プロローグ
彼の名は武元拳史。性格は天然でマイペース。時々抜けている。そしてADHDの日本に生まれた中年男性。
誰よりも最強になることが夢である。
不可能に近い夢だが、幼少期から空手を習い仲間たちと切磋琢磨と己を磨き続けていた。
空手の才能があり、その上強くなることに対しては
仲間内では誰よりもストイック。
そのため、一緒に過ごす時間を重ねるたび
他人との価値観の差が生まれてくる。
皆仲良しだと思い込んでいたが、それは彼の勘違いだった。
仲間たちは彼の才能に嫉妬し、価値観が合わずついてこれずに、離れていき忌み嫌われていた。
親友でライバルの仲間からも避けられて、
夢を皆に笑われ続けてきた。
――聞こえるように言っているのだろう。
日々絶えない自分の陰口。
彼は、わかり合おうとしたが受け入れてもらえない。
かつての仲間たちには爪弾きにされることが当たり前になっていった。
孤立無援の状態。
彼はその出来事が「トラウマ」になっていた。
辛く悲しい過去。
そして、人間というものを心から信じることができなくなり、人間不信になっていた。
――人間は、仲間なんていくら口で言っても自分に都合が悪くなると裏切って味方が多く強い方へ行く。多人数でいる奴らより1人でなんでもこなせる人の方が強い。だから仲間はいらない。
そう思うようにした。
歳を重ねていき切り替え、前向きになっていった。他人に対してはあまり興味がなく、誰とも群れることなく過去に蓋をした。
「1人で最強になる」
と決めて孤独を選び夢に向かって空手とオリジナル技を鍛え続け歩みを続けていた。
袖を通し、おへその中心で帯を締める。道着に着替える。
そして、軽い準備体操をした後に、窓の外を眺める。
大雨が降っているが彼には関係がない。
「今日も鍛錬だ」
そう言いながら家を飛び出した。
雨に濡れると風邪をひきやすくなる。
そんなこと気にならない。それすらも鍛錬だと言わんばかりに走り続ける。
道中、相合傘をしているカップルとすれ違い変な目で見られるが、そういう状況にはもう慣れきっている。
彼女の方がすれ違いざまに何かを言っている。
「あの人こんな雨なのに靴履いてないんだけど。」
何を隠そう彼は、ADHDなのだった。
――あ、そっちか。また靴履くの忘れた。
そう心の中でぼやきながら、裸足で街中を走り抜ける。
いつもの勾配がある山道には土砂崩れ注意の看板がある。
何も気づかずに駆け上がって行く。
――足の裏が痛むが外側の傷は数日で治る今が痛いだけだ。この痛みも強さへの一歩。心の傷に比べたら可愛いものじゃないか。
と靴を忘れるたび自分に言い聞かせるようになっていた。
彼は体が少し頑丈で人よりも外傷の治りが早いため、苦にすることではなかった。
だが、心にできた傷は完治はしない。
治し方もわからなければ傷が塞がるまでに時間がかかりすぎる。
そのため、外傷に対して痛みはあるが気にするほど大した問題ではないのだ。
しばらく走り続けてから、いきなりそれは起きた。
「ゴーゴロゴロ!」
と地鳴りがすると数秒後にグラグラと地表が揺れ出し、体が多少揺られる。
――なんだ?地震か?まあいいか。
と揺れている中も、気にすることなく走りつづける。
「ドーン!ミシーン!バキバキ!」
上の方からものすごい音が聞こえて見上げてみると
すごい勢いで、木と土砂が押し寄せてくる。
土砂崩れだ。
全力で走ればまだ逃げ出せるかもしれない状況にもかかわらず、彼は立ち止まる。
背筋を伸ばし、軽く膝を曲げ重心を落とす。
両拳で顔面を守る。
彼は、土砂崩れに対してもガードを固め耐えてやろうとしたのだ。
無論それは無謀なことだ。直撃する土砂崩れに耐え抜くものなどいるわけもなく、ガードを固め
「ウオー!!」
気合を入れて腹から声を出すが、体が悲鳴をあげて骨という骨が折れて行き、そのまま飲み込まれて行く。
――クソ、なんだこの威力と重さ。俺は最強になるために常に鍛えてきたはずなのに!悔しい、まだ夢を叶えてないんだ!こんなことで死んでたまるか!と心で叫びながら意識が遠のいていく。
遠のく意識の中で
――畜生。俺はまだ強くなれるんだ。絶対死んでたまるか。
と唱えるように何度も繰り返し思いながら意識がなくなった。
それが彼の現世での最後であり、新たな人生の幕開けだった。




