◇森の外へ
パティナは、走っていた。
日暮れは近い。空には既に月が登り、薄く輝く星が姿を見せ始めている。
パティナは 走っていた。
もう少しすれば、完全な夜がやって来る。そうなれば、外の景色はとっぷり、黒っぽい藍色に包まれ、何も見えなくなってしまうことだろう。
パティナは 走っていた。
傷の痛みは、もうほとんど感じずにいた。正確には、存在していた痛みを、「痛い」と感じる余裕がかった。
胸を突き抜けた、不安感。
嫌な予感がした。自分ではない誰かに起こる、嫌な予感。その誰か、がロクトであることは、勝手に自分で理解していた。
パティナは 走っていた。
ロクトが、危機に陥る。分かった以上、動かずにはいられなかった。
森の中をひたすら駆ける。その身一つで、駆け抜ける。
荷物も、何も、持たずにいた。
プライドも、定めたルールも、持たずにいた。
自身が抱いてきた全てを投げ打って、パティナは走っていた。
大きな生き物が作ったような、不自然なごつごつした岩のトンネルを、姿勢を低くしてくぐり抜けた。
この森へ来た時から存在する大きな倒木を軽々と乗り越えて、時おり霧が広がる底の無い泥っぽい池の畔をぐるりと走る。
通り過ぎた穴の開いた木は、誰かが手を加えたわけではなく、自然にできたものだった。
角ばった大きい岩の上に飛び乗って、滑り台状に伸びた樹木の上へ飛び移る。
森の外からの侵入者の行く手を阻むような白い岩の脇を抜けて。そして。
外へ出た。
それはパティナがこの森に来て以来、初めてのことだった。
木々のない、道。草原、原っぱ。パティナは目を細めて、なだらかな坂を下った先に見える、巨大な人間の街を見た。
「待ってろ」
パティナはまた、走り出した。
その鮮やかな千歳緑の美しい体を、身に吹き付ける風で靡かせて。
区分するなら、次回からが最終章といったところでしょうか。
次話ロクト編「逃避の始まり」は、明日公開です。




