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戦場に跳ねる兎  作者: 瀧川 蓮
第一章 逃避
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第十話 信じる者

「お姉ちゃん、いったよーーーー!」


大きく弧を描きながら飛んでくる円盤を、リザは高くジャンプしてキャッチする。地上に降り立つと同時に素早く円盤を投げ返した。


「すごーい! お姉ちゃん上手ーー!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶアルミラージュの子どもたち。最初は戸惑っていたリザも、最近ではすっかり子どもたちと打ち解けてしまった。


汗をかくのが気持ちいい。今までこんな感情を抱いたことはなかった。戦場や暗殺の現場で泥と血にまみれながらかく汗とは全然違う。肌を弾ける汗が太陽の光を絡めて煌めいていた。


風が心地よく顔を撫でる。靡く紅い髪を片手で押さえながらリザは空を見上げた。雲一つない青空に心が浮き立つような感覚を覚える。


「あっ! ごめんお姉ちゃん!」


手元が狂ったのか、子どもの投げた円盤がリザのいる場所から離れたところへ飛んでゆく。全力で地面を蹴るが間に合いそうにないと見るや、リザは飛翔魔法を発動させた。あっという間に追いつき円盤を見事に片手で掴む。


「す、す、すごーーーーい!! リザお姉ちゃん空も飛べるのーー!?」


飛び跳ねながらリザのもとへ集まってくる子どもたち。その瞳には羨望の色が濃く浮かんでいた。


「ねえねえ! さっきのも魔法だよね!?」


「うん」


「どれくらいの高さまで行けるの!?」


「……試したことないけど、あそこくらいまでなら簡単だよ」


子どもたちからの矢継ぎ早な質問にやや戸惑いつつ、広場から見えるコンクリート造のビルを指さす。視線の先にあるのは約十階建てのビル。


「監視ビルの上までってこと!? すごーい!」


「監視ビル?」


「うん。あのビルの最上階から街に近づく敵の軍隊とかを監視してるんだー」


なるほど。あそこで敵の動きを掴んで警報を発するわけか。あの高さならかなり遠くまで見渡せるはず。


「あ、もうこんな時間だ。帰ってお昼ご飯の用意を手伝わなきゃ」


子アルミラージュたちが慌てだす。そっと手首の時計に目をやるとたしかにお昼どきだ。リザも一度レイナの家に戻ることにした。



──前線から離れた場所に設けられた仮設の軍議室。剣呑な雰囲気のなか席に座る隊員の顔色はよくない。


「……私が組み立てた作戦案は以上です。何か質問は?」


特殊魔導戦団シャーレ、鮮血部隊へ配属されたばかりのリンナは指でメガネを押しあげながら隊員たちへ視線を巡らせる。


わずか十歳で博士号を取得した天才少女リンナは軍にスカウトされ鳴り物入りで入隊した。だが、考え方が先鋭的であるうえに上層部へも忌憚のない意見を遠慮なく述べるリンナは、次第に軍内部でも孤立し始めた。


結局、正規軍では扱えないとの理由で、問題児ばかり集まるシャーレ、鮮血部隊に押しつけたのである。


「……質問がないようでしたらこの作戦で──」


「ちょっと待った」


手を挙げたのはアイリーン。銃型魔導兵器の名手であるボーイッシュな少女は、眉間にシワを寄せてリンナに鋭い視線を向けた。


「お前、本当にそんな作戦でいけると思ってんのか? どう考えても無茶だろうが」


「……どこが無理なのでしょう?」


「人員を配置する位置に投入する数、すべて無理がありすぎる。私はこんな適当な作戦で死ぬのはごめんだ」


「適当ではありません。すべて計算した結果です。私が導きだした結果が間違うことはまずあり得ません」


メガネの奥から覗く瞳でじっとアイリーンを見つめる。ああ。ここでもそうなのか。結局ここも正規軍と同じ。


「そういうのを机上の空論ってんだよ。そもそも、お前ほとんど実戦経験ねぇんだろうが。そんな奴の作戦なんて怖くて仕方ないっての」


ほら。二言めには実戦経験がない。机上の空論。データさえあれば私に見えないものはないというのに。


「これまで私が軍に上申した作戦の多くは採用され成果も出ています。少なくともあなたよりはこの戦場における盤面も見えています」


「何だとてめぇ……!」


ガタンと椅子を鳴らし立ち上がったアイリーンがリンナのもとへ歩み寄ろうとする。が――


「やめろ」


凛とした声が響く。かわいらしい声色だが有無を言わさぬ力強さを秘めた声。全隊員の目が一斉に声の主に視線を向けた。


アイリーンを静止したのは鮮血の隊長、リザ・ルミナス。帝国の人間兵器、シャーレ最強の兵士と名高い十五歳の少女。


「アイリーン、席に戻れ」


「……はい。リザ隊長」


自分より年下の少女に着席するよう促され、素直に言うことを聞くアイリーン。リザはスッとリンナに視線を移す。


「……リンナ。あなたの立案した作戦は素晴らしいと思う」


でも、結局のところ没なんでしょ。ええ分かっている。どうせあなたもあの無能な正規軍のお偉いさん方と一緒。


立案した作戦をやんわりと却下されると思い込んでいた。が――


「作戦の成功確率はどれくらい?」


「……え? ええと、天変地異でも起きない限りほぼ百パーセントです」


ざわめく隊員たち。アイリーンも苦々しげな表情を浮かべた。


「そう。ではリンナが立案した作戦で進める。以上」


全隊員が短く返事をする。鮮血の凄さは結束力だ。おそらく、鮮血の隊員はリザが死ねと言えば死ぬのだろう。現に、先ほどまで苦々しげな表情を浮かべていた隊員たちも、リザが作戦の採用を決めると即座にそれを呑みこんだ。


軍議が終わり隊員たちが仮設の軍議室から出ていき、リンナとリザだけが残された。


「……リザ隊長。なぜ私の案を採用してくれたのですか?」


どうしても聞いてみたくなった。


「私はあなたより強い。でも、あなたのほうが知能は高い。戦場の盤面も私たちよりあなたのほうがよく見えているはず」


感情がまったく窺えない瞳をリンナに向け口を開くリザ。


「それに、これまであなたが上申した作戦が成果を出していることも私は知っている」


驚いた。上層部から疎まれ押しつけられた人材のことを、わざわざ過去にさかのぼって調べたのか。リザは椅子から立ち上がるとリンナのもとへ歩み寄り顔を覗き込んだ。


「私はあなたを信じる。だから、よろしくリンナ」


単純と言われるかもしれない。ちょろいと言われるかもしれない。でも、このとき私はこの人のために働こうって、隊長のために尽くそうって心に決めた。



――肌寒さを感じて目を覚ました。どうやら会議のあとそのままテーブルに突っ伏して寝てしまったようだ。


リンナは目元をこすると、そばに置いてあったメガネをかけ周りを見渡す。部屋にはもう誰もいない。ずいぶん懐かしい夢を見た。


リンナは端末の電源を入れると、何やらデータを入力し始める。


「……隊長。ここは絶対に私が守りますから。だから早く……」


涙腺が緩みそうになるのを、グッと奥歯を嚙みしめて我慢した。今はまだ泣かない。涙を流すのは隊長が戻ってきたときだ。


誰もいない会議室のなかにキーボードを叩く音だけが無情に響き渡った。


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