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40 紫氷竜の迷宮⑤



 謎の妖精が入った氷塊が消えた事によって猛吹雪はいつの間にか消えていた。

 あの氷が猛吹雪を生んでいたのか、それともこの妖精の力によって引き起こされていたのか。

 どちらの力によるものなのかは定かではないが、この迷宮を吹き荒れていた吹雪は迷宮自体の仕組みによるものではなく、この祭壇によって引き起こされていたようだ。


 吹雪が止み、先ほどまでの騒がしさが嘘の様に大部屋の中は静まり返っている。

 妖精ちゃん二人は先ほどから何らかの魔法を使い、氷の塊の中に居た妖精を治療しようとしているようだ。


 本来なら俺も彼女達を手助けしてあげたい所だが、人間と同様の手順が果たして妖精に通じるのだろうか?

 俺の使う奇跡が妖精達に対して人間と同様の効果を与えられる確証がない。

 余計な手出しをして彼女達の想定していた手順から外れてしまった場合、事態がより混乱する事も有り得る。俺が死者を生き返らせようと奇跡を準備している時に、屍霊術師が「俺も死体の扱いには覚えがある」と割って入って勝手に想定外の魔術なんて使い始めたら完全に混乱してしまうのと同じだ。俺はしばらく静観する事にした。



 十数分程度続いた彼女達の治療行為の甲斐あって謎の妖精が目を覚ます。

 彼女は目を開け周囲を見回し、俺を見つけると大きく距離を取り警戒する動きを見せた。

 それから二匹の妖精達と手振りを交えた何らかのコミュニケーションを取った後、こちらの方へパタパタと飛んでくると驚くべき行動に出た。



「感謝します、精霊の目を持ちし旅人よ。あなたのおかげで私は永い眠りから醒める事が出来ました」


 え?


 喋った?妖精なのに?

 いつも傍に居る妖精ちゃんを初めとしてベアヘッドで出会った妖精は誰も喋らなかった。

 この迷宮でいつの間にかついて来た銀髪妖精ちゃんも同様だ。


『喋れるのか、そっちの二人は喋れないのに』


「妖精の中でも他種族の言葉を理解し、会話出来る者は限られています」


『そうだったのか』


 まさか妖精と喋れる日が来ようとは。

 いつかそれを可能とする魔道具でも見つかればと思った事はあったが。


『ところで、何故あの氷の中に封じられていたんだ?』


「それは……私にも分かりません。人間の集団に襲われ捕らわれた事しか覚えていないのです」


『人間の仕業だったのか』


「はい。ところでここは何処なのでしょうか?スピカとライムの話は要領を得なくて」


 俺は彼女にこれまでの経緯を説明した。

 ここはグリード山という山の頂上から侵入可能な迷宮の深層である事。

 俺は他の仲間から一時的に離脱し吹雪の発生源を調査しに来た事。

 彼女が封じられていた氷を削り切ると迷宮を吹き荒れていた吹雪が収まった事などだ。


「迷宮を駆ける吹雪。他の階層とは様子が違うこの大部屋。察するにこの迷宮の本来の意図を無視し、何者かが私の能力を悪用して、この迷宮を攻略出来ないように企んだのでしょう」


 妖精はしばらく黙考した後そう答えた。

 色々気になる点がある。

 ひとつひとつ確認していこう。


『あの猛吹雪はあなたの能力による物だったのか?』


「はい、恐らく厳冬を司る私の権能のひとつを悪用したのでしょう」


 厳冬を司るね。

 まるで神様のようだ。


『あなたを捕まえた者がこの迷宮の攻略を困難にする必要があった理由は──いや待て、前にも同じ様な事があったな』


 あれはダイモスの迷宮でコボルド達を追跡した時の事だ。

 迷宮内に秘密の道があり、鉱石を対価に訳の分からない宝珠を生成していた。

 そして更に奥には王冠を被った強力なコボルドがいて散々苦戦させられた。

 

 あの迷宮では冒険者に対する嫌がらせのような罠は無かった。

 しかし、彼女同様に迷宮内部に何らかの施設を作り、秘匿したいと考えている者が居たとすれば。

 今回の様に迷宮の難易度を跳ね上げるような厄介な罠を仕掛けていてもおかしくない……?


『何らかの施設、若しくは宝の秘匿が目的か?』


「その可能性は有り得ます。何を何故隠すのかまでは分からないですが」


 妖精は目を閉じ、組んだ手を胸の前で握り締める。

 まるで祈りを捧げる少女のようだ。

 しかし、その身から放たれるのは膨大な魔力。

 その魔力の渦がゆっくりと規模を拡大しつつ大部屋に広がっていく。


 すると、大部屋の様子が一変した。

 深く降り積もっていた雪が金色に輝く不思議な水と化し、大部屋の中を明るく照らしていく。

 よくよく見てみれば、壁を形成している氷のブロックも部分的に溶かし輝かせているようだ。

 以前はまるで見通す事が出来なかった大部屋の内部が、今では詳細に確認する事が出来た。


「この部屋には何も無いようですね」


『そんなすぐに分かるものか?』


 この大部屋の内部は本当に信じられないぐらい広かった。

 以前は吹雪と暗闇に閉ざされていたせいで体感的に広く感じていると思っていた。

 しかし、実際目視出来る様になってみれば入り口の壁が見えないほどの訳の分からないスケールの部屋だったようだ。この部屋を一瞬で確認して回るのはどう考えても不可能で、彼女が何故何も無いとすぐ断言したのか不思議だった。


「探査の魔法も平行して発動しましたから。そこの祭壇を隠す為だけに用意された部屋だったのでしょう」


 彼女はそう断言した。


 だが、俺はその分析に対して懐疑的だった。


 この部屋は階層間に存在している。

 しかも空を飛ぶ手段が無ければまず侵入が不可能だ。

 おまけに猛吹雪を発生させる装置に骨竜達。

 どう考えても不自然に手厚く守られていた。



 何かを隠すのにここより適した場所があるだろうか?

 最深部の更に奥とかか?

 しかしそんなあからさまな場所に隠せばいつかは偶然で見つかるだろう。


 冒険者にとって未知の通路の発見。

 そしてその先のお宝はサクセスストーリーの基本だ。


 この迷宮のように人目につき辛い迷宮の場合。

 如何にもそういったものが見つかるのではないかと人は考えるものだ。

 特に深い階層はその傾向が強いと思う。

 僻地にあるとは言え迷宮深層はかなり細かく調査される可能性がある。

 そんな所に秘匿物を隠すなんて、普通なら避けるだろう。


(俺なら冒険者が血眼になって探す通常の階層よりここに隠すだろうな)


 俺は魔法の袋からおもむろに幸運剣を取り出し鞘から抜き放つ。


──こういう時こそお前の出番だろ。


──さあ、俺を導いてみろ。



 幸運剣を握り締め周囲を見渡す。

 辺りはすっかり雪が溶け、金色の不思議な水に照らされただけの広大な部屋。

 妖精が封じられていた祭壇以外に目立った建造物も無く地形の変化もない。

 床や壁は氷のブロックで形成されていて……。


 そうだな、隠すならそこしかないな。

 探知の魔法とやらがどの様に室内を知覚するのか定かではない。

 けど、そこ(・・)なら探知の外としている可能性も高い。



 俺は部屋の中を歩き、本格的な調査を始めた。




◆◆◆◆◆◆




「さて、私たちを放って半日以上も放置した悪い子が帰ってきましたね」


「何の相談もなしに寒い中放置したわるーいリーダーが帰ってきたねー」


[流石に今回はあんたが悪いわね、せめて私だけでも連れて行きなさいよ……]



 目的のブツを探しだし縦穴を下るとおかんむりのパーティーメンバー達が腕を組み非難してきた。

 思えばいつものノリで碌に話し合いもせずに単独行動をしたのだ。

 非難されて当然と言えば当然だった。


『そうだな、今回は俺が悪かったよ。ところで実は紹介したい人が居るんだ』


「人……?こんな迷宮の奥底で?」


 アリアはいぶかしんだ。

 正常な疑問だと思う。

 こんな迷宮の奥底で人を紹介したいなどと言い出す奴は通常正気ではない。


『それじゃあ自己紹介してくれ』


 俺が促すと氷の中に捕らわれていた妖精がその身体を実体化させアリア達の前に姿を見せる。

 それを目にした彼女達は思わず息を呑んだ。


 この世界では妖精とはおとぎ話の世界の住人のような物で。

 その姿を人間に見せる事がほぼないからだ。


「……私は訳あってこの迷宮に捕らわれていた厳冬を司る大妖精。名はカサネといいます。妖精の泉に行くまでの短い間ではありますがよろしくお願いします」


「妖精様だー! 初めて見たよー! よろしくね」


「え?いやいや、何でこんな所に妖精様が?!」


 初めて妖精を見るアリアとティアは驚愕しカサネをじっと観察していた。

 しかし、その二人の頭上にはスピカとライム──彼女達からすれば不可視の妖精達がちょこんと乗っかっているのがまたシュールだ。ちなみにベアヘッドからついてきた金髪の妖精がスピカで銀髪の方がライムというらしい。


『悪い人間に閉じ込められていたらしい。放っておくのも寝覚めが悪いからベアヘッドまで連れて行く事を了承してしまったんだが。事後報告になってすまないな』


「私が無理を言って頼んだ結果です。彼を責めないであげて下さい」


「うーん、確かに決め事が出来たなら相談して欲しかったけどねー」


「ベアヘッドまででしょう?私たちからすれば庭のようなものだし、どうせ同じ方角だからね。特に反対する理由もないわ」


 アリアとティアは笑顔で賛成してくれた。

 今回は色々勝手な事をしてしまったからもう少しごねるかと思ったが。

 何だかんだで有耶無耶に出来そうだ。


 ドレッドノートは何も言わずカサネを見つめている。

 常人ならその視線の意図する所を察する事は不可能だろう。

 だが俺は違う。


『食べるなよ? 絶対食べるなよ? 食べたら腹を割くからな?』


[…………ソンナコトカンガエテナイワヨ]


 これだから(サーモン)は。

 羽がついた生き物はとりあえず口に含もうとするのだこいつは。



 ドレッドノートの視線の意味を知ったカサネが、俺の後ろにそっと隠れ視線を切った。



 その後、一度は片付けた野営道具をセットしなおして休息を取った。

 本来はもう既に四十一階層へと繋がる階段に辿り着いていた予定だったが、今から四十階層に挑むような雰囲気では無くなっていた。ここは仕切りなおすべきタイミングだろう。


「今回は何とかなったからよかったものを。次からは独断先行は絶対やめてよね」


「うんうん。連絡の取れないところでバルくんが怪我したら助けに行けないんだからね?」


『悪かったよ』


 アリアとティアの二人組には顔を合わせる度にちくちくと責められる羽目になった。

 でも、二人の言葉は本当に心の底から俺を心配してくれているが故に言ってくれている気がして。

 俺は何だかむずがゆい物を感じてしまった。




◆◆◆◆◆◆




 紫氷竜の迷宮四十階層。

 今までと打って変わり煩わしい吹雪も無く通常の迷宮のように静かだ。

 吹雪を生み出していた装置を壊したので当然と言えば当然なのだが。


 ここまでの迷宮が氷壁で作られた回廊だとすれば、四十階層以下は氷で生み出された神殿のような感じだ。シンプルに氷のブロックを積み重ねた回廊とは違い、複雑に氷の柱や壁が形成され本当に何処かの宮殿のような見た目をしている。 


「うわぁ……魚が泳いでるよ」


「上から見えたカルデラ湖に住んでいる魚達かしら?そもそも何でカルデラ湖に魚がいるのかという点は気になるけど」


 この迷宮の壁は氷で出来ている。

 その壁の透明度が他の階層より高いのか、迷宮の外の景色を見る事が出来た。


 この迷宮の近くにはカルデラ湖が存在している。

 どうやらこの迷宮とカルデラ湖は薄い氷の壁を隔てて隣り合って存在しているようだ。


 紫氷竜の迷宮は光源の無い迷宮だ。

 例外は宝石つららがある場所ぐらい。

 基本的に真っ暗な迷宮の中を彷徨う事になる。


 俺達は当然ランタンを手にこの迷宮を探索しているんだけど。

 そのランタンの光に惹かれてか、氷の壁越しに子魚が寄ってきていた。

 そしてその子魚を追ってもうちょっと大きい魚が寄ってきていて。

 俺達がもたらした小さな光をきっかけに壁の向こうで小さな食物連鎖が起きていた。


[なかなかいいサイズね、食べ頃よ]


『お前はそればっかりだな』


 ドレッドノートがそれにやたら食いつく。

 サーモンは魚を食べる魚。

 いわゆるフィッシュイーターだからね。

 餌がちらちら視界に入るのがとても気になるようだ。



 四十階層以下の探索は恐ろしく退屈だった。



 というのも、四十階層以下で出てくる魔物のほとんどが氷で象られたゴーレムで。

 通常の人型のようなゴーレムから竜のような形態を持つ者。

 獅子やオオトカゲ、中には騎士のようなモノまで様々なタイプの魔物が蔓延っているのだが……。


 アリア、ドレッドノート、そしてカサネ達との相性が最悪だった。


 アリアは熱を操る魔法が一番得意で、中でも氷を操る魔法に関しては非常に長けているが、火だって常人以上に扱える。氷で出来たゴーレムとの相性はすこぶる良かった。むしろ火力に頼りきりのドレッドノートより、小賢しい搦め手を多用する彼女の援護でこの階層での安定度が異常に増していた。

 

 ドレッドノートは言わずもがな、相手がどれだけの数の暴力で押そうとしても詠唱時間さえ確保出来れば全てを焼き尽くす。通常の魔物でさえ問答無用で焼き尽くす魔法なのだ。氷で形成されたこの階層の魔物に対しては無双と言っても良いほどの活躍ぶりを見せた。


 カサネは厳冬を司る大妖精の謳い文句にふさわしいとんでも能力を俺達に見せ付けた。

 なんでも同じ階層にいる氷で作られた魔物の放つ微細な冷気を探知してその位置を特定出来るらしい。


 カサネの能力のせいで俺とティアは不意打ちに対する警戒という仕事すら失った。

 完全に詰みである。


(俺たち何にもする事ないな……)


 どう考えてもこの迷宮を攻略するのに過剰な戦力が揃っていた。

 総勢三名、妖精と使い魔を足しても五名の編成な筈なのだが、おかしな事に戦力を持て余していた。

 スピカとライムは基本的に戦闘には干渉しない。

 俺の外套のどこかに潜んでいたり、誰かの頭の上に乗っかっていたり自由にしていた。

 

 これに腹を立てたのがティアだった。

 俺は最悪雷槍で戦闘にタッチする事も可能だったが、遠距離魔法を一切使えないティアは本当に何もさせて貰えなかった。俺も最初は戦闘に参加していたが、やがてティアを慰める係り兼素材収集係に徹していた。


 本来こんな筈ではなかった。

 ここは中規模迷宮の深層で、一ヶ月以上の探索の終着点。

 全員が決死の覚悟で戦い、血や汗にまみれつつも戦果を得るという充実感に溢れる展開だった筈なのに。



 いや、迷宮探索は遊びではない。

 なので、安全に探索を出来るに越した事はない。


 越した事は無いのだが。

 どこか釈然としない気分になるのは仕方ない事に思えた。


 そもそもここまで氷を纏う相手に強い構成なのが異常なのだ。

 この迷宮は本来これがあるべき姿で、アリア達のような魔法使いこそが求められる戦場だった筈。

 吹雪で身動きを阻害され視界も奪われ、充分に活躍出来なかった今までこそがむしろおかしかったんだと思う部分もあるんだけど。 


「ううー、私も戦いたいよー。待ってるだけとか逆に辛い」


『ほら、迷宮主戦はきっと活躍出来る筈だから』


「ほんと? 私の出る幕も無く焼かれない?」


『…………多分』


 正直俺は断言出来なかった。

 だってこいつら頭おかしい。


 俺達の目線の先では壁の向こうから顔を出した竜型の氷製ゴーレムが、何の抵抗をする間もなく蒸発していた。ドレッドノートとアリアは競うように数々のゴーレムを溶かしていく。もはや彼女達にとってはこの階層での戦いは狩猟に近い感覚なのだろう。


『で、油断し過ぎなんだよ』


「わっ」


 アリアが敵に夢中で落とし穴に落ちかけた所を悪霊の手で引き寄せる。


 この迷宮には今まで罠らしい罠がなかった。

 だが、罠なんて等間隔に置かれている物でもない。


 今まで一切罠が無かったからといって、これからも無いとは限らないのだ。


 ここに来て初めての落とし穴。

 後ろから前ではしゃぐアリア達を見てなければ助けられなかっただろう。


「あ、ありがとう。バル」


『迷宮の中なんだから油断し過ぎるな。魔物とちょっと相性がいいからって浮かれ過ぎだ』


「分かったから! 放して」


 抱き寄せていたアリアを放すと慌てて駆けて行った。

 もしかして抱きしめたから照れたのか?

 全身鎧を着ているし、照れるようなシチュエーションでも無かった気がしたけど。


「乙女だねー。アリアちゃんは」


 ティアは腕を組みうんうんと頷いていた。

 彼女の言いたい事は察しがつくが、今の所俺から彼女に何か答えるつもりも無かった。

 我ながら最低な考え方だが、今の俺にとって恋人を作る優先度はそこまで高くない。

 好意を持つのは勝手だが関係を強要されるのは迷惑極まりなかった。


(そもそも職場恋愛とかきつい。俺とアリアが仮に交際したとして、ティアとか今後増えるかもしれないメンバーはどうするんだよ。テント分けて行為に励めとでも?)


 恋人が出来て、しかもそれが同じパーティーメンバーだとしたら。

 確実にヤる事をヤらなければならない情況が生まれてしまう。


 今回のような一ヶ月以上もの期間をかけて迷宮を探索する場合は尚更だ。

 どちらから仕掛けるのかは定かではないが。

 必ず少なからぬ回数そういうシチュエーションになってしまうだろう。


 どう考えても不和の原因にしかならない。

 余程の事がなければそんな状況は避けたい所で。

 それが今の(・・)俺の嘘偽りの無い本音だった。




◆◆◆◆◆◆




『それでは、紫氷竜の迷宮の迷宮主である紫氷竜を打倒する為に改めて作戦を伝えておく』


「「おぉー」」


「これから竜に挑むというのに随分楽しそうね」


[まだ実物を見てないから余裕があるのよ。見たら多分怖気ずくに違いないわ]



 俺達は二ヵ月近い期間をかけてようやく紫氷竜の迷宮最深層の手前。

 最深層へと繋がる階段の踊り場までたどり着く事が出来た。

 今は実際に紫氷竜へと挑む為の最終確認をするところだ。


『冒険者ギルドの情報によると紫氷竜は定着型、迷宮の最深部にどっしりと構えて俺らを待ち受けている。そういう事になっているな』


「迷宮主はほとんどがそうなんでしょう?」


『大半がそうらしいな。実際俺が今まで戦ってきた迷宮主もこのパターンが多い。ただ、妄信はするな』


「え?」


『これはあくまで冒険者ギルドから派遣されたパーティーが調べた情報のひとつでしかない。本来は徘徊形なのにも関わらず、偶然最深部に居座っていただけかもしれないし、外敵が来ない期間が続いていたために罠を張るのを怠っていたのかもしれない』


「うーん。疑い深すぎない?」


 ティアとアリアは俺の意見に疑問を覚えたようだ。

 彼女達にとっては冒険者ギルドの情報は絶対に近いのだと思う。


 だが、俺は知っている。

 今までの経験上冒険者ギルドの情報は案外ガバガバなのだ。


『冒険者ギルドの情報を妄信して死ぬなんてあほらしいだろ? 実際に自分の目で確認するまでは「そういう情報もある」ぐらいに考えた方が良い。ここの迷宮は立地が悪いのと、東部にあるために有力な冒険者が訪れにくいという性質がある。情報の確度が一番低いタイプだ』


 冒険者ギルドはあくまで今までの情報を集積して資料を作成している。

 迷宮の仕組みを調べられる都合の良い魔法なんて存在せず、あくまで他人の経験談でしかない。

 そんなものに縋って竜なんていう最上級の化物に戦いを挑むなんて、青石級冒険者である俺から見ても冒険者としての資質が疑われるレベルの人材だ。


『竜はゴーレムや狼人とは違う。アドリブで適当に戦って良いレベルの相手じゃない。万が一徘徊型で想定外の場面で戦ったら、即座にパーティーが瓦解すると考えるべきだ』


「相手は氷竜なのでしょ?私が感知出来ると思うけど」


『カサネを疑う訳ではないけど、魔物の中には自分の存在を隠蔽する技術に長けた魔物も居る。万が一紫氷竜がそういったタイプだった場合あなたは責任を取れるのか?』


「それは、無理だけど」


『命懸けの場面だ。用心に越した事は無い』


 万が一このパーティーに死者が出たとしても、俺が生き残れば蘇生させる事も不可能ではない。

 ただし、竜のような魔物の場合蘇生不可になってしまうパターンがある。

 それは捕食された場合だ。

 

 魔物に捕食された生物は蘇生が非常に難しい。

 一説には肉体と共に魂も食べられてしまっている。

 体内に取り込まれる事によって自分の生還を信じられない。

 その肉体の所有権を手放し、死を受け入れてしまっているなど。

 様々な根も葉も無さそうな説が多数あって、俺自身これに関してははっきりと明言出来ない部分もあるのだが、魔物に捕食された人間の蘇生が困難な事は体験的に知っている。


 腹を貫かれて死のうが胸を打たれて死のうが時間は掛かるにせよ治す自信がある。

 だが、捕食されてしばらく経った人間を治す場合は、治せなくても恨むなよと言わざるを得ないのだ。



『前衛は俺とティア、アリアはホーくんとカサネに守られながら後衛。ドレッドノートは基本アリアを守りつつ機会があればいつものを頼む』


[はいはい、結局いつも通りね]



 その後、竜と戦う際の注意点などを共有した後床に着いた。

 身体を充分に休めた後は──いよいよこの迷宮の主、紫氷竜へと挑む事になる。






 散々警戒して第四十三階層に侵入したが、想定外の場所で紫氷竜と遭遇する事は無かった。



 中規模迷宮。 

 辿り着くのにほぼ二ヶ月もの歳月を要する迷宮の最奥にその魔物は居た。



 紫色の毒々しい鱗を持った巨大な竜。

 その首は胴体から三つに分かれ、ひとつひとつが独立した意志を持ち競い合うように獲物の肉を食らう。


 赤黒い牙には特殊な性質があり、食らいついた獲物を体内から凍らせる呪いにもにた性質を持つ。

 暗闇に包まれた迷宮内で不気味に緑色に輝く瞳は翡翠のようで、この地の底に存在する迷宮の中であろうと決して獲物を見逃さない。


 普段は飛行することも無く畳まれた翼は狩りを行う際には凶悪な魔法を放つ。

 周囲を無差別に凍らせる、氷竜の名にふさわしい力を持っている。


 尾の先には鉤爪状の不思議な突起がついていて、その特殊な爪に一度掛かれば憐れな肉塊になる事は避けられないだろう。


 全身が凶器。

 生き物を殺す事に特化した孤高の迷宮主がそこに存在していた。




 隣を歩くティアの浅く早い呼吸だけが耳を打つ。

 室内は異様な静けさだ。

 竜もこちらを見据え咆哮ひとつあげない。




 相手も含め全員がその一瞬を待っていた。

 戦いが始まるその瞬間を。


 

『やってくれ』



 俺の合図と共にカサネが魔法を発動。


 紫氷竜の棲家。

 無機質な氷の柱とブロックで組まれた室内を黄金色の光が染めていく。


 氷を水へ、水を黄金へ。

 室内を形成していた氷壁の表層が黄金の水と化していく。


 今まで流星の権能で辛うじて姿が見えていた紫氷竜の全身を全員が確認する。

 家屋の三階から四階にも及びそうな体高。


 凄まじい巨大さの化物だ。

 俺が以前戦った骨竜と同じだけの大きさがありそうだ。



 息を合わせるかのように俺とティアが散開する。


 ティアは左から、俺は右からだ。

 アリアは長大な魔法の詠唱に入った。


 ホーくんの放つ風の矢が俺達を追い越し紫氷竜の顔を打つ。

 まるで効いていない。

 煩わしそうにする気配すらない。


 竜というのは魔法への抵抗が極めて高い。

 生半な魔法では鱗に多少の傷がつく程度だ。



 八王竜の外套から竜の足を顕現。

 最強種の脚力を持って一気に紫氷竜との距離を縮める。


 相手は竜だ。

 凶悪な最強種。

 素材とか石箱の破損の危険性なんて考慮にいれていられない。

 だからこそ、この魔法を放つに値する。


 俺はあらかじめ発動待機状態にしていた魔法を放つタイミングを計る。


 うん、明らかにこっちを見ているな。

 ここで無理に放つ必要は無い。


 俺は必殺の魔法を放つ事を諦め背から流星を抜き放つ。

 シャランと音を放ち抜き放たれた刀身が、部屋を照らす黄金の光の下濡れるように輝いた。


 神秘盾を前へ、流星を背に隠すように半身になって紫氷竜の間合いに入る。

 

 紫氷竜の床を穿つ爪撃。

 その軌跡を読み解き合わせるように流星を振るった。

 竜の指を払うように放たれた一撃は数本の指を一撃で切り飛ばした。


 纏めて全部切り落とすつもりで振るったが直前で腕を捻ったか。

 流星の恐るべき切れ味で指を断たれた紫氷竜がここに来て初めて咆哮をあげた。


 そこで離脱せずに更に接近する。

 

 その時不思議な事が起こった。

 紫氷竜の前足が輝き、斬り飛ばした筈の指が元に戻っていた。


 いや、違うな。

 自らの欠損した身体の一部を補うように氷の義指を生み出したのだ。

 中々器用な事をする。


 俺とは逆側。

 竜から見て右側に位置していたティアは、指を治す為に一瞬硬直した隙を見逃さなかった。

 燐光を放つ鞘から抜き放たれた魔法の剣が、擦れ違い様に紫氷竜の後足を引き裂いた。

 流石に骨までは断てなかった様だが鮮血が舞い、黄金色に輝く床を赤黒い血に染めている。




 見たな。




 ティアを。




 目を放したな?




 俺から。 



 三つ首のすべてが俺以外に意識を割かれたその瞬間。

 俺は発動待機状態にあった魔法を発動する。


 狙うのは腰。

 身体を動かす根幹を成すこの部位に致命打を与えれば後が楽なのは第三夢幻迷宮で実践済みだ。


 俺の眼前に銀色の力の奔流が生まれ、混ざり合い固まっていく。


 それは長大な槍。

 巨龍の外皮すら貫き穿つ最強の魔法。


──<貫通(ペネトレーション)>


 その暴威は紫氷竜の鱗を穿ち肉体深くに差し込まれていく。

 鱗、脂肪、筋肉、骨。

 あらゆる障害物を意に介さず、淡々と刺し貫き抉っていく。


 竜は思わず床に倒れ込み身をよじるが、その下半身には巨大な穴が空き止め処なく床を血で濡らした。

 苦し紛れに噛み付こうとこちらへ首を差向けるが、それに付き合う義理も無い。

 そろそろアリアの魔法が完成する。



 金色に眩く輝く室内。

 その輝きに紛れ、部屋の天井近くには魔法によって描かれた天体図が密かに輝く。


 その星のひとつひとつが銀色の輝きを放っている。

 魔法が進行すると共にその光は一層強くなっていき、周囲の金色を少しずつ飲み込んでいった。


 俺はその輝きを確認しながら竜から距離を取る。

 苦し紛れに周囲を凍結させる魔法を放つが俺もティアも既に効果範囲外だ。



 魔法を使って魔法を描く。

 その無駄に段階を踏む大魔法は長大な詠唱と準備時間に相応しい圧倒的な破壊をもたらす。


 その火力は迷宮の深層に潜む暴竜の命さえ刈り取る死神の刃。


 

 

 <水瓶(アクアリウス)>。

 とある星の名から名付けられた大魔法。

 長大な詠唱の果てに、天から水瓶を逆さにしたかのような絶え間ない隕石の雨を降らせる魔法。

 本来は迷宮内で使うような魔法では無いが、意図的に規模を縮小する事で使用する事も可能なようだ。




 天に描かれた星図が崩れ。

 仇敵の命を狩るべく降り注ぐ。


 星々は竜の身体を打ち据えた。

 刺し貫かれないあたりが竜の異常な魔法への耐性を示している。


 竜の身体を捕らえ損ねた星々が迷宮の床を抉り周囲へその氷片を飛散させた。

 あまりに多くの床を抉った為か、竜の姿が微細な氷片で作られた煙によって覆い隠されてしまった。



 しばらくして、魔法が効力を無くし煙が晴れると。

 そこにはだらりと口を開け(むくろ)となった紫氷竜が力無く倒れていた。



「倒した……私の魔法で! 竜を!!」


 呆然としながら竜の亡骸を見つめているアリア。

 その口元は緩み、とても嬉しそうだった。


「はあ、生きた心地がしなかったよー、でも倒せてよかったー!」


 ティアはそっと大事そうに剣を鞘に仕舞い。

 にっこりとみんなに微笑んでいる。

 その笑顔はいつも以上に達成感に満ちていた。


 カサネは喜び合う俺達を優しい笑顔で見守っている。

 まるで微笑ましい物でも見つけたかのように。











『大丈夫そうだな。よし、この調子で後六回倒すぞ』



 俺が宣言した瞬間、彼女達から笑顔が消えた。

気付けばアクセス累計が一万PVを超えていました。

大変有難い事です。ありがとうございます。

これからも拙作をよろしくお願い致します。

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