181 メイドの行方
敵冒険者の全員をアーサーの糸でしっかりと縛りつけたのを確認し、事前準備を整えてから離れた場所に建てられたドーム状の天幕の方へ歩いていく。だが疑問だ。
『アーサー。これだけ派手に暴れてたのに、向こうのボスが天幕の中から出てこなかったのは何でだと思う?』
『そりゃボクにびびったからでしょ』
隣で真っ白いアラクネが頭上に小さな黒雲を呼び出し、その中から巨大な鎌を取り出しながら答える。この鎌はダンエク時代からのアーサーのメインウェポン。召喚魔法のように魂と契約した武器なので、どんな場所どんな体であろうと呼び出せるのは羨ましい。
まぁ向こうのボスが本当に恐れたかどうかは分からないが、こちらの存在には間違いなく気付いているはず。もしかしたら天幕の中で罠を張り巡らし俺達を待ち構えているかもしれない……が、そんな小賢しいことをしてきても無駄だ。正面から堂々と打ち破ってやるよ――アーサーがな。
いつ奇襲されてもいいよう、へっぴり腰で天幕内の魔力を探知していると、中から4つの魔力反応が感じられた。そのすべてが奥の方で静止しており待ち伏せしている気配はない。アーサーと一緒に入口の隙間からそっと中を覗くと……
ガラの悪い大男が化粧の濃い二人の女を両脇に侍らせてソファーに座っており、ローテーブルを挟んだその対面には、Tシャツ短パン姿の金髪美人が向かい合って座っていた。その誰もが初めて見る顔である。
ざっと内部を見回すものの、天摩さんもメイドも見当たらない。この場にいないとなると必死こいてバトルした意味が薄れるではないか。とりあえず話を聞いてみようかと思案していると、俺と目が合った金髪が目をこれでもかというくらい見開いてワナワナと震えだし、猛獣のように叫びだした。
「……え……? ぎ……ぎぁやああああああ!!」
何事だと見ていたら、叫んだ後に近くにあったクッションを慌てて被り、尻だけ出しながらテーブルの下に隠れたではないか。突然の奇行に俺もアーサーも顔を見合わせて答えを探すしかない。
対面がこのような状況でも男女三人は足を組み、落ち着き払ってソファーに深く座ったまま。大したメンタリティーである。
中央で深く座るのは貴金属を何重にも身に着けた三十路くらいの長身の男。グレイの縦縞スーツを着て、雰囲気的には冒険者というより、いつぞやに会った金蘭会ナンバー2、霧ケ谷宗介のような反社会的な空気を醸し出している。
その両隣にもやはり同年齢くらいの女が二人、男に体をゆったりと預けて座っている。こちらもド派手な貴金属を身に着けており、胸元を見せた露出多めの服を着ているが、纏う空気と余裕ある振る舞いからただの取り巻きではなく、冒険者としての貫禄が多分に感じられる。かなりの実力者であろう。
また右側の女の膝には紐状のものでグルグルに縛られた毛むくじゃらがおり、優しく撫でられている。何かと思えば天摩さんと契約して小さくなった“ウガルム・クイーン”であった。小さく唸って脱出しようともがいているが……そこで何をしている。お前の主はどこにいったんだ。
色々と疑問だらけなので問いただしてやろうかと思ったものの、先に男がサングラスの隙間から見下ろすように視線を向けてきて、口を開いた。
「おうおう、見てたぜぇ。俺様の可愛い下僕達をよくも虐めてくれたじゃねーか。覚悟は……できてんだろうなぁ?」
「白水様。やはりここは鉄拳教育を施し、格の違いを見せつけることが上策かと」
「でもあの子達にも良い教育になったわ、ちょっと大事に育てすぎたから心配してたのよ」
男は白水という名前らしいが、俺とアーサーのゲーム知識にその名は入っていない。続く女達の発言から察するに、外にいた冒険者集団は男の部下ではなく、右隣に座っている女の部下、つまり二次団体のクランメンバーのようである。
だが金蘭会に匹敵するほどの冒険者集団が二次団体に過ぎないならば、男の属している組織はカラーズに匹敵する大規模攻略クランであることを意味する。ますます面倒臭い方向へと発展しそうで辟易するが、どこのどいつであれ話は単純明快。あからさまに大きな溜め息を吐いて、白い体が歩み出る。
『そんでさー、ボクの仲間――そこの猫ちゃんの飼い主に手を出した理由を教えてよ。返答によっては今すぐここで暴れちゃうよ?』
アーサーが力任せに大鎌をブンッと振って旋風を巻き起こす。そのせいで天幕内に置かれていた食器や宝飾品がいくつもひっくり返り、下に隠れていた金髪のお尻に強く当たったため、呻き声が漏れる。
一方、女は動じずに膝の上で縛られたウガルムを撫でながら質問に答える。
「主ってそこにいるじゃない。この子をどうやって手懐けたのか教えてくれないのよ」
「モンスターを従わせるスキル……たしか中国の……」
「白水様、タイに伝わる隠匿スキルでございます」
獣型モンスターを従わせることのできる中級ジョブ【テイマー】。話によればタイの英雄がそのジョブに就いて国を守護しているとのこと。十分に興味ある話題だが、それよりも聞き逃すわけにはいかない重大な発言が今あったぞ。
クッションを被って蹲っている金髪の女。あれこそがウガルムの主だって? ということは――
『ええ!? もしかして、晶ちゃんなの!?』
「(チ……チガウヨー……ヒューヒュー)」
たくさんある手足をわちゃわちゃして驚くアーサーの問いに対し、口先を尖らしカッスカスの口笛を吹いてごまかそうとする金髪の女。いや、待てよ。一瞬しか見ていないが、確かに髪の色や顔立ちは解呪後の彼女に似ていた気もする……
しかし現在の天摩さんはまだ解呪をしていないので、呪い状態のはずだ。ダンエクではそのときの見た目について「老いている上に太っていて、とても人前に出られない姿だった」と嘆いていたエピソードがあった。
ところが、そこで蹲っている金髪の女は老いているとは到底思えない20代中盤くらいの大人びた顔つきに、太っているというより出るところは出たグラマラスな体型……だった気がする。
俺もアーサーも解呪後の天摩さんの可愛らしい顔と姿はよく覚えているが、解呪前の姿はダンエクで一切出てこなかったため同一人物だと断定できない。が、しかしだ。
『本当にこの人が天摩さんだとするなら、黒崎さんはどこに――』
「連れてかれたのっ! こいつらに!」
ここに天摩さんがいるのなら、必ずセットでいるはずのメイドが見当たらない。どこにいったのだと尋ねると、天摩さんと疑わしき人物がガバッと起き上がってソファーに座る三人を「お前達が犯人だ!」とでも言うかのように力強く指差した。
……ふむ。解呪後の天摩さんより大分大人びている気がするが、顔立ちや声質、雰囲気的なものから判断すると、同一人物である可能性は非常に高い。アーサーも初めて見る呪い状態の天摩さんの素顔を、失礼なほど前のめりでガン見している。
一体彼女の身に何が起きているのか、はひとまず置いておくとして、メイドが連れていかれたとはどういうことか。指を突き付けられている白水は苦笑しながら呆れたように首を振って静かに言い返す。
「あの人は自らの意思で本来いるべき所へ戻っただけだ。むしろこれまで勝手に連れ回していたのはお前の方だろ」
「黒崎はウチの士族なの! 勝手に取らないで! それと雷国丸も返して!」
黒崎さんは元いた場所に自らの意思で戻った。だから連れ去ったというのは間違いだと白水が訂正するが、天摩さんによれば彼女は天摩家の士族であり、それは法にも認められた貴族の権利。勝手に所属変更など許されないとの言い分だ。そして女の膝の上でガチガチに縛られた雷国丸もすぐに返せとお冠である。
ではこの諍いの争点はゲート利権ではなく、メイドと猫を奪われたから起きたものなのか。そう聞くと「25階のゲートは“国”が先に見つけたものであって、俺様もお前らも発見者としての権利は行使できない」と、あっさり白水が教えてくれる。続けて悪びれもせずにこう言った。
「まず前提としてだ。返せも何も俺様が欲しいものはすべて手に入れる。絶対だ。そこを履き違えるな」
「力なきものは何も守れません。当然でしょう」
「この子も私が飼うことに決めたわ。ねぇ、ヴィクトリア?」
どこまでも自己中心的かつ独善的な発言を並べ、おまけに雷国丸に変な名前を付けるなと天摩さんも地団駄を踏んで徹底抗戦の構えを見せる。当然である。あのメイドは呪いによって鎧の中で塞ぎ込んでいたときからずっと傍で支えてくれた心許せる天摩家の筆頭士族であり、そこで紐で縛られているソレはつい先日に『ずっと一緒にいようね』と誓って抱きしめていた特別な個体。それを勝手に持っていこうなどということは俺達だって許さない。
加えて白水達の言い分は根本的な部分を見誤っているため話が成立しない。それを教えてやろうぜと視線を送ると、アーサーが失笑を含ませてもう一歩前に出る。
『ところで聞きたいんだけどさ。お前達、ボクに勝てるとか思っちゃってるの?』
「あらまぁ、モンスター風情が。調子に乗っていますわね……」
「これも手懐けたのかしら。小娘、その方法も教えなさい」
アーサーの直球の問いにカチンときたのか、左右に座っていた女が立ち上がって遠慮のない魔力と殺意をぶつけてくる。それから察するに共にレベル30を超えてくる一流冒険者ということが分かる。
さらに白水はそれよりも頭一つ抜けた高い実力を持っているようだ。アーサーがうっすらとした指向性のある魔力をぶつけているというのに、座ったままグラスを傾ける余裕を見せている。まるでいつでも叩き潰せると言わんばかりである。
恐らく外で戦っていた俺とアーサーの魔力と動き、スキルを見た上で勝てると踏んでいるのだろうが、そも俺達は本気など出していない。ついでに言わせてもらえば俺達だって両隣にいる女が合わさったところで負けるなどと何一つ思っていない。となれば互いに話が通じるわけがなく、直接やり合うくらいしか道はなくなるわけだ。
まぁ話し合いで済むなんて最初から無いとは思っていたが、いざ戦うしかないとなると億劫さと煩わしさが込み上げてくる。密かに溜め息を吐きながらげんなりしていると、後ろから外野がわらわらと転がり込んできた。
『話は聞かせていただきました! 少しはやるようですが……笑止です!』
『コテンパンにされるだけだねっ!』
『ハラヘッタ! ソレヨコセ!』
仮面を付けたチーちゃんと華乃が手をクロスさせ、妙なポーズをしながら雪崩れ込んできた。後ろでサツキが“ゴメンね”の仕草で俺に謝っているが、暴れん坊で向こう見ずな妹共が迷惑をかけたようで逆に謝りたい気分になる。一方の妖精は仮面を早々に放り投げ、転がっていた茶菓子に真っ先に飛びついて食べていた。もはや何しに来たのか分からない、というかどうやってアーサーの糸を抜けてきやがった。
ぞろぞろとやってきた仮面少女達に白水が鋭い視線を向ける。
「……お前らナニモンだ。その仮面は何だ。天摩家の士族じゃないな……」
『よくぞ聞いてくださいました。我らは……悪をくじき、弱きを助ける正義の味方! その名もEEE! 成敗ですっ!』
『えっ、EEE? そ、そう! 成敗!』
仲間内だけで作ろうかと考えていたサークル名をチーちゃんが勝手に出して『成敗です!』と意気込み、華乃がちょっぴり驚きながらも乗っかっている。
だが架空の組織名を前面にして天摩家の名から目を逸らさせるのは妙案かもしれない。いくら大企業を支配下に持つ天摩家とはいえ、巨大戦力を有する大規模攻略クランをまともに相手にはできないからだ。サークル名が重荷になったら捨ててしまえばいいだけだしな。
対する白水は「……EEEだと?」といいながら怪訝な表情で両隣の女の顔を見ているが、そりゃそんな反応にもなるだろう。しめしめである。だがどんな組織名を出したところで怯むような奴らでもない。
かけていたサングラスを胸ポケットにしまった白水は、ソファーに深く腰掛けたままギロリと睨み、凄味を利かせる。
「一応言っておくが……俺様がどこの誰か分かってて喧嘩売っているのか?」
『もちろん存じ上げております。十羅刹の“牛鬼”、白水祥吾様でございますね?』
「そうなの、十羅刹の部隊が黒崎を無理やり連れてったの!」
チーちゃんがズバリと白水の所属と二つ名を言い当て、天摩さんが「こいつらが犯人だ」と華乃の隣で同じような構えをして威嚇する。華乃は「誰だお前は」という顔で天摩さんを見ているが話は後だ。
白水らが十羅刹の関係者ではないかと薄々疑ってはいたが、チーちゃんが知っているほどの名を成した冒険者、しかも二つ名持ちとはまた面倒な。しかし十羅刹といえば金蘭会クランパーティーでポーションを配ってやったりと色々と貸しがあるというのに、恩を仇で返すつもりだろうか。幹部の六路木はどこで何をしているんだとこの場で問いただしてやりたいが……
白水は自分が何者かを分かってて喧嘩を売られていることに最初は驚くものの、すぐに怒りで顔を歪ませゆっくりと立ち上がった。
「つまり誰だか分かった上でその態度か。面白ぇ……表出ろ」
最初に冒険者集団と戦闘していた丘から少し離れた場所まで歩いていき、武装した白水、女二人と対峙する。迎え撃つのは俺とアーサーだ。
華乃達は下手すれば危害を加えられる可能性もあるため『1kmほど離れた場所でなら見学を許可する』という条件でサツキに引率してもらっている。ちなみに不機嫌顔をした久我さんもそこに加わっており、しばらく解放しなかったことに相当ご機嫌斜めのようであった。まったく……気苦労ばかり利子を付けたかのように増えていくが頭を切り替えよう。
この決闘においてルールと勝利条件は以下の通りに話が決まった。
・命は取らないこと。
・俺達が勝てばメイドの場所を教え、二度と天摩さんに手を出さないこと。
・白水達が勝ったらモンスターを手懐ける方法を教えること。
刃渡り2mほどの大剣を片手で軽々と持った白水が何かを呟くと、衣服を引き裂くほどに上半身の筋肉を肥大化させた。“牛鬼”という二つ名が示すようにSTRを増大する特殊スキルを持っていると推測できる。
一方、両隣の女も近接系のようだ。片方は軽装の鞭使いで、もう片方は盾を持って重武装に着替えている。どちらも俺達をどう調理してやろうかと言うような自信満々の笑みを浮かべて舌なめずりをしている。
「殺しはしねぇさ。だが二度と舐めた態度を取らぬよう、きっちり恐怖を叩き込んでやる」
「新たな“羅刹”となる白水様の花道に、あなたたちは生贄として選ばれました。光栄に思いなさい」
「前に出るわ。少しは粘って欲しいものだけど厳しいかしら……ね?」
それぞれ魔力を噴き上げ、負けることなど何一つ考えていないとばかりの台詞を吐く。聞けば白水は近く“羅刹”に就任するそうで大々的にパーティーを開くとのことだ。大規模攻略クランの幹部ともなれば、その名は冒険者界隈や貴族界隈に一層轟くことになるのは間違いない。
――だが残念。この状況は想定済みである。
白水がある程度の聞く耳を持っていることは事前に分かっていたので、こちらの希望を入れた上での決闘に持ち込むことができた。
そしてこの付近にはアーサーの糸を使った見えない魔法陣が張り巡らされている。あとは魔力を通すだけでアラクネ種の究極奥義が発動されるわけだ。事前準備がしっかりとできているなら十羅刹の二つ名持ちだろうが怖くはない。お前達はすでに蜘蛛の巣にかかった獲物にすぎない。
(しかし大きく予定が狂い始めてきたぞ……)
黒崎さんには早々に赤城君達の育成指導に着手してもらうつもりだったのに、十羅刹にいってしまっただなんて。というか、元いたクランが十羅刹だったなんてプレイヤーである俺でも初耳である。
天摩さんの落ち込みようは激しく「絶対に連れ戻して」と懇願された以上は、俺もアーサーもあのメイドを諦める選択肢はない。だが仮に連れ戻すにしてもどれほどの苦労と時間が伴うのか、その手段すらも見当がつかない。
もし連れ戻せないとなると、夏の間に終えるつもりだった解呪イベントに影響がでるのは必至。それ以前に天摩さんの呪いの状態が予想していたものと違いすぎて訳が分からない。
アーサーの罠にかかったことで身動きできなくなり、驚愕の表情を浮かべる白水達をぼんやりと眺めつつ、今後の予定の大幅修正に頭を悩ませる俺であった。
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