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災難です、駄女神様!  作者: 此花サギリ


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第1話 誤召喚された平凡OL、駄女神にブチ切れる

 人生というものは、いつだって予測不能だ。


 朝、目覚まし時計が鳴り響く。


 布団から出たくないと思いながらも、眠気を引きずった身体を無理やり起こす。


 顔を洗い、適当に朝食を済ませ、満員電車に揺られ、会社へ向かう。


 そして、上司の小言を聞きながらパソコンに向かい、意味の分からない会議に参加し、定時を過ぎても帰れず、ようやく仕事を終えたところでコンビニに寄り、家に帰って風呂に入り、ベッドに倒れ込む。


 それが私の日常だった。


 特別な才能があるわけでもない。


 世界を救うような使命を背負っているわけでもない。


 何かの血筋を受け継いでいるわけでもなければ、実は王族でした、なんて展開もない。


 私はどこにでもいる、ごく普通の会社員。


 少なくとも、その日まではそう思っていた。


 そして、その日。


 私はいつものように自宅でゲームをしていた。


 正確には、数年前から遊び続けているMMORPG、その名も『ウォーズ』である。


 剣と魔法が存在するファンタジー世界を舞台にした、いわゆる王道のオンラインゲームだ。


 広大なフィールド。


 数え切れないほど存在するダンジョン。


 プレイヤー同士が競い合う戦争コンテンツ。


 モンスターとの戦闘。


 生産職。


 商人。


 冒険者。


 魔王。


 勇者。


 聖女。


 そして、プレイヤーの数だけ存在する無数の遊び方。


 私はその世界を気に入っていた。


 何より、現実では絶対にできないことができる。


 魔法を使い、モンスターを倒し、珍しい素材を集め、武器を作り、料理を作り、街を歩く。


 現実の私は何の変哲もないOLでも、ゲームの中では自由だった。


 だから、その日も仕事から帰ってきた私は、食事と風呂を済ませた後、パソコンの電源を入れた。


 いつものようにログインする。


 そして、愛用しているキャラクターを操作しながら、今日の予定を考えていた。


 イベントの周回をするか。


 素材を集めるか。


 それとも、最近手に入れたレア素材を使って新しい装備を作るか。


 そんなことを考えていた。


 その瞬間だった。


 画面が白く光った。


「……え?」


 最初は、ゲームの演出だと思った。


 しかし、違った。


 画面の光ではない。


 私の部屋そのものが、真っ白な光に包まれていた。


「ちょ、ちょっと……何これ?」


 慌てて立ち上がる。


 だが、遅かった。


 足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「え?」


 次の瞬間。


 身体が落ちた。


「きゃああああああああああああっ!?」


 叫び声を上げながら、私は暗闇の中へ落下していった。


 どこまでも。


 どこまでも。


 まるで底のない穴へ落ちていくような感覚だった。


 風がない。


 音もない。


 ただ身体だけが落ちている。


 いや。


 落ちているという表現すら正しくないのかもしれない。


 そもそも私は、今どこにいるのだろう。


 そんな疑問を抱いた直後。


 突然、視界が真っ白になった。


「……っ」


 目を開ける。


 そこは、真っ白な空間だった。


 床もない。


 壁もない。


 天井もない。


 ただ、どこまでも白い。


 そして、その中央に。


 一人の女性が立っていた。


 長い髪。


 美しい顔立ち。


 白い衣。


 頭上には神々しい光。


 どう見ても普通の人間ではない。


 むしろ、典型的な女神様だった。


 私はしばらく、その女性を眺めていた。


 そして。


「……誰ですか?」


 そう聞いた。


 すると女神様は、満面の笑みを浮かべた。


「ようこそ、燈由さん!」


「……はい?」


「私の名前はユーノー! ウォーズ世界を管理する女神です!」


「……」


 私は黙った。


 頭の中で、今の言葉を何度も繰り返す。


 ウォーズ。


 女神。


 管理。


 そして。


 私の名前。


「……私の名前をご存じなんですか?」


「もちろんです!」


「……そうですか」


 嫌な予感がした。


 こういう場合。


 異世界転移系の物語では、大抵ろくでもない話が始まる。


 私は慎重に尋ねた。


「それで、私はどうしてここに?」


「え?」


 女神様が固まった。


「……」


「……」


 妙な沈黙が流れる。


 そして女神様の顔から、さっきまでの笑顔がゆっくり消えていった。


「……あの」


「はい」


「怒らないでくださいね?」


「内容によります」


 私は即答した。


 女神様が視線を逸らす。


 右を見る。


 左を見る。


 そして。


「……実はですね」


「はい」


「燈由さんを、間違えて召喚しちゃいました」


「…………」


「…………」


「…………はい?」


 聞き間違いかと思った。


「間違えて?」


「はい」


「召喚?」


「はい」


「私を?」


「はい」


「間違えて?」


「……はい」


 私は深く息を吸った。


 そして、ゆっくり吐いた。


「……誰と間違えたんですか?」


「勇者候補の方です」


「……」


 私は頭を抱えた。


 意味が分からない。


 何故、私は勇者と間違えられたのだ。


 私は会社員だ。


 剣なんて握ったこともない。


 学生時代に体育の授業で竹刀を持ったことはあるが、あれを剣術経験に含めるなら、世の中の人間の大半が剣士になってしまう。


 当然、魔法なんて使えない。


 特殊能力もない。


 ただの一般人だ。


「つまり」


 私は努めて冷静に言った。


「私は勇者召喚に巻き込まれた、ということですか?」


「……はい」


「そして、本来召喚する予定だった勇者ではなく、私を召喚した?」


「……はい」


「その結果、私は元の世界に帰れない?」


「……」


 女神様が黙った。


「帰れないんですね?」


「……五日間だけなら、地球に滞在できます」


「五日間?」


「はい。召喚された影響で、こちらの世界と燈由さんの世界が一時的に繋がっています。ですが、五日を過ぎると強制的にウォーズの世界へ転移します」


「……」


 私は呆然とした。


 そして。


「はああああああああああああああああ!?」


 白い空間に、私の絶叫が響き渡った。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「はい!」


「何で五日なんですか!?」


「召喚の影響です!」


「何で私が異世界に行かなきゃいけないんですか!?」


「召喚の影響です!」


「私は勇者じゃないですよね!?」


「はい!」


「魔王を倒せとか言われませんよね!?」


「言いません!」


「じゃあ帰してください!」


「それが……」


 女神様が、困ったように笑った。


 私はその笑顔を見た瞬間、確信した。


 この女神。


 絶対に何かやらかしている。


「召喚の際に、世界間転移のシステムが固定されてしまいまして……」


「……」


「一度、ウォーズ世界に転移していただく必要があります」


「……」


「その後でしたら、再び地球へ移動することも可能です」


「……」


 私は黙って女神を見た。


「……何ですか?」


「それ、最初から言ってください」


「すみません」


「それで、ウォーズ世界というのは?」


「燈由さんがプレイされていたMMORPG『ウォーズ』の世界です」


「…………」


 私は完全に固まった。


「……え?」


「ですから、ウォーズの世界です」


「……」


「燈由さん?」


「……」


 私の脳内で、何かが繋がった。


 見覚えのある魔法。


 見覚えのある装備。


 見覚えのあるモンスター。


 見覚えのある街。


 ゲーム内で何度も訪れた場所。


 私が何年も遊び続けていた世界。


「……本当に?」


「はい」


「ゲームの世界に?」


「はい」


「私が?」


「はい」


「転移?」


「はい」


 私はゆっくりと両手で顔を覆った。


「……嘘でしょう」


「本当です」


「……」


 最悪だ。


 異世界転移そのものが嫌なわけではない。


 いや、もちろん嫌だ。


 だが、それ以上に問題なのは。


「私、ウォーズで……」


「はい」


「魔族なんですけど」


「……はい」


「魔族って、普通に人間から敵視されますよね?」


「……まあ」


「しかも、ゲームの設定では魔族領って、普通に戦争中ですよね?」


「……そうですね」


「勇者とか聖女とか、魔王とかいますよね?」


「います」


「私、一般人ですよ?」


「はい」


「なのに、魔族?」


「……はい」


「無理でしょう!」


 私は叫んだ。


 しかし、女神様は申し訳なさそうに手を合わせているだけだった。


 私はしばらく女神様を睨んだ。


 そして、ふと気が付いた。


「……ところで」


「はい?」


「お詫びとか、ないんですか?」


「もちろんあります!」


 女神様の反応が早かった。


「……何ですか?」


「スキルを三つ!」


 女神様が胸を張る。


「三つまで、好きなスキルを授けます!」


「……」


「しかも、ウォーズ世界で生きていくために必要なスキルを選べます!」


「……」


「どうですか?」


 私は考えた。


 正直に言えば。


 これは悪くない。


 いや。


 むしろ、とんでもなく良い。


 ウォーズは私が長年プレイしていたゲームだ。


 世界の仕組みも知っている。


 モンスターの出現場所も。


 ダンジョンの攻略法も。


 生産システムも。


 隠しクエストも。


 そして、ゲーム内には。


 プレイヤーですら知らないような裏技がいくつも存在していた。


 なら。


 その世界に行くのであれば。


 私は。


「……女神様」


「はい!」


「スキル三つ、ということですが」


「はい!」


「スキルの取得条件は?」


「ありません!」


「……え?」


「私が授けるスキルですから、条件はありません!」


 私は目を細めた。


「本当に?」


「本当です!」


「後から取り消したり?」


「しません!」


「制限は?」


「ありません!」


「レベル制限は?」


「ありません!」


「スキルレベルは?」


「燈由さんに合わせます!」


 私は沈黙した。


 なるほど。


 これは。


 使える。


 私はしばらく考えた。


 そして、口元をゆっくりと上げた。


「……では」


「はい!」


「空間支配」


「え?」


「一つ目は、空間支配」


 女神様が目を丸くした。


「……かなり特殊なスキルですよ?」


「知っています」


「本当にそれでいいんですか?」


「はい」


 ウォーズにおける空間系スキルは、非常に貴重だった。


 アイテムボックス。


 転移。


 空間収納。


 転送。


 結界。


 それらを極めれば、戦闘だけではなく生活そのものが劇的に楽になる。


 そして。


「二つ目は、言語最適化」


「……」


「三つ目は、解析鑑定」


 女神様が沈黙した。


「……燈由さん」


「はい?」


「もっと攻撃系のスキルとか……」


「必要ありません」


「でも魔族領は危険ですよ?」


「知っています」


「モンスターもいますよ?」


「知っています」


「人間も襲ってきますよ?」


「知っています」


 私は笑った。


「私、ウォーズをプレイしていたんですよ?」


「……」


「この世界のことは、女神様より詳しいかもしれませんよ?」


 女神様が黙った。


 私は続けた。


「空間支配があれば、アイテム管理ができます」


「はい」


「言語最適化があれば、言葉の問題がなくなります」


「はい」


「解析鑑定があれば、未知のものを調べられます」


「はい」


 そして。


「三つとも、生活に使える」


 私は笑った。


「戦闘力なんて、自分で何とかします」


 女神様が首を傾げる。


「……本当に?」


「はい」


 私はそのとき、まだ知らなかった。


 自分が、どれほどゲームにのめり込んでいたのか。


 そして。


 私がウォーズをプレイする中で。


 どれほど大量の経験値を稼いでいたのか。


 どれほど大量の装備を集めていたのか。


 どれほど大量のゲーム内通貨を所持していたのか。


 さらに。


 私は一つ。


 とんでもない裏技を知っていた。


「では、スキルを付与しますね」


「お願いします」


 女神様が手を伸ばした。


 白い光が私の身体を包み込む。


 次の瞬間。


 頭の中に、声が響いた。


『スキル〈空間支配∞〉を取得しました』


『スキル〈言語最適化∞〉を取得しました』


『スキル〈解析鑑定∞〉を取得しました』


「……」


 私は黙った。


 そして。


「……∞?」


「はい」


「無限?」


「はい」


「スキルレベル、無限?」


「はい!」


 女神様が笑顔で頷く。


「私の神力を使っていますから、限界突破状態です!」


「……」


 私は思った。


 これ。


 もしかして。


 とんでもないスキルを貰ったのでは?


「それと」


 女神様が、もう一つ何かを取り出した。


「こちらもどうぞ」


「何ですか?」


「お詫びの品です」


 女神様が差し出したもの。


 それは。


 一枚のチケットだった。


「女神チケットです」


「……」


「ありとあらゆる願いを一つだけ叶えることができます」


「…………」


 私はチケットを見た。


「何でも?」


「はい」


「本当に?」


「はい!」


「神様を殺してくれ、とかでも?」


「……それは困ります」


「ありとあらゆる願いじゃないんですか?」


「……」


 女神様が目を逸らした。


 私はため息を吐く。


「まあいいです」


「え?」


「もらっておきます」


「本当ですか!?」


「はい」


 女神チケット。


 ありとあらゆる願いを叶えるチケット。


 そんなもの。


 どう考えても。


 使い道が無限にある。


 そして。


 私はその瞬間。


 あることを思いついた。


 女神チケットを使えば。


 スキルを取得できるのでは?


「……」


「どうしました?」


「女神様」


「はい?」


「このチケット」


「はい」


「スキルを願うことはできますか?」


「もちろんです!」


 即答だった。


「なら」


 私は笑った。


「このチケットを使って、スキルを取得します」


「……」


「何か問題でも?」


「……いえ」


 女神様が微妙な顔をした。


 私は気にしなかった。


 こうして。


 私は。


 女神チケットを使った。


 そして。


『スキル〈料理MAX〉を取得しました』


『スキル〈裁縫MAX〉を取得しました』


『スキル〈鍛冶MAX〉を取得しました』


『スキル〈隠密MAX〉を取得しました』


『スキル〈隠蔽MAX〉を取得しました』


『スキル〈索敵MAX〉を取得しました』


『スキル〈投擲MAX〉を取得しました』


『スキル〈成長促進∞〉を取得しました』


『スキル〈経験値倍化∞〉を取得しました』


『スキル〈完全記憶∞〉を取得しました』


『スキル〈信託∞〉を取得しました』


 私は。


 満足した。


「……燈由さん」


「はい?」


「それ、チケット一枚で全部取得する願いなんですか?」


「そうです」


「……」


「何か?」


「いえ……」


 女神様が頭を抱えた。


 私は気にしない。


 私は異世界に行く。


 なら。


 できることは。


 全部やる。


 それだけだ。


 そして。


 さらに。


 私は一つ。


 どうしても気になることがあった。


「女神様」


「はい?」


「私のゲームデータは?」


「……え?」


「ゲーム内のデータです」


「……」


「引き継げますか?」


「えっと……」


 女神様が困った顔をした。


「本来なら、無理です」


「本来なら?」


「はい」


 私は笑った。


「では、例外は?」


「……」


「女神チケットがあります」


「……」


 女神様が固まった。


 私はチケットを掲げた。


「使います」


「……」


「ゲームデータを全部、引き継ぎます」


「……」


「装備も」


「……」


「所持金も」


「……」


「アイテムも」


「……」


「レベルも」


「……」


 女神様が震え始めた。


「……本当に?」


「はい」


「本当に、それでいいんですか?」


「もちろんです」


 私は笑った。


「私、ウォーズでは廃人プレイヤーだったんですよ?」


 そして。


 私は女神チケットを使った。


 世界が。


 揺れた。


『女神チケットを使用しました』


『願いを受理しました』


『対象:秋月燈由』


『ゲームデータを照合します』


『キャラクターデータを確認』


『レベル99』


『所持金確認』


『装備確認』


『アイテム確認』


『スキル確認』


『データ移行を開始します』


『移行完了』


 私の目の前に。


 見慣れたステータス画面が浮かび上がった。


 私は。


 その画面を見た。


 そして。


 思わず。


 笑ってしまった。


 そこに表示されていたのは。


 私が長年育て上げたキャラクター。


 名前は。


 ヒヨリ。


 種族。


 魔族。


 レベル。


 99。


 職業。


 忍者。


 装備。


 妖刀村正。


 アディスモアの忍び装束。


 アディスモアの忍者靴。


 ステータス。


 体力七二三一。


 魔力一万八九九。


 筋力一万九〇一一。


 防御八五六四。


 知能七〇〇三。


 速度一万二九八二。


 運。


 九万三二一七。


 そして。


 ボーナスポイント。


 二一六万九〇〇〇。


 私は。


 笑った。


「……女神様」


「……はい」


「私」


 私はステータス画面を見ながら。


 ゆっくりと言った。


「もしかして、異世界で生き残る必要ないんじゃないですか?」


「……」


「だって」


 私は。


 笑った。


「私のキャラクター、ゲーム内では魔王より強いですよ?」


「…………」


 女神様が。


 完全に固まった。


 私はさらに。


 ステータスを確認する。


 そして。


 気が付いた。


「……あれ?」


「どうしました?」


「私、加護を二つ持ってる」


「はい」


「ユーノー」


「はい」


「それと……」


 もう一つ。


 見慣れない名前があった。


 日本。


 そして。


 その名前。


「天照大神?」


 女神様の顔が。


 引きつった。


「……え?」


「私、日本の神様から加護をもらってるんですか?」


「……はい」


「何で?」


「……」


 女神様が。


 黙った。


「ユーノー?」


「……はい」


「何か知っていますね?」


「……」


「女神様?」


「……実は」


 ユーノーが。


 小さな声で言った。


「召喚事故の原因の一端は……地球側の神々にもありまして」


「…………」


「その……」


 私は。


 笑った。


「なるほど?」


「……」


「つまり?」


「……」


「私を間違えて召喚したのは、あなた一人のせいではない?」


「……はい」


「でも、あなたが召喚した?」


「……はい」


「そして、私は五日後に強制転移?」


「……はい」


「でも、あなたは私にスキルを三つ与えた?」


「はい」


「さらに、女神チケットをくれた?」


「はい」


「その結果」


 私は。


 自分のステータスを見た。


「私、魔王より強い?」


「……たぶん」


「……」


 私はしばらく考えた。


 そして。


「まあ、いいです」


「え?」


「許します」


「本当ですか!?」


 女神様の顔がぱっと明るくなる。


 私は。


 笑った。


「ただし」


「……はい?」


「異世界に行ったら」


 私は。


 女神様を指差した。


「好き勝手に生きますからね?」


「……」


「勇者なんてやりません」


「はい」


「魔王討伐もしません」


「はい」


「聖女にもなりません」


「はい」


「面倒事には関わりません」


「……」


「できるだけ」


「……はい」


 私は頷いた。


 そして。


「異世界旅行を楽しみます」


 女神様は。


 苦笑した。


 こうして。


 私の異世界転移が決まった。


 ただし。


 私は知らなかった。


 このときの私が。


 異世界というものを。


 まだ甘く見ていたことを。


 私は確かに。


 ウォーズというゲームを知っていた。


 モンスターも。


 ダンジョンも。


 魔族も。


 人間も。


 魔王も。


 勇者も。


 そのすべてを知っていた。


 しかし。


 ゲームの世界と。


 現実の世界は。


 違う。


 ゲームでは死んでも復活できる。


 ゲームではNPCが殺されても、イベントが終われば元に戻る。


 ゲームでは、どれだけ無茶をしても。


 画面の向こう側にいるプレイヤーは安全だった。


 けれど。


 この世界は。


 現実だ。


 私が殺せば。


 誰かが死ぬ。


 私が死ねば。


 私も死ぬ。


 そして。


 私が知らない歴史が。


 この世界には存在している。


 ゲームの設定とは違う。


 ゲームには存在しなかった人間。


 ゲームには存在しなかった国。


 ゲームには存在しなかった陰謀。


 ゲームには存在しなかった人生。


 そんなものが。


 この世界にはある。


 私はまだ。


 知らない。


 これから私が。


 どれほど多くの人間と出会い。


 どれほど多くの事件に巻き込まれ。


 そして。


 どれほど多くの常識を。


 破壊していくことになるのか。


 そんなことは。


 まだ。


 誰も知らない。


「では、燈由さん」


「はい」


「五日後に」


 ユーノーが。


 笑った。


「ウォーズの世界でお会いしましょう」


 私は。


 笑い返した。


「ええ」


 そして。


 最後に。


 一つだけ。


 言っておく。


「ユーノー」


「はい?」


「次に会ったとき」


「……はい」


「私を召喚した件について」


 私は。


 にっこりと笑った。


「改めて、文句を言わせてもらいますからね?」


「…………」


 女神様の顔が。


 青ざめた。


 こうして。


 平凡OL。


 秋月燈由。


 後のウォーズ世界において。


 歴史上最も規格外な魔族として記録されることになる女。


 通称。


 ヒヨリ。


 彼女の異世界放浪生活は。


 まだ。


 始まったばかりだった。


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