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 滋賀栄助は間違っても誰かの下につくような女ではない。そんな知能はない。だから、栄助本人も意識しておらず、誰かが蚊帳の外で覗いていると言いたいのか。


 「そんなことを誰が」


 「百物語の作者でごわす」


 江戸時代には印刷技術はない。よって、書物を複製する場合は手書きで模写するしかない。この猪飼慈雲の手元にある『百鬼閻魔帳』は、おそらくは原作を複製したものだ。本には必ず作者が存在する。どんな作品にもその作品を考えた人間の思想や意思が潜り込む。


 「全ては妄想じゃ。何の根拠もない」


 猪飼慈雲は面倒そうな顔をして、側頭部を搔き毟った。絵之木実松は神妙な顔をする。妄想を膨らませるんじゃない、推理するのだ。作者の意図を。妖怪は人間に噂される事が好きだ。特に人間の子供達の噂になることが好みである。悪霊は生者に自分と同じく不幸になることを望む。ならば百鬼は?


 「お主、よく報告書をまとめることが多いな。実によく出来ている。で、どんな意図でこれを書いた?」


 今まで倒してきた百鬼の経緯を全て報告書として包み隠さず記録している。それを本部に送付していた。


 「陰陽師としての使命感です。通常業務ですから」


 「その通り。だが、この『百物語』は違う。誰かに責任を求められて書いたものではない。自分の意志で書いたものだ。自分の妄想を、考え方を、意思を表現したくて書いたものだ。さぁ、世に出るとしたら何を思う?」


 「誰かに呼んで欲しい、この本を読んで考えて欲しい。自分の世界が世に広まって欲しい」


 正座による足の痺れが脳にまで達したような気分になった。


 「作者の頭の中で考えたことが現実になっている」


 表現するという行為は難しい。どんなに美しい文章を書いても文字が読めない人間には理解されない。実際に実演してもその相手が盲目ならば、意味はない。ならば、相手に振り向いて貰うのに、最も手っ取り早い方法は、恐怖体験をしてもらうことである。


 「そんなバカな」


 「貴様ら二人は作者にとって都合の良い存在だ。このように陰陽師の全ての組織が、百鬼を警戒する事態にまで発展している。もう全国に百鬼の噂は広まっているだろう」


 滋賀栄助に百鬼閻魔帳と暴神立を渡したのは、そうした方がより百鬼の存在を世に知らしめることが出来るから。


 「もし、百鬼を暴れさせている理由が事故の表現欲ならば作者の顔も少しは浮かび上がってくるというものだ。まず、衣食住への問題や生存の危機はない人間。書物を書く余裕があるのならば、尊厳欲求が満たされている人間だとみて間違いない」


 百物語の作者は上流階級、貴族の人間である可能性が極めて高い。


 「相手は人間の死を愉悦に感じる人間だ。妄想と現実の区別がついていない」


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