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◆スノードームと少年のそれから





 あれから、ロクトが森へ出向く回数は、随分多くなった。

 仕事のない日は必ず彼女のもとを訪ねて一緒に食事をとったし、仕事のある日でも、前日に作っていた食事を彼女のもとへ差し入れたりもした。

 彼女が前のように嫌な顔をすることはなくなっていた。むしろそれどころか、ロクトの姿を見たら、彼女は顔を綻ばせるようになったぐらいだ。出逢った頃には考えられないほど、大きな変化があった。



 一週間ほど前、彼女を訪ねた際、こんなことがあった。


「えっ、プレゼント?」

「プレゼントって程……大袈裟じゃないけど」


 目を合わさず、何故か不機嫌そうな声で言いながら、出会い頭に渡されたのは、見たことのない不思議な置物だった。『スノードーム』と呼ばれる、そのずっしりした置物を手のひらの上に受け取って、ロクトはガラスの球の中で舞い上がる白を見ながら、きらきらと目を輝かせた。


「すごいねこれ!」


 舞い上がった白は雪を模していて、ひっくり返したり振ったりすると、球の中の景色に雪が舞い散る。ライハークでも見たことのない物だった。

「これを僕に?」と尋ねると、彼女は不機嫌な声を一転させて、目を伏せたまま答えた。


「リサキが寄越してきたが……私には必要ないし、あんたにあげる」


 遠回しに言っているが、贈り物ということなのだろう。「やっぱりプレゼントだ」と口に出すと、むっとした顔で睨まれた。


「だから、そんな大袈裟なものじゃない」


 彼女がくれたスノードームは今、自室の棚の上に飾ってある。必要な物以外存在しないような殺風景な部屋は、彼女のプレゼントのお陰で少しだけ華やかになった。




 プレゼントを貰って二日後。

 仕事までにそこそこ時間の余裕があったので、彼女を訪ねてみた。洞穴に声をかけてみたが、返事はなかった、どうやら不在らしい。

 また、狩りにでも出かけているのだろう。その日は、前に感じたような不安――彼女がどこかで大変な目に遭っているかもしれない、という類の――もなく、そこに座って少しの間だけ、彼女を待ってみることにした。少し待って帰って来ないようなら、出直すつもりでいた。

 外は少し肌寒く、寒さをしのぐために狼の姿になった。狼の姿ならば、全身を包んだ体毛が、突き刺してくるような寒さから身を守ってくれる。


 洞穴の外にある大きめの石の上に腰掛けて、十分ほど経った頃だろうか。彼女の帰ってくる気配がないので、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃、パティナではない誰かが茂みの中から飛び出してきた。

 ヒヤッとして身構えたが、そこに出てきたのは狼の子どもだった。


「あっ」


 赤茶色の毛を見て、すぐにリサキだと分かった。リサキも洞穴の前にいるロクトの姿に気付くと、ふわふわした茶色い尻尾を左右に振った。

 立ち上がるように人の形態になり、駆け足で近付いてきたリサキを見て、石の上に座っていたロクトも体を起こした。


「やぁ、先日はどうも」


 リサキはタータンチェックのキャスケット帽のつばを掴み、ひょいと軽く持ち上げた。短く切られた赤茶色の髪から、寝癖のような跳ねっ毛が覗く。ロクトは「やぁ」と答えた。


「パティナさんはいないみたいですね」


 きょろきょろ辺りを見回しながらリサキが尋ねる。ロクトは「そうみたいだね」と頷いた。

 いまから帰るところなんだ、と口を開きかけた時、リサキは懐から白い封筒を取り出して、それをロクトに差し出した。


「これ、パティナさんに渡しておいてもらってもいいですか?」

「これは?」、と、封筒に視線を落とす。

「パティナさんの……えー、妹分? からの手紙です」


 お願いしますよぉ、と猫撫で声でリサキ。パティナの帰りを待つのが面倒だから、楽をしようという魂胆らしい。ロクトは人の姿になり、仕方なく封筒を受け取った。

 手にしてみると、手紙にしてはやけに厚みのある封筒だった。封筒の裏には『パティへ』と、気取った筆使いの滑らかな文字が、丁寧に記されている。パティ、というのは彼女の愛称だろうか?

 手紙に落としていた視線を戻し、ニコニコ笑いながら自分を見ているリサキの顔を見、ふと思い出した。


「あのスノードームありがとう、すごく気に入ったよ」


 数日前にもらったスノードームの礼だ。彼女は「リサキから寄越された」と言っていた。

 リサキは一瞬、何を言っているのだろうという風に首をかしげたが、途端に目を瞬くと、表情をじわじわと変化させた。何かを理解した、らしい。

 そしてその変化が終わる頃、リサキはニヤァと口の両端を引き上げていた。


「ああ……あれ……ロクトさんへの……そうですか……へぇ……」


 得心、得心。満足気に頷いて、ニヤつき塗れだったリサキの表情はくるっと裏返り、ニッコリした純真無垢な子供の笑みに戻った。

 何に納得がいったのだろう。ロクトはリサキを見ながら怪訝な顔をした。


「それではお手紙、パティナさんにお渡しくださいますよう!」


 だが声をかけるよりも前に、狼の姿になったリサキは、逃げるように駆け出して行ってしまった。

 後ろ姿に手を伸ばして呼び止めようとするものの、すぐにその手を引っ込める。すでにリサキは茂みの中へ消えていた。呼びかけても無駄だろう。

 もう一度、手元に残された重みのある封筒を見る。


「パティ、か……」


 小さな声で呟いて、プッと吹き出した。彼女はそんな呼び方をされているのか。

 その後もいくらか待ち続けてみたものの、結局仕事までの時間がなくなって、パティナが戻ってくるよりも前に引き上げることになった。手紙を渡すことは叶わなかったが、仕方がないだろう。

 洞穴の中の机の上に封筒を置いて、その日は仕事へ向かうことにした。





 それから、その次の日のこと。仕事へ行こうと家を出て、螺旋階段をとんとんと降りていく途中の階段の踊り場で、フェックと鉢合わせた。

 最後に会ったのは、パティナが意識を取り戻した日以来。長い期間は空いていないが、かなり久々に会うような気がした。

 階段を上ってきた彼の姿が見えて、一瞬頬が緩む。だが、彼が人間だということを忘れてはならない。すぐに気を引き締めなおし、心の中で「いけない、いけない」と呟いた。こういった気の緩みが破滅を呼ぶのだから、用心しなければ。


「あれ、ロクトさん」


 フェックは、ロクトを訪ねるつもりだったらしい。できるだけ自然に挨拶をし、「どうかした?」と尋ねてみる。するとフェックは、照れるように頭の後ろへ片手を回した。


「それが……また、あなたにお礼が言いたくて」

「お礼?」

「はい。ロクトさん、この前僕にアドバイスしてくれたじゃないですか」


 一瞬間を置いて、一週間ほど前に自分が、この少年に何かを言ったことを思い出す。

だが言った内容までは覚えてはいない。変なこと言ってないよな、とロクトは顔を引きつらせた。

 そうだ、あの時はちょうど、目を覚ましたパティナに「出て行ってくれ」と言われた後のことだった。つまり、かなり参っていた時。

 落ち込んでいた自分の選んだ言葉は、どんなものだった? 背中の辺りがひやりとする。


「ラスターたちの……アレ、マシになったんです」


 『アレ』と少年の口で濁されたのは、あのグループが少年に出していたちょっかい――もはやちょっかいで済ませられる度合いのものではなかったが――のことだろう。それが、マシになった、とは。

 その言葉を聞き、さらにどっとした疲れが襲いかかってくる。過去の自分に、何を言ったか、必死に問いかける。どんな助言をしたんだっけ?


「やっぱりロクトさんに相談して正解でした」

「あ、ああ……」


 必死に頭を回転させていると、じんわり滲むように、記憶が蘇ってきた。間違ったことは言っていないはずだ。少年に耳を貸すように促してから、そのあと。

『無視するんだ』――あの時かけた言葉が鮮やかに蘇ってきた。


「最初は、無視しました。もう、構わないようにしました」


 フェックは嬉しそうに話している。

 確かに『無視しろ』と言った。辛抱強く我慢して、無視を続けるんだ、と。相手の言葉に耳を貸さず、存在そのものを無視する。

 だが、あのひねくれたリーダーの少年が、それだけのことで手を出すのをやめるわけがない。だから――。

 ロクトは少年にかけた助言の続きを思い出した。

『それでもしつこくちょっかいを続けてくるようなら、リーダーの顔に一発、拳をいれてやるといい』

 相手は君を突き落としたんだから、それぐらいされても文句言えないだろ――。

 確かに、言った。でもそれじゃ、ただの暴力じゃないか。過去の自分の言動に、今更頭を抱える。暴力で何かを解決するのは――。

 しかし、ロクトの後悔とは裏腹に、フェックの顔は明るい。


「無視を続けてたら、ラスターたちも驚いたみたいで。僕がぜんぜん反応しないから、ラスターはしびれを切らして、『生意気だ!』って怒鳴って。それから、僕の肩を思い切り掴んだんです。僕、『ここだ』って思って。あいつの顔に思いっきり一発、パンチしました」


 拳を握って一瞬、イタズラっぽく笑ったフェックの顔は、年相応の子どもが見せる顔だった。その笑顔は、今まで見せていたぎこちない笑みとは別物に見えた。ロクトは唖然として、話を続けるフェックの言葉に耳を貸し続けていた。


「じゃあそれから急に、ラスターたちは僕に近付かなくなって……」


 今じゃ平和な毎日です、とフェックは言った。


「じゃあ、もうあのグループは……」

「はい、もう僕に手を出してきません」


 驚きで、反応が出来ない。フェックはロクトが驚いていることなどよそに、さらに言葉を続けた。


「それと、夢中になれること、についてなんですけど。ちょっとだけ、勉強を頑張ってみることにしたんです。今までは、ラスターたちがいる学校が、嫌だったけど……。勉強を一生懸命頑張ってると、先生に気に入られたみたいで、最近ちょっと楽しくなってきました」


 そう言った少年の目を見て、ロクトははっと息を飲んだ。

 どうやらこの少年は、前へ進むことに成功したらしかった。不要な錘に悩まされ、苦しむことを終えたのだ。じんわりと安心する。


『あとは自分が夢中になれることを見つけるんだ。そうしたら、周りのことなんて目に見えなくなるはずだから』


 そんなことを言ったことを思い出して、ほっと息をつく。そこだけは、あの時のの自分を褒められそうだ。夢中になれること、少年にとってのそれは“勉強”だった、というわけ。


「そっか……よかったよ」


 ロクトも、少年の笑みに応えるように、微笑して頷いた。


「それを報告したかったんです! まだ大変なことはたくさんあるし……」


 たったこれだけで全部変わるわけじゃないと思うけど、と少年は少し俯き、そしてまた顔を上げる。その眼差しは真っ直ぐに、ロクトを見つめていた。


「でも、前よりもずっとラクになれたのは、ロクトさんのおかげです。ぜひまた、お礼をさせてくださいね」

「そんな」


 ロクトはゆっくり首を横に振った。

 初めて会った時よりも、フェックの顔つきは随分明るくなった。自分が言ったことも、やったことも、それは大したことではない。そう思えるのは、決して謙遜などではなく、本心からだ。彼は自分で強くなった。フェック自身は、それに気付いていないのかもしれないが。



 それじゃあ――フェックが頭を下げて、階段の踊り場に立つロクトに回れ右をし、階段を降り始めた。

 やっぱり無責任になってしまったな、と螺旋階段を一段飛ばしでトンテンカントンと音を奏でながら駆け下りていく少年の後ろ姿を眺め、もう一度反省する。

 今度、何か助けを求められたら、責任を持って、言葉をかけないと。

 そう思いながらも、フェックが自分に助けを求めることは、今後ないことにも気付いている。弱かった少年は、すでに前へと進んだ。例えロクトの言葉が無くとも、彼がひとりでやっていける確信があった。根拠はないが、強い確信だった。






 平和だ……。

 次話パティナ編「持たざる者」は明日公開です。

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