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「はい、お待ち」
低く太い声とともに、褐色の手が皿を置く。白い皿の上には魚のフライが湯気を立て、油の匂いが鼻を刺激する。
私はそれにフォークを突き刺し、頬張る。ザクッとした食感に続いて、淡泊な白身魚の味が口に広がる。
「嬢ちゃん、ここんとこ毎日来てるな」
無心で咀嚼しているとカウンターから声が降ってくる。スキンヘッドのバーテンダーがグラスを磨きながらこちらを見ていた。
モズにリアの殺しを命じられてから9日が経つ。
期限は明日だ。
だというのに、私は殺しに行くどころか調査すら行っていない。
「前も言ったが、ここは酔っ払いのたまり場だ。子供には近づいてほしくない」
口に詰めたフライを飲み込み、すまないと呟く。
「仕事が終われば、ここにはもう来ない」
「それは前も聞いたな。何の仕事かは聞かねーが、そんな大変なのか?」
——大変、か。
その言葉に、次のフライを刺そうとした手を止める。
リアは女の子だし、運動量が少ないから抵抗されようが難なく殺せる。侵入に至っては、ターゲット本人が許容している。
今までの命令と違うのは、できる限り痛めつける必要があることだけだ。死体を見たアエトスをより苦しめるためらしい。
これも大して問題ない。悲鳴はリアの口を塞げばどうにかなるし、帳場にも執務室にも人がいない時間帯は把握済だ。多少の物音が立ってもバレることはない。
「簡単だ。すぐに終わる」
だが、と続ける。
「やらなければ、と頭では分かってるのに仕事に行くことができない」
そう、計画は万全だ。それなのに足はリアの元に向かわない。
「なるほど、お前さんはやりたくねーんだな」
「やりたくない?」
「ああ、やりたくないと人は逃げたり、先延ばしにしたりするもんだ」
彼は磨き終わったグラスを置くと、私の顔を見つめた。ややあって、褐色の肌に浮かぶ焼き印を指で示しながら言う。
「俺らは仕事から逃げることはできないがな」
そう、逃げることはできない。結局、奴隷がいくら悩もうとも命令は絶対だ。なら、悩む意味なんてないじゃないか。
私は止まっていたフォークを動かすと、魚のフライに突き刺した。
◇◇◇
「久しぶりね。部屋に来るなら伝えてほしかったわ」
次の日の昼、トイレの個室から現れた私にリアが近づいてくる。
ここに来るのは2度目だ。
最初に潜入した際は、こんなに長い付き合いになるとは思わなかった。リアに存在がバレたときは、混乱のあまり殺そうと考えるほど焦った。
リアと話すようになってからは、毎日のように入り浸ってた。今思うと、そんなに通う必要なんてなかった。私は話すのが得意じゃないから、口を開くのはほとんどリアだった。その内容は取るに足らないことだし、なんなら任務とは全く関係ない。それでも、私は聞き続けた。
彼女が過去を打ち明けてくれたのは、命令を順調にこなせている証だった。私にとっては良い傾向だ。人の過去になんて何も感じない。そのはずなのに、父を殺され、母に捨てられたと知り、どういうわけか辛くなった。
『仲良くなれたかしら?』と聞かれて、戸惑った。肯定したかったができなかった。認めることは、彼女との別れを早めるから。
部屋に潜入したとき、至近距離で微笑む彼女の姿に満たされた。この時間がずっと続けば良いのにと願った。
私の日常はいつの間にか、人殺しから彼女と過ごすことに変わっていた。
それももう終わる。私が終わらせる。
「迎えに来た」
私が放った嘘に、リアがパッと顔を輝かせる。
「ここから出られるってこと!? じゃあ、準備しないと——」
彼女との距離を詰め、抱きつく。物音を立てないよう、体を打ちつけさせずに押し倒し、胴にまたがる。
赤い瞳が見開かれ、長い髪が床に零れた。口に猿ぐつわを噛まし、手早く拘束する。縛った両手首を頭の上へ回し、左手で押さえつける。
リアが私を睨み、くぐもった声で威嚇する。逃げようと暴れるたび、白い肌に縄が食い込み、衣服が乱れる。
私は彼女の頬にかかった金髪を指でそっと払うと、
腰からナイフを抜き取り、
切りつけた。




