変わらぬ職場、変わった姿
彼女の声に視線が集まる。まずは彼女に、それから彼女の視線の先に。
つまり俺にだ。
俺の姿を見て、二宮さんを始め同僚の顔に驚きが浮かぶ。これは……何に対してだ? 見知らぬ女の子がいるからか? でも二宮さん先輩って呼んだしな……
同僚たちの反応をみながらその意図を図っていると、二宮さんが俺の方に小走りに寄って来た。
「先輩、風邪大丈夫なんですか!?」
「風邪……?」
えーと……。
あー、あー、あー!
そうだったそうだった、俺今週入ってから病欠にしてるし何なら今日も休みの連絡入れてもらっているんだった!なのになんで普通に出勤しちゃってんの!?
「ごっ、午前中で熱下がったからさ! さすがにこれ以上仕事溜めると不味いかなって……」
厳しいかなと思いつつ二宮さんにそう答えると、彼女は心配げな顔で俺の額に触れる。
「ふおっ!?」
「んー……確かに熱はない気がしますけど……」
突然触れられて思わず俺の口から変な声が漏れる。彼女、男に対していきなりこんな事行ってくるような子では……って違うわ今俺女だし同性だからか。何なら明らかに今の俺は彼女より年下の外見だし。
彼女は比較的小柄な部類に入る子だ。今までは上から見下ろす形で見ていた彼女を(身長高めのミズホやセラス局長ほどではないにしろ)見上げる形になっているのはかなり違和感があった。
「とりあえず出勤してきちゃったし、仕事はしていくよ。体調悪くなったら帰るから」
勿論今の俺は健康そのものなのでそんな風になることはないわけだが。俺はまだ心配げな彼女にそう言って、自分の席へと向かい、椅子に腰を降ろす。
……う、椅子が低い。そりゃそうか、と一度椅子から降りて高さ調整してっと……これでよし、っと。
「村雨ちゃん、スケジュール大分前倒しに進めてたからまだ余裕あるでしょ? 休んでおけばよかったのに」
正面の席に座る一つ上の先輩──鳴瀬さんがそう声を掛けてくる。
村雨ちゃん、か。男の時の彼女が俺を呼ぶときの呼び方は村雨君だった。どうやら確かにそういった記憶の改ざんも行われているらしい。
「遅延になってないとは言えさすがにこれ以上遅れると余裕がなくなりますからね。体調戻ったなら進めておきたいです」
彼女にそう答えて俺はPCの電源を入れて4日半ぶりとなる作業に手を付け始めた。
──それから、数時間後。
「んーっ……」
俺は椅子の上で大きく体を伸ばしながら時計を見る。
時間はすでに17時50分を指していた。ウチの会社の定時は18時なのでまもなく業務終了時刻だ。残業も考えたが一応今日は病み上がりとなっているので素直に定時で仕事を切って置いた方がいいだろう。正直今日はいろいろ話しかけられて仕事の進みはイマイチだったが、まぁ仕方ない。
今日はよく話しかけられた。数日明けの出勤なので仕方ないところではあるし、仕事に関する話もあったが大部分は体調とかの件だ。まぁこれは今日だけの話なので問題ないだろう、そうこれに関しては。
問題は……普通に構ってくる連中が明らかにこれまでより多い。
女子社員は分かる。同性になったから普通に話をしやすいだろうし(話題的についていきづらい部分もあるのでこっちは少ししんどいんだが)、皆の記憶が改ざんされてそこからセラス局長が言ったように記憶の補正が入っているのか明らかに俺に対して、そのなんだマスコット的な扱いをしてくることもあった。
男性社員が明らかに以前より気を使ってくるのも──まぁいいとしよう。だが露骨に態度が男の時と違うのが3人ほどいた。お前等揃ってロリコンか?
その中でも特に問題がある奴が一人。
「村雨ちゃーん、お仕事終わりかなー」
長髪の、へらへらとした軽薄そうな笑みを顔に貼り付けた男がそう俺に声をかけてくる。
コイツの名前は卯之原。鳴瀬さんと同期、一個上の先輩だから本来は呼び捨てにするような相手ではないが、
少なくとも頭の中はコイツは呼び捨てでいい、そう決めた。
コイツがとにかく鬱陶しい。
機会を見てはとにかくこっちに声を掛けてくる。しかもその内容は割とどうでもいい事ばかりだ。勤務時間中だぞ、仕事をしろ仕事を。
以前鳴瀬さんや二宮さんがコイツに話しかけられて顔をひくつかせるのを見たことがあるし、あまりに邪魔くさい時はうまく介入してヘルプしたことがあるが、自分が女性になってみて彼女たちの感じていた気持ちが本当によくわかった。
ウザい、本当に。
コイツ、以前からどの女子社員に対してもこんな感じなんで女子社員からはだいぶ避けられているのは知っていたが、確かにこんな女性初心者の俺でもわかるくらい下心見え見えではそりゃそうなるだろうと納得する。特に今日は俺にやたら話しかけてきて途中から他の女性社員が上手く遮ってくれたくらいだ。(そして最終的には帰って来た上司に見つかって叱られていた。当たり前だ)さすがに普段は業務中はここまでじゃなかったと思うが……体調不良だから狙い時とでも思われたか?
「体大丈夫? 送っていこうか?」
お前別に車で通勤してないだろ。そしてお前と家の側まで一緒にいたら本当に体調が悪くなりそうだ。
はぁ、と心の中でため息を吐きつつも椅子に座ったまま若干声に棘が出るのを認識した上で卯之原を見上げて答える。
「結構です。体調は問題ないですし、この後用事もありますので」
思いっきり愛想笑いとわかる表情を向けてやる。
「いやいや無理はよくな……」
「先輩! こんな時間に申し訳ないんですけど、ちょっと教えて欲しいことが」
しつこく食い下がってこようとした卯之原の声を遮るように、隣の席の二宮さんが声を掛けてきた。これ幸いと俺は、
「とにかく大丈夫なので」
そういい捨てて、卯之原に背を向けて二宮さんの方へ体を向ける。
背後で卯之原は少し何かいいたそうにしている気配があったが、最終的に諦めてくれたようでその気配は離れていった。その様子を俺の体越しに確認した二宮さんが、俺に対してウィンクを送ってくる。──どうやら意図的に助けてくれたようだ、ありがたい。俺が右手を顔の前に立てて感謝を示すと彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
あのままだと下手すりゃ勝手についてきたかもしれんしなぁ……さすがにそこまで気持ち悪いことはしないとは思うが。
「今日は大変でしたね、先輩」
「全くだ」
彼女の言う大変だというのは、まぁそういう意味だろう。心の底からそう思うので俺は深く頷く。
「ところで仕事はお終いということでいいんですよね?」
「うん。流石に今日残業するのはアレだしね」
あとさっき言ったこの後用事があるというのは別にその場しのぎの嘘じゃない。割と優先度が高い用件があるのだ。
俺は自分の腕を見る。そこにあるのはひらひらとしたフリルのついた服の袖。そう、ロリータワンピースだ。
ぶっちゃけ職場に着てくる服じゃないよね、これ!
「今日は可愛い服着てますよねー、先輩」
「あはは……ちょっと事情があって」
「でも似合ってますよ。先輩かわいー」
ニコニコと二宮さんが見つめてくるのを見て少し頬が赤くなるのを感じる。同期や年上ならともかくこちらを慕ってくれる(と思う)女の子から面と向かって可愛い言われるのはさすがに……
「そういう服って結構持ってるんですか? 見てみたいなぁ」
「いやいや、これ一着だけ一着だけ! 今日も仕方なく着てきたの!」
「そうなんですか? じゃあ明日からはいつもと同じ格好ですね、ちょっと残念かも」
──そう、それだ。明日着る服がねぇ! さすがに連日同じ服(すでに二日連続で着ていることになるが……)、しかもこんな覚えられやすい服を着てくるわけにはいかないし家にあるのは当然全部男物、いや男物なのはいいが全くサイズが会わない服ばかりで会社に着てこれるというか表を歩けるようなものじゃない。なので今日帰りに買って行かないとヤバイわけで、用事というのもそれなんだが……女性、しかもこの体格向けで合いそうな服があるところなんてわからんわけで……
一応スマホで探せばある程度当たりは付けられそうだが、結局は行ってみないとわからないわけで、この時間にこの姿で探し回るのは避けたいところだが。
ふむ。
「なあ二宮さん」
俺は、こちらから目を離し自分も作業のクローズに入った後輩に話しかける。
「? なんですか?」
「この辺りで、お……私くらいの体格に合いそうな服を売ってる場所知らないかな?」
卯之原氏は女性関係に関してのみアレなので女性社員が絡まない時は避けずに普通に応対していた記憶が残っているのと体調不良という話しかけるきっかけがあったので絡まれていました。




