10 二周目
ランタンに灯を点しドレッドノートと二人で迷宮を進んでいく。
剣の力によって引き上げられた視力は、ランタンの仄かな明かりで照らし出された道を以前より明確に捉えている。見える範囲が変わると同じ迷宮でも印象が大分変わる、以前より暗闇を警戒する必要が失せ心に余裕が出来たように思える。
しばらく進むと遠くにぎらりと光る瞳が目に映った。
以前もこの迷宮で戦った水とかげだろう。
『水とかげが居るな、相手をしてみてくれ』
[まだ私の目には見えないから、きちんと照らしなさいよ?]
どうやらドレッドノートにはまだ見えないようだ。
当たり前か、俺も以前ならこんな遠くから見る事は出来なかったはずだ。
水とかげはこちらのランタンの光を目印に気づく事が出来るが、まだ迷宮の部屋二つ分程は離れている。
特殊な技能や魔法を持っていない限りは、光源を手に持っているこちらから暗闇に潜む水とかげに気づく事は出来ないだろう。
[大いなる母川よ、我らに万敵を穿つ刃を授けたまえ]
これが<魔法・鮭>の詠唱句か、詠唱も何かそれっぽい感じなんだな。
ドレッドノートの体表に燃えるような斑点が次々と浮かび上がり、普段は隠蔽している膨大な魔力が周囲に渦巻いていく。禍々しい感じはしない、むしろ白波を立てながら荒々しくも淀みなく流れる川のような人間や魔物とはちょっと違う、異質な魔力だ。
[<炎色斑紋>]
魔法の詠唱が終ると、ドレッドノートの周囲に小妖精のような小さな赤く丸い光が漂い、渦巻いていく。
迷宮を照らし出す多くの赤い光球は、その小ささに反してひとつひとつが凄まじい光量を誇っている。
やがてその光の波が周囲を飲み込み、水とかげの体躯をはっきりと映し出した。
[そこかあ!]
無数に飛び交う光球のひとつが音もなくスーッと水とかげに吸い寄せられていく。
その姿は先日見た尾が光る虫、魔女虫の小さい個体が飛んでいるかのようであった。
──光球が水とかげに触れた瞬間、目を疑うような炎の嵐が光球から溢れ出た。
爆音が迷宮中に轟き、壁面や床を爆風が吹き荒らしていく。
凄まじい威力の魔法だ。
しかも、一息に唱え生み出した幾つもの光球のうちのたったひとつが触れただけでこの有様だ。
だが、真に驚愕すべきはその異常過ぎる魔力制御力だ。
俺も使える魔法の種類や威力はともかく魔力制御の腕ならそれなりの自信がある。
しかし、ドレッドノート程の摩訶不思議な制御は見た事も聞いた事も無かった。
あれほどの威力の魔法を使ったにも拘らず、俺やドレッドノートへはその余波が届いていない。
本来あれほどの火の魔法をこの距離感で使えば多かれ少なかれ熱を感じる筈だ、だがそれがない。
恐らくだが、魔法で生み出された熱や風すらも制御出来ているのだ。信じがたいが。
その証拠に、俺がかつてこの迷宮で迷宮主をうっかり消し飛ばした時に比肩する程の魔法を使ったにも拘らず、水とかげは原型を留めていた。
いや、違うな──近付いて検分してみると、全く外傷が無い事が分かる。
解体用のナイフで体内を切り進んでみると、内部まで瑞々しい肉に包まれている。
つまりこれはデモンストレーションだったわけだ、自分の力をもってすれば格下の魔物相手ならこのぐらいの芸当すら可能だという。
ただ、分からないな。
皮も肉も焼かずにどのようにして彼女はこの水とかげを仕留めた?
ただの見せ掛けという事も無い筈だ、一体何を焼いたんだ……?
ドレッドノートは何も言わず佇んでいる。
先程まで浮かべていた斑紋は霧散しいつもと変わらぬ様子だ。
いや、ちょっとだけ誇らしげというかにやにやしている雰囲気だ。
最近微妙に分かるようになってきたんだよ、その魚顔の表情みたいなものが。
その変化は微かだが、確かな変化をしているのだ。
『結構やるじゃないか、ところでさっきの魔法はどうやって水とかげを殺したんだ?』
[うぷぷ……知りたい?知りたい?知りたくなっちゃった?]
あーーーー、すっげー腹立つ。
こいつさては薬草の事、根にもってやがるな?
[仕方ないわねー、今回はと・く・べ・つ・にっ!おしえてあげちゃおうかなー!]
そこからのこの女の話はとにかく長かった。
どうしてこのような魔法が必要になったのかって所から、そもそも鮭魔法とはどういった物でどのような苦難を経て編纂されてきたかって事を散々脇道に逸れながら語った後にやっと答えを教えてくれた。
あの魔法、<炎色斑紋>は基本的には普通の火による魔法と同質な物らしい。
ただ、ある一定の錬度に達するとその先、相手の魂すらも燃やすという恐ろしい魔法に様変わりするそうだ。というのも本来はこっちの効果に至って初めて、この魔法を修めたと言えるらしい。
何故この魔法を生み出すに至ったかについては、川から海へ飛び出したサーモンたちの笑いあり涙ありの恐ろしく長い冒険譚と共にがっつり語られたが要約するとこうだ。
・川生まれ川育ちのイキりサーモン達はいよいよ海に乗り出していく、しかしそこには古くから海をナワバリに生存競争を勝ち残ってきた巨体の化物たちがわんさか居た。
・戦いになれば肉体の圧倒的なスペック差で歯も立たない、だから長年かけて魔法を生み出しました→普通の魔法じゃ歯が立たない→じゃあ──あいつらをぶっ殺せる魔法を編み出さなきゃ。
っていう経緯だったらしい。
魂を燃やす攻撃は当れば勝てるというほど簡単な物ではないらしいが、巨体の魔物にも比較的通る凄まじい攻撃力なんだとか。すごいね!
その後もドレッドノートの魔法実演回は続く。
身体を硬質化させる<銀壁>は彼女の持つ防御技能と相性抜群で、水とかげの攻撃を受けきった後体当たりのみで討伐するという芸当も見せてくれた。
基本的に戦闘ではこの二種類の魔法を使うようだ、でも口ぶり的に隠し玉がまだありそうな気もする。
戦闘外では──なんと、限定的ではあるが転移魔法に似た魔法が使えるらしい。
その名も<母川回帰>。
この迷宮に初めて潜る際にしていたマーキング、あれは転移で移動する場所を決めていたらしい。
つまりドレッドノートが居れば最下層から表層への帰還が一瞬で可能という事だ。
その他にも、今まで行った事がある地の方角が分かる<母川記銘>など迷宮外でも役に立つ魔法が使えるようだ。本当に冒険特化みたいな内容だな。
魔法を見せて貰いながら迷宮を歩んでいくと、あっと言う間に地下へ続くスロープへ辿り着いた。
ゆったりとしたスロープを黙々と下った先で剣の能力が見たいと祈った。
……攻略総階層数が六階になってるな、1増えている。
つまり同じ迷宮でもココの部分は稼ぐ事が可能なのだ。
攻略回数は──まだ二回、増えていないな。
迷宮主を倒した後に増えるかどうかが焦点だな。
二階層目に入ってからは連携を試してみた。
が、全然上手くいかない。
俺もドレッドノートもお互い別々の敵を相手取る時は良いのだが、一体の敵をふたりで協力して倒そうとするとどうにもぎこちない感じになってしまう。
結局<銀壁>を使ったドレッドノートが先に敵の攻撃を受け、その隙に自分が攻撃するパターンを組んだ。まだ流動的に連携を組むのは難しそうだ、課題の残る結果となった。
やがて前見た大部屋に辿り着いた、竜と見紛う大きな水とかげの迷宮主が居る部屋だ。
今回は新しく得た特殊性能の感触を確かめる為にも剣のみで戦ってみる、邪魔なランプをドレッドノートに咥えてもらって剣を握り締めて部屋の中へ。焦るな、かつて倒した相手だ。今度こそ失敗しないぞ。
部屋へ入ると共に思いっきり前へ出た、速い、自分の足ではないかのようだ、凄まじい加速感と共に迷宮主の足元へ至った。
一閃。
擦れ違い様に放った水平切りがその左足を大きく切り裂いた。血が舞い散り迷宮主の悲鳴が室内に響く。
迷宮主は暴れ、俺を何とか捕らえようとするがまるで捕まる気がしない。
広がった視野は迷宮主の動きの予兆を逃さず読み取る、目に入らなかった奴の背後に蠢く尻尾の動きも、強化された耳で拾い上げる音で勘付き読みきった。
ただ、本当に目と耳だけで避けれているのだろうか?何となくだがそれだけではない気がするのだ。
何か不思議な方法で相手の動きを更に読み取り、回避の精度が上がっている気がする。
この感覚は何なんだろうな?
幾重にも及ぶ斬撃で足と尾を削りきり、最後は頭を一刺しして止めとした。
身体にも頭にも不思議と疲れはない、いや、違う。
恐らくは気を張っているからか、思えばここまで長かった。迷宮は既に二度、今回で三度目だがようやく迷宮探索の醍醐味、石箱の入手が叶うのだ。
冒険者が何故迷宮に潜るのか?と聞かれれば大体の人間が石箱を開け、その中に眠るマジックアイテムを得る為だと答えるだろう。
俺は夢中になって迷宮主の身体を捌いていった。
身体を裏返しにしたあと、胸の皮を断ち肉を切り分け血にまみれながら魔石の隣にある箱に手をかけた。




