ゆえに王の心は休まらない
煌々と月明かりが降り注ぐ夜空に、寄り添う二つの影がある。
町並みは遥か遠く、城の存在もここからでは光の粒程度にしかみえない。
そこは二人だけの静寂の空間。
「ねぇ、本当に本当に大丈夫なの?」
「だから大丈夫だと言っている。お前も大概しつこいな」
「しつこくもなるわよ。この前、過労で倒れて熱を出したばかりなんだから」
頬を盛大に膨らませ、リルディはカイルへと抗議する。
「それは……すまない。だが、ラウラの煎じたあの恐ろしく苦い薬のおかげですぐ熱も下がったし、もうすっかり回復した。だからこうして、魔力で空にも上がれているんだ」
「それならいいのだけれど。もう無理をしてはダメよ?」
「……善処する」
「……」
「分かった。もう無理はしない。少なくとも、この間のように自暴自棄にはならない」
「うん。約束」
非難めいた視線を受けて、カイルは降参とばかりに言い直し、リルディもやっと笑顔になる。
「まったく。お前には敵わないな」
「……」
「リルディ?」
腕をカイルの背へと回し、リルディは思い切りその胸に顔を埋めている。
「私はカイルが思っているほど強くないわ。カイルに会えなくて、寂しくて悲しくて不安でしかたなかったんだから」
カイルのいうように、たくさんの人たちが、自分を愛して支えてくれている。
けれど、カイルの代わりなど、どこを探してもいない。
自分が恋をし、何があっても一緒にいたいと思う、たった一人の運命の相手。
「すまない。俺は幸せであることに慣れていない。俺はお前が愛おしすぎて怖いんだ」
切なげに愛おしそうに向けられた瞳は、確かに自分を映している。
「そ、そんなこと普通の顔して言わないでよ」
「? 何かおかしなことを言ったか? 俺は真実しか口にしていない」
至極真面目な顔でそう返されて、ますます恥ずかしくなってしまう。
「……私の方がカイルに敵わない」
真っ赤な顔で自分を見つめるその姿に愛おしさが募り、カイルは唐突に口づけをする。
「カ、カイル!?」
「お前が俺の求婚を受けてくれれば、もっと側にいられるものを」
昼間に訪問することは問題ないが、王としての仕事が山とあり、そうそう会いに行くことは出来ない。
リルディは婚約者候補ではあるものの、扱いとしてはエルン国からの客人。
公式的な契約がない以上、夜も更けてからの訪問など許されるはずもない。
だから、今回は魔術を使い、こうして空の上で二人きりの時間を作ったのだ。
「うん。私ももっと側に居たいよ」
「!?」
幾度となく繰り返している求婚の言葉。
いつもであれば、『まだそれはダメ!』と拒絶されるところなのだが、いつもと違いリルディは大きく頷き同意する。
「それなら……」
「だからね、いいことを思いついたの!」
期待に胸ふくらませるカイルに、リルディはニコリと愛らしくほほ笑む。
「いいこと?」
「そう。今回のことで、王として忙しいカイルのお手伝いが出来たらいいのにって、すごく思ったの」
「だから、それは妃になって……」
「それはまだダメ。私がもっとちゃんとカイルに相応しくなってからじゃなきゃ。だからね、メイドを再開しようと思うの」
「………………はぁ!?」
一瞬耳を疑い長い間を経て、カイルが思わず素っ頓狂な声を発する。
「もちろん、勉強に支障が出ないようにするわよ?」
「い、いや、そういうことではなく……そもそもユーゴが許可しないだろう」
「大丈夫。ユーゴさんの許可はもう取ったから」
思わぬ返しに、声もなくカイルはリルディを見返す。
「ふふ。あまりにもしつこくて、ユーゴさんも根負けしたみたい。私の粘り勝ちね」
心なしか胸を張るリルディ。
(あいつはそんなキャラじゃないだろ)
自分の意にそぐわないものはとことん排除する。
間違っても根負けして、自分の考えを折るような男ではない。
今回、メイドとして会いに来たことといい、ユーゴはリルディに厳しいようでいて、実は根本的に甘いのではないか?
カイルの中にそんな疑惑が芽生える。
「あ、もちろん、髪は黒く染めるし、行動範囲も制限されているのだけど。でも、少しはカイルの役に立てると思うの!」
「……」
やる気に満ち溢れた瞳のリルディに、軽い眩暈を覚えるカイル。
(逆に心配で仕事が手に付かなくなる)
狂おしい程に愛しいその少女を前に、王の心はまだまだ休まりそうにないのだった。
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