20コレス視点
妻のエレラから離れたくはなかったが、この花のサンプルと予約受注と言われたものを描いた、美しい模様のした紙を持たされて頼まれたので先に終わらせておきたい。
コレスがギルドで活動していた理由の一つには、エレラのような普通の女は、通常周りと会話を行うというのが必須らしい。
自分なりに彼女の良き夫として、周りと会話して普通のギルド員のように人を集めて、彼らと会話に興じる普通をやっていた。
それを繰り返していただけ。
監視の男を確認しながらも通り過ぎてギルドへ向かう。
監視されているとはつゆにも思ってない間抜けな顔をしていた。
あの顔はギルドで見たことがないから、あの貴族夫人の子飼いだろう。
今すぐこんがりにしたい衝動をなんとか納めてギルド内に入る。
コレスはエレラがどこかに行ったと知った時、激しく意味がわからなかった。
おかしい、普通の男みたいに夜遅くまで飲み明かすような生活をやっていたのに。
エレラは何が嫌だったのだろう。
周りの男達の行動を模範していただけの男は、己の行動がなにをもたらしていたのか結果に納得いってなかった。
音を立てずに入ったが、いくつか視線が刺さるので、強い存在はぽつぽついる。
もしかしたら、コレスがこの街に滞在していると掴んだ者たちの回し者かもしれない。
そんなのを気にせずエレラの願いを叶えるために、受付へ向かう。
コレスは周りのギルド員や男衆のように、女のことを言い周りと話を合わせる反復行動をしていただけ。
なにか考えながら話しているわけがない。
イメージを作り上げて、それを披露していただけなのに。
「あ、こ、コレスさんっ」
受付の男が待ってましたという期待に輝く顔つきを浮かべる。
「配達員を雇いたい」
受付が顔色を変えては、いざというとき情報漏洩の具合が過ぎる。
「配達員ですか?それは」
さらに質問を重ねようとするので、黙って紙を見せた。
これに全て書いてある。
配達員にさせること。
注文者にさせること。
ありとあらゆる質問に対する答えがそこに載っている。
それを見たギルド員は目を流して読む。
「え、凄い」
注文方法も書いてあるので、その方法に驚いているらしい。
箱にある穴にお金を入れれば、直接送られるということも記載済みなので隙はない。
「か、画期的です!花冠というものとドライフラワーに花占いだけでも噂を聞きますよっ」
一週間前に作ったものを見えるように置いて、花占いを説明しながら披露。
そうすればいいと指示されて、言われた通りしたら注文を言われたが。
まだ販売しないと言えば欲しいやつらが、紙に文字を書いたものを寄越してきたので。
期待させないように、売ってもらえるかはわからないぞと予め言っておいた。
すると、エレラから言われたのはこの紙に書かせるようにということ。
それと、配達するときの注意を事細かく書いてある。
少し高めに値段設定したので注文者が減るかと思ったが、花冠とドライフラワーのできが良過ぎて断られることなく。
納得の値段だと言われることになった。
コレスは過去を思い出す。
エレラはなにが気に入らなかったのか今でもよくわかってない。
普通を知らない自分が普通の女性と結婚したからこそ、彼女を怯えさせないように平均的な男の行動をした。
それが、よくなかったらしい。
前を向く。
花占いは誰でもできるので独占しなくて良いのかと、言うとエレラは笑ってそんなもの独占をしてもなんの意味もないからと述べた。
「あ、あの、モンスターの討伐依頼を」
花占いをしていても気にしないことにした。
むしろ、自分が第一人者と言った方が効果的だからと寛容さにグッときたものだ。
回想しているコレスは「今は無理だ」とはっきり断る。
いつもなら気にしないまま、討伐に向かっていたが。
監視が家を彷徨いているので、安易に遠くへ行きたくない。
「あ、そうですか。あと、その紙の線の書き方なんですけど、うちでも使わせてもらってもいいですか?」
「ほお」
目を細める。
「い、いえっ。使わせてもらいたいと……」
「利用料は……」
「勿論、ギルドに認可してもらえれば払いますっ」
「特許登録もしておく。それで、無料公開する」
「無料?特許なのに?えっ?」
エレラ曰くこの世界の特許は有料を目的としたものしかないので、無料で公開するために登録してきてほしいらしい。
なんのためだとコレスも感じたが、誰の考えかというのがわかるようにするためと、この線の描くものを広めるため。
それと、同じものを出されて独占されないように、とのことらしい。
これからも使い続けるので、独占されたら使えなくなると言われた。
他にも使い続けたい事務用のてんぷれえと、と言っていたものの為に先んじて登録をしてきてと言われた。
エレラが自ら登録しにギルドに行こうとしたけれど、コレスが止めておいたのだ。
時間がかかって、ここで道草を食いたくなかったという理由。
妻の顔が晒されたら、あの老婦人が情報を得やすくなるという点。
「わ、わかりました」
「ほんの少しでも登録される前に使われるかもしれないからな。だから複写不可にしておく」
「そ、それはっ」
困ると言われたが、Sランクという小さな国の王よりも信頼度がある、自分の提出したものにケチをつける方がどうかしている。
それに、勝手に使われたら怒る自信もある。
この男に、今怒りを負けて破るなと言ったところで、こいつではないやつが使おうとするので意味がない。
複写したかったら、直接確認にこればいい。
嫌ならば来なくて良い。
コレスは妻が悲しんだら嫌なので、徹底的に隙間を埋めようとしている。
念押しし、ギルド長のサインもさせておいた。
一、ニ枚あればどれだけ描きやすいかなんて一目瞭然。
ケチをつけたのならば二度とこれを使わないと言う。
ていのよい脅しだが、こうでもしないと使うものが出てくる。
情報管理が杜撰といつも言っているエレラの気持ちが、ちょっぴり理解できた。
Sランクの男は再度ギルドの関係者に言い含めておく。
もっと事務に最適なものがあると小耳に挟ませておいたので。
一つを盗んで永遠に他のものを失わせる馬鹿なマネなどし難くなった筈だ。
特許を登録前から使われたら、特許の良さも信頼もなくなるので、そこは流れに任せておく。
今ではもう普通を演じなくてよくなった。
それが、とても楽しくて、ありのままを見せつけてもなんだかんだ付き合ってくれるエレラ。
仲間を作らなくてもよかったのだと、過去の時間の浪費にそれならば家にこもっても、許されたんだなと今更学ぶ。
変と思われたら捨てられる。
そう思ったから普通の男のように振る舞った。
酒を飲み、男達と過ごす。
帰ったら口説く。
何日も隣に座り続ける男なんて見回してもいなかった。
が、今はそれをやっても彼女は怒らない。
言葉がなくても、口数がなくても何も言われず、感情を探っても不快に思われることはなかった。
エレラのところに帰ろうとした時、声をかけられた。
「あのー」
「あ?」
コレスの愛想は普通なので、これが普通だった。
「ひっ!?あ、う、その。花冠のところの人ですよねぇ?」
「ああ」
「店の名前ってあるんですか?妻が知りたがってましたので」
「店の、名前……?」
「は、はい」
おどおど聞く男にコレスは眉をひそめた。
エレラは不機嫌というより、コレスの変人ぶりをSランクが普通なわけがないという理由で、なんでもかんでも受け入れ状態。
それを思い出し、平行に名前を思い出そうして気付く。
「おれもまだ知らない」
「ええっ」