01.キャリー・フロベールと申します
ロサンゼルスで三本の指に入ると言われている有名なホテル。
伝統ある建物は風格と気品に溢れており、学生が遊び半分で来るような場所ではないのは確かだった。
「ほら、キャリーご挨拶を」
「キャリー・フロベールと申します。宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げたキャリーは目の前の男を直視した。
艶やかな黒髪に浅黒い肌、エキゾチックな顔立ちをした男は美麗に微笑むと、整った唇を動かした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ご子息の美しさは天使のようだと母から聞いておりましたが、本当だったのですね」
歯の浮くようなセリフを言いながら、男は長い睫毛を揺らし、「私の名はグレン・ベイレフェルトです」と神話にでも出てきそうな名を名乗った。
見るからに紳士、それも極上のアルファだと分かるグレンは、サルスジャミン諸王国の次期国王となる予定の人物で、その辺りにいるような男とは比べ物にならないほど〝いい男〟だった。
さらに付け加えるなら〝顔〟だけなら、キャリーの好きなタイプと言っていい。
――まあ、どうでもいいかな、適当に話だけ合わせて乗り切ればいい……。
自由恋愛のご時世にお見合いなんて、どれだけ時代錯誤なのだろう。本当に馬鹿々々しい話だと、本音を晒して早く家に帰りたいところだけれど、祖母の手前そういうわけにもいかなかった。
キャリーの家族は全員アルファ属性でプライドの塊のような人間ばかりだ。そのフロベール家で唯一、自分を気遣い可愛がってくれるのは同じオメガである祖母だけなのだから、彼女の言うことだけは聞かなくてはいけない。
というより、祖母のお願いでなければ、何処かへ逃げていただろう。
「ところで、Mr・グレン。お母様はお元気にされてる? 最近お会い出来なくて寂しいわ……」
祖母の話を聞いた彼は、にこやかな表情を浮かべ、「今は国の管理に忙しくしておりますが、そのうち、お会い出来るようになるかと思います」と説明をした。
一応、グレンとの繋がりが彼の母親を通じてのものだということは事前に聞いていた。だから、自分からは絶対に断れないと分かっているだけに、彼の母親の話を聞くのは苦々しい気分だった。
ふと、会話の最中にグレンの視線がこちらへと移動した。査定されているような気分になるのは、アルファだからなのか、それともグレンだからなのか、どちらにしても、あまり居心地のいい視線ではなかった。
「ふっ」と彼が軽く口元を緩め、テーブルにセットされたコーヒーカップを手に取り、「現在、大学二年生だとお聞きしておりますが」と話を切り出した。
「はい、F大に通ってます」
「なるほど、F大ですか。変更は可能ですか?」
「変更……、って何です?」
大学の変更を求められ、どういうことだろう? とキャリーは眉根を寄せる。
「結婚すれば、我が国に来て頂くことになりますので、通信教育になると思いますが、その大学は通信制度はないのでは?」
「は……、あ、えっと、そうですね……」
――僕は結婚しませんけど……?
勝手な話をされて、キャリーのこめかみがピクピクと動きそうになる。
こちらの心の中を見透かすような余裕の笑みをこぼした彼は目を細めると、色気のある眼差しで見つめてくる。
その射るような瞳を見て、思わず唾をごくりと飲み込んだ。今まで出会ったことのあるアルファの中でも、ここまで挑発的で圧倒的な支配力を放つ男を見るのは初めてだった。
フロベール家が営む製鉄会社、フロベール製鉄は様々な会社との交流がある。
年に数回、何かしらのパーティーがあり、キャリーも仕方なく出席するが、グレンほど全てが完璧な男は見たことがなかった。
――完璧だけど、こういうタイプは絶対に性格は悪いはず……。
何とかして自分の中で〝いい男〟と認めてしまった彼の評価を下げようと必死になる。
もちろん、彼が顔がいいだけのアルファではないのは十分に承知していたけど、ここで彼を認めてしまったら、結婚という馬鹿げた契約をすることになる。
好きでもない相手と、しかも男のアルファと、キャリーからしてみれば〝想定外〟の何ものでもない事態だ。
「ねぇ、キャリー。Mr・グレンは、あなたが望むならサルスジャミン諸王国に専用の宮殿を建ててくれるそうよ」
「宮殿って……」
え、宮殿って何? 今なん世紀だっけ? と急に歴史の中に迷い込んだ感覚になる。押しが強いのは、何も目の前の男だけではなかったことを思い出したキャリーは、祖母に向かって猫なで声を出した。
「あの、お祖母様、すぐには決められなくて……」
「うーん、そうなの? Mr・グレンほど素敵な方はいらっしゃらないと思うけど」
「うん、そうかもだけど、心の準備とかいるし、それに、お互いよく知らないし……」
キャリーの話を聞いた祖母は、目を丸くしたあとパァと笑みを浮かべ、「ああ、私たら、じゃあ、あとは二人で……」と言いながら席を立った。
「ちょ、ちょっと! おばあちゃ……じゃなくて、お祖母様?」
ふふふ、と笑みを浮かべたまま、祖母が去って行くのを見届けながら、キャリーは頭を抱えそうになる。
このお見合いは祖母がセッティングしたような物で、恐らくグレンは祖母にお願いされて仕方なく、この場に来た可能性が高いのだ。
取り合えず謝罪をしておいた方が無難だと判断したキャリーは、軽く頭を下げると、しおらしい声を出した。
「すみません、お祖母様が色々とご無理を言ったようで、出来れば、Mr・グレンの方から断りを入れて頂けますか?」
「断り……? 何故?」
そんな疑問を投げかけられるとは思ってもみなかったキャリーは口ごもる。
「何故って、それは……」
キャリーが言い淀んでいると、グレンの唇が厳しい言葉を発した。
「俺にとってこの結婚はビジネスだ。君に何も求めていない、だから断る理由もない」
「……は?」
「君だって自由に暮らせるなら、何処だっていいだろう?」
「何だか……、先ほどとは随分と態度が違うんですね」
頬がひくつくのが自分でも分かる。それと、彼のこれぞアルファだと言わんばかりの態度を見ていると苛ついた。
「じゃあ、僕も言わせてもらうけど、絶対に、あなたみたいな男とは結婚しないからな!」
「おっと、驚いた。天使だと思っていたのに、まさかそんな乱暴な言葉を使うとはな」
「そんなの、お互い様でしょう!」
ふん、と鼻を軽く鳴らしたキャリーは、乱暴にコーヒーカップに手を伸ばすと、一気に飲み干した。
どちらにしろ、これ以上話すこともないと思ったキャリーは、すっくと立ち上がり、「それじゃ、さようなら!」と言って、その場を立ち去ろうとしたが、咄嗟にグレンに腕を掴まれた。
「な、何を……」
グレンの眉根が深い溝を作ると、彼らしい悠然たる態度で、「帰るのなら送ろう」と言う。
「結構です!」
キャリーはグレンの腕を振り解き、急いでその場を離れるとタクシーに乗り込んだ。
彼の自分の意見だけを通そうとするところは自分の家族と大差なかった。
何が何でも自分の思う通りにさせようとするあの人達のことが嫌で家に寄りつかず、祖母と一緒に暮らしているのに、グレンなんかと結婚なんかしたら最後、言うなりになるまで追い詰めて来るに違いない。
――ハァ……、まあ、でも悪印象は付けられた気がするし、断って来るよね……。
あれだけキツイ言い方をしたのだから、普通は断ってくるはずだ。少々後味が悪く感じるが、それも数日経てば忘れるだろう。
そんなことを思いながら家に辿り着き、祖母に話し合いの結果、上手く行かなかったことを告げたが、きょとんとした顔で、「あら、変ね」と言った。
「変って?」
「だって、Mr・グレンからは楽しかったって、今後とも宜しくお願いしますって連絡があったわよ」
祖母の言葉を聞き、「は……?」と素っ頓狂な声がキャリーの口から零れる。
「意気投合したみたいで嬉しいわ。やっぱり私の目に狂いはなかったわね」
――いいえ、おばあちゃん、その目は狂ってるから!
どういうつもりなんだろう、断って欲しいとお願いしたにも関わらず、今後とも宜しく? どうしてそんなことになったのか、とキャリーは奥歯をギリッと噛みしめる。
どちらにせよ、自分が会いたいと思わなければ、二度と会うことはないのだから大丈夫だと、この時は本当にそう思っていた――――。




