◇私の過去・前
私と私の家族は、人狼が寄り集まって出来た集落に暮らしていた。
奥まった森の中の、突き出た崖の下の空洞に、隠れるように作られた集落だった。外から見つけるには、わざわざ危険を冒さないといけない、変わった場所にある。昔からその集落は、人間に一度も見つかったことがなかった。
だが辿り着くのが危険なように、外に出ていくのも難しかった。あそこは、すごく閉鎖的な場所だったと思う。でもだからこそ、人狼が暮らすには安全だった。
私が産まれた場所は、そことは別の、もっと大きな場所だったらしい。でも物心ついた頃にはもう、私はその集落の一員だった。あそこは、私の故郷だ。
「パティ、どこへ行ってたんだ?」
「すぐそこだよ、お父さん」
「ちょっと! 泥だらけじゃない!」
「あはは、ごめん、お母さん」
母と父、それと私より五つ下の妹と、六つ下の弟が私の肉親だった。家族は、仲がすごくよかった。
母がすべてを仕切っていて、父は口数が少ないけど頼りになる人で。母は私と同じ千歳緑の髪の毛で、父は私と同じ深い緑色の目を持っていた。二人の顔は、今でもよく覚えてる。
弟も妹も、私とは年が離れていたけど、よく懐いてくれた。
「お姉ちゃん! 一緒に遊んで!」
「お姉ちゃん! どこ行くの!?」
「私、忙しいんだってば……ちょっと、髪の毛引っ張ったら嫌だって……」
……かわいい子達なんだ。私がどこかに行こうとするのを見つけると、いつも後をついて来ようとした。遊びに行くのも、一苦労だったよ。あの子達に捕まったら、一緒に連れて行かなくちゃいけなくなるからね。
私は家族を愛していた。私はまだ子どもだったけど、愛が何なのか、理解していた。言葉にすることは出来ないけど、分かっていた。
集落には私たちのような家族がいくつもあって、同じように家が建っていて。庭があって、畑があって……。
みんなを束ねるリーダーらしい人はいたけれど、明確な支配も服従も無くて、皆がのびのび自由に暮らせる平和な世界だった。年上は敬いなさい、みたいな教えはあったけど、誰それさんは偉くて、誰それさんは偉くないみたいな、身分の差もなかった。皆、平等だ。
外に出ていくことが自由でない分、皆は協力して生きていた。畑を耕して、家畜を育てて、問題が起こったときには集落の人々総出で問題を解決した。困っている人がいたら、手を差し伸べる。もちろん見返りなんて求めない。
「パティナちゃん! お母さんにこれ渡してて!」
料理上手のラリおばさんは、母と仲が良かったっけ。私が何か悪いことをしたら、ラリおばさんが、怖い顔をして怒るんだ。母よりも怖いけど、優しくて気のいい人だった。
「ああ、パティナちゃんか。いっぱい採れたから持って行きなさい」
集落で一番大きな畑を持っていたレーティーさんは、自分の家族だけでは食べきれないぐらいの食材を作っては、集落の皆に分けてた。うちの家もよく、レーティーさんの畑でとれた野菜をもらった。野菜嫌いの弟は、レーティーさんの畑で取れた野菜なら食べられた。確かに、うちで取れるのよりも、他でもらうのよりも、美味しかった気がする。
コミュニティ全体、血は繋がっていないけど、皆家族みたいなもんだった。毎日が発見の連続で、すごく楽しかったのを覚えている。
友達もたくさんいた。年の近い子も多かったから、その子達と遊んで暇を潰した。かけっこやかくれんぼ、地面に絵を描いて遊んだり、集落の近くにある滝の近くで、唇が青くなるまで水遊びしたりした。
「パティナ! 競争しよう! 今日は勝つ!」
「……やっても変わらないと思うけど」
「何を!」
隣の家のリックは、負けず嫌いな男の子だった。生まれつき私の方が運動が出来て、あいつには、走りで一度も負けたことがなかった。狼でも人でも、どっちになっても私は勝ったよ。あいつ、それが悔しくてたまらなかったみたいで、特訓して何度も勝負を挑んでくるんだ。だけど私も同じだけ鍛えるから、負けることはなかった。それに気付いてないことが可笑しくってさ……。
「パティナはもっと女の子らしくしなきゃ!」
「いいよ、私は」
「動かないで……三つ編みにしてあげるから」
お節介なラキラは、いつも私に「女の子っぽくしろ」ってうるさかったな。私が断っても、彼女は躍起になって私の髪をいじってた。仕方がないから私は、あの子のお人形になってた。……あの子の方が、私よりも髪が長くて、私よりも綺麗な色をしていたのに、あの子は私の髪で何かをしたがるんだ。
集落の位置の都合上、集落の上には崖が伸びていて、あの場所に真上から陽が差すことはなかった。東の方向も同じように見えないから、私たちの多くは、太陽が東から昇ってくるところを、見たことがなかった。けど、崖の上から顔を出して、そのまま西の空へ沈んでいく夕陽だけは、綺麗に見ることが出来た。毎日毎日、私は友だちと一緒に、あの夕日をぼけっと眺めてた。あの綺麗な夕日は、今でもたまに思い出す。
満月の夜は、みんなで集落の真ん中に集まって、組んだ木に大きな火を焚くと、その周りで踊ったりした。もちろんみんな、狼の姿でね。
それと集落の近くには、ひまわり畑もあったっけ。私たちは家族五人で、ハイキングと称してひまわり畑に行ったことがある。よく晴れた青い空の下、一面に広がった黄色い絨毯……。私ときょうだいたちが追いかけっこをしていて、両親が離れてそれを見ている。私が覚えている、幸せの一片。
そんな光景、そんな日常。手と手を取り合う、自然的で平和な毎日。大きな問題も、苦しいことも、起きはしない。人間があんな深い森の中までやって来ることはなかったし、例え入ってきても、崖の下の私たちには気付かなかっただろう。
人間から隠れながら、好きなように過ごせる。人狼が送れる最上の生活だったと思う。
で、幸せな毎日を送りながら、しばらく経って。
先走って気持ちだけ大人になり始めていた私は、その満ち足りた生活を、「退屈」だと感じ始めていた。
このまま閉鎖的なコミュニティの中で、家畜を育て、畑を耕し、兄弟みたいに一緒に育った、子どもっぽい近所の誰かさんと結ばれ、それから子どもを産んで……。そんな退屈な未来は、絶対に嫌だと、思い始めていた。
身近にある幸せを蔑む、すごく、罰当たりなことだった。
でも私は……自分のその愚かさに気付かなかった。
集落の決まり。皆の話し合いで決められた、見張りに立つために選ばれる一部の大人以外は、集落から離れてはならない。それは、集落に隣接する森に入り込むことや、崖の上に登ること。外へ行くことを禁じたのは、単純に「外が危険」だったから。
「ここより先には、何があっても入るな。この約束を守れば、パティも、父さんも母さんも、集落の皆も、ずっと平和に過ごせるんだ」
私が小さかった頃、父にそう、言われたことがあった。子どもが生まれれば、皆がそう教育する。幼い私は、父の言葉に元気よく頷いて、約束をした。
でも、時が経って、私は父との約束も集落の決まりも破り、安全地帯を抜け出した。
狼の姿になって、この四つの足を大地につけ、いつも崖の中腹から見下ろしているだけだった場所を、森の中を駆けた。
十年より長い時間、集落の中から出ることはなかった。森の中のもの、その全てが新しく、珍しいものだった。見たことのない木や、味の知らない果実。綺麗な花、美しい景色、動物、頬に吹く風も、足をつけた土も、全部が新しかった。
川を覗き込んでみれば、滝壺にはいない魚がいたし、土を掘り返せば、面白い形の虫がいた。発見に次ぐ発見。私は時を忘れ、日が暮れるまで夢中になって、森の中を駆けずり回った。約束を破る罪悪感はスリルになって、私を無知な冒険へと焚きつけた。
日が暮れてから集落に戻っても、私が暗黙の了解を破ったことには、誰も気付いていないようだった。
両親も、きょうだいも、それは同じ。友達もそう。近所の人もそう。誰にもばれないことで更に調子に乗って、それからは暇が出来る度に安全地帯を抜け出す、そんな生活が始まった。
意味もなく森を走り回り、見たことないものをたくさん見て。地形を頭の中に叩き込んで、地図を頭に作って、どこに何があって、どこと繋がるのか、全てを把握した。広い森はあっという間に私の庭になった。
あるとき私は、“狩り”をすることを覚えた。
今も名前を知らないような、四足歩行で素早く飛び回る、耳の長い不思議な小動物を、一目見たときの私の心の跳躍といったら、どれだけの興奮に満ちていただろう。
その生き物を見たとき、私はその生き物を“狩れる”と確信した。狩りなんてしたことなかったはずなのに、獲物を見定めた私の牙が、はっきりと疼くのを感じた。そうして私は、難なくその生き物を狩猟することに成功した。
肉を食べたことは何度もあったけど、それは集落の選ばれた大人が、皆の了承を得て獲ってきた食物だ。生まれて初めて自分で食料を調達し、私は大人の仲間入りをした気分になった。
そういった成功が、余計に私を調子付かせる結果に繋がっていたんだろう。
それからというもの私は完全に、狩りに夢中になった。その森に多く生息していたダリスディアーや、大型草食獣のミルクホッパーなんかも狩ったことがある。
時間があれば集落を抜け出して、ということは変わらないが、以前のように意味もなく駆け回ることはなくなった。頭の中に入った地図を辿り、森の生き物を狩り続けた。
隠れて、皆の知らない場所で決まりを破って。あの時はそれが気持ちよくて仕方なかった。
何度も何度も、私は狩りへと出向いた。みるみるうちに狩りの腕は上達していく。私はそれを、楽しんでいた。
そして、あるとき……。
私は……森の中で、黒い毛の狼と出会った。
本来ならば私しかいないはずの空間で、初めてその狼の姿を見かけた私は、心臓が飛び出るぐらい驚いた。そして、恐れた。
もうダメだ、そう思った。集落の誰かが、私が森で狩りをしていることを知って、この黒い人狼が、自分を連れ戻しに来たんだと、そう思った。どれだけ怒られるか、分からない。怖かったし、その場からどうにか逃げ出す方法を必死に考えていた。
でも彼が近付いてきてようやく、私は、“彼”が集落では見かけたことのない人狼だと気が付いた。
「道に迷ったんだ、助けてくれないか?」
何一つ知らない、初めて見る人物。
今までずっと閉鎖的な場所に、みんなで一つの家族として生きてきた私にとって、彼は本物の赤の他人だ。それだけで、興味深い対象だった。初めて出会う新しい人物。怒られることを恐れて凍りついていた私の心は、再び賑やかに騒ぎ出した。
私は彼の頼みを、快く受け入れた。
彼は笑顔の多い人物だった。そういった相手と仲良くなるのは簡単だ。
ずっと見てきた年の近い男と言えば、集落の幼馴染の男どもだ。あいつらと違って、彼は大人で、優しくて丁寧で、余裕も落ち着きもあった。惹かれないわけなかった。私は、彼がすぐに好きになった。
彼は森の外からやってきた、と言った。逆に言えば「彼はそうとしか言わなかった」とも言える。私たちは会話を交わしながら、森の中を歩いていた。
私は、外の世界からやってきた彼の話を聞きたかった。でもそれよりも、彼は私のことを聞きたいと言った。
「君のことを聞かせてくれ」
彼曰く、人狼と会話をするのは久しぶりだったらしい。久々に逢えた同胞だから、自分よりも相手の話が聞きたい、と。求められて私は、私の生い立ちや、集落の話をした。
自分の話をそうやって人に一生懸命話すのは、私も久々のことだった。
「こっち」
案内するにあたって、どこへ連れて行って欲しいのかを尋ねた。迷子になったのなら、森の外へ出られる道がいいのだろうか、そう思って尋ねると、彼は「いいや」と首を振った。
「君の住む集落が見たい」
言われるがまま、私は彼を故郷へと案内することになった。
移動している最中も、彼はいくつかの質問を重ねた。「集落には何人ぐらい住んでいるの」とか、「食べるものは十分にあるの」とか、私からすれば、たわいもない質問だ。私はその質問を、答えられる限り正確に答えた。
いざ集落が見えたとき、私が「あそこ」と指を差すと、彼は急にその場に立ち止まった。「ここまででいい」と、彼は言った。どうして、と尋ねるより前に、彼は真っ直ぐに私の目を見て、言葉を続けた。
「見知らぬ人狼が急現れたら、きっと集落のみんなは驚くだろ? 機会を改めるよ」
そう言った彼に、私は曖昧に頷いた。外から来た人狼、そんな珍しい存在、彼を皆に紹介しようとこっそり抱いていた目論見は、まんまと打ち砕かれることになる。彼は、不服そうにしている私に向かって爽やかに礼を言うと、もと来た道を辿り始めた。
何が何やら理解が追いつかないでいた。だが少なからず彼は、もう助けを求めないでいるようだった。私は薄暗い森の中に消えて行く彼の後ろ姿を見送った。
後々よく考えれば、私は秘密で森の中に入っているというのに、森の中で見つけた彼をどうやって集落の皆に紹介するのか、さっぱり考えていなかった。森の中に入ったことを、自らばらしてしまうところだった。私は冷や汗を流した。
それに私は、自分の話をするばかりで、彼の名前を聞くことすらしていなかった。……誰にも負けない本物の、馬鹿だった。彼も私のことを、そう思ったに違いない。
それから森へ行く度、彼を見かけるようになった。どうやら彼は、あれから森の中に住み着いたらしかった。
森の中で再会して、彼が「グレヴェ」という名前であることを知った。
グレヴェは、不思議な魅力を持っていた。話し方、仕草、立ち振る舞い、その全てに、私は惹きつけられた。年は聞いていなかったが、多分私よりも、一つか二つ、上だったと思う。
「なんでそんな顔をしてるんだ? 俺の顔になんかついてる?」
「……べ、別に」
グレヴェは集落にいた人狼の誰よりも、ずっと魅力的な人だった。直感的な感覚、身体能力も、精神的な面も、私より、私の幼馴染の男たちよりも、ずっと優れていた。好きだ、と思った。多分、間違いなく私は、彼に惚れてた。
だからこそ、彼を集落の皆に紹介したかった。彼をよく知れば知るほど、私は彼を皆に引き合わせたくなっていった。でも私がいくらしつこく「皆と会ってくれ」と願っても、グレヴェはそれを断り続けた。
彼は、自分が森の外から来た部外者だから、皆に会うべきではないと言った。結束したコミュニティに部外者が入リ込むことは、疑念や敵意を生む可能性がある、とも。
だから彼は集落には近付かず、側の森で暮らしていた。私には、一人で住むということが、信じられなかった。自分の知る限り、たった一人で暮らしている人狼なんて、聞いたことはない。集落にいる皆みたいに、皆で協力し合って生きるのが当たり前だと思っていた。
「釣り、やったことある?」
「ない」
「じゃあ教えてあげるよ。おいで」
彼が一人で暮らせるのは、生きるために必要な様々な知識のほとんどを、自身で持ち合わせていたからだ。それはただ頭を膨らませるだけの知識ではなくて、必ず何かを生み出す実践的な知識。
彼の元を訪れる度、私は彼からいろんなことを教わった。釣りもそうだし、火の起こし方もそう。それと、狩りについても、だ。
「パティナには狩りの腕があるなぁ」
「ホント?」
「ああ。もうしばらくしたら、俺よりも上手くなるよ」
独学で磨いていた狩りの腕は、彼が手を加えることにより、更に磨かれることとなった。私自身の身体能力が伸び盛りだったのもあって、狩りの成功率は飛躍的に上昇し、自分でも上手くなったことを実感出来た。でも私は自分の腕が上がったことよりも、彼の能力に近付けた事の方が、よっぽど嬉しかった。
あの時グレヴェが教えてくれた狩りは、今も私の中に息付いている……んだろうな、きっと。一生消えることのない、彼と私が関わった、証だ。私の――。
……とにかく、彼と一緒に森の中を駆け回るのは、本当に楽しかった。もっと一緒にいたい。彼も そう思ってくれていたら嬉しいと、あの時の私は思った。
で、だ。
実はその頃既に、私が安全地帯から抜け出して、森へ潜っていることを、集落にいる私の知り合い全員が知っていた。私は……恥ずかしいことに、誰にもばれずにいるつもりでいたけど、実際は周知の事実だった、というわけだ。
ほぼ黙認されているような形だったらしい。同い年の奴らの中では、私は能力があったから。それに、皆と仲が良かったのもある。だからこそ、皆は私に何も言わなかった。パティナなら、私なら、大丈夫だと、思ってくれていたんだ。
でも、ある時、いつものように森へ行こうと家を出かけた私を、両親が呼び止めた。「さすがにやり過ぎだ」と、父は怖い顔で言った。初めて注意を受けて、ようやく私は、皆が秘密に気付いていることを知った。
「お前の為を思ってるんだぞ?」
「大丈夫だって、父さんは心配しすぎ」
「でも、決まりは守りなさい。私たちは、いつでもあなたを守れるわけじゃないのよ」
「……父さんや母さんが心配するほど、私、弱くないから!」
押し切るつもりだったけど、父も母も、辛抱強く私を説得しようとした。ばれていたことが恥ずかしいのと、真剣に怒られることに慣れていなかったのもあって、後に引けなくなっていた私も、負けじと反論を続けた。
……今思えば、親に逆らうのも、あれが初めてだったのか。それまでは良い子良い子で生きてきた。両親も、今まで賢かった我が子が、突然こうなってしまって、ひどく戸惑っていた。
最後には、私は「分かった」と嘘をついた。肩も竦めてみせたし、ちょっとだけ傷付いた顔もした。 両親はひとまず安心したようだった。
……ひどいよな、本当に。最低で、最悪だ。
私が親と喧嘩したことを知ったのか、村の皆からも心配された。危ないことはしていないか、と遠回しに釘を差す人もいた。危ないことはしちゃいけない、と直接私を諌める人もいた。
「ねぇ、パティナ……最近、見かけないけど、外に出すぎちゃ危ないよ」
「俺たち、まだ“子ども”だしさ、ちょっとは我慢しろよ、な」
私を心配してくれる友人たちの言葉も、私を助けようと笑いかける知り合いの言葉も、私はすべてを突き放した。
「私の好きにさせてよ」
私はもう、止まらなかった。止まれなかった。好奇心が、旺盛すぎた。
それに集落の皆を敵に回しても、私にはグレヴェの存在があった。彼がいる限り、私が独りになることはなかった。集落の皆が、私を諌めようとすればするほど、私は外の世界へと、強く惹かれていく。
私は両親や友人たちの助言を聞かず、また森へと繰り出した。両親に捕まると面倒だから、以前よりも慎重に、細心の注意を払って抜け出すようにした。
そこまでしても、集落を出ようと思わなかったのは、それでもあの故郷を、集落を、人々を、愛していたからだ。両親もきょうだいも、友人も周りの人も、皆を嫌いになったわけじゃなかった。皆は、私を止めようとしていたわけだが。
そんな中で、グレヴェだけが私の味方をしてくれる。理解があって、頼りになる。
親もきょうだいも、友人も仲間も、全部放って、私は彼に寄り添った。彼も、私を受け入れた……。
本当に、愚かだった。私は、本物の愚か者だった。
パティナの過去です、続きます。
次回パティナ編「私の過去・後」は明後日公開です。