないようなお嬢様だったベラが、子供のようにすやすやと寝ている。これを振り払って床で寝れるわけがない。
「クソ……」
勿論一睡もできなかった。
翌朝、お嬢様は4時をすぎても起きず、目を覚したのは8時だった。よく晴れていて、日差しが少し眩しい。
「よく寝たわ……寝過ぎたくらい……こんな時間に起きたのは前世ぶりね……」
「おはようございます、ベラ」
「ええおはよう、レイ。よく眠れたかしら」
そんな男女でベッド共有して熟睡できるのは貴方くらいだと進言してやりたい。ああ、でも絶対落ち込むだろうし……そんな姿見たくない。
「それなりに。でもベッドはもう一台買いましょうか」
「わ、私、そんなに寝相悪かったかしら……それとも寝言……人と寝たことなんてなかったから……」
「そ、そうじゃない。そうじゃないです!」
あぁ、そうだこの人誰よりも博識で誰よりも無垢なんだった。
「と、とりあえず、朝食どうします?」
「予定より早くなったから、何もないの。買いに行くしかないわね」
「だとしたらブランチですね」
そういうと、おじょ……ベラはいそいそと準備を始めた。ベラと言い慣れない。これから徐々に慣れていくしかないな。
「ねえ……」
「なんですか?」
「私昨日、身一つで家を出てきたでしょう?」
「そうですね……」
「これ以外、服がないわ……」
……ということは。この薄いワンピース一着で街を歩くことになるのか? この薄いワンピースで?
「その姿で出歩くなんて俺が許しません」
「そうよね……」
お嬢様にこんなこと言ってたら殺されてただろうなぁ。それにしてもどうしようか。俺が街に行って買ってくるか……? いやそれだと遅くなってしまう。
「とりあえず、俺の上着でも羽織ってください」
「これなら大丈夫そうね。……フフッ、貴方の匂いがするわ」
お、俺の匂いって、そんな穏やかな顔で……。というか昨日血まみれになったままだった気が……。
「や、やっぱり返してください!」
「大丈夫よ、返り血の部分は見えないから。それより貴方の傷の方が心配だわ。患部を見せて頂戴」
「い、いやいやいやいや!」
「ほら、見せなさい。私の言うことが聞けないのかしら……ってもう公爵令嬢はやめたのだったわ」
一瞬本当にお嬢様に戻ったのかと思った……。背筋が凍った……。
「と、とりあえず細かいことは食事や買い出しを済ませてからにしましょう」
「患部だけは見るわよ。薬が買えないでしょう?」
「はい」
よくよく考えれば、止血してもらった時に見られてるのだが、それでもベラの前で上半身を脱ぐのは恥ずかしかった……。というか俺が少女みたいで恥ずかしい……。
怪我の状況を見て、ゆっくり街へ行くことになった。ベラは道中どこを見ても楽しそうで、俺まで少し楽しくなった。あの花は毒性があるとか、あの草は薬効があるとか。
「こんなに自由に歩けるのは初めてだから……。情報を集めるために来た時は、髪も顔も、体格まで隠していたの」
「俺も初めてかもしれません……昔は金を稼ぐのに必死でしたし……」
街につけば、多くの人で賑わっている。王城や貴族達の騒ぎが嘘だと思えるほどに。
だが、落ちている新聞を見れば、確かに国王崩御、王太子の死と書いてある。
「おじょ……ベラ、新聞が落ち……」
「美味しそうな匂い……」
気がつけば、ベラは美味しそうなパン屋の前に。これは手を握っていた方がいいだろうか……いや俺なんかが握っていい御手じゃない。
「ベラ!」
「私、このパンを買おうと思うの」
窓から見えるパンを指差して言うや否や、ベラはパン屋に入ってしまった。慌てて俺も入る。いくらベラでもお嬢様育ちなことに変わりはない。庶民らしくなるまでは、俺が行動した方がいいだろう。
「いらっしゃいませ」
「すみません、このパンを二つ」
「あいよ。いいねぇ、兄弟で買い物かい?」
「は……」
「夫婦です。少々歳が離れているものですから、そう思われがちなのですが」
俺が、はいと言うのを遮って、ベラが言う。
は……? ふ、夫婦!? ちょっと待ってくれ今夫婦って言ったのか!?
「ありゃ、ごめんね。て、あらまあ新婚? 旦那さん顔真っ赤だよ。ハハッ、いいねえお熱くて」
「フフッ、照れ屋で。ありがとうございます」
顔が真っ赤になってる俺の手を引いて、ベラは次の店にすでに向かい始めている。
お、俺が照れてる方がおかしいのか?
「……考えたけれど、やはり夫婦のふりの方が、都合がいいわね。このままで行きましょう」
「え、演技だったんですか?」
「……だって籍を入れてないもの。それに婚約者ですらないわ」
俺、昨日、愛してるって言われたよな? もしや俺の都合のいい夢か? だとしたら。俺のあの格好悪い告白もなかったのか?
「お、俺昨日変な事言ってませんでした……?」
や、やばい。冷や汗が止まらない。待て待て今までの全て幻想か何かか? 徹夜の俺が生み出した幻想……。
「安心して頂戴……。私もおかしな事を言っていたから……。婚約については、帰ってから話しましょう」
「婚約!?」
「え、ええ。……あ、愛し合う者同士は婚約するのでしょう?」
「い、いやいや、段階すっ飛ばしすぎです。その前に恋人とか……」
「恋人……」
ああ、そうだ。この人、生粋のお嬢様なんだった。これは多分、お付き合いとか知らないんだな。まずは、一般常識から教える必要がありそうだ。
「……長くなりそうですし、とりあえず買ったパンを食べて、買い出しを済ませましょうか」
「え、ええそうね」
ベラに主導権を握られてると思っていたが、当分は俺が手を引く必要がありそうだな。うん。
「恋人……なんだか幸せな響きね」
お嬢様は照れると耳が赤くなることを、俺は初めて知った。
晴れて完結です!今まで読んでいただきありがとうございました!ブックマークや評価がとても励みとなりました!
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