エピローグ
人生は、別れの連続らしい。
大都会東京において、別れというのはなにも珍しいことではない。
たった今、駅で別れた男女は、もしかしたら二度と会うことはないのかもしれない。
たった今、再会を分かつ彼らは、もしかしたら20年振りの再会で、そしてこれをもってこれからの人生、もう出会うことはないのかもしれない。
もっと広く範囲を広げるなら、駅ですれ違う人とは、きっともう二度と出会うことがないのだから、別れというのは、人生にはとにかく溢れているのだ。
大都会東京を、ただ歩く。
鼻歌が口を出る。
言いようもなく明るい歌が、誰の耳にも届くことはなく、排気ガスとドアの開いたパチンコ屋に混ざっていった。
どうしようもなく、悲しい景色だと思った。
隅田川沿いを歩いていると、太陽とはつまりビルの反射だ。
ビルに、川の水面に反射した光が、私にとっては太陽となる。
階段に座って、パソコンを開く人、走る人、犬の散歩をしてる人、有り体な表現をするなら、自分の人生というのはちっぽけで、他となにも変わらないのだと、そう錯覚してしまう。
昨日までは、あんなに特別だったのに。
適当な買い物を済ませて、家へ帰る。
洗面台には、2本の歯ブラシがある。
自分では使わない、上等な櫛がある。
木彫りの置物は、きっと始末に困るだろう。
やけに凝った彫刻の反射を塞ぐように、格安の観葉植物が鎮座している。
2人分の椅子の、どちらかに座ろうかの自由に、私は揺れている。
この部屋には、不自然な隙間がある。
たった昨日まで、そこにいた彼女の、その証が、この部屋にはまだ、いくつも眠っている。




