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第11話 マダム・スミスの賢者能力

「ごめんください!」


 グロリアスは、目的の場所に着いたようだ。そこの家のベルを押し、住人を呼び出す。すると、若い女性の声が聞こえて来た。2階にいたのであろうか、遠くから少しずつ玄関の方へ近付いて来る。


 トントントンという軽快なステップで、玄関の前まで来たのが分かる。「はーい」という声がハッキリと聞こえ、扉のカギが開く音が聞こえる。重そうなイメージの扉が、音もなくスーッと開いていく。


 この家の外観は、青い屋根と白い煉瓦レンガ造りの建物だった。2階建ての空間を大きく確保したような間取りだった。シンプルながらも、設計師が苦労して考え出したような意匠いしょう)性を感じる。


 可愛いゴールデンレドリバーの犬を飼っており、扉が開いた直後に私達を出迎えていた。かなり毛並みも良く、賢そうな犬だ。お城を縮小したような家と夢のような可愛さの犬を合わせて考えると、女の子の理想的な住まいだという事が理解できた。



「どちら様ですか?」


 どんな女王様が出て来るかと期待していると、メイド服を着た女性が出迎えた。茶髪のロングヘアーをポニーテールにして作業し易いようにしており、質素な作りながらも見惚れてしまうようなメイド服を着こなしている。



 美しい女性ではあるが、この家の主人なのかは判断が付かない。私は使用人だと思っていると、グロリアスが丁寧に挨拶をし始めた。どうやらこの家の女主人らしい。メイド服を着ているのは、趣味と家事のし易さを考えてだろうか?



 そう考えていると、グロリアスが女性の手を取り、手の甲に口付けして、紳士風に振舞っていた。私の収まっていたはずの吐き気と寒気がぶり返す。彼が私に対して、こんな仕草をして来たら、鳥肌とりはだが立ってしまうだろう。



「マダム・スミスさん、今日は大切なお話があって参りました。ちょっと複雑な話になるかもしれません。お家の中に入って、話し合いをしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、お入りください」


「時に、ご主人様やあなたのお父様はいらっしゃいますか?」


「主人はおりませんが、お父様は自分の部屋でお休みになっています」


「そうですか? では、中へ入らして頂きます。この子は、私の助手でローレンと申します。マダムとお会いする機会が出来ましたので、上品な作法を学んで貰えたら嬉しいと思い、こうして連れて参りました。


 作法も礼儀も拙い彼女ですが、温かい目で見守ってくだされば幸いです。どうぞ、積極的に上品な振る舞いやマナーなどを教えてやってください。マダムは、私の理想とする奥さんです。その一部でも学んで貰えたらと思い、同行させました」



「まあ、グロリアス様は、人を褒めるのがお上手です事。こんな可愛いお嬢さんならば、私も一緒にいて嬉しく感じますわ。では、こちらへお掛けください。今、紅茶とケーキをお持ちします」


「お構いなく……」


 私は、スミス家のお宅を訪問し、キョロキョロと部屋の中を見回す。田舎丸出しの行動だが、好奇心旺盛な年頃だから仕方ない。家具や内装も高級な作りで、設計師が同じであろう統一感を感じていた。白と金の装飾で、趣味の良さと手入れの行き届いている事が分かる。



 奥さんは、40歳くらいの年齢だが、見た目的には30代をキープしている。グロリアスからして見たら、同い年の美女といった感じなのだろう。同い年の女の子というのは、アリッサとは違った魅力を持っているものだ。



 知識や経験は、彼に近い物があるだろうし、話し合いもし易いはずだ。もしかしたら、初恋の相手かもしれないと思っていた。良く働くような活発な女性だし、仕草の一つ一つに上品さが伺える。


 メイド服のスカートが、彼女が回転するたびにふわぁっと広がり、その事を証明している。パンティーが見えそうな感じになっても、波の境界線でもあるかのように、ピタリとそこで止まっていた。かなりの訓練を積んだプロの主婦というのを実感させられる。



 化粧は多少濃いが、若さを保とうと奮闘しているのが伺えた。ご主人やお父様が賢者である以上、彼女も優秀な賢者であろう。家事をする仕草一つを取っても、その動きの鋭さが見て取れる。アリッサに近い戦闘力を感じていた。



「グロリアス……」


 私は彼の隣に座り、名前を呼ぶ。知らない人の家に来て、ちょっと緊張していた。仲の良い友人でもいれば、もう少しリラックスできるのだが、この家には子供さえもいない。つまらなく感じて、足をブラブラとさせる。特に意味はないが、落ち着かないのだ。



 すると、奥さんが見ていないところで足を叩かれた。人の家に来て、マナーのない事をするなという意味だろう。ムカついたので、思いっ切り彼の足を踏んずけてやった。奥さんはテーブルに着き、テーブルの死角で私達の足は見えない位置だった。



「それで奥さん……、いった!」


「どうかなさいましたか? 私が、何か変な事を喋りましたでしょうか?」


「いえ、ちょっと静電気が発生して痛かっただけです。ちょっとお待ちください」


 グロリアスは、奥さんを待たせて、私の方を見る。私の荷物から銅の板を取り出し、テーブルの上に置いた。ここで修行して、暇を潰せという事らしい。私には仕草で教え、奥さんには丁寧に説明していく。


「この子は、俺の弟子なんですが、集中力がないんです。ここで、特訓させてやっても良いですか? 彼女の魔法技術マジックスキルは電気なので、音と光がするだけなんですけど……。話し合いには支障はないと思いますから……」



「ええ、よろしいですよ。素晴らしいですね。自然に近い魔法技術マジックスキルほど、一般的に強いと言われています。相当の才能がある子なんですね。あなたがそこまで熱心になる理由も分かりますわ!」


「才能自体はあると思いますが、なにぶん子供なので大変ですよ。集中力も無いし、年上を敬うという態度も無い。可愛いというのは認めますが……」


「あらあら、お疲れの様子で……」


 私は、銅の板を目の前にして、手袋を外して特訓を開始する。昨日までは10分間で連続360回ほどの電気を発生させたのだ。1分間では36回程度である。グロリアスの定めた合格ラインは、1分間に60回以上だから、まだ半分を超えたくらいだ。



 私は、絶対に合格ラインに到達させてやると奮起していた。その為、銅の板を見ると、電気ショックを与えられずにはいられない。暇な時間を潰す為なので、集中力は増して行き、1分、2分と経過するごとに発電回数は徐々に増えて行った。



 私が隣で特訓に集中し始めたのを見ると、2人は話し合いを始める。電気の発生する音と光は出ているが、全然気にならないらしい。紅茶を飲みつつ、ケーキを食べながら話し合いを開始する。


「ふー、それで奥さん、ご用件というのはですね、ご主人の浮気についてですが……」


 グロリアスは話を続けようとしていたが、奥さんが不安な表情を見せて、バンっとテーブルを叩いた。椅子から立ち上がり、興奮を抑えきれないような感じだ。浮気という言葉は、発してはいけない逆鱗の言葉だったようだ。



「あの人、まさか、まだ、あの女と一緒にいるの? 前は、食事はしたけど、肉体関係までは持っていないとか、ほざいていたけど……。


 今度は、まさか、ホテルで一緒だったんじゃ……。出張とか、仕事で遅くなるとか言って、あの女と熱い一夜を過ごしていたんだわ……。


『俺が愛しているのは、君だけだよ!』とかほざいていたけど、嘘だったのね? そうと分かれば仕方ありません。この私の作り出したエクスカリバーで、奴の自慢のエクスカリバーを破壊して差し上げますわ……」



 エミリー・スミスは、幅広のゴッツイ剣を体内から生み出していた。彼女の魔法技術(マジックスキルは、体内から武器を生み出す能力である。『土』や『木』などの自然属性を習得しており、組み合わせて生み出された武器は、本物と大差がないほどの意匠いしょう)性がある。



「おおおお、超カッコイイ能力だ!」


 私は集中が途切れて、彼女の能力に魅了される。設計技術や創作センスが必要な魔法技術マジックスキルだが、細部にまでこだわったバスターソードが完成していた。確かに、凄い能力を持つ賢者である。だが、グロリアスに敵うはずはない。



「いくら武器を生み出せるとは言っても、所詮は女性の腕力。グロリアスの前には、敵じゃないわ!」


 私は、子供が自分の父親を尊敬するように、グロリアスに信頼を寄せていた。しかし、本当の彼の実力を見た事はない。奥さんは、夫を問いただしに行こうとして動き出したが、グロリアスがそれを止める。体から武器を出す能力など大した事はないと思っていた。



「I am the bone of my sword.

 Steel is my body, and fire is my blood.

 I have created over a thousand blades」



 奥さんは、謎の呪文を詠唱し始めていた。子供の私には、どんな意味があるのかさえも理解できないが、グロリアスは本気で焦っていた。素早く体を飴に変化させて、彼女の動きを止めようとする。


「無限の……(アンリミテッド……)」


「やれやれ、奥さん、剣を納めてください。これ以上の戦闘は、いろいろな意味で危険です。あなたの魔法技術マジックスキルが極限まで高まるとどんな事が起こるのかは理解できました。正直、舐めていてすいません。



 ご主人さんは、浮気をされているわけではありません。まずは、落ち着いて私の話を聞いてください。あなたが出そうとしている技は危険過ぎる。俺が全力で止めなければいけないほどの大技です。ここは、引き分けという事にしておきましょうか?」



「くう、さすがは、グロリアスさん。魔法技術マジックスキルは良く分からないけれど、とても強い……。確かに、これ以上は、私もあなたも危険に陥りますね。分かりました。興奮を抑えて話をお伺いしましょう」



 グロリアスは、絶体絶命のピンチを乗り切った。女性が技を繰り出していたらヤバかったであろう。剣を扱える者ならば、誰でも使いたい技だったが、使用して仕舞えば世界さえも消滅しかねないほどの威力なのだ。


 危険は、グロリアスによってなんとか回避されていた。私は、特訓をしながら彼に問いかける。英語で語り出した部分だけでもかなりヤバイ状況だった。


「あの英語の呪文とか大丈夫かな?」


「安心しろ、読者は謎の呪文としか理解できない。アレを理解できたら、大した洞察力を持っていると敬服するわ。では、交渉に移るとしようか?」


 相当の実力を持った女性をあっさりと説き伏せてしまった。彼にかかれば、大賢者もただのか弱い女性に戻るのだ。私は改めて、自分の師匠が強い事を知ってニヤケていた。

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