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第6話 ガチャガチャの壁 (後編)

 買い物のあと、思い出した。


 そういえば、帰りに一回くらい回してみようと思っていた。


 でも、こういうのはたいてい忘れる。


 店に入る前はちょっと気になっていても、

 肉と野菜と牛乳をかごに入れて、レジを通って、袋を下げる頃には、もう頭の中は次のことでいっぱいになる。


 だから、思い出しただけでも今日はえらい。


 ただ、たまに思う。


 こんなガチャガチャがあったらいいのに、と。

 たとえば、スーパーの駐車場で見かける——


 -----------------------------------------------


 スーパー駐車場の移動販売車シリーズ。


 焼き鳥車。

 クレープ車。

 たこ焼き車。

 ソフトクリーム車。

 小さいのぼり付き。


 絶対にいい。

 スーパーの端に、妙に目立つ色の車体。

 いい匂いにつられて予定が狂う感じまで再現されていたら、かなり欲しい。


 -----------------------------------------------


 ヨーロッパの街角カフェ備品ミニチュアもいい。


 小さいエスプレッソカップ。

 角砂糖。

 メニュー黒板。

 テラス席の椅子。

 使い込まれたトレー。


 食べ物そのものではなく、そのまわりだけ。

 そういう渋いやつ、たぶん好きだ。


 -----------------------------------------------


 海外のパン屋・焼き菓子店のショーケースミニチュアもかなりいい。


 フランスのタルト店。

 ポルトガルのエッグタルト店。

 ドイツのプレッツェル店。

 北欧のシナモンロール店。

 イタリアのビスケット量り売り風景。


 食品そのものだけじゃなく、並べ方やトングや紙袋まであると一気に欲しくなる。

 小さいのに店の空気まである、あの感じ。


 -----------------------------------------------


 海外の古いアパート室内ミニチュアも捨てがたい。

 パリの少し狭いキッチン。

 ロンドンのカーペットの部屋。

 ヘルシンキの窓際の読書椅子。

 ニューヨークの非常階段が見える窓辺。


 暮らしの理想と、少しの古さ。

 そういうものが一緒にある部屋は、かなり良い。


 -----------------------------------------------


 妄想だけなら、いくらでもできる。


 でも、現実に目を戻す。


 その中に、見覚えのある名前があった。


 北欧建物シリーズ 第二弾・冬。


 ああ。

 これは、だめだ。


 北欧。

 建物。

 冬。


 強い。

 私に対して強すぎる。


 第一弾は欲しかった。

 だから、あとでコンプリート品をネットで買った。


 中途半端に回して、

 中途半端に足りないまま終わるより、

 ちゃんと揃った景色が見たかった。


 でも今回は違う。

 今回は、運試し。


 ……のつもり。


 見本を見る。


 屋根に雪ののった家。

 白い地面。

 針葉樹。

 街灯。


 やっぱり北欧の冬はずるい。


 赤。

 白。

 深緑。


 その三色だけで、だいたい勝っている。


 私は財布から小銭を出した。


 一回だけ。


 こういう時の一回だけは、信用ならない。


 回す。

 落ちる。

 拾う。

 開ける。


 出てきたのは、針葉樹と雪の土台。


 はずれ?


 悪くない。ダブってもいいやつ。


 こういう脇役があると景色が深くなる。

 でも、こうなるともう一回いきたくなる。


 はずれの次は当たりが出るのは世界の理はず。


 次は建物が欲しい。


 建物か、情景か。まあ、半々くらい。


 湖畔の冬小屋でいいから。


 なら、もう一回だけ。


 最後にそう決めて、小銭を入れた。


 絶対欲しい、はダメだ。

 そういうオーラを出すと、幸運の女神はだいたい振り向かない。

 三つの建物のうち、どれでもいい。まずはそのくらいがちょうどいい。

 気負わないで二回目。案外そういうほうが当たるはず。


 ガチャ。

 コトン。

 ゆっくり拾う。

 そして、慎重に開ける。


 赤い家。


 ……いや。


 ただの赤い家ではない。


 窓の灯りが濃い。

 屋根の雪も深い。

 なんか違う。

 明らかに違う。


 私は説明の紙を開いた。


 シークレット。


 え。


 えっ。


 ちょっと待って。


 シークレット?


 本当に?


 私はもう一回、紙を見る。

 やっぱりシークレット。


 もう一回、中身を見る。

 やっぱり特別な赤い家。


 出た。


 出てしまった。


 シークレットが。


 そこでたぶん、今日の私は少しおかしくなった。

 いや、少しじゃない。かなりである。


 嬉しい。


 普通に嬉しい。

 かなり嬉しい。

 思ったよりずっと嬉しい。


 なんだこれ。

 すごい。

 すごすぎる。


 さっきまで「運試し」のつもりだったのに、

 今はもう、第二弾の全景が見たくてたまらない。


 雪をのせた赤い家。

 湖畔の冬小屋。

 雪の森の木造コテージ。

 雪道。

 針葉樹。

 街灯。


 全部ほしい。


 いや、待って。

 これ、帰ったらたぶん探す。


 第二弾のコンプリート品。


 ネットで。


 買いたい。

 かなり買いたい。


 いつもの私なら、ここで一回落ち着く。

 本当に必要か、とか。

 どこに置くの、とか。

 第一弾があるんだから十分では、とか。


 そういうことを考える。


 でも今日はだめだ。


 ガチャガチャは、たぶん根付の子孫だ。

 小さいのに本気。

 だから、シークレットが出ると大人でもおかしくなる。


 シークレットが出た。


 それだけで、全部ほしい気持ちに火がついている。


 こういうの、珍しい。

 というか、ほとんどない。


 自分でも分かる。

 今、かなりテンションが高い。


 スーパーの出入口で、

 買い物袋を持った大人が、

 ガチャガチャのシークレット一個でこんなに浮かれている。


 でも、まあ、いいだろう。


 人生にはそういう時も、たまにはある。


 理屈より先に、

「欲しい!」

 が全部を追い抜いていく時。


 いつもじゃ困る。

 でも、たまにならいい。


 むしろ、たまにだからいい。


 私はカプセルを袋にしまって、もう一度見本を見た。


 第二弾・冬。


 やっぱりこれは、スペアも欲しくなる。


 家がもう一軒。

 木がもう一本。

 道がもう少し伸びる。


 冬の景色は、少し重なるくらいがちょうどいい。


 第一弾は、完成品を買った。

 それでよかった。


 でも第二弾は、

 シークレットを当てたせいで話が変わった。


 これはもう、運試しだけで終わる感じではない。


 ……帰ったら見よう。


 たぶん見る。

 いや、かなり見る。


 コンプリート品、あるだろうか。


 あったら危ない。

 たぶん欲しくなる。

 いや、もう欲しくなっている。


 北欧の冬は、悩ましい。


 悩ましいけれど、きれいで、

 しかも今日は当たりまで引いてしまった。


 ずるい。


 私は荷物を持ち直して、今度こそ出口へ向かった。


 さっきまでただの買い物帰りだったのに、

 今は少しどころではなく、かなりいい帰り道になっていた。


挿絵(By みてみん)

あとがき


妄想。


北欧建物シリーズ 第二弾・冬


全6種+シークレット


建物


雪をのせた赤い家

湖畔の冬小屋

雪の森の木造コテージ


情景


雪道と木柵

針葉樹と雪の土台

街灯3つLED付


シークレット


雪明かりの赤い家LED付


そして公式サイト。


無料ダウンロード


背景


北欧の雪景色

冬の森

湖畔

雪の夜


ペーパーパーツ


雪の小道

小さな柵

雪山

星空

オーロラ


ディスプレイ台紙


昼

夕暮れ

夜


コンビニのマルチコピー機で印刷できます。


丸いケース


小さなLEDを入れて“雪の灯り”にする。


赤い家の横に置くと、冬の景色が深くなる。


ケースの丸みが“雪玉”っぽくなる。


冬のミニチュアは、並べるだけで静かな景色ができる。

それがまた、いい。



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