9. 氷室 武編④
ドワーフ達を呼びつけた場所で、氷室は既に腰をおろしてドワーフ達が来るのを待っていた。
意外にも都市を囲む壁の外は、自然豊かな場所だ。
約束の時刻に、ぞろぞろと物騒な武器を持ったドワーフ達がやってきた。
「来たぞ! まさか卑怯などと言うまいな!」
先頭を歩くドワーフが雄叫びのように、そう言った。しかし、それに氷室は臆することはない。それどころか不気味な笑みをしている。
「……喧嘩に勝つ方法ってのはな、如何に相手の想定外をつけるかや。お前らは、想定内過ぎるわ」
そして、氷室は静かに立ち上がり、言い放つ。
「本当に、気色が悪い程律儀な奴らやなあ!」
氷室の言葉にドワーフ達は怒り、有無を言わず突撃する。まるで雪崩のように押し寄せてくるドワーフ達に氷室は顔色変えることはない。
ドワーフ達が来る前に既に準備は始めている。オルミに約束させられたのは一人として死者を出さぬこと。それでも問題はない、それ程の力を得た。
氷室がまず生成したのは非致死性兵器、アクティブ・ディナイアル・システム。米軍が開発をしている対人兵器システムである。
ドワーフに効くか試していないので分からないが、まずは実験も兼ねて小手調べといった感じだ。
電磁波を突撃するドワーフ達に向けて、広範囲に照射してみる。
この照射を受けると、火傷を負ったような錯覚が起きる、らしい。氷室自身この兵器に対して期待してことは、殺すことなく相手を戦闘不能になる便利アイテムだが、どうなるか。
先頭を走っていたドワーフ達から勢いが衰えだし、うずくまり出した。
「ほう」
効力は上々といった感じか。期待通りの効果に氷室は声が漏れる。
「貴様、何をしたァ!」
うずくまっている一人のドワーフが叫ぶ。
「アホか、そんなの俺が出したこの兵器が怪しいに決まってるやろ」
「……なら、まずはソイツを破壊する!」
うずくまっていたドワーフ達は立ち上がり、氷室の方へ歩み寄っていく。
「あー、痛い目みたくないならこれ以上進まん方がええで、二つ目の兵器はもう仕掛けてるんやわ」
そう氷室が言った瞬間に、ドワーフ達の足元から煙が巻き上がった。涙を流し、咳き込み始めるドワーフ達に向かって、氷室は言う。
「それは催涙ガスや、生身のお前らにはキツイやろな」
もう終わりかと氷室は警戒をとき煙が薄まっていくのを待つことにした。すると、その催涙ガスを突き破り、一人のドワーフが氷室に一気に接近した。
「根性を見せるやんか」
虚をつき氷室へ接近したドワーフは、手に持つ巨大な斧を振り下ろした。氷室は即座に片手に短剣を生成し、ドワーフの攻撃を受け止める。
「たどり着いたぞ!」
血走った目でドワーフは氷室を睨みつける。そのドワーフは、最初に先頭を歩いていた男だった。きっと、集団のリーダー的な存在なのだろう。
「ああ、大したもんや。しかし、兵隊を失い過ぎやないか?」
「ワシがお前を倒せば何も問題はない」
「……だったら、これで終いや」
氷室がそう言うと、氷室の持つ短剣から斧を伝ってドワーフの身体まで電撃が走った。
ドワーフは顔を歪めるが、斧を手放すことはない。寧ろ、更に力が強まり、氷室を押しつぶしてしまうのではないかという勢いだ。
「小細工は終いかぁ!」
ドワーフは叫ぶ。
……念には念を入れて、身体を機械化してて良かったな。生身やと絶対コイツには勝たれへんかったわ。
氷室は、残った片手で短剣を生成し、両手でドワーフの力比べに立ち向かう。押していたドワーフだったが、少しずつ押し返されていった。
「残念やな、片手で互角くらいやったんや。両手やと俺の圧勝やな」
「ぬぅう」
氷室がドワーフの斧を弾き飛ばした。ドワーフも弾き飛ばされた斧を拾いに行くが、手が痺れて斧を持つことが出来ないようだった。観念したように胡坐をかいたドワーフは言う。
「殺せ」
「アホ言え、オルミに誰一人殺すなと言われとる。誰も殺さんわ、殺し合いじゃない俺は喧嘩をしにきたんや。お前らが俺の要求を呑んでくれたらそれでええわ」
「……要求とはなんだ?」
「昨日も言うたやろ。オルミのやることを黙って見てろ、お前らに悪いようなことをするような奴じゃないのはお前らも分かっているやろ」
「それは――分かっているつもりだ。だが、故郷がここまで変わってしまえば、どうしてもあの子はよそ者と、いつか災厄をもたらすと思ってしまうのだ」
「まあ、そん時はそん時や、失敗は誰でもあるもんや。それを助けてやるのが仲間ってもんや。その寒気がするくらいに律儀なお前らが、アイツを仲間外れするような心の狭さを持ち合わせてないやろ」
「何故、そう言い切れる?」
ドワーフの問いに氷室は顔を近づけ真顔で答える。
「それは、お前らがムカつくほど、俺の知り合いに似ているからや」
氷室の圧力にドワーフは押され、そ、そうかと答える。
「まっ、喧嘩は俺の勝ちや。さっき言った要求は吞んでもらうで、まあもしオルミのやる事に不満が爆発しそうになったんならラズールにでも相談せえや」
氷室が踵を返し、都市に戻ろうとした時、ドワーフは呼び止める。
「待て、何故お前は会って間もないオルミに肩入れをするんだ?」
「ん? ああ、まあ単純ことや。アイツが、俺に似てたからや」
氷室はそう返し、歩き始める。まあ、俺はあそこまで善人ではないけどな。心の中でそう思いながら。
遠くから戦いの一部始終を見守っていたドワーフの長ラズールは、息つまる状態からようやく一息ついたところだった。
「終わったね」
ラズールは、いきなり隣から声をかけられ、心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。そして、飛び跳ねる心臓を抑えるように手を当て、その聞き覚えのある声に対して答える。
「神様、気配を消したまま声をかけないでくれますかな!?」
「えー、だってラズールってば毎回いい反応してくれるからさぁー」
「この老体、いい加減心臓が持ちませんぞ!」
神様はラズールの冗談とも言えない様子を見て、ハハハハと高笑いをする。そして、神様は遠くに立つ氷室を見据えた。
「案外無茶をする子だね。さっき見てきた葛西って子と正反対って感じ、ドワーフのほぼほぼを敵に回すなんてね」
「しかし、ワシは彼のことを攻めれません。彼のやり方は強引ではありますが、全部オルミの為にやっていることです。全部、ワシの不甲斐なさが招いたことでもある」
「だから言ってるだろぉ、僕がドワーフ達の記憶を弄ってオルミを昔からいる仲間に認識させれば、一発じゃん」
「そういう、洗脳のようなことはしたくないのです。皆が納得してあの子を迎えてあげたい」
「へーんな所で真面目なんだから」
「神様が不真面目過ぎるのです!」
ラズールの言葉でいじける神様を横目に、もう一度ラズールも氷室を眺める。
偉そうなことを語っているが結局は人頼りになってしまっている自分が不甲斐ない。……あの子を頼みましたぞ、武様。
氷室 武編一旦閉幕。