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虱潰


 滋賀栄助は好戦的でせっかちだ。腹ごしらえも済ませないまま、とにかく歩き回っている。温室育ちで戦闘経験が薄く、体力のない絵之木実松からしては、ついていけないのである。午前中の間、ずっと早歩きだったので両足の裏が痛くて堪らない。それなのに、滋賀栄助の思いついた作戦は、『虱潰しに一軒一軒殴り込んで、百鬼がいるか確認しよう大作戦』。冗談じゃない。


 絵之木実松は慎重な人間だ。少なくとも吉原にいる陰陽師機関に連絡を取って、情報を掠めとることが優先だ。事件が発生して一週間を超えている。彼らも何かしらの調査をしているはずだ。一般人が知っている程度以上の情報を持ち合わせているに決まっている。


 というわけで、嫌がる栄助を引っ張っていき、事務所へと足を運んだ。事前にお伺いすることは連絡を取っていたのだが、お迎えが来ない。格下の陰陽師だと見抜かれているのは分かるが、随分とお粗末な対応だ。


 「どうせ何の役にも立たないって。時間の無駄だって」


 「そうとは限らないでしょう。吉原の陰陽師は優秀なんです。彼らと打ち合わせるべきです!」


 嫌がる栄助の腕を引っ張って事務所の玄関の門を開ける。流石、一流の事務所だ。門構えが大きく立派なお屋敷だ。……あれ?建物は文句なく一級品なのだが、門兵が誰もいないとは。悪意ある来訪者が来たらどうするつもりだ。


 「失礼します。私は此度こたびの事件を聞き参上仕りました絵之木実松と申すものです。どなたかいらっしゃいませんか?」


 少し大声で叫ぶも誰からも返事がない。広いお屋敷の中を音だけが響いていく。


 「おい。これ、空いているぞ!」


 栄助が勝手に門の中に入っていく為、驚いて駆け寄っていく。初めは栄助が怪力で門の錠を破壊したように思ったが、そんな跡は無い。本当にこの事務所は誰でも入り放題になっていたのだ。


 「何が起きている。まさか全員殺されてしまったのか」


 そう思って屋敷の中を大声を張り上げながら散策し続ける。しかし、誰からの返事もない。死体や戦闘した跡も見られない。まるで人間だけが、忽然と姿を消したように思えてならない。まさに神隠し。


 「留守みたいだな」


 「いや、事務所に誰もいないなんてあり得ませんよ。百鬼に全員やられてしまったとしか」


 いや、何やら陰陽師が放つ波長を感じる。少なくとも生きている人間がいる。実松は心を鎮めて、人間がいる場所を感知しようとする。感知能力は賀茂久遠に及びもしないが、少しくらいなら出来る。


 「いた! いました! 行きましょう!」


 「最初っからそうしていれば、探し回る必要なかったのにな」


 足が痛いのを忘れて二人で長い廊下を走り抜ける。

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