第17話 地球に現れた異形
黒い亀裂は、私の部屋の中央でゆっくりと広がっていた。
まるで空間そのものが腐敗していくように、何も存在しないはずの場所に黒い染みが滲み出し、それが徐々に形を持った亀裂へと変わっていく。その裂け目の向こう側には、こちら側とは異なる暗闇が広がっており、ただの夜とは明らかに違う、光そのものを拒絶するような不気味な黒が、私のいる部屋へ向かって押し寄せていた。
私は妖刀村正を握りしめたまま、その光景をじっと見つめていた。
さっきまで私は、自宅のリビングでコンビニのおにぎりを食べていたはずだった。
鮭おにぎりを食べて、ツナマヨを食べて、明太子を食べて、久しぶりの日本の味に感動しながら、ソファーに座ってスマートフォンを眺めていた。
たったそれだけのことだった。
異世界から地球へ戻ってきた私が、久しぶりに日本の日常を満喫していただけだった。
それなのに。
どうして。
「……どうしてこうなったのよ」
私は思わず呟いた。
もちろん、答えてくれる人はいない。
いや。
一人だけいる。
「燈由」
私のすぐ後ろから、天照大神の穏やかな声が聞こえた。
「この程度の侵入であれば、私が防ぐこともできます」
「……この程度?」
私は思わず振り返った。
天照大神は、先ほどからほとんど表情を変えていなかった。
まるで、目の前で世界そのものが崩壊しかけているという事実など、些細な出来事に過ぎないとでもいうように、彼女は落ち着いた様子で私を見つめている。
その姿を見ていると、私は改めて理解してしまう。
この人は神なのだ。
しかも地球という上位世界を管理する神。
私がウォーズの世界で出会ったユーノーとは、明らかに格が違う。
いや。
比較すること自体が間違っているのかもしれない。
ユーノーは、私を誤召喚した駄女神だった。
そして天照大神は、地球を管理する存在。
同じ神という名前で呼ばれていても、その役割も権限も、何もかもが違うのだろう。
「この程度って言うけど」
私は黒い亀裂を指差した。
「これ、私の部屋なんだけど」
「ええ」
「私の家なんだけど」
「ええ」
「つまり、壊されたら困るんだけど」
「……」
天照大神が、ほんの少しだけ目を細めた。
「そこを気にするのですね」
「気にするわよ!」
私は思わず叫んだ。
「だって、ここ私の家よ!? 異世界なら多少壊れても魔法でどうにかできるけど、地球の家なんて簡単に直せないでしょう! 壁が壊れたら修理業者を呼ばなきゃいけないし、床が壊れたら大変だし、そもそも賃貸だったら修繕費が……」
「燈由」
「何よ」
「あなたは」
天照大神は、静かな笑みを浮かべた。
「本当に変わりませんね」
「……」
私は。
その言葉に。
ほんの少しだけ。
胸が痛くなった。
「……変わらない?」
「ええ」
「私のことを、昔から知っているみたいに言うけど」
「知っていますよ」
「……」
私は村正を握ったまま、天照大神を見た。
「私が昔、何をしていたの?」
「それは」
天照大神が言葉を止めた。
その瞬間。
黒い亀裂の向こう側から、何かがこちらへ這い出してきた。
私は反射的に村正を振るった。
空気が裂ける。
刃が黒い何かを切り裂いた。
しかし。
「……え?」
切ったはずの存在が、消えない。
むしろ。
切断された身体が、黒い霧となって分裂し、私の周囲へ散らばっていく。
「面倒!」
私は一歩後ろへ飛び退いた。
次の瞬間。
黒い霧が一斉に集まり、人の形を取った。
それは。
人間に似ていた。
しかし、人間ではない。
顔がない。
目も鼻も口も存在しない。
ただ黒い身体だけが、人間のような姿を形作っている。
その身体には、ところどころ赤い亀裂が走っていた。
「……これ」
私は。
その姿を見た瞬間。
理解した。
「世界崩壊因子」
「ええ」
天照大神が答えた。
「あなたがウォーズで遭遇したものと同じ存在です」
「……」
私は村正を構え直した。
「なんで地球まで来るのよ」
「それは」
天照大神が答える前に。
黒い存在が動いた。
速い。
だが。
私の方が速い。
私は床を蹴った。
瞬間的に距離を詰める。
忍者スキル。
隠密MAX。
速度一万二千九百八十二。
そして。
レベル九十九。
地球の人間からすれば、目にも止まらない速度だろう。
けれど。
私の目には。
敵の動きが。
はっきり見えていた。
私は村正を横薙ぎに振るった。
黒い身体が両断される。
しかし。
またしても。
消えない。
「……本当に厄介ね!」
私は後ろへ飛び退いた。
その瞬間。
黒い腕が。
私のいた場所を薙ぎ払った。
壁が。
消えた。
「……」
私は。
絶句した。
壁が壊れたのではない。
削られたのでもない。
その部分だけ。
存在そのものが。
消滅している。
「……」
私は。
無言で。
壁を見る。
「……」
そして。
ゆっくりと。
黒い異形を見る。
「……あの」
「はい」
「天照大神」
「何でしょう」
「これ」
「ええ」
「絶対に修理費請求するからね」
「……」
天照大神が黙った。
「私に言われても困ります」
「神様でしょう!?」
「地球の建造物の管理は、私の管轄ではありません」
「地球の神なのに!?」
「世界そのものの管理と、住宅の修繕は別問題です」
「……」
私は。
思わず。
頭を抱えた。
「何なのよ、もう……」
異世界から帰ってきた。
久しぶりに自宅へ戻った。
コンビニのおにぎりを食べた。
そして。
自宅の壁を消された。
「……」
私は。
静かに。
村正を構えた。
「分かった」
私は。
黒い異形を見る。
「もういい」
魔力が。
身体の奥から。
湧き上がる。
「家を壊した責任」
私は。
ゆっくりと。
村正を。
振り上げた。
「取ってもらうからね」
次の瞬間。
私は。
姿を消した。
隠密MAX。
完全な気配遮断。
黒い異形が私を見失う。
私は。
その背後へ。
回り込んだ。
そして。
村正を。
振り下ろす。
「――斬撃」
黒い身体が。
今度こそ。
完全に。
消滅した。
しかし。
その瞬間。
私は。
違和感を覚えた。
「……」
おかしい。
あまりにも。
簡単すぎる。
私は。
動きを止めた。
そして。
周囲を。
見渡した。
「……」
静かだ。
黒い亀裂は。
まだ。
残っている。
そして。
その奥から。
何かが。
こちらを。
見ている。
「……」
私は。
村正を。
握り直した。
すると。
亀裂の向こうから。
声が。
聞こえた。
『――そうか』
「……」
私は。
動きを。
止めた。
『やはり』
声。
男なのか。
女なのか。
分からない。
人間の声に似ている。
しかし。
人間ではない。
『お前は』
「……」
『記憶を失っている』
「……」
私は。
息を呑んだ。
『ならば』
黒い亀裂が。
大きく。
開いた。
『まだ』
その向こう側に。
巨大な。
目が。
現れる。
『完全ではない』
「……」
私は。
その目を。
見つめた。
そして。
私は。
気付いた。
この存在は。
私を。
殺すつもりではない。
私を。
探している。
「……あなた」
私は。
問いかけた。
「私のことを知っているの?」
『知っている』
「私が何者なのかも?」
『知っている』
「なら」
私は。
一歩。
前へ。
進んだ。
「教えてよ」
『……』
「私は何者?」
『……』
「どうして私を知ってるの?」
『……』
「どうして私の記憶がないの?」
沈黙。
そして。
声が。
響いた。
『お前が』
「……」
『自分で消したからだ』
「……」
私は。
言葉を失った。
「……私が?」
『そうだ』
「私が、自分で?」
『そうだ』
私は。
頭の中が。
真っ白になった。
自分で。
記憶を消した。
そんな馬鹿な。
私は。
何も覚えていない。
普通のOLだった。
私は。
ずっと。
そう思っていた。
けれど。
もし。
それが。
嘘だったとしたら。
「……」
私は。
ゆっくり。
天照大神を見た。
「……本当なの?」
天照大神は。
答えなかった。
「天照大神」
「……」
「本当なの?」
私は。
もう一度。
問いかけた。
「私が」
「……」
「自分で記憶を消したって」
「……ええ」
天照大神が。
静かに。
頷いた。
「本当です」
「……」
私は。
目を閉じた。
「……何で」
声が。
震える。
「何でそんなことしたの?」
「……」
「私は何を忘れたの?」
「燈由」
「何をしたの?」
「……」
「私は」
私は。
村正を。
強く。
握った。
「何をしたのよ!」
その瞬間。
私の頭の中で。
何かが。
弾けた。
――光。
白い。
光。
そして。
誰かの。
声。
『燈由』
「……」
私は。
息を。
止めた。
『あなたは』
誰かが。
私を。
呼んでいる。
『これから』
景色。
知らない場所。
巨大な。
世界樹。
その下に。
一人の。
少女。
私は。
その少女を。
知っている。
でも。
誰なのか。
思い出せない。
『あなたは』
少女が。
泣いている。
『私たちを』
その声。
聞いたことがある。
『置いていくの?』
「……」
私は。
頭を。
押さえた。
「……痛い」
頭が。
割れそうだった。
「燈由!」
天照大神の声。
私は。
膝を。
ついた。
そして。
その瞬間。
視界が。
真っ暗になった。
――――――――――
私は。
見ていた。
知らない世界。
知らない人々。
そして。
私自身。
今の私とは。
違う姿。
私は。
巨大な。
祭壇の前に。
立っていた。
その手には。
一本の。
剣。
いや。
剣ではない。
世界そのもの。
巨大な。
光の塊。
私は。
それを。
握っていた。
『燈由』
また。
声。
『これが最後だ』
「……」
私は。
夢の中で。
その人物を。
見ていた。
顔は。
見えない。
けれど。
声は。
聞こえる。
『お前が』
「……」
『世界を選ぶのか』
「……」
『それとも』
私が。
何かを。
選んでいる。
『自分を選ぶのか』
「……」
そして。
私は。
答えていた。
『私は――』
「……」
そこで。
視界が。
途切れた。
私は。
目を開けた。
「……」
自宅。
私の。
部屋。
私は。
床に。
座り込んでいた。
天照大神が。
すぐそばに。
いる。
「……」
私は。
ゆっくり。
立ち上がった。
「今の」
「……」
「何?」
「記憶です」
「……」
私は。
天照大神を。
見た。
「私の?」
「ええ」
「……」
私は。
手を。
見た。
震えている。
「私は」
私は。
小さな声で。
呟いた。
「何を選んだの?」
「……」
「世界?」
「……」
「それとも」
私は。
天照大神を見る。
「自分?」
天照大神は。
答えなかった。
「……」
その沈黙が。
答えだった。
「……」
私は。
ゆっくり。
立ち上がった。
その時。
黒い亀裂の向こうから。
再び。
声が。
響いた。
『思い出したか』
「……」
私は。
黒い亀裂を見る。
「まだ」
『……』
「まだ全部じゃない」
私は。
村正を。
構えた。
「でも」
私は。
笑った。
「少しだけ」
そして。
黒い亀裂を。
睨む。
「あなたのことを」
「……」
「もっと知りたくなった」
黒い目が。
ゆっくりと。
細くなる。
『ならば』
その声が。
響いた。
『来い』
「……」
『ウォーズの世界へ』
「……」
『そこに』
亀裂が。
さらに。
広がる。
『お前が失ったものがある』
「……」
『お前が』
声が。
低くなる。
『自ら封じた』
そして。
『最後の記憶が』
亀裂の向こう側に。
巨大な。
何かが。
浮かび上がった。
『そこにある』
「……」
私は。
黙って。
それを。
見つめた。
そして。
ふと。
思った。
私は。
地球へ戻ってきた。
目的は。
ただ一つ。
日本で。
普通の生活を。
すること。
コンビニへ行って。
おにぎりを買って。
スマートフォンを触って。
自宅で。
ゆっくり過ごす。
そんな。
普通の生活。
けれど。
私は。
もう。
気付いてしまった。
私は。
普通ではない。
少なくとも。
ただのOLではない。
そして。
ウォーズの世界には。
私の過去がある。
私自身が。
封印した記憶がある。
なら。
行くしかない。
私は。
天照大神を見る。
「……ねえ」
「はい」
「私がウォーズへ戻ったら」
「……」
「地球には」
「ええ」
「帰ってこられる?」
「もちろんです」
「本当に?」
「あなたには、世界間移動の権限があります」
天照大神は。
微笑んだ。
「あなたは、もう一つの世界の住人でもありますから」
「……」
私は。
少しだけ。
考えた。
そして。
スマートフォンを見る。
時計。
まだ。
地球へ戻ってきてから。
数時間しか。
経っていない。
「……」
私は。
ため息を。
吐いた。
「せっかく帰ってきたのに」
「……」
「もう戻ることになるのね」
「……」
「でも」
私は。
スマートフォンを。
ポケットへ。
入れた。
「今度は」
私は。
笑った。
「ちゃんと準備してから行く」
「準備?」
「うん」
私は。
指を。
一本。
立てた。
「まず、地球で必要なものを買う」
「……」
「スマホの充電器」
「……」
「モバイルバッテリー」
「……」
「保存食」
「……」
「調味料」
「……」
「洗剤」
「……」
「シャンプー」
「……」
「歯ブラシ」
「……」
天照大神が。
何とも言えない。
顔を。
した。
「……」
「何よ」
「いえ」
「何か言いたそうだけど」
「あなたは、異世界へ戦いに戻るのですよね?」
「うん」
「それで」
「うん」
「なぜ生活用品を大量に買うのでしょう」
「必要だからよ」
「……」
「異世界生活を舐めないで」
私は。
真剣な顔で。
答えた。
「魔王城に住んでいたって、歯磨きはするのよ」
「……」
「シャンプーだって使うし、洗剤だって必要だし、調味料も必要」
「……」
「あと、コンビニスイーツも持っていく」
「……」
天照大神が。
とうとう。
小さく笑った。
「ふふっ」
「何よ」
「いえ」
天照大神は。
穏やかに。
私を見る。
「やはり、あなたは燈由ですね」
「……」
「どれほど大きな運命を背負っていても」
「……」
「どれほど世界の命運を左右する力を持っていても」
「……」
「あなたは、あなた自身の生活を捨てない」
私は。
少しだけ。
黙った。
「……それが」
私は。
静かに。
答えた。
「私だから」
私は。
そう言って。
笑った。
「私は勇者じゃない」
魔族。
忍者。
レベル九十九。
世界管理者。
そんな肩書きが。
いくつ増えたとしても。
「聖女でもない」
私は。
ただの。
秋月燈由。
「私は」
地球で。
普通に暮らしていた。
普通の。
OLだった。
「だから」
私は。
黒い亀裂を。
見つめる。
「私は」
村正を。
鞘へ。
収めた。
「私のやり方で」
そして。
笑った。
「この世界を守る」
黒い亀裂が。
揺れた。
その向こうにいた存在が。
何かを感じ取ったように。
わずかに。
後退する。
私は。
それを見て。
確信した。
あの存在は。
私を恐れている。
私の力を。
ではない。
私自身を。
「……」
私は。
右手を。
前へ。
伸ばした。
そして。
ステータス画面を。
開く。
――――――――――
【ボーナスポイント】
残り:1169000pt
【女神チケット】
所持:1
【スキル】
現実化:未取得
――――――――――
私は。
その画面を。
じっと見つめた。
「……」
そして。
指を。
伸ばした。
【現実化】
――取得。
その文字を。
押す。
瞬間。
世界が。
揺れた。
「……!」
地球。
ウォーズ。
二つの世界。
その境界が。
大きく。
震えた。
私の身体に。
何かが。
流れ込んでくる。
魔力。
知識。
権限。
そして。
新しい。
力。
私は。
その瞬間。
理解した。
現実化。
それは。
ただ。
ゲームのアイテムを。
現実へ。
持ち込むだけの。
スキルではない。
このスキルは。
もっと。
危険だ。
もっと。
恐ろしい。
この世界に。
存在しないものを。
存在させる。
概念すら。
現実にする。
つまり。
私は。
今。
世界の法則そのものに。
干渉できる。
「……」
私は。
自分の手を。
見た。
「……」
そして。
笑った。
「……買っちゃった」
天照大神が。
目を。
見開いた。
「燈由」
「何?」
「あなた」
「うん」
「今、何をしたのか」
「分かってる?」
「うん」
私は。
頷いた。
「分かってる」
私は。
黒い亀裂を見る。
「だからこそ」
私は。
微笑んだ。
「ウォーズに戻る前に」
私は。
スマートフォンを。
取り出した。
「地球で」
そして。
ネットショッピングの。
画面を。
開く。
「買い物する」
「……」
「大量に」
「……」
「異世界生活に必要なものを」
「……」
「全部」
天照大神が。
静かに。
目を閉じた。
そして。
小さく。
呟いた。
「……やはり」
「何?」
「あなたは」
天照大神が。
微笑んだ。
「最強の世界管理者というより」
「……」
「ただの買い物好きですね」
「……」
「……」
「……天照大神」
「はい」
「あなたも」
「……」
「お土産欲しい?」
「……」
天照大神は。
少しだけ。
考えた。
そして。
微笑んだ。
「では」
「うん」
「日本のお菓子を」
「分かった」
「それから」
「それから?」
「あなたが作った料理を」
「……」
私は。
思わず。
笑った。
「分かった」
私は。
そう答えた。
地球へ帰ってきた。
そして。
また。
ウォーズへ戻る。
けれど。
今度は。
何も知らないままではない。
私は。
自分の過去を探す。
失われた記憶を探す。
私が。
かつて何者だったのかを。
そして。
もし。
私が。
自分自身の意思で。
何かを封じたのなら。
その理由を。
必ず。
突き止める。
私は。
自分のために。
戦う。
私の大切な人たちのために。
地球のために。
ウォーズのために。
そして。
いつか。
すべての答えを知った時。
その時こそ。
私は。
自分自身で。
もう一度。
選ぶのだ。
世界を選ぶのか。
自分を選ぶのか。
あるいは。
そのどちらも。
諦めないのか。
それを決めるのは。
過去の私ではない。
今の私だ。
秋月燈由。
私は。
もう。
何者かに。
運命を決められるつもりはない。
ユーノーに誤召喚されても。
世界崩壊因子に狙われても。
天照大神に過去を隠されていても。
私は。
私の人生を。
自分で決める。
だから。
まずは。
地球で。
大量の買い物をして。
日本食をたくさん作って。
それから。
ウォーズへ帰ろう。
そして。
失われた記憶を取り戻そう。
私が。
かつて何者だったのか。
どうして。
この世界を知っていたのか。
なぜ。
自分で記憶を消したのか。
そのすべてを。
私は。
自分の目で。
確かめる。
そう。
決意した。
その時。
スマートフォンに。
新しい通知が届いた。
「……?」
私は。
画面を見る。
見覚えのないアプリ。
今まで。
存在しなかった。
黒いアイコン。
そこには。
一文字だけ。
表示されていた。
――W。
「……」
私は。
そのアイコンを。
見つめた。
そして。
指先で。
触れる。
次の瞬間。
画面いっぱいに。
文字が。
浮かび上がった。
――――――――――
【WARS】
【世界接続システム】
【管理者権限を確認】
【秋月燈由様】
【あなたの帰還を歓迎します】
――――――――――
「……」
私は。
息を。
止めた。
そして。
最後に。
たった一行。
表示される。
――――――――――
【緊急クエスト】
【地球防衛戦】
【難易度:測定不能】
【参加者:秋月燈由】
【報酬:失われた記憶】
――――――――――
「……」
私は。
画面を。
じっと見つめた。
それから。
ゆっくり。
笑った。
「……なるほど」
私は。
スマートフォンを。
握りしめた。
「そういうことね」
世界が。
私を。
待っている。
いや。
違う。
私が。
世界を。
待たせている。
私は。
立ち上がった。
そして。
まだ壊れたままの壁を。
ちらりと見る。
「……」
私は。
小さく。
ため息を。
吐いた。
「まずは」
私は。
天照大神を見る。
「この壁」
「……」
「どうにかしてから」
「……」
「買い物に行く」
天照大神は。
少しだけ。
苦笑した。
「そうですね」
こうして。
私は。
再び。
地球の日常へ。
戻っていった。
しかし。
私が知らないところで。
世界の境界は。
すでに。
大きく。
揺らぎ始めていた。
地球とウォーズ。
上位世界と下位世界。
神々と人間。
そして。
世界崩壊因子。
それぞれの思惑が。
少しずつ。
交差し始めている。
そして。
その中心にいる私は。
まだ。
自分自身の過去すら。
知らない。
けれど。
それでも。
私は。
歩き始める。
自分で。
選ぶために。
自分の。
未来を。
――そして。
この日。
秋月燈由は。
地球に。
新たな。
世界管理者として。
誕生した。




