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9話

 ある開けた平原のこと。

 一戸建てが二、三十戸ほど入りそうなスペースに人影が十数人待機していた。

 断っておくが現在は月と星明かりのみしかない丑の刻。

 真冬という時期も手伝い、吹き荒れる風が針のように痛みをもたらしている。

 だが、そんな状況にも拘らず彼等は機械の如く微動だにしない。

 一人を除いた全員が肩幅まで足を広げ、手を後ろ手で起立状態。

 一糸乱れずその立直体勢を取り続けるのは空恐ろしいものを感じる。

 その緊張が周囲に伝わっているのか自然さえも息を潜めているようだった。

 それもそのはず、この鬼人達は伝説の英雄――永久煉華のみ動かせる。

 永久と共に数々の戦場を舞台とし、情け容赦無き攻撃を繰り返した悪夢の軍団。

 永久を始めとした全員が年月から衰えを感じさせるものの、日本最強と評されるに相応しい威圧感を放っていた。

「……」

「どうした、原理?」

 例外の一人――腕を組んで唸っている星影の元へ近付く。

「愛しい弟子が不安なのか?」

「馬鹿いえ、あいつの心配など一ミリとも考えておらん」

「奇遇だな、私も同じだ」

 からかわれたことに気付いたのだろう、星影は仮面を永久の方へ向ける。

「ハハハ、すまんすまん」

 そんな星影に永久は豪快に笑った後。

「負けることはあっても死ぬことはないだろう。何せ二人は私と原理の弟子だぞ?」

 永久煉華と星影原理。

 双方とも筆舌に尽くし難い壮絶な戦を何度も経験してきた。

 冬の北海道で二人孤立無援状態に陥り、自力で夢宮領に生還した過去もある。

「それに死んだらその程度の弟子だったということだ」

 戦場で生きてきた永久はドライ思考だ。

 数多くの死を直面し、自らも数多の生を奪ってきただけに重みがある。

 が。

「……容易く死ぬ程の修行しかさせてこなかったのか?」

「馬鹿言え、そんなわけがあるか。これ以上は無理だというほどの訓練を課したさ」

 星影の疑問に永久は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「そうか、なら良い」

「ちょっと待て原理」

 納得したような態度を取った原理の肩を永久は掴んで抗議しようとする。

 しかし、それより先に。

「も、申し上げます!」

 切羽詰まった様子の鬼人が森の奥から現れて中断された。

「山形地方に進撃していた我が鬼人が襲撃され数負傷! 至急救援とのこと!」

「やれやれ……嫌な意味で予想通りだな」

 報告を聞いた星影は首を鳴らす。

「御神楽財閥はただの財閥でない。規模通り受け取ると痛い眼を見ると忠告したはずだが」

「そう嫌味を言うな、原理」

 そんな原理に永久カラカラと笑った後。

「むしろ出番が回ってきて良かったではないか」

 赤衣の奥から肉食獣のような気を吹き出した。

「闇鴉家との決戦以降、目ぼしい戦はもう終わりを告げたと考えていたのだが。なかなかどうして、面白い」

「日本語がおかしくなっているぞ、戦闘狂」

 原理の忠告にも永久は気分を害されていないようである。

「総員! 戦闘体制!」

 獅子王の如き号令が永久から発せられる。

 その声音を聞いた者は誰であろうと緊張せざるを得ない。

 事実、後方に控えていた鬼人達は当然のこと、伝令鬼人さえも反射的に直立不動の体勢を取った。

「幾度の戦を潜り抜けた歴戦の鬼たちよ! 貴様らの戦果は歴代最高の記録を打ち立てた兵どもよ! 老骨に鞭を打つようで悪いが、非常に腹立たしいことだが現在我が後輩達がハイエナに追われているという! 我らの活躍を語り継ぐ者がいなくなるというのは寂しいものだ! ゆえに私は命令を下す! 諸君! 転身中の後輩達を守りぬけ! そして襲ってくる餓鬼共に鉄槌を加えてやれ!」

「おおおーー!!」

 永久の気に当てられたのかほぼ全員が声をからして叫び、その余波が周囲に振りまかれた。

 しかし、約一名。

 その呼応に共感しない者は。

「やれやれ、もう少し静かにやってくれ」

 ご存知星影原理だった。

 迷惑そうに首を振る原理に対して永久は嫌悪どころか喜悦を覚え。

「さすが原理だ。それでこそ私の相棒」

 と、満足そうに頷いた。



 安寧23年、冬。

 関東の領袖である夢宮は北陸地方を治める御神楽財閥へ正式に宣戦布告を行う。

 戦争状態に入ったことにより各地の物流は著しく制限された。

 よって物価が高騰、貧弱な村などはすでに餓死者も出ている。

 が、支配者達もその状況に手を拱いたわけではない。

 村に在中の鬼人を差し出せば見返りとして食料の供給を優先する措置を取っていた。

「康介君」

「うん?」

 屋敷の一室で佇んでいた俺に声をかけるのは泡沫マリア。

 俺の主である。

「貴方は行く必要がないからね」

 幸いなことに弥生町は比較的裕福な町ゆえに食料の備蓄がある。

 ゆえに貴重な鬼人を危険に晒す必要がない。

 ここら辺の手腕はドブネズミに感謝だな。

 あいつのおかげで弥生町からは一人も行かなくても良い、が。

「師匠は大丈夫だろうか?」

 上に良い顔をするためにあいつは師匠を前線に派遣しやがった。

 師匠のことだから戦死する心配はないが、それでも危険地帯に追いやったドブネズミには怒りしかない。

「越権行為だが、もし俺に何かがあれば晴美を頼む」

 頼む。

 その言葉を口にした師匠の顔が今でも忘れられない。

 どうしてドブネズミはそこまで上に取り入ろうとする真似をするんだろうな。

「康介君、落ち着かないの?」

 俺の苛立ちが伝わってしまったのだろう。

 マリアが俺をじっと見上げる。

「もう長いこと気を張っているせいね。少し休んできなさい」

「いや、マリア。俺は」

「命令です。しばらく私を一人にしなさい」

「……御意」

 マリアに促されて俺は立ち上がる。

「ふう」

 と、同時にマリアが小さく息を吐いたのを捉える。

 主に気を使わせるなど。

 しかも負担までかけた俺はまだまだ未熟者だ。

「やれやれ、師匠は本当に凄いよ」

 もし星影師匠なら己の存在を限りなく無にし、何時間でも傍に居続けただろうな。


「はあ……」

 白銀に覆われた庭園を眺めながら俺は一息吐く。

 相変わらず弥生町は豪雪地帯。

 こんなに積もっていては馬や人は満足に歩けない。

 やはり雪が降る地域では鬼人の存在が一層重要だろうなと考える。

「頼むから戦争は向こうでやってくれ」

 鬼人の質に関しては日本広しといえども夢宮の右に出る者はなく、第二学年の数も随一を誇る。

 だが、それでも不安が残るのは相手が雪国だから。

 晩秋から春先にかけて雪で覆われる北国は南と比べて鬼人の数が多く、特に北海道を支配する勅使河原家の領地に住む者は八割以上が鬼人という恐ろしい推測も出ている。

「おいーっす」

 と同時に上から誰かが降りてきた。

「ああ、相馬先輩ですか」

「そうだよ、犬神」

 弥生町専属の鬼人――相馬真弥先輩は満面の笑みを浮かべながら缶コーヒーを差し出してきた。

「ありがとうございます」

 頭を下げた俺は缶コーヒーを開ける。

 最高気温が一ケタなため温かい飲み物が美味しかった。

「夢宮の鬼人が転身するらしいな」

「……」

 相馬先輩から齎される悪い報告に俺は沈黙する。

「戦場をあの山を越えた辺りに再定義するそうだ」

「あそこか」

 遠く離れた場所に見える大きな山。

「葛城町や米一村の領域じゃないですか」

 俺の脳裏に浮かぶのは見周りとして共に行動した見習い鬼人の面々。

 周りを仕切りたがる橋やお騒がせ者の風倉の顔が思い浮かんだ。

「憐れんでいる暇はないぞ」

 相馬先輩は俺の頭を軽く小突く。

「北国との交戦で、しかもすぐ近くが戦場になったら俺達が大変だ」

「分かっています」

 懸念事項。

 それは北国から襲来したはぐれ鬼人による略奪を防ぐこと。

 夢宮所属の鬼人は教育が生き届いているため民間人や関係のない村を襲うことはないが、他領地でもそれが守られているとは限らない。

 北国の場合だと量を優先して質が疎かになっているため、余計にはぐれ鬼人の出現を警戒しなければならなかった。

「けどな、犬神よ。外国の戦争と比べると日本はまだマシだ」

 外国での傭兵経験がある相馬先輩はそう忠告する。

 他国だと民族や国を賭けた戦いとなるため敵対者に対して峻烈を極める。

 ゲリラや抵抗勢力になられては困るため民間人も含めて皆殺しにするのが定石である。

 ただ、日本だと内輪もめであり共通の認識を持っているため民間人を殺す必要はない。

 むしろ統治のために出来るだけ残しておくのが賢かった。

「何にせよ、雪が解ける頃には戦争は終わるだろう」

 普通戦争といえば収穫期を二度越えるものだが、そんなに長時間行うと当然ながら国土がやせ細る。

 誰かが決めたわけではないが、通常だと春が来たら戦争は自然に終結していた。

「そう仰いましても」

 戦争は戦争。

 上の勝手な都合で否応なく巻き込まれる。

 今回も戦争が無ければ餓死者など出なかっただろう。

「まあ、俺達は夢宮財閥の国に住んでいるんだから仕方ないさ。嫌なら出て行くなり自分で国を作るなりすれば良いしな」

「……」

 国か。

 東日本では夢宮を初めとした各財閥が幅を利かせているが、関西地方だと逆に無数の国が乱立している。

 長らく日本の歴史の中枢を担ってきた西日本だけあって様々な思惑が絡まり、夢宮でさえ手を出さない魑魅魍魎の魔窟と化していた。

「お嬢様次第だな」

 俺の今の主は泡沫マリア。

 マリアが故郷を捨てて国を作るというなら微力ながら手伝おう。

 それが鬼人だから。

「まあ、そこはともか――」

 ドオンッ!

 相馬先輩が言葉を紡ごうとした瞬間、近くで爆発音が上がる。

「っ、襲撃だ!」

 途端に戦闘モードへ入る俺と相馬先輩。

「先輩! 私はマリアの元へ向かいます!」

 俺の最優先事項は主の守護のため何を差し置いてもマリアの安否を守らなければならない。

「分かった、しっかりお嬢様を守りきれよ!」

 相馬先輩もその辺りを心得ているのだろう。

 そう言い残した相馬先輩は急いで現場へ急行した。


「マリア!」

「無事よ、康介君」

 泡を食って駆けつけた俺を窘めるようにマリアは余裕を持った態度で応える。

「何かしら爆発があったようだけど。やはり襲撃を受けたの?」

「その辺りは分からない」

 マリアが無事だったことに安堵した俺は気が多少落ち着く。

「ただ、相馬先輩を始めとしたベテラン鬼人が向かったから初期対応は大丈夫だ――」

 ドドオン!

 続けての爆発。

 しかも今回は屋敷に近い。

「っ、マリア! 逃げるぞ!」

 今回の爆発について想定できる件は二つ。

 一つは複数犯による犯行。

 もう一つは単独犯。

 前者ならともかく後者なら不味い。

 少なくとも相馬先輩を屠るだけの力を持った鬼人が襲撃しているということだから。

「いいえ、私は逃げません」

 が、マリアは頑固首を振る。

「な……」

 この態度に俺は内心驚く。

 最悪の事態はマリアが死亡すること。

 次悪は捕えられること。

 この屋敷は良い目印のため少しでも遠くへ逃げようと促すのだが。

「弥生町の長である娘が真っ先に逃げるとはどういう了見ですか。我先に遁走する指導者なんぞに人は付いていきません」

 俺はマリアの瞳を見つめる。

 そこには固い意志が宿っており、テコでも動こうとしないだろう。

「そして私を護る代わりに襲ってきた侵略者を撃退しなさい」

「……」

 主としてそう命令するのなら鬼人である俺は聞かざるを得ないが、それは守るべき内容か懊悩してしまう。

 主による命令は絶対。

 しかし、だからと言って主を危機に晒して良いのだろうか。

 どう返事を返すべきかと俺が苦悶していると。

「私が守りますよー」

 ひょっこり現れたのは星影夢月。

「あらあら、夢月ちゃんじゃない」

 夢月の笑みにつられたのかマリアも笑顔を作る。

「これで百人力ね。だから康介君は急いで向かって頂戴」

「…………ああ」

 何故夢月が登場したのか、といった諸々の疑問が頭に浮かんだが今は詮索している暇はない。

「夢月、後で訳を聞かせてもらうぞ」

 俺のそんな負け惜しみに対して彼女はにっこりと笑いながら。

「はいー、なので康介さんはパパっと倒しちゃってくださいねー」

 小さくバイバイと手を振ってきやがった。


「これで五人目か」

 屋敷、またはその周辺を襲撃していた鬼人達を叩き伏せながら俺は脱力する。

「複数犯で良かったよ」

 相馬先輩が敵わない鬼人だったら肝が冷えたが、幸いにも襲ってきた鬼人は見習いに毛が生えた程度の強さ。

 師匠の元で厳しい訓練を受けてきた俺の敵では無かった。

「やれやれ、時々自分が恐ろしくなるな」

 僅か一年でこの成長。

 自惚れたくなる。

「さて、他の場所でも終わったかな?」

 あれ程まで騒がしかった町が、今ではひっそりとしている。

 相馬先輩を初めとした鬼人達が見事に鎮圧したのだろう。

「さてと、マリアに戦果を報告するか」

 俺はすでに息をしていない鬼人に目をやってそう呟く。

「やれやれ、誰かを殺すことに抵抗を無くすとはな」

 断っておくが俺に人殺しの経験はない。

 なのに何故こうも簡単に息の根を止め、軽口を叩けるのかというと、偏に俺が第二学年になったから。

 限りなく非情な第二学年。

 生命を消すことに躊躇など覚えなかった。

「師匠は褒めてくれるかな。いや、この程度だと出来て当然か」

 師匠のしかめ面を思い出した俺は思わず唇を歪めたその時。

「動くな!」

 緊迫した声が俺の耳朶を打った。

「こいつがどうなっても良いのか!」

 そちらを見ると中年の女性を突き出している鬼人がいた。

「た、助けて」

 その女性は死の恐怖に晒されているせいか顔が引き攣っている。

 年甲斐もなくガタガタと震えていた。

 あのふくよかな体型と高い音程が特徴的な女性といえば。

「確か水原洋子さんだったかな?」

「そ、そうよ。犬神康介君」

 この弥生町は規模が大きくとも閉鎖された村社会のため、ほぼ全員の名前を覚えていた。

「五秒だけ目を瞑ろう」

 手っ取り早く本題に入る。

「その間に水原さんを離してどこぞにでも行け」

 人質を殺すと住人から反感を買うし、かといって要求を呑めば面倒くさいことになる。

 なので俺としては穏便に済まそうとするが。

「ふざけるな! ここまで来て手ぶらで帰れるか!」

「じゃあ命すら捨てて行くか?」

 こう着状態だと向こうがどんどん不利になっていく。

 そう判断しているがゆえの強弁である。

「……」

 案の定、向こうに焦りの色が見え始めた。

 ――第二学年となった今なら水原さんを奪還できるか?

 相手の様子を見ながらそんなことを考えるがすぐに打ち消す。

 物事は有利に方向に進んでいるのだから事を急ぐ必要はない。

 と、俺がそんな楽天的なことを考えていたその時。

鬼魔異羅キマイラ

「っ」

 上空から強大な獅子が降ってきたと錯覚した瞬間、眼前が赤一色へと変貌した。

「ギャァァァァァ!!」

 そして数瞬の後に暴風とも表現できる熱と断末魔に俺は思わず顔を背ける。

 俺は離れていたから熱いと感じるだけで済む。

 だが、鬼人とその人質になっていた水原洋子さんは跡形もなく消し飛んでいた。

「何寝ぼけたこと言ってんのよ」

 目の前に起こった出来事に理解が追い付かず、某然としている俺に向けられるは侮蔑と嘲笑。

「ここは殺すか殺されるかの戦場よ。いくら民間人であろうと味方を損じ敵を利した時点で殺す躊躇をしてはならないわ」

 夢宮学園の第二学年のみが着衣を許される制服に身を包んでいる神崎紅音が空中で俺を見下ろしていた。

「お前は――」

 激昂した俺に神崎は冷ややかな視線を向けて。

「右斜め後ろを見てみなさい」

 神崎に指摘されて振り向いた先には。

「っち!」

 何と俺に標準を定めている鬼人の姿があった。

悪炉血オロチ

 神崎がそう呟くと同時に蛇状の炎が鬼人へと向かい、一瞬遅れて爆発した。

「さて、と」

 地に降りた神崎は一息を吐いた後に問う。

「あんた、もし私が入らなければどうなっていたと思う?」

 聞かれるまでもない。

 いくら格下相手だとしても二対一、不意の攻撃に加えて人質を取られていたら例え第二学年でも苦戦していた。

「眼、覚めた?」

「……」

 己の不明に恥じた俺はうな垂れた。

 が、しかし。

「何故後ろの奴を先に片付けなかっ――いや、何でもない」

 俺は怨嗟を言いかけ、その途中でどれだけ恥知らずなことを口走ろうとしているのかを気付いて止めた。

「へえ、その程度の分別はあったんだ」

 俺を蔑んでいた神崎が鼻で笑い。

「まあ、とにかくひとつ貸しよ。返せるものなら返してちょうだい」

 そんな嫌味を言い放った。

「で、何故神崎がここにいる?」

 自己嫌悪に陥りかけた俺は首を振って思考を切り替え、そして冷徹な声音で問う。

「俺はお前を呼んだ覚えはないが」

 夢月も神崎を呼ぶ話がなかった上に、夢宮学園からこの弥生町までの距離を鑑みると、この時間では不可能である。

「実は私、教官から動向を許可されたの」

 神崎はあっけらかんと真相を話す。

「この近辺を戦場にするにあたって教官から急きょ命じられたのよ」

 戦場に出る機会を与えられたのか、それとも教官から命令を受けたのが嬉しいのか。

 神崎はニコニコと邪気のない笑みを浮かべる、が。

「教官曰く、弥生町を襲った集団に第二学年の存在が疑われる」

 教官を思い起こさせる酷薄な声音で神崎は続ける。

「恐らく弥生町を守る鬼人の数を減らす目的の模様。至急第二学年を特定し、撃滅せしとのこと」

「っ」

 事の大きさに俺は息を呑む。

 鬼人とは防衛と治安の要。

 この数が少なくなると町の安全確保が難しくなり、全ての経済活動が縮小してしまう。

 鬼人も生き物であるが故、喪った鬼人を元の数に戻すだけで年単位という時間がかかった。

「さ、行くわよ犬神君。あんな体たらくを見せたあんたなど消し炭にしてやりたいのだけど、何せ犬神君の動向させることが教官の条件だから我慢するわ」

 俺が戦慄している横で神崎は不機嫌そうに頭をかきむしり、飛び立っていく。

「お、おい待てよ」

 考え事をしていた俺は反応が遅れたので慌てて神崎の後を追った。


 弥生町は町といえど、田舎のため結構領土が広い。

 なので俺と神崎は危険を覚悟で空を飛んで第二学年を捜索していた。

「妙だな」

 町の全容を見渡しながら俺は呟く。

「これだけの被害であっても鬼人の活動が見られない」

 それも敵味方問わず。

 民間人は騒いでいたが、それを抑えるべき鬼人の姿がとこにもなかった。

「もうやられちゃったのかね」

「おい、神崎! 物騒なことを言うな!」

「冗談よ、それぐらい気付きなさい」

「笑えない類の冗談だ」

 戦闘部隊はおろか、治安部隊の鬼人も全滅。

 そんな事態になった弥生町の未来など考えたくもなかった。

「ちょっと待て」

 何かに気付いた俺は神崎に制止を促す。

「ん? 何か見つけた?」

 神崎がそう聞くが俺は無視して神経を研ぎ澄ます。

 この気配――相馬先輩だ。

 安心したのもつかの間、相馬先輩の気が不安定になっている。

 これは相当苦戦しているらしい。

 あの相馬先輩を追い詰める程の実力を持った鬼人といえば。

「第二学年を見つけた」

「ホント!?」

 普通の鬼人では考えにくかった。

「あの第二学年は何者なんだ?」

 相馬先輩の気配を感じ取れたが、相対している第二学年の気配が掴めない。

「っ、鬼人をターゲットには本当だったか」

 己の気を極限にまで抑えて戦う輩は大抵が暗殺系。

 神崎の情報が正しかったことを証明した。

「不味い……行くぞ、神崎!」

「言われなくとも分かっているわよ」

 こうしている間にも危機的状況で踏ん張っている相馬先輩のため、俺は急いでその場へ急行した。


「犬神君」

「うん?」

 飛行中、神崎が俺に向かって叫ぶ。

「あんたは何もする必要はないわ。邪魔にならないよう相馬とやらを救いだしておきなさい」

 そう強く言い放つ神崎の目的は二つあるのだろう。

 一つは他国の鬼人と戦うのはこれが初めてなので邪魔されたくないこと。

 もう一つは戦場で情を見せた俺に対する不信感。

「……分かった」

 前者はともかく後者は事実なので俺は抗弁することが出来ない。

 ゆえに俺は了解した。

「へえ……」

 そうこうしている内に現場へと辿り着いた神崎は感嘆の声を上げる。

 この周りは民家が立ち並んでいたのだろうが、激しい戦闘によって半径五十m以内の建造物は全て原形を留めていなかった。

 唯一の救いはこの戦闘に巻き込まれた住民がいないことだった。

「素晴らしい強さね」

 対峙しているのはボロボロの相馬先輩と仮面を被った鬼人。

「無傷だと……?」

 俺が戦慄しているのは、仮面の鬼人は相馬先輩の一太刀すら許していないことである。

 相馬先輩も第二学年。

 第一学年と第二学年とならともかく、同じ第二学年なら一方的ということはあり得なかった。

得喜怒奈エキドナ

 俺の考察を横に神崎は二人もろとも炎を仕掛ける。

 二人とも不意を突かれたはずだが、そこはベテラン同士。

 反射的に避難し、ポッカリと中央に穴が空いた。

「中々面白そうに戦っているじゃない」

 その中央に降り立った神崎は仮面の鬼人の方を向いて笑う。

「その強さ、私にも見せてくれるとありがたいのだけど」

 神崎の挑発に仮面の鬼人はどう思っているのだろうか。

 生憎と仮面のせいで表情が分からない。

「大丈夫ですか?」

 その隙に俺は相馬先輩の隣に降り立って抱える。

「さあ、早く安全な場所に移動しましょう」

 一人相対している神崎が心配だが、あいつならすぐにやられないだろう。

 早い所相馬先輩を遠い所へ移して神崎のサポートをしたい。

「……犬神よ」

 相馬先輩は傷が痛むのか顔をしかめながら口を動かす。

「一刻も早くあの鬼人のサポートに向かえ、何故ならあの仮面の鬼人は――」

「え?」

 相馬先輩から告げられた事実に俺は硬直する。

 ドオン!

 と、同時に大地を揺るがす爆発音。

 神崎は炎を出現させるが爆発はさせない。

 ならばあの爆発音は誰がやったのかすぐに分かる。

「っ、失礼します」

 火急の事態だと判断した俺は相馬先輩を置いて振り返る。

 するとそこには己の腕を抑えている神崎の姿が。

「暗影」

 俺は変化させた気を己に纏わりつかす。

 そして脚に力を込めて一気に解放し、跳躍する。

 その勢いのまま俺は奴の脇腹を蹴り飛ばした。

 俺の気の効果ゆえだろう。

 仮面の鬼人は全く無警戒な状態で俺の一撃をくらい、向こうへと吹っ飛んでいった。

「借りを返したつも――」

 血反吐を吐いた神崎はそう強弁してくるが。

「今はそんなことをどうでも良い」

 俺は血相を変えて神崎の話を遮る。

「第三学年だ!!」

「っ」

 その単語の意味を理解したのだろう。

 珍しく神崎が息を呑む。

「あいつは第三学年! 俺達がどうにかなる相手じゃない」

 第三学年。

 俺達第二学年より上の存在。

 第一学年が第二学年に敵わない様に、第二学年が第三学年に敵うことはなかった。


 第三学年。

 それは鬼人における最高位。

 最も鬼人の質が高いとされる夢宮家でも十人もいない。

 文字通り最強である。

「フフフ……アーッハッハッハッハ!」

 が神崎は予想に反して高笑いする。

「第三学年! まさかそんな大物に出会えるとは夢にも思わなかったわ!」

 戦闘狂の神崎は強者と出会えたことに興奮しているようだ。

 負傷されたことなどとうに忘れていた。

「だから神崎、俺達は逃げるぞ」

「何で逃げるの?」

 神崎は心底分からないという風に首を傾げる。

「滅多にお目にかかれない第三学年よ。ここで逃げたら一生後悔するわ」

「死んで後悔するよりマシだろうが」

 俺はそう苦言を呈するが神崎は聞いちゃいない。

 仁王立ちにして瞳を爛々と輝かせている。

「はあ……」

 こうなった神崎を動かす人物など教官以外いないと判断した俺は諦めのため息を吐く。

「暗影」

 そして俺は黒い気をまた生み出した。

「へえ、それが第二学年となった犬神君の属性か」

「そうだ、俺の属性は“闇”だ」

 闇。

 万物を覆い隠し、忘却の彼方へ追いやる概念。

 その闇から作られた“暗影”を身に纏うと、纏った者の気を外部に漏らさなくなる。

「攻撃動作が大きく、読まれ易い神崎にはピッタリだ」

 焼け石に水程度だが、これで避けられたりカウンターを喰らう確率は低くなる。

「数秒でも良い。とにかく奴の気を逸らさせてくれ」

 その隙に俺は奴に一撃を叩き込む。

「了解したわ。けど、私が倒しちゃっても良いのよね?」

「……出来るものならやってみろ」

 神崎の傲慢な発言に俺はある種の感嘆を覚えた。


「さあさあ、お待たせしたわね」

 神崎はゆっくりとした歩みで近づいてくる鬼人にそう断りを入れる。

 犬神の一撃で仮面が外れたのだろう。

 その素肌が露わとなっていた。

「素晴らしいわね」

 神崎はそう褒め称えるが、一般感覚からすると相当ずれている。

 第三学年である仮面の鬼人の姿形はもう人間でない。

「地獄の番犬――ケルベロスと言ったところかしら?」

 犬の顔。

 厚手の衣服に覆われているから確認できないが、その中身も真っ黒な体毛で覆われていることだろう。

「ガアアアアア!!」

 これが第三学年。

 人を捨てて知能も最低限まで失い、見返りとして強力無比な力を手に入れた鬼人の異名だった。


「……」

 鬼人は以前と違い、突如襲いかかったりせずに神崎の様子を見ている。

(多分犬神君の“暗影”の効果ね)

 気配を全く漏らさないため隙を見つけることが出来ない。

 野生動物が持つ勘が働かないゆえに躊躇しているようだった。

「癪だけど後で感謝ぐらいしておこうかし、ら!」

 神崎は両足に力を込めて鬼人向かって飛び出す。

 暗影によって神崎の体が隠れているため、鬼人の不意をついた格好となった。

賭火化トカゲ

 相手の体内に深く手刀を叩きこむと同時に炎を発生させる。

 上手く言ったとほくそ笑んだ神崎だが。

「……同族相手は効果が薄かったわね」

 同じ炎属性のためあまり効いていなかった。

 同時に神崎は痛恨のミスを犯したことに気付く。

 何と深く差しこんだ手刀が筋肉にガッチリと挟まってしまっていた。

「まず……」

 そう呆気に取られると同時に神崎の眼前に巨大な拳が襲って――。

「馬鹿が」

 それより先に一閃が走って鬼人の腕を飛ばした。

 切断された激痛によって見境を無くす鬼人。

 その間に神崎は距離を取ることが出来た。

 鬼人からは見えない位置に立つ犬神。

 神崎は罰が悪そうな表情を作るが、意外にも犬神の目に責める色はなかった。

 むしろ後悔する暇があるのなら早く攻めろと急かす。

「っ、言われなくとも」

 恥と興奮が入り混じった表情で神崎はまたも鬼人に突っ込む。

 野獣化した鬼人の腕力は想像を絶し、さらに時折爆炎が神崎を襲う。

 それに加えて神崎は一度負けている。

「アハハ」

 だが、そんな負の条件が重なっても神崎は臆せず、むしろ喜々として立ち向かう。

 その理由は三つある。

 一つが向こうは気配が分からない恐怖に躊躇が混じり、攻撃に精彩がないこと。

 もう一つは本当にヤバければ犬神がヘルプに入ること。

 そして何より、鬼人としての本能が強者と戦うことに喜びを覚えていた。

「一人で戦うつもりかよ」

 犬神の呆れも聞き流して神崎は死合を行う。

 薙ぎ払い、頭を振ってかわす。

 爆炎、同じ炎で相殺。

 突進、華麗に避けてカウンター。

 読み違い、死を感じるが犬神に助けられる。

「楽しいわね」

 隻腕とはいえ常識外の膂力を持つ第三学年の攻撃を掻い潜りながらポツリと漏らす。

 双方の攻撃によってお互いが傷まみれ。

 神崎も肩で大きく息をしている。

「これほどの血湧き肉躍ったのは何時以来かしら?」

 神崎の相貌はギラギラと光り、見る者全てを委縮させる笑みを浮かべていた。

 神崎からすればこの戦いが永遠に続けば良い。

 だが、そんなことなどありえない。

「暗影が切れてきたわね」

 神崎の気配が漏れて始めているのか、徐々に鬼人が押してきた。

「だからそろそろお終い」

 神崎は名残惜しそうに呟く。

「一応聞いておくけど名前と言い残したいことがあるのなら言いなさい」

 神崎は冗談半分でそう問うと、第三学年の鬼人は動きを止めて口をパクパクと動かし始める。

「かみしげ……こうき。み、みかぐらさま……ば……ばんざい……」

「へえ、見事な忠誠心ね。上重高貴」

 突然人語を話し始めた鬼人に神崎は眼を開いたが、すぐに満足そうな表情で頷く。

「神崎紅音よ」

 敬意として神崎は己の名を名乗る。

「夢宮学園第二学年、神崎紅音。その名を冥府に行っても大事に抱えておきなさい」

 そう言葉をかけた神崎は一歩引き、突きの構えを取る。

火愚頭血カグヅチ

 この鬼人には炎に対する耐性がある。

 だが、神崎の炎はそれをも凌駕し、一片の欠片すら残さず消し炭と化した。

「安らかに眠りなさい」

 神崎はそう黙とうを捧げる。

「やれやれ、俺の出番は結局無しか」

「まさか私の決定的瞬間を見ていなかったとか言わないわね?」

 神崎のそんな軽口に犬神は肩を竦めて遠方に視線をやる。

「あら?」

「第三学年の監視者を始末していた」

「……それは悪かったわね」

 犬神の視線の先には大弓を携えた鬼人が血に伏していた。

「別に良い。神崎は前の敵を倒すことに全力を注ぐことが正しかった」

 目の前の敵に捕らわれて周りが疎かになる。

 犬神と同じミスを犯したことに気付いた神崎は顔を顰めるも、犬神は素っ気なくそう答えた。


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