175 天使な後輩
「ご機嫌いかがですか、先輩」
俺を先輩と呼ぶ可愛げのある後輩なんてブタオの記憶を紐解いても見つからないが、一体どこのどいつだと思いながら振り向くと――紫紺の前髪を綺麗に切りそろえ、色違いの制服を寸分なく着こなした美少女がニコリと微笑んでいた。
こんな可愛い子がブタオの後輩であるわけがないとよく見てみれば、意外にも記憶に新しい顔をしているじゃないか。この場でどう反応したものかと二の足を踏んでいると、カヲルが耳元で囁いてくる。
「(こちらの方は?)」
「あ、いや。妹の知り合いで、チーちゃんっていうんだけど」
「チー……千鶴です。初めまして先輩方。冒険者中学三年、真宮千鶴と申します。以後お見知りおきを」
カヲルの質問にスカートの端をちょこんと摘まんで完璧なカーテシーで返すチーちゃん。カヲルも慌てて頭を下げつつ対応するものの、どういうことなのか説明しろと俺に強めの視線を送ってくる。
だが、そんな時間など与えてもらえなそうである。数十人の家来を背後につれた貴族の坊ちゃん達が、嘲笑に若干の怒りを混ぜながらズイッと前に出てきたからだ。
「これはこれは“一年Eクラス”の先輩方、はじめまして。失礼ながら進言させていただくが、少しは立場を弁えてもらいたい」
高校生よりもやや幼い顔つきの制服姿の生徒達。尊大に張られた胸には貴族を表す金バッジと紋章がいくつも付けられている。逆にどうして俺達が一発で一年Eクラスなのか分かったかと言えば、冒険者階級のバッジが胸にない、または階級が低いからである。
冒険者階級を上げる試験は冒険者ギルドで行われているが、開かれるのは数か月に一度だけ。入学して半年も経っていない俺達は多くでも1回しか試験を受けられていない状態なので、胸のバッジを見れば一年Eクラスだと分かるのである。
貴族の一人が俺達に向かって「どっか行け」と言うかのように吐き捨てる仕草をしてからチーちゃんの前に行き、スッと手を差し出す。
「さぁダンジョンは危険です。真宮嬢、私の元へ」
「おい、馴れ馴れしいぞ。嫌がっているではないか」
「其方こそ近すぎる。真宮嬢、私が必ずお守りいたしますゆえ」
貴族達による、突然始まったチーちゃん争奪戦。そういえばダンエクに登場するチーちゃんも常に多数の貴族に囲まれていたっけか。才色兼備で学年首席という目立つ立場は意外にも大変なのかもしれないな。
だがそんな諍いなど気にすることなく、チーちゃんは「先輩はどこへいかれるのですか?」と世間話をするかのように聞いてくる。それに返したのは俺ではなく、爽やかイケメン、赤城君だ。
「オレ達は7階の新エリアに下見に行くんだよ。時間があれば狩りもするつもり」
「……そうですか。ならばご一緒しても?」
「危険です、真宮嬢!」
ダンエクヒロインに特攻効果のある主人公スマイルにどう反応するのか見ようとしていたら、後ろの貴族共が危険だといって再び割って入ってくる。何がそんなに危険だというのか。
チーちゃんは中学三年ではあるものの、すでに八龍のリーダー格に匹敵するほど強く、つい先日も神聖帝国を相手に大立ち回りをしてきたばかり。7階のモンスターごときに後れを取ることなどありえない。
だが貴族達によると、チーちゃんは護衛をつれずいつも一人でダンジョンに潜ろうとするので、いつ何どき不埒な冒険者が誑かしてくるか心配なのだそうだ。確かに見た目はダンエクヒロインが十分に務まるほどに可愛く、貴族令嬢でもある。おかしな奴らが寄ってくるかもしれないというのは一理あるか。
それでもチーちゃんは煩わしいと思ったのか「ここまでで結構です」と貴族達を冷たく突き放し、鼻息の荒い貴族共は「絶対にお守りします!」と譲らないため押し問答になる。
後ろの家来も俺達を睨んできたためピンクちゃんが萎縮し、カヲルも何が起きているのか説明しろと再度視線を向けてきた。これから俺は主人公パーティーに潜入し情報収集するという大事な任務があるというのに、中々に面倒くさいことになってきている。
どうしたものかと頭を悩ましていれば……都合が良いことにゲートの順番がやってきた。あれに飛び込んでしまえば全て解決するのではないか?
「あの光に入れば飛べるようだが……」
「そうみたいだね、オレから入ってもいい?」
壁に彫られた魔力回路とゲートの放つ光を興味津々に観察していた立木君。通常は魔力登録した人がゲートの魔法陣を起動させる必要があるのだが、目の前のゲートは紫色の光を放出して常に開いている。アトラクションを待つ子供のような目をした赤城君が真っ先に光に手を触れると、同色の光に包まれてスッと消えていく。
これだけの数の冒険者が同じ階に殺到するなら、モンスターなど全て狩り尽くされているのはなかろうか。でもまぁ、7階DLCエリアがどうなっているのか見に行きたかったので丁度いいか。
カヲルに続いて俺もそっと光に触れようとすると、チーちゃんが駆け込んできて同じように手を伸ばしてくる。紫色の光に包まれながら機嫌良さそうに微笑んでいる少女の顔を見ながら、視界が切り替わるのを静かに待つことにした。
――それからわずか数秒後。
光が落ち着いて目を開けてみれば、俺達は古い石材で囲まれた部屋にいた。7階DLCエリアに到着である。
初めてゲートを使った赤城君達は惚けたように周囲を見回していたが「すぐに外へ出ろ!」と怒号が飛んできたため現実に戻され、慌てて歩き出すことになった。
ここのゲート部屋はダンジョン1階と比べても数分の一程度の広さしかないのに後から冒険者が次々にやってくるため、俺達がここにいると飛んでこれないようである。
ゲート部屋から出ても混雑は続く。赤城君を先頭に人混みをかき分けるように建物内の通路を進んでいくのだが、一緒に飛んできたチーちゃんがはぐれまいと俺の腕に手を絡めて深く掴まってきたのでびっくりする。
クランパーティーでは冷ややかな視線を向けてきた子だったので何を狙っているのかと勘ぐってしまうが、同時に近くでそれを見ていたカヲルも大きく目を開けて驚いていたのが印象的だった。
やっとのことゲート部屋のあった古びた教会を脱し、荒廃した村の広場へ出る。ここは墓地が併設され、スケルトンが跋扈するモンスター多発地帯なのだが……大勢の冒険者が往来して飲食の屋台も複数あったりと、祭りか何かをやっているような賑わいである。
こんなところでは狩りなどできようもない。すぐに離れるようチーちゃんが提案する。
「まだ彼らが来てないようだけどいいのかい?」
「構いません」
1階で絡んできた貴族一行がまだ来ていないと赤城君が問うと、チーちゃんは構わないと即答する。まぁあいつらについてこられても狩りの邪魔にしかならないので、それならばと同意してこの場を離れることにした。
しかし、廃村を出てからしばらく歩いてみても混雑具合はさほど変わらない。様々なランクの冒険者だけでなく、カメラを携えたメディア関係者とも多くすれ違う。考えてみれば未知エリア発見というだけでも数十年ぶりの出来事なのに、ゲートの発見まで相まったらこれだけの人が押しかけるのも当然か。
腕端末のMAPを見ていたカヲルが一度話し合おうと言ったことで立ち止まり、作戦会議することとなった。
「もっと遠くの場所にいくか、狩りを諦めるかなんだけど……ええと真宮様は何かしたいことなどありますか?」
「……特に。ゲートを探すよう指令が来たので探索がてらにと思っていましたが……ところで先輩方のレベルはおいくつなんですか?」
ついてきた少女が冒険者中学の三年生で貴族だということだけは、ダンジョン1階でのやり取りでカヲルも分かっている。だがこれまで貴族とまともに話したことはなく、さらにいえば冒険者中学とは校舎や授業、部活動にいたるまで全部別で情報がないため、どう扱っていいか分からないようである。
一方、チーちゃんによれば冒険者中学にも八龍からの指令と、ゲートを見つけ出せた場合の特典説明があったようで、ほとんどの中学生が参加しているとのことだ。だがそんな特典など興味はなく、新エリアの探索のために今日はきたのだと言う。
同時に赤城君達を横目でそっと見ながら、このパーティーがどういったものなのかを探っている様子。東京で俺の実力を見ていれば何かあるのではと疑うのも無理はない。
要するに、お互いが探り合いになってしまっているのだ。
俺としても、まさか学校で関わることになるとは思っておらず、カヲルにも「どういうことなのか説明しろ」と睨まれ、お手上げ状態である。どうにかチーちゃんと協定を結んで口裏を合わせられないかと考えていると、立木君が何かを思い出したようでハッとした顔をする。
「真宮……様。もしかして貴女は中学三年の首席、殴殺天使ですか?」
「首席?」「お、殴殺天使?」
学年首席であることに、そしてあまりに不気味な二つ名に皆がギョッとして少女を二度見する。
なんでも立木君によれば、入学早々にオークロード率いる大集団を己の拳だけで殲滅したバケモノ中学生がいたらしく、付けられた二つ名も“殴殺天使”。その格闘能力には有力クランや冒険者高校OBも熱い視線を送っており、今では不動の学年首席となって冒険者中学の頂点に君臨しているとのこと。
ダンエクで登場する真宮千鶴は魔術士のイメージしかなかったので、格闘能力に注目されていたことには俺も驚くしかない。もしかしたら人違いではないかと思ったものの「MP節約とダイエット目的で殴り飛ばしていたら、そんな不名誉な二つ名を付けられました」と頬を膨らまして自白したことで、事実であることが確定した。
続けて赤城君が腕端末の画面を見せてレベルを公開すると、何かを察したチーちゃんが俺の耳元で「貸し一つですよ」と小さく囁いた。
頭の良い子は嫌いじゃないが、お互い秘密のある間柄なんだから貸し借りは無しでどうかお願いします。
アンデッド多発地帯特有のどんよりとした空の下、くたびれた十字架が無数に立つ墓地の中を歩いていく。所々で黒い靄が出現しスケルトンへと姿を変えるものの、近くの冒険者によって瞬く間に狩られてしまう。
俺がここに初めて来たときは華乃の他に誰もおらず、ホラー要素たっぷりの雰囲気を楽しめたものだが、酒盛りしながら狩っていく冒険者のせいで台無しである。
ということで、俺達は情報交換して話し合った結果、エリア探索をしようという結論に至った。主人公パーティーがどの程度の実力なのか詳しく見てみたかったが、こうしてダンジョン内をのんびり歩くというだけでも情報は集まる。
前ではカヲルが周囲を見まわしながら、ピンクちゃんと肩を寄せ合って楽しげに会話し、それを赤城君と立木君が優しく見守るようについていく。改めて思うが、ダンエクでもトップクラスの美男美女なだけあって、とても絵になるパーティーである。
(やはりカヲルの居場所はここなのかもしれないな)
ダンエクでは精神的にも肉体的にも試練が続き、葛藤する日々が長かったカヲルだが、最後は赤城君という光に照らされ、本物の幸せを掴み取っていた。そのときの笑顔がどんなものなのかを知っている俺が「自分の方がお前を幸せにできる」だなんて言えるわけがないじゃないか。
そして立木君とピンクちゃんも、どんな苦境であろうと決して諦めない心の強さがあった。どん底から這い上がって一流冒険者になろうとするカヲルにとって、この二人も理想的な仲間といえよう。だからどうか大事な幼馴染をよろしく――
――と、主人公パーティーをセンチメンタルな気持ちで観察していたのだが……何故かチーちゃんが俺と密着するように歩くので思考が逸らされてしまう。いまいちこの子の考えていることが分からない。
東京では嫌われたまま別れ、その後も仲良くなった記憶などないのだが、ちらりと視線を向けるたびにニコリと微笑んで返してくる。距離感が分からず苦悩する俺をよそに、チーちゃんが「あれは何か」と前方を指差した。
「成海先輩、遠くの方で人だかりが見えますが何でしょうか」
その細指の先に目を向けると、数百m先にたくさんの人が集まっているのが見て取れた。何人か剣を抜いているので俺の知らないフロアボスでも出たのかと思ったが……その割には動きがない。
耳を澄ますと怒声も聞こえたので対人トラブルの可能性が高そうである。赤城君が一度止まって様子を見るべきだと進行を止める。
まだ暴力沙汰にはなっていないようだが、問題はあの集団の中に冒険者学校の制服が多数見えることである。状況を分析するは我らが参謀キャラ、立木君だ。
「聞いてくれ。基本的に貴族様は本気の狩りでなければ防具を着ることはない。よって前方の集団にいる制服の御仁は、貴族様だと推測できるわけだが……」
「じゃあ、相手の方が心配ですね」
貴族は常に余裕を見せるのが礼儀であり作法と考える。ゆえに本気の狩りでなければ武具は纏うことはないと、士族(※1)出身の立木君が詳しく教えてくれる。その説明に同じ貴族であるチーちゃんへ自然と目が向くが、立木君の言う通り、制服姿で武器すら持っていない。ふむ。
となればピンクちゃんの言うように相手が心配だ。
貴族はそこらの攻略クランなんかより遥かに怖い存在である。戦闘力の高い家来を多数従えていることに加え、法を超えた権力も有しており、気に入らない庶民を社会的、物理的の双方で殺すことを厭わない。身分制度があるこの国において平等とか人権などという言葉は、笑いながら踏みにじられるものに過ぎないのだ。
ゆえに貴族と敵対するなら、日本社会で生きていくことを諦める覚悟が必要となる。それがないなら、あの場で何が起きていようと目をつむるべき――
「とはいえ、相手が誰なのかは確認しておくべきだろう。知り合いだったら夢見が悪くなる」
「……そ、そうね、遠目から一応……」
立木君の言うように相手が知り合いだったらさすがに見なかったことにはできない。カヲルは貴族と聞いて及び腰だが、確認だけはしておこうという話にまとまる。
だが本当に知り合いだったらどうするのか。皆で一緒に土下座でもして許してもらおうなどと話しているが、こっちには“奥の手”があることを忘れているようだ。早速交渉してみよう。
「チーちゃんや、もし俺達の知り合いだったら止めてくれたりしないかな?」
「……千鶴です。話くらいは聞いてもらえると思いますが、引いてくれるかどうかは分かりません」
相手が貴族なら、こっちも貴族を出すまでである。
一口に貴族といっても一様ではなく、明確な階級や格差がある。貴族のうち6割は一代または二代限りの準爵位で、残りの3割は男爵位。この2種の爵位で全貴族の9割を占める。そして何を隠そう真宮家はさらに上位の子爵位、つまりは大貴族なのである。
その嫡女が言うことなら大抵の貴族は耳を傾けてくれるかもしれない、と期待を込めてダメ元で言ってみたのだけど、意外にもチーちゃんは協力的であった。
貴族令嬢が望むことなんて俺には用意できないかもしれないが、もし力を貸す機会があるならそのときは真っ先に駆けつけよう――と思ったものの、あの兄がいるなら俺の出番なんて必要ないかもしれないな。
前方の人だかりに近づくにつれ、集団規模が思ったよりも大きいと分かってくる。貴族側は家来も合わせると200人前後、野次馬も100人ほどいるようだ。
そして状況も想定していたより酷く悪そうである。
単に睨み合っていただけと思っていたが、冒険者学校の制服を着た生徒――恐らく貴族が、複数人倒れている。殺されてはいないが、鼻血を出したり腕を負傷してる者もいるではないか。
この日本で白昼堂々と貴族に手を出す馬鹿がいるはずないので、同じ貴族の仕業かと相手を見てみれば、やったのは簡素な武具を付けた普通のクランのようである。数にして20人ほど。
「(相手のクラン……あれは何かあるな)」
「(どういうこと?)」
相手クランの態度を見た立木君が様子がおかしいと訝しんだため、カヲルが説明を求める。
貴族の家来達は誰一人逃がすまいと武器を抜いて取り囲もうとしている。その家来達にしても振りまく魔力からして決して雑魚ではない。にもかかわらず相手クランには怯える様子がない。むしろ「やるならやってやるぞ」とばかりに同じく剣を抜いて挑発的な顔をしているではないか。貴族を敵に回しても微塵も怖くない、ということだ。
考えられるのは貴族が相手でも対抗できる組織、たとえば大規模攻略クランなどの可能性もある。その場合は非常に厄介なことになりそうだが、だとしても貴族側は止まることはないだろう。何故なら貴族とは舐められたらおマンマ食い上げの職業。ゆえに相手が何だろうがやられて引き下がるという選択肢はないのである。
貴族集団の中央を見ると、長身イケメンの男子生徒が鏡のように光るプレートメイルをお供に装着してもらいながら優雅に戦闘準備をしていた。周囲の貴族も同様に鎧を着て戦闘準備をしている。共通しているのは飾り過多の豪奢な弓を持っていることだ。この集団は八龍の一角・第一弓術部に違いない。
最後の留め具をカチリと締めて、部長らしきイケメン男子生徒が赤く燃える様な矢を数本持って立ち上がる。
「さて、貴様ら。死ぬ前に言い残すことはあるか?」
「だから何度も言ってるでしょうに。上の命令でこの先は通せないと。俺らも命を張ってるんですよ」
相手に反省の言葉がないと分かり、弓術部部員が次々に高校生にあるまじき濃密な《オーラ》を放ち、レベルの低い生徒や野次馬がその魔力に当てられ下がっていく。一方の相手クランは何かと反論しながらも同等の魔力を放ったことから、この場で迎え撃つ気満々のようである。
もうチーちゃんの仲裁で止められる段階はとうに過ぎており、今すぐにでも戦いの火蓋が切られてもおかしくない。
相手側に知り合いがいないと分かったなら、即刻離れたほうが良いだろう。高レベル冒険者同士の戦いは高出力のスキルが飛び交い、その余波だけでもカヲル達では命を落としかねない。もし主人公パーティーの命が失われることがあれば大惨事。未来は閉ざされ一巻の終わりである。
このままなら死人がでるだろうが、それは俺のあずかり知るところではない。すぐに離れるよう申告すべく、俺達のリーダーである赤頭を探そうとすると――っておい! とんでもないところにいるじゃないかっ!
「待ってください。お互い齟齬があるんじゃないですか。落ち着いて話し合いましょう」
殺意と魔力が吹き荒れるそのど真ん中に、爽やかスマイルを浮かべる赤城君が立っていた。
(※1) 士族
貴族に仕える庶民のこと。元冒険者であったり、家督を継がない兄弟姉妹が士族となって支えるのが一般的。区分的には庶民ではあるが上流階級に属する。




