41 紫氷竜の迷宮⑥
紫氷竜の迷宮最深層。
迷宮主である竜を討伐してから数日が経っていた。
俺が今まで倒してきた小規模迷宮の迷宮主は討伐してから三十分、
長くても一時間程度部屋に居座って居ると再び迷宮の天井や床を貫いて再出現していた。
しかし、どうやら中規模迷宮の主ともなると出現までの間隔が大きく違うようだ。
初日に何時間か待ってみたが、結局その日は次の紫氷竜と出会う事は適わなかった。
一度前日まで拠点にしていた踊り場に戻り、日を改めて部屋へ戻ると竜は再び部屋で待ち構えていた。
二度目の討伐。ここまでは手順も変わらず問題も無かった。
三日目。
再び部屋を訪れ、竜へと挑んだ。
今までと同様カサネが魔法を放ち、部屋全体に光が灯る。
するとそこには、今までの毒々しい紫色から少し黒味が増した。
ワインレッドに近い鱗を持った竜が立っていた。
『以前と色が違う! 気をつけろ!』
俺は異常を周囲の仲間に叫んで知らせた後、竜へ向かって走り出す。
今までと同じ動きでティアも俺の向かいを走り抜けていく。
「え?」
呆然とするアリアの声が不自然に部屋に響いた。
今まで部屋の奥でどっしりと構え、動きの乏しかった紫氷竜が
俺とティアには目もくれずアリアの元へと突進していく。
俺とティアはすぐさま中央へ寄った。
アリアへと続く道を潰す為だ。
俺は神秘盾を投擲し、竜の真正面に当たる位置で固定させた。
神秘盾の特殊性能は四つほど存在する。
その中のひとつに「その盾はあなたの思うがままに操れる」というものが存在する。
俺はつい先日までこの力を「手に持った盾を自在にあやつれるようになる力」だと考えていた。
だが本当は違う。アウロラの神秘盾は手に持つ必要すら無く「思うがままに操れる」盾であった。
宙を舞い攻撃する事も、自分から離れた位置に居る味方の前で位置を固定し攻撃を防ぐ事も可能だ。
ただし、盾を操作するにはそれ相応の集中力が必要でそれを怠ると普通の盾の様に地面に落下してしまう。当たり前といえば当たり前なのだが、完全に使いこなすにはまだ場数が必要なようだ。
黒みがかった紫氷竜は神秘盾を無視してそのまま突き進もうと試みた。
しかし、空間に固定された神秘盾はその想像も出来ないほどの重さを誇る竜の突進を真正面から受け止めた。竜は弾かれるように後ろへ仰け反った。
『ドレッドノート! <偽造神盾>でアリアを守れ! ティアは俺と一緒に時間稼ぎだ!』
「うん!」
ティアと俺は挟み込むように紫氷竜に肉薄する。
紫氷竜の左側のひとつの首がティアを、中央と右側の首がこちらへ向く。
竜はアリアを直接狙うのを諦めたのか俺とティアに狙いを移したようだ。
俺の方へ向いた二つの顔、その口の中に魔法陣が浮かび上がる。
ブレスを吐く前兆だ。迫り来る氷のブレスへ向けて流星を突き出す。
流星に新たに加わった特殊性能「その剣は敵意ある不思議な力を食らう」。
その名の通り剣の所有者である俺に対する不思議な力を切り裂き無効化してしまう力。
流星に黒いもやがまとわりつき、それが高速でこちらに放たれたブレスに触れると幻の様に消えてしまう。その様子に度肝を抜かれたのかブレスを放つ竜の目が見開かれる。俺は流星を前に構えつつ接近した。
遠くで凄まじい何かを引き摺る音。
そして小さな悲鳴が響いた。
しかし、今の俺は目の前の竜に集中している。
気を逸らす暇など無かった。
竜がティアを無視して完全にこちらへ身体を向けた。
三つの首。三対の目が俺を捕らえる。
先ほどまで左手で竜の相手をしていたティアはどうなった?
一瞬思考が逸れそうになったが持ち直し、剣を握る手へ力を込め直す。
お互い必殺の間合い。
何故か重層鎧が青く光った。
しかし、魔法による攻撃を感知出来なかった。
無視出来る程度の魔法を使われていたようだ。
紫氷竜の三つの頭が同時に襲い掛かってくる。
八王竜の外套から竜の腕、翼、尻尾を顕現。
竜の頭を飛び越えるように飛び、擦れ違い様に頭のひとつを切り裂く。
流星はその硬い鱗を貫き、確かに切り裂いたが元々の大きさが違い過ぎた。
竜の首を断つような斬り方はこの状態では難しそうだ。
竜の背を越える際にようやく気付いたが竜の翼が開かれていた。
紫氷竜は翼で魔法を放つという。
もしかしたら鎧が反応した魔法はこれなのかもしれないな。
頭上に瞬いている銀色の光が強くなった。
アリアの魔法がようやく完成するようだ。
俺は置き土産に<貫通>を放ち、竜の機動力を大きく削ぐ。
俺が遠くに倒れたティアを回収し竜と距離を取ると、天から銀色の星の雨が降り注ぐ。
紫氷竜の絶叫が室内に響いた。
◆◆◆◆◆◆
「私達が留守番?! どうして?!」
「アリアちゃん……」
『竜は挑むたびに強くなってる、二人を連れたままじゃ危険だ』
「足手纏いだって言うの?!」
『その通りだ』
「「……」」
四匹目の紫氷竜を倒した後の拠点は重苦しい雰囲気に包まれていた。
俺がアリアとティアに拠点でしばらく待機しているよう命じたからだ。
『ふたりの実力は疑っていないよ。単純に装備や仲間の数が足りないんだ』
「私があの氷の魔法に対応出来ないから……?」
ティアは紫氷竜の羽が放つ冷気の波に対応出来なかった。
そもそも竜の周囲一体を猛烈な冷気で飲み込むような魔法で、回避が出来るような魔法ではないからだ。
矢やブレスのような魔法なら、ティアは見事に避けきって竜に痛打を与え続けただろう。
俺は魔法に強い耐性を持つ重層鎧を纏っている為完全に無効化出来ている。
ティアも冷気に抵抗する魔道具自体は持っている様だが、竜の魔法を無効化出来るほどの性能ではないようだ。そんなティアに竜との接近戦を強いるのは正気ではない。
「私は……詠唱が長大過ぎるから?」
アリアが半べそをかきながらこちらへ問い掛ける。
そういう表情をされると何も言えなくなるからやめて欲しい。
『このパーティーが……それこそ今の倍以上の規模ならまだしも。俺とドレッドノートだけであの竜をずっと抑えるのは無理だ』
アリアは全く動かず詠唱をする。
通常の魔物が相手ならそれでもドレッドノートは守りきってしまいそうだが、巨体を誇る三つ首氷竜の攻撃を長時間捌き切るのはいくら彼女でも無茶なのだ。<偽造神盾>は長持ちするような技ではない。アリアの魔法は非常に強力だが諦めるべきだ。
「でも、バルくんだけで倒せるの?」
「そうよ……あの竜は日に日に強くなってる。そろそろ引き時じゃないかしら?」
『大丈夫だ、手はある』
俺がそう答えるとふたりは下を向き黙ってしまった。
パーティーリーダーとしての経験の少ない俺には、彼女達に何と声を掛ければ良いのか分からなかった。
◆◆◆◆◆◆
暗闇に染まる中規模迷宮の最奥。
俺が相手にすべき最後の紫氷竜は静かに来訪者を待ち受けていた。
俺は息を潜め、大きく迂回しつつも竜の背後に忍び寄る。
俺の足音は全く室内に響かない。
その手に握り締めた流星に宿る力も闇に飲まれてしまったかのように気配が消えている。
竜が身体を動かす音、浅い呼吸の音以外には一切の音が存在しない。
<祝福>──信仰する神の恩寵を道具に宿し神器とする術。
祝福が付与された流星が、暗闇に包まれた一室の中で静かに振るわれた。
五体目、六体目の竜と同様に。
七体目の紫氷竜は俺の存在に一切気付く事無く三つの首を一息で切り裂かれ絶命した。




