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10話

「『町を襲来した第三学年を神崎紅音が撃破』……か」

 居間で寝転びながらスマフォを操作し、そして見つけた記事を読んだ俺は皮肉気に笑う。

 ニュースの内容はこうだ。

 戦場周辺にばら撒かれた第三学年によってその一帯を守る鬼人の半数が殺傷された。

 なす術なく壊滅かと思いきや、第二学年へ最短で進化し、そしてあの伝説の英雄の薫陶を受けた神崎紅音が見事撃退したとのこと。

 第二学年であるにも関わらず、第三学年を一対一で倒した神崎紅音のポテンシャルは計り知れないという論評家の言で締め括られていた。

「あれもこれもこの話題だな」

 大衆向けて発表する情報媒体の第一面は全てそれ。

 御神楽財閥と交戦したニュースなど皆無だった。

「まあ、それもそうだろうな」

 今回の戦争。

 ハッキリ言って失敗だった。

 優勢なのは最初だけ、後は後手後手に回り多数の鬼人をこの戦争で犠牲となる。

 金、経済、人的損失は戦争をするべきではなかったという結果を示していた。

「神崎も災難だな」

 そんな汚名極まる醜態を隠すために必要となったのが英雄の存在。

 第二学年でありながら第三学年を倒した神崎を夢宮は総力を挙げて歓迎した。

 神崎は見た目も麗しいから絵になる。

「本人は嫌がっているだろうがな」

 教官に説得されて渋々ピエロを演じた神崎の顔が目に浮かぶ。

 恐らく憤怒の光をその目に宿しているだろうな。

「さすが夢宮、老獪だ」

 夢宮の目論み通り、此度の戦争を非難する声はさほど大きくならず、表状は今まで通り夢宮に統治を任せるという状況だった。

「しかし、御神楽家というのは侮れないな」

 夢宮でさえ諦めた第三学年という扱い辛い鬼人を多数束ね、効率良く統率した御神楽。

 当主と後継ぎを粛清し、出来て数年という新興勢力だがこれは評価を改める必要がある。

 しばらくは御神楽が台風の目になりそうだな。

「康介、そろそろ見回りの時間よ」

 食堂からかけられる翡翠の言葉。

「ん~、後五分」

「ふざけないで! 康介だけ特別扱いなんて許されるわけない!」

「はいはい」

 翡翠に喝を入れられた俺は起き上がる。

「はい、これが昼の分、そして夜の分」

 そして渡される二つの弁当箱。

 俺は一度出たら深夜まで帰って来れない。

 しかも休日など当分ない。

 それぐらい人手が足りない現実。

 だが、俺は絶望もしなければ疲れを口にすることもない。

 何故ならそんな苦労をしているのは俺一人だけじゃないから。

 戦争が終わって数日。

 弥生町を始め、付近一帯の町や村は以前の活動を取り戻そうと皆必死になって動いていた。


「犬神よ」

「はい」

 師匠に誘われた俺は月光を灯りに師匠の盃に酒を注ぐ。

 復興もようやくめどが付き、こうして師匠と共に過ごすだけの時間が出来た。

 本来なら家で翡翠と過ごしたかったのだが、師匠が指名したのなら弟子である俺が断る道理など無い。

 翡翠をなだめた俺はこうして師匠の家でお酌の供をしていた。

「私も第三学年だ」

 唐突に。

 そう断りを入れた師匠は仮面を外す。

 そしてそこから現れたのは――ドクロだった。

 落ち窪んだ眼科には闇が満ちているがゆえに底が見通せない。

「こうなった俺は咀嚼が出来ない」

 師匠が盃を持つと中身がみるみる濁っていく。

 どうやら生気とやらを吸収しているようだ。

「犬神の想像通り、俺は人でなくなってしまった」

 人ではない異形の何か。

 文字通り師匠は化け物だった。

「何故第三学年であるにも関わらず、俺が正気を保っているか知りたそうだな?」

「はい」

 一般的に第三学年というのは獣に近い存在。

 ゆえに統率するにはより強大な力で抑えつける必要がある。

 だが、師匠はその存在を必要としていない。

 力に溺れず。己の望むままに振る舞っていた。

「それはな強力な精神力――愛、忠誠心、誇り、矜恃何でも良い。とにかく誇れるものがあれば、例え第三学年であろうと正気を保ってられる。まあ、それはどの学年にも言えることだがな」

 クツクツと師匠は体を揺らす。

 皮肉か、それとも自嘲か。

 若い俺には師匠の笑みが理解できない。

「師匠、尋ねてもよろしいでしょうか」

 俺は師匠に改めて向き直る。

「第三学年になることは……避けられないのでしょうか?」

「そんなことはない」

 師匠は俺の懸念を一蹴する。

「周りの鬼人を見ればわかるだろう。大半の鬼人は第一学年で一生を終え、第二学年に上がる鬼人はほんの一握りの鬼人。第三学年に至っては数年に一人出るか出ないかだ……しかし」

「このままだと自分も第三学年へと進化すると」

「その通りだ。お前が神崎紅音と共にいる限りお前は第三学年へ進化する。俺と教官の様にな」

「……」

 突き付けられた言葉。

 証明するのは師弟の縁。

 他には一切ないが、どのような事柄よりも真実味がある。

「私は、どうするべきなのでしょうか」

「知らん」

 思わず漏れてしまった弱音に師匠は一喝する。

「人に運命の行く末を求めるな、自分の将来は自分で決めろ」

「しかし、師匠は私の師匠です」

「だからこそ、だ」

 師匠はあくまで譲らない。

「俺の弟子であるがゆえに自分で決めろというのだ……でないと俺の様になるぞ」

 ドクロゆえに師匠の表情は分からないが恐らく昔のことを思い出しているのだろう。

 そう、師匠を鍛えてくれた師匠の存在をその瞳に浮かべながら。


「……ふう」

 ポツンと屋根の上で大の字になった俺は先程の師匠の言葉の意味を考える。

「自分の運命は自分で決めろ……か」

 言葉にすると簡単だが、それを実行するにはどれだけ難しいのかを知っている。

「厳しいよなあ」

 俺は師匠の立ち振る舞いを思い出し、改めて苦笑する。

「さて、どうしようか」

 居住まいを正した俺はこれからどうするのかを思索する。

 人として翡翠と共に寄り添って生きるのか。

 鬼人としてマリアに忠義を尽くして死ぬのか。

 それとも、鬼として神崎と共に修羅の道を歩むのか。

 最後の選択は論外だが、それでも運命とやらはその選択を選ばせたいらしい。

「どうしようか」

 自分で決めるという不慣れなことしている俺の頭はショート寸前になる。

 なんかもう疲れた俺が出した結論が。

「一番始めに出会った人物の言うことを聞くか」

 翡翠が呼びに来るのか。

 マリアが俺を求めるのか。

 神崎が俺の前に現れるのか。

 自分の将来を運命に任せようとしたその時。

「駄目ですよー」

「夢月……」

 何故夢月が現れた。

 この場合、どうなるのだろう。

 俺はどうすれば良いのか。

「だから自分で決めるんですよー」

 俺の思考を呼んだのか夢月はそう忠告する。

「流された先に待っているのは星影原理ですよ」

「っ」

 師匠の末路。

 それは何もかもが中途半端になってしまった現実。

 その現実を師匠はいつも嘆いていた。

「ありがとう、夢月」

 知らず他人任せにしようとしていた自分を諌めた夢月に俺は頭を下げる。

「分かれば良いのですー」

 何か憎まれ口の一つでも叩くかと思っていたが、意外なことに夢月は笑みを浮かべるだけで終わる。

「これだけは言わせて下さいー。私はとっても不幸ですー」

 大事なことを自分で決められなかった者の子は不幸になる。

 去り際に夢月はそう訴えた。


「はあー」

 俺は再度溜息を吐く。

「仕方ない、考え続けるか」

 何も今すぐに答えを出さなくて良い。

 最適な答えが見つかるまで、後悔しない解決法が出るまで考えれば良い。

 そう考えた俺は気分が軽くなり、自宅へ向かって空を飛んだ。

これにて物語は終了です。

最後までお読み下さり誠にありがとうございました。

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