5. 夜の執務室で +アルフレッド視点SS
街から帰宅後の夜更け、セシルは眠りにつくことができず、一人執務室に向かった。
隣国で出版された小説を読む際に、わからない単語があったら執務室にある辞書が役立つだろうと思ったからだ。
執務室に向かうと扉がわずかに開き、暖かな光が廊下に漏れていた。
恐る恐る覗き込むと、デスクのランプに照らされたアルフレッドが一人で書類に向き合っている姿が見えた。
まさかアルフレッドがいると思わず、びっくりして壁の死角に隠れた。このまま自室に戻ろうとも考えたが、今日街に出かけたことで彼の仕事が遅れているのだとしたら申し訳ないと思い、セシルは意を決して、扉を軽く叩きアルフレッドに声をかけた。
「あ…アル、今入っていいかしら?」
「せ、セシル…?どうしたの、こんな時間に……忘れ物…?」
アルフレッドもまさかセシルが来るとは思っていなかったらしく、素で驚いた声を上げる。セシルは恥ずかしさに身を縮めながら、おずおずと室内へ足を踏み入れた。
(あ…そういえば今私ってナイトドレスだったわ…こんな格好で大丈夫かしら)
「こんな格好でごめんね…なかなか寝付けなくてここで本を読もうと思っていたの。でもアルが仕事をしている様子を見て、私に手伝えることがあればと思ったのだけれど…」
セシルは生地の柔らかいゆったりとしたナイトドレスに髪を下ろしている。普段のきっちりとした装いとはまるで違う無防備な彼女にアルフレッドは思わず顔を背けてしまった。
「べ、別に気にしないで…仕事は…よければ、隣で書類の確認を手伝ってもらえないだろうか」
そう言うと、アルフレッドは自席のすぐ隣にセシル用の椅子を移動させた。
セシルは自分で仕事を手伝えないか提案したとはいえ、まさか隣に行くとは思っておらず、鼓動が一気に跳ね上がる。
アルフレッドの隣に腰掛け、差し出された書類に目を通す。ゆったりと肩に垂れていた髪を耳へかけると、ふわりとセシルの甘い花の香りがその場に広がった。
書類を追っていたアルフレッドの指先がピタリと止まる。彼は耐えかねたように、セシルの横顔を熱い視線で見つめた。
「セシル……今日の高台での話の、続きなんだけど……」
唐突に昼間の続きを迫られ、セシルは焦って胸元を押さえた。
「あっ…!あれは…街の人が思い出話をするたびに、昔知っていたアルとの思い出がかき消されてしまいそうでさみしくて…私はここに来てまだ数日しか経ってなくて、大人になったアルとの思い出が少ないのが寂しくて…」
セシルは顔を真っ赤にしながら、一生懸命に言葉を紡ぐ。
「……みんなが知っている、あなたのカッコいいところも、頼もしいところも、私は何も知らなくて……それが悔しかったの。昔のアルだけじゃなくて……今のアルのことも、もっと知りたいって……気づいちゃったの……っ」
アルフレッドの瞳が燃えるように揺れる。
「それは…どういうこと…?」
アルフレッドが余裕なくセシルに尋ねる。返事に窮するセシルに詰め寄るように、アルフレッドがぐっと顔を近づけてくる。彼の息遣いが肌に触れる距離まで追い詰められ、息が詰まり、頭が真っ白になりになってしまう。
重苦しいほどの沈黙のあと、セシルは真っ赤になった顔を伏せ、消え入るような小声で呟いた。
「……今のあなたを好きになっちゃったみたい…だから寂しくて、もっといっぱいあなたのことを知りたいの…」
その言葉が聞こえた瞬間、アルフレッドの理性のタガが完全に弾け飛んだ。
「っ……!」
アルフレッドがセシルの身体を引き寄せ、彼女の唇へ荒々しく熱い口づけを落とした。
セシルは突然のことで顔を背けようとするがアルフレッドの手がセシルの頭を優しく、けれど力強く包みこみ、逃げるセシルの唇を離さない。角度を変えて何度も深く甘くとろける口づけが続けられた。
かつて手の甲に落とされた優しく礼儀正しい挨拶とはまるで違う、溜め込んできた愛しさと欲望を解き放つような、甘く激しい重厚な口づけ 。
セシルが息を呑む暇さえ与えず、貪るようにさらに唇を重ねる。
「アル……っ、ふぁ……っ」
あまりのアルフレッドの熱烈な情熱に、セシルは彼のシャツの胸元をぎゅっと掴んですがるしかできなかった。
ようやく少しだけ唇が離れると、アルフレッドは余裕をなくした荒い呼吸のまま、セシルに視線を落とす。彼女はうっすらと涙を浮かべ、乱れた息を整えながら必死に彼を見つめ返していた。
「今の僕も好きだなんて……そんなこと言われたら、もう二度と君を放してあげられない……!」
「アル……っ」
アルフレッドはセシルの細い腰をしっかりと抱き寄せると、そのまま抱き上げるようにして自身の太ももの上に彼女を座らせた。
「後悔しても遅いよ、セシル。……絶対に、もう離さないから」
囁くような彼の言葉とともに、再び深いキスがセシルの呼吸を奪っていく。
静まり返った夜の執務室で、二人は離れ離れになった後の思い出を埋めるように何度も何度も唇を重ね直すのだった。
◇
(アルフレッドの幼少期~セシルに出会うまでのSSです)
僕、アルフレッド・リンドールは六歳になるまで王都で暮らしていた。父がオルコット伯爵と懇意にしていた縁で、僕も幼い頃からセシルと互いの屋敷を行き来して遊ぶ間柄だった。
けれど、そんな穏やかな日々はある夜、唐突に打ち砕かれた。 リンドール家に強盗が押し入り、屋敷の者を次々と襲って火を放ったのだ。僕は使用人に抱えられ、腕に深い傷を負いながらもなんとか炎の中から脱出し、オルコット家に逃げ込んで匿われた。 残念ながら助かったのは僕と僕を連れ出した使用人のみで、愛する家族や他の使用人は帰らぬ人となった。
一夜にして家族を失った悲しみと、腕を焼くような強烈な痛み。僕は数日間、高熱にうなされ続けた。 絶望の底にいた僕を救ってくれたのは、オルコット家の献身的な看病と、毎日部屋を訪れてくれたセシルの存在だった。 セシルは泣きじゃくる僕の手を不安そうに握り締め、「大丈夫よ、アル」と何度も励ましてくれた。本を持ってきては傍で読んで聞かせてくれ、そのあたたかな優しさに触れるたび、僕の心は救われていった。いつしか僕は、彼女に淡くも深い恋心を抱くようになっていた。
身体が動くようになると、セシルと庭園や近くの森で遊んだ。数週間ベッドの上で生活していたため、思うように身体が動かせず、転んで泣いてしまうことも多かったが、その度に彼女が優しく寄り添ってくれた。
セシルの七歳の誕生日に、僕はオルコット家の庭園に咲いていた花を譲り受け、彼女に栞を作って贈ることにした。 本で調べた通り、上質な紙の上に乾燥させた花を乗せ、融かした蜜蝋を丁寧に重ね塗りしていく。不自由な手で何度も失敗しながら作った栞は、まるでガラスで密閉されたようにキラキラと輝いていた。紙の端には僕らのプレゼントだとわかるように小さく名前を書いておいた。
手渡すと、セシルは花が咲いたような笑顔で心から喜んでくれた。
(――ああ、この笑顔を一生守りたい。ずっと隣で見ていたい)
事件から1年経とうとしていたある日、叔父にあたるグランヴィル伯爵がオルコット家を訪れ、子供のいない自分の養子として僕を引き取りたいと申し出てきたのだ。 大人たちの都合により、僕はセシルにきちんとしたお別れの挨拶すら許されず、逃げるようにオルコット家を去ることになってしまった。
遠ざかるオルコット邸を馬車の窓から見つめながら、僕は小さく溢れ出る涙を拭った。
(待っていて、セシル。僕が大人になって、君を守れる力をつけたら……絶対に君を迎えに行くから)
グランヴィル伯爵家へ向かう馬車の中で、僕は固く心に誓ったのだった。
◇
伯爵邸についてから、当主の座を継ぐための過酷な教育とマナーに追われる日々が始まった。
叔父からは他家との政略結婚の打診があったが、「当主としての基盤が固まるまでは」「今は家門の立て直しが最優先です」と適当な理由をつけては冷ややかに交わし続けた。叔父が亡くなり当主となった瞬間、真っ先に王都へ赴いてセシルの影を追ったのだ。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
二作目作品の短編連載投稿となります。
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