第十話 『敵の幼虫ってどうするんですか?』
「……で」
真琴は、目の前に並べられた敵幼虫たちを見つめていた。
ぷにぷにしている。
白い。
微妙に動いている。
「これ、どうするの……?」
働きアリたちは期待するように触角を揺らしている。
完全に、
「女王、次の指示を」
という空気だった。
「いやそんな顔されても!」
困る。
かなり困る。
勢いで奪ってきたはいいものの、その後を考えていなかった。
すると近くの働きアリが、敵幼虫へ顎を向けた。
「……食べる?」
働きアリ、静かに触角を揺らす。
肯定だった。
「うわぁ……」
合理的。
めちゃくちゃ合理的。
高栄養。
安全。
保存も効く。
アリ社会的には完全に資源である。
「いやでも元は敵とはいえ幼虫だし……」
人間倫理が抵抗する。
だが。
巣の食料事情はかなり厳しい。
兵糧攻めの影響で、働きアリたちも消耗している。
綺麗事だけでは生き残れない。
「……一部は食料」
真琴は小さく呟いた。
働きアリたちが即座に反応する。
解体。
運搬。
加工。
「切り替え早っ!」
だが。
残った幼虫たちを見て、真琴は触角を揺らした。
「全部食べる必要、ある?」
その瞬間。
研究者時代の知識が脳裏をよぎる。
フェロモン認識。
帰属意識。
幼虫期の刷り込み。
「……もしかして」
敵幼虫でも。
自分のフェロモン環境下で育てれば。
「うちのコロニー扱いになる?」
沈黙。
そして次の瞬間。
真琴の中で、研究者としての好奇心が爆発した。
「やってみよう」
その言葉と同時に、周囲の働きアリたちが動き始める。
幼虫室整理。
育成区画確保。
世話係配置。
「いや統率力高すぎるでしょこの子たち」
ほんと優秀。
数日後。
巣の空気は明らかに変わっていた。
食料不足はまだ深刻。
だが。
奪ってきた幼虫のおかげで、栄養事情は多少改善した。
さらに。
「……増えてる」
育成中の敵幼虫たち。
最初は警戒していた働きアリたちも、今では普通に世話をしている。
そして何より。
幼虫たち自身が、真琴のフェロモンへ反応し始めていた。
「え、本当に?」
真琴が近付くと、幼虫たちが小さく身を動かす。
餌要求。
女王認識。
完全に“自コロニー化”が進んでいた。
「フェロモン便利すぎない……?」
いや怖い。
かなり怖い。
これ実質、敵勢力の吸収では?
しかも。
「……戦力になる」
自然とそう考えてしまった自分に、真琴は少し黙る。
以前なら抵抗があった。
だが今は。
コロニーが強くなることへ、強い安心感を覚えている。
「……私、変わってきてるなぁ」
触角を見つめる。
人間だった頃の価値観が、少しずつ遠くなっていた。
代わりに強くなるのは。
群れを生かしたいという感情。
女王としての本能。
「……危ないなぁ」
そう呟きながらも。
真琴は、成長していく幼虫たちから目を離せなかった。
その時だった。
入口側から、慌ただしい警戒フェロモンが走る。
「っ!」
真琴の触角が跳ねる。
敵襲。
しかも今までと違う。
数が多い。
さらに。
「……重い?」
地下全体が微かに揺れていた。
ずし、ずし、と。
巨大な脚音。
真琴は入口方向を見る。
そして。
次の瞬間、触角が硬直した。
「……え?」
通路の奥。
そこにいたのは。
一匹ではなかった。
あの巨大兵が。
二匹に増えていた。




