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◆選んだ道






「さ、動かないで」


 包帯を巻き付ける。パティナは小さく呻き声を上げた。

 取り替えたばかりの包帯は真っ白だ。彼女の肩から外した、ロクトの服の切れ端はどろんとした赤い血に染まっていた。

 前にパティナが倒れた時と違って、今度は包帯も薬もあった。パティナによると、つい最近リサキが持ってきてくれたものらしい。

 手馴れた動作で新しい包帯を巻いて、ふぅと息をつく。傷痕の処置をするのは、おかげさまでかなり慣れている。しばらく包帯を触ることがなくても、身に染み付いた動作を忘れることはない。



 ようやく傷の痛みが落ち着いてきたらしいパティナの様子をちらちら見ながら、ロクトは内心、冷や汗をかいていた。

 話を終えた後、彼女はそれといって何かを話すわけでもなく、ただぼんやりとベッドの上で膝を抱えるようにして座っているだけだった。

 彼女は、幻滅しただろうか。洞穴の外の方角を眺めるパティナの横顔。その瞳が何を映しているのかは、読み取れない。

 自分のしたこと。人をたくさん殺めたこと。フィーシオと向き合わなかったこと。彼女を置いて、一人で逃げ出してきたこと。

 出来るなら考えたくないし、思い出したくもない。人様に話すなんて、考えられなかった。それでも彼女には、話したいと思った。相手になんと思われようと、誰かに吐きだして、楽になりたかったのかもしれない。



 パティナは、自分に刺さるロクトの視線に気付いたらしく、ふと顔を向けた。


「そうだな……」


 彼女はずっと、かける言葉を考えていたらしかった。

 まだ言葉が見つからないのか、彼女はもどかしげに首をひねる。その時にまた体にできた傷が蠢いたのか、彼女は「ひたっ」と軽い悲鳴をあげた。

 耐え切れなくなって、ロクトは口を開いた。


「酷い奴だと思う、よね」


 何が、とは言わなかった。酷い部分を挙げればキリがないことは、自分が一番よく理解している。

 むしろ、肯定して欲しかった。お前は酷い奴だと、面と向かって責めて欲しかった。 あるいは、否定して欲しかったのかもしれない。お前は悪くないと、面と向かって慰めて欲しかった。

 酷く自分勝手なことは理解している。だが自分自身の酷さを、自力で受け止め、そして認識するには、それ相応に深い傷を負う必要がある。ロクトは、それが怖かった。

 誰かに、判断して欲しい。赦しを与えて欲しい、或いは、容赦なく罰して欲しい。決められないから、目を逸らし続けてきた。目の前の彼女ならば、そのどちらかを下してくれるのではないだろうか。ロクトはパティナを真っ直ぐに見つめた。


「さぁ?」


 だが彼女は、そんなロクトの懸けを、目の前でびりびりに破いて、明るく透いた声で言った。


「私には、分からないな」


 パティナが答えたとき、全身から力が抜けていくような感覚がした。空気の抜けた風船のように身体の力が絞み、目を瞬くほかに反応が出来ない。


「私自身、人のことを言えるような立派な生き方をしていないしなぁ」


 パティナは自嘲気味に笑った。

 ロクトは口をあんぐりと開けた。「さぁ」、たったそれだけの言葉で、話が終わる?


「そんな……それだけ……」


 ロクトが言葉を漏らすと、パティナは自嘲混じりの笑みを引っ込めて、眉をひそめ、不愉快と不機嫌を顕にした。


「うるさい」

「う、うるさい?」

「自分の犯した罪の重さぐらい、自分で勘定してみせろ」


 返された言葉に、思わず口をつぐむ。パティナはそれから表情を少しだけ和らげて、言葉を続けた。


「少なくとも私は、自分で考えてきた。自分の選んだ道が善いか悪いか判断するのは、自分にしか出来ないんだ。自分以外にケリをつけるのは無理だ。そうするしか道はないんだよ」

「…………」

「でも自分で考えたからって、それだけで楽になれるわけじゃないことは、覚悟するんだな」


 彼女が放ったのは、罰でも赦しでもなかった。

 しかし彼女の言葉には、この世にあるどんなものよりも重い現実味がある。彼女は現に、自分の負った罪を受け入れ、自分で自分を罰していた。

 今まで目を背けてきたフィーシオのこと。置いてきたという事実を見ないようにしてきた。あれでよかったと言い聞かせ、蓋をしてきた。

 だがいずれ、自らの歩んできた道に向き合わなければならない時は、必ずやって来る。

 パティナの言葉を受けて、何かが楽になるということはなかった。


『自分の選んだ道の善し悪しは、自分にしか判断が出来ない。だから、お前自身で考えろ』


 悲しいかな、他人には、頼れない。

 でももしかすると、彼女のその言葉こそ、ロクト自身が長い間、知らず知らずのうちに求めていた 言葉だったのかもしれない。赦しでも、罰でもない、第三の方向へ導く言葉。

ケリをつけられるのは自分だけ。ずっと、分かっていたはずだ、ただ、目を逸らし続けていただけで。

 ロクトは噛み砕くように、ゆっくりと彼女の言葉を飲み込んだ。


「まぁ……相手の反応はどうあれ、守りたいものは守れたんだし。……これからはあんたが……ロクトが、どうするかだろ」


 彼女は、遠い目をしてそう言った。

 反省と反芻を繰り返し、ロクトは膨らんだ下唇を強く噛み、短く「うん」と答えた。




「いたっ、痛いっ」


 怪我を負った他の箇所、ふくらはぎの包帯を巻き直していると、急に彼女が悲鳴を上げた。

 普段と変わらない手つきのはずが、手元が狂ったのか、どうやら傷に強く響いたらしい。しきりに痛がったあと、パティナは親の敵でも見るような目で、恨めしげにロクトを睨んだ。


「本当に幼馴染の子の包帯、アンタが巻いてやってたのか? こんなやり方じゃあ、アンタに包帯巻かれてたその子が気の毒だ……」

「ひどいな!」


 何の気ない言葉を交わす二人の口元には、たおやかな笑みがある。

 そうして、静かな夜が終わっていく。

 誰にも、誰かの道の善悪を裁定する力はない。それを出来るのは、自分自身だけ。飲み込まなければならない考え。

 だからもう、誰かに答えを求めはしない。今はただ、パティナと向き合うことを選んだ。

 自らの道を顧みる時間は、いくらでもあるのだから。





 用事があるから。

 更け切った夜、朝が来るよりも前に、ロクトは街へ戻ることにした。





 パティナからしてみれば、ロクトの過去が重すぎるってことはないはず。逆もまたしかり、二人ともそれなりに壮絶な過去を送っています。

 次話パティナ編「痕跡」は、続けて公開中です。

 

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