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【無能で狡猾の氷結 ドライアイス】

「流石…、この世界の王なだけありますね。氷漬けさえ、免れるとは尊敬に値します」


「当たり前でしょ。君がどう動くかなんて、最近の一依を見ていたら分かる」


「王の前では道化師も甘いのですね。でも、事前に防ぐことができなかったのは無能かと思われます。 まぁ、俺なんかに言われたくはないでしょうけど」


「皮肉と嫌味はそれだけ?なら、裏切った相応の罰を下さないとね」


衝撃に耐えた王に皮肉と嫌味を交えた称賛を口にするが、相手にとっては傷にすらならない。 むしろ、更に冷静に――いや、冷淡になるだけで見えぬ攻撃を繰り出していく。 氷を砕くように容易く行う攻撃は鋭く激しい痛みが全身に流し、魂諸共、散らす。 王の厄介な所は多々あるが、持つ魔法の中でこの見えぬ攻撃は特に厄介であり、どう防ごうが意味なく受けてしまう。――しかし、それは無効化しなかった場合の話。


違和感を抱き、一瞬、疑問符を浮かべるが。攻撃が効かない理由が分かるとなると、鋭く冷え込んだ眼差しをこちらに向けて呆れたように宮廷道化師の名を呼ぶ。


「一依の仕業か……」


「ご名答。流石、胡宵様ですね…宮廷道化師の事に関しては目を離さないだけあります」


再び皮肉と嫌味を交えて称賛を口にする。宮廷道化師の話を聞くに、俺達とは全く違う愛情と熱意を注いでいるらしく。否定や拒絶、何をしても、快く許しを述べ、咎める事は一切なかったという。いや、むしろ。その行いを褒め称えていたとか。だから、こうした称賛を口にできるわけで。すぐさま、宮廷道化師が関わっていた事を理解して――、


「一依が関わっているのなら、話は別。君の自由にするといいよ」


「はぁ? 」


予想外の回答に思わず、困惑と唖然とした声が出る。

確かに、王は宮廷道化師に甘い。しかし、此処までとなると――。


「一依は、夜仲と世明と同じく。最も大切な存在だからね。ほら、復讐したいなら。復讐すればいい」


今度は愛しむように宮廷道化師の名を呼び、憐れむように復讐することを肯定する王の姿に。 更に心底、失望し。憎悪を抱き、怒りが沸々と沸き上がってくる。 今思えば、嫉妬も入っているのかもしれない。自分が欲しかったものを他の相手に捧げた事に。 あまりにも情けない言動を見せる王に、表面にも出てしまったのだろう。先程まで、澄ましていた心と顔も怒りに染まり、最低限の礼儀さえ捨てて、荒げた声と共に素早い無数の氷柱を投げ込む。


「俺がどんな思いで足掻いてきたのを知りながら、理解しておきながら…結局は、自分本位の即断即決で諦めるなんて! 受け入れるなんて!無能にも程があるってもんなんだよォ! ああ、結局……どちらにしても無能になるんだったら、殺してくれりゃあ、よかったのにィっ! 」


「確かに私も無能だろうね。でも……」


「生かす事が正しいとは限らないんだよ…、生かす事が幸せになるとは限らないんだよ…、生かして地獄に戻すんだったら、殺してくれればよかったのに。死なしてくれればよかったのに。独善と偽善による行動は…、誰も助からない。救えない。報われない。更なる地獄による苦痛を味わうだけで幸せにならないんだよ……」


「――でも、君は一度でも私を愛してしまったんだ。抗おうとしてしまったんだ。

ここに立っている時点で。どの満ち、こうなる運命を導き。死ぬチャンスすら、逃したのは君自身だろう? 自らの行いで無による失望を導いたのを相手に押し付けるのは。責任を擦り付けるのは良くないよ」


素早い無数の氷柱を受け、血を流してもなお、王は変わらず憐れむ視線を向けて、優しく投げ返すだけだった。 またそれに加え――、


「それと、君は私を本気で殺せるの? 」


――挑戦的な揺さぶりをかけながら、ただ見下すだけだった。


投げ返された言葉を受け取った無能の氷結は、挑戦的な揺さぶりをかけられ見下された無能の氷結は。 怒りが瞬く間に消え去り、鋭い目付きで睨み。今度は魂に目掛けて、体内の水分を凍らせる。 最初からこうしていればよかったと小さな後悔を抱きながら、復讐劇の一つを達成するべく周囲を更なる氷の世界へと変えていく。 意識が無いのを確認すると、次なる復讐劇を達成するべく、王室の外へと出て、冷え込んだ廊下を足は無いが歩いていく。



歩いていく中で、パキッと氷がひび割れる音がして振りむけば。次なる復讐劇である標的が悲哀に満ちた顔でこちらを見つめていた。自ら、達成させに来てくれるとは。流石、自己犠牲を厭わない献身さを持っている。いや――、王のように。無能の氷結のように。彼もまた無能を持っている。誰かの為にと、地獄を繰り返す無能さを――。


「彗亜……、」


透き通った少し高めのウィスパーボイスに名前を呼ばれて、思わず微笑んでしまう。 いや、不敵な笑みを浮かべて。ゆっくりと近づき、優しく頭を撫でるように心身ともに凍て付かせて――。


「彗亜は私を殺せば、私が死ねば、私が消えれば、私が居亡くなれば、救われるの? ――じゃあ、本望だから。お互いに幸せになれるね」


今度は愛に満ちた瞳と愛しむ声音で見つめられ――いや、受け入れられて。


「私は彗亜の事をこの世界の誰よりも心から愛しているよ……」


――愛の告白を告げられた。




―――




好意を、恋心を、愛情を、利用するのは如何なものかと思われるだろうが、手短に済むので今回ばかりは良いと言えよう。何より、彼が本望というのなら、文句や非難を言う必要はない。言われる筋合いだってないだろう。それがどんな形だとしても。――しかし、そうだとしても。絶対に嫌がり、咎め、制止に入る者がいる。それは、彼の双子の弟である世明だ。世明は至上になるほど兄を誰よりも愛している。だからこそ、制止に入るのは必然と言えよう。


「――彗亜!何をやっているの! 夜仲に手を出さないで! 」


声を荒げて、必死に止めに入る。

だが、そんな世明と対照的に。裏腹に。彼――、夜仲は至って自分と無能の氷結を優先し、純粋とも、歪んでいるとも捉えられる愛に満ちている。邪魔をするなと拒んで。


「世明…、彗亜の気持ちが分からないの? 」


「分かる分からない以前に、こんな事を許されるわけがないでしょ!

彗亜、今すぐ。その手を離さないと、首を吹き飛ばす! 」


「それなら、世明を呪い殺してでも。私は彗亜を――、」


「――分かった。ここは一度、手を引こう」


兄弟喧嘩の中に割って入り、降参のポーズと共に一度、身を引くことを宣言する。

その選択に疑問符を浮かべ、困惑した声音に変えてこちらを見つめてくる瞳を安堵させるよう、世明には聞こえず、彼――夜仲だけに聞こえるように優しく囁いて告げる。


「彗亜…? 」


「大丈夫。策はいくらでもあるから、予定内さ」


「うん…、彗亜がそう言うなら」


告げられて安堵したのか、囁きが恋心に響いたのかは分からないが。困惑は消え失せ、恍惚とした表情を浮かべている。 だが、そんな一瞬の出来事さえ。世明は見過ごさない。敵意と疑心を表面に思いっきり出しながら、制止も含めて咎めに入る。


「どんな目的であろうと。それ以上、夜仲の心を弄ぶことはやめて。

適当に綺麗事や自虐を並べて、気を引いて利用するなんて。本当に最低!

そこまでして、構ってもらいたいの?見てもらいたいの?気持ち悪いんだけど」


「流石の俺でも。構ってほしいとか。見てもらいたくてやっているわけではないさ。 そう思うなんて、少し捻くれた考えや捉え方をしているだけじゃなく。自信過剰すぎないか? 」


「そうなると意図した時点で、そうやって理解した上で操ろうとしているんだから。捻くれても自信過剰でもないよ。 むしろ、そっちが捻くれた自信過剰さんって感じ。いい加減、その気持ち悪い夢から醒めなよ。どうせ、叶いっこないんだから。生まれつきの無能の彗亜にはね」


咎めに否定を重ねるも、更に咎めを上から重ねるように植え付けられる。あまりの咎めに黙って見聞きしていられなくなったのか、夜仲が世明に飛び掛かろうとする。すぐさま、飛び掛かろうとするのを手で止め、自分の事は自分で解決すると宥める。そして今度は、世明にゆっくりと近づいて。ある者の名前を出しながら、心に揺さぶりをかける。


「そうか…、そんなにも兄が大事で愛しているのか。ああ、それを有栖花がより知ってしまったら。身を引いてしまうだろうなァ。俺の兄は兄弟愛を優先するだろうから……」


「はっ、な…、有栖花の名前を出すなんて卑怯……」


「本当の卑怯者はどっちなんだろうなァ…? 有栖花に愛を伝えておきながら、結局は夜仲を選ぶなんて」


こちら側の双子の兄である有栖花の名前を出し、それは許されることなのかと尋ねる。 これも宮廷道化師から聞いていた話だが。動揺しているのを見る限り、嘘ではないと分かる。 兄は有能で頼りになる完璧なお化けだ。好きに――いや、愛してしまうのも納得がいく。 結局、この兄弟は俺達兄弟に心を奪われてしまっている。とはいえ、流石に俺を愛しているとは予定外で。今さっき、あの瞳で見つめられるまで気づかなかったが。予定外ではあるものの、こちらとしては美味しい結果であり、スムーズに復讐劇が達成できそうであるから問題はない。心に揺さぶりをかけ続けて、声が出なくなるまで思考を停止させよう。


「有栖花は俺と違って優しいから、理解力もあるから、許してくれるが。お前自身は許せるものなのか? もし、許せるんだとしたら…俺の事は言えないはずだ。この行為を認めるって事で」


「そ、それは……」


「自分だけはいいなんて話。王だって許される事ではないのに。まさか、王子である自分だけは許されるとでも? あははは…、これじゃあ、どの兄も救えないなァ。世明の為に…と、頑張って生きてきたのに。 全て水の泡に流されて、すーっと息絶えてしまう。ああ、ただでさえ。生まれつきの無能の役立たずの身内がいるのに。 可哀想すぎる。理不尽すぎる。悲哀すぎる。不幸せすぎる。報われなさすぎる。救われなさすぎる」


「でも…、」


「裏切ったくせに、「でも…、」の先なんて言えるのか? いいや、俺は言ってもいいと思う。 どちらにしろ、言い訳にしか捉えられないんだ。一度、裏切ってしまえば。否定や逃避としか認識されず、叩かれるんだから。――俺だけでも、本当の想いを受け取ってやらないとな。世明」


「…あ、有栖花」


世明が潤んだ目で有栖花の名前を呼んだ瞬間、キーンと耳障りな高音が鳴り響き、氷が纏わりつく。 くるりと攻め込んで、最後には有栖花のふりをして氷漬けにさせるそんな狡猾な事をする氷結に。 驚きも、怒りもせず、ただ恍惚とこちらを眺め、希望と愛に満ちていた。そんな彼――夜仲にも最高に美しい礼を捧げる。ゆっくりと手先を伸ばし、優しく包み込むように――。


「――俺を本当に誰よりも心から愛しているって告げるのなら、出会った瞬間に救ってほしかった」


憎しみと怒りで咎め、氷の柱の中に閉じ込めたのだった。

その咎めを聞いて、一瞬、驚いた表情を浮かべていたような気がするが。確認する暇など、いや、必要など狡猾の氷結には無い。



―――



魔法と加護を使い続けたせいなのか、身体全体が酷く痛み。口からは、紅い液体が大量に流れ出ている。 やはり、大規模の範囲で氷の世界を作り出すのは良くなかったのかもしれない。とはいえ、復讐劇を達成させるためには。此処までしないと――、


「がはっ…、おうぅぐぇ……あ、っこんなところで、まだ」


突如、身体がふらついたと同時に尋常ではない程の鋭い痛みに襲われ、耐えきれずに床へと勢いよく倒れ込む。 しかし、倒れ込んだ衝撃で更なる鋭い痛みが走り、視界がぼやけ薄れていく。



数分ほど時間をかけて、なんとか、力を振り絞って立ち上がり、身体の内部を魔法で治療しながら、目的の場所へと向かおうとすると。 これまた都合よく、復讐劇の対象の一人が相変わらず無愛想で凍てついた眼差しで様子を窺っていた。 狡猾の氷結がまだ動けることを認識すると、すぐにでも治療室に共に向かおうと手を差し伸べる。 だが、狡猾の氷結は稀にみる素直な感情で差し伸べてくれた手を振り払うどころか、傷つける。


「お前には、冷やすことすらしねぇよ。せいぜい、皆が氷漬けになっていく様を独りで眺めて味わっているといいさ」


一番、傷つく方法で復讐すると宣言して。足は無いがゆっくりと重い足取りで横切っていく。 互いが背を向ける頃には、もうどんな顔をして、どんな感情でいるのかなんて、想像したくもない。 でも、きっと。見限られ、見捨てられ、見放された事に。孤独に陥った事に酷く――、


「兄上!胡宵様や世明様だけではなく、よくも夜仲様を氷漬けにしてくれたわね。その上、厳まで傷つけるなんて。 今度は、私が骨まで焼き払うまで、焦がすまで、溶け込むまで、料理して、砕け散ってあげるわ。 甘い愛に満ちた灼熱で即死しなさい…! 」


だが、想像すら――いや、全てにおいて許さないと。紅く燃え上がる灼熱の液体に身を包んだ、一番の強敵が立ち塞がる。 同じ場所で育った双子は似てしまうのだろうか。しかし、今度は兄を護るためではなく、妹を護るためだが。


俺のもう一人の妹かつ厳の双子の姉である愛。

己の熱魔法を使って、全てを甘く溶かし、燃焼させて、香ばしい匂いで辺り一面を埋め尽くして料理する。 そして、愛という名前ながら、俺に対しての愛情は持ち合わせていない。いや、俺だけに愛情を注いでいない。 何より、こうして互いに敵として、復讐として、火花を散らし合っている時点で兄妹でも、家族でも何でもない。 ただ利害の一致で繋がっていた赤の他人に過ぎない。だからこそ、容赦なく攻防戦を繰り広げる事ができる。 とはいえ、体質と魔法の関係で俺に勝ち目は少ない。たとえ、加護を発動させたとしても。戦闘においては、愛の方が上だ。


真上から降り注がれる火の玉に身体を焼かれ、背後からマグマと同じ温度の熱を浴びて火傷を負い、左右からはウェーブ状の火の波が腕を削りながら焦がし。負荷のかかった身体に魂諸共、生存率を下げていく。怒涛に繰り出される攻撃に避けきれず、ダメージだけを蓄積して、立っていられるのがやっとまでに追い詰められる。そんな無様な氷結の姿に、熱い咎めと呆れが傷口に入り込む。


「いい加減、降参したらどうかしら?兄上は私に勝てる事など確実にないのだから。 それに何度も痛みつけるのは心苦しいのよ。一発で終わらせてちょうだい」


「は、そうだな。確かに今の状況と状態だと、俺はお前に勝ち目は確実になくなってしまった。 だが、勝ち目はなくとも……」


「その先なんて、他の方法なんて、何も存在しないのよ。兄上」


止めを刺すための一撃が目の前を目掛けてやってくる。立っていられるのがやっとな身体で避けることなど不可能。 このまま、素直に浴びて朽ち果てるふりをした方が最適か。いや、直撃するのは確実だから、ふりすらもできないだろう。こんなところで俺の復讐劇が幕を閉じるなんて、実に滑稽で失望する。結局、俺は報われない――、


――突如、振動と共に炎が途切れ、愛が回転しながら宙に舞い上がり、床へと強く叩きつけられる。 思わぬ事態に目を丸くし呆然として立ち尽くしていると、愛の背後から、高らかな不気味な笑い声と共に青い二本の角を輝かせながら、全くもって予想外のお化けが現れる。


「――随分と、楽しそうな事をしているじゃありませんか。是非とも、ワタクシも参加させてほしいものです」


「い、一依……」


「ふふふっ…、どうやら、殺人鬼の頃の血が目を覚ましてしまったようです。さぁ、自分の色に染め上げましょう? 」


一依が現れるとは――、いや、愛を裏切りにくるとは微塵にも思ってもいなかった。 とはいえ、これは都合のいい展開だ。何故、此処に来たのかとも聞きたい気持ちも抑えて、一依を上手く利用しよう。



「そうか。じゃあ、また予定変更して。少し踊ってもらおう。この凍てついたリンクでなァ? 」


叩きつけられた衝撃によって、未だに起き上がれない愛と。孤独というワードに怯えた結果、最初から戦意喪失で動けず、観客になっていた厳を道連れに。床を凍り付かせてアイススケートのような舞台を作り出す。 道連れとなった二人は逃げることもできないまま、氷のオブジェクトと――愛が咄嗟に熱で氷を防いだことにより、流石にならなかったが。飛び散った氷の破片で数か所ほど掠り傷は負ったようだ。そして、起き上がれない状態でも魔法を放とうと手を正面にかざす。しかし、すぐさま。一依の攻撃により、小さく悲鳴を上げながら遠くの方へと吹き飛ばされる。 その隙に俺は愛から受けた攻撃を魔法で治療をし、再び吹き飛ばされた衝撃で動けない愛に、今度はこちらが氷の刃を投げ込んで止めを刺しに行く。


今回は咄嗟に防ぐことはできなかったのか、氷の刃が首元を貫通し音も立てずにより深く倒れ込む。 協力も助太刀もせず、怯えに囚われ、何も出来ずに一連の流れを見届けた厳がようやく理性を取り戻し、慌てて愛の元へ駆け込むも全てにおいて遅い。そう、後悔と喪失感に満ちた泣き声が証明していた。これで、一依を合わせて残るは二人。ひとまず、最後ではあるから保留にするとして。何故、此処に来たのかと。愛を裏切る選択肢をしたのかと聞こう――。


「はっ、嘘だろ。い、いない…!? 」


だが、周囲を隈なく見渡しても一依の姿はなく、湿った空気だけが流れていた。

どうやら、聞く前に何処かへ立ち去られてしまったようだが。まぁ、いい。奴は最後だ。 まだ残っているもう一人を処理して復讐劇を達成させなければ。恐らく、もう一人の方は逃げ遅れて自室に閉じこもっている、いや、寝たきりのはず。蘇生効果のある魔法薬の副作用の悪化で酷い負荷がかかっているから――。



―――



「――随分と手間のかかる復讐をするもんだ。此処から出さえすれば、俺達は壊滅状態となるのに。 まぁ、手間をかけたいほど。俺達に失望し憎悪と殺意を抱いているのだろう。それなら、致し方ないと言える」


顔を合わせた開幕そうそうに穏やかな笑みを浮かべながら、皮肉と嫌味をどちらも込めた台詞を口にする。 氷結の、俺のたった一人しかいない兄である有栖花が。


やはり、自室のベッドの上で寝たきりの状態――いや、正確には顎辺りに手を添えて、重い腰を上げて少し起き上がっていた。有栖花は全てにおいて有能なお化けだ。復讐することに否定を述べる前に手段が非合理的で効率が悪いと指摘しながらも、俺の気持ちを配慮すると、悪くても致し方ないと結論をまとめるようだ。そんな皮肉と嫌味を込めた結論を無かった事にするように、優しく寄り添うように受け入れる態勢をとる。


「お前のしたい復讐をすればいい。俺は、俺だけは否定しないさ。俺も失望していたからな」


本当なら、愛のように激怒して攻撃してきてもいいはずなのに。俺の気持ちを優先して、慰めに入る。 復讐という選択肢を選ばせてしまったことによる謝罪と償いも含めて。


兄がそういう態勢をとるのであれば、こちらも最後の情けとして。最期の弟との会話として。 復讐するのを少し先延ばしにしよう。 お返しにと、皮肉と嫌味を込めた台詞を吐きながら、最期の会話をしようと持ち掛け、部屋全体を凍て付かせていく。


「はぁ…、本当に最低な兄貴だな。それで、俺が報われて救われると思っているだなんて」


「ふふっ。まさか、こんな形で兄貴呼びをされるとは…… 望んでいた形とは違えど、嬉しいものだな」


「何を笑っているんだよ。ちゃんと、俺の皮肉と嫌味を込めた台詞を聞いていたか? つーか。胡宵様も。夜仲も。世明も。愛も。厳も。氷漬けにされたってのに。よく、平常心でいられるな」


「当たり前だろう。生かされてしまっているんだから…、お前の思惑とは裏腹に。だから、せめてもの救いをあげようと思って」


「なんだ、随分と意味ありげな言い方だな?最期の会話や言葉にしても、おかしくないか? 」


意図が伝わっていない事に不満を抱き、よく平常心でいられると返す。

そしたら、随分と意味ありげな言い方をしてきたため、何処か違和感を抱き、その言い方に指摘を入れる。 すると、今度は不敵な笑みに変えて。頭の片隅にも入れてなかったとんでもない事を告げる。


「じゃあ、教えてあげようか。お前が道化師と同じ思考で、同じ魔法薬を作り持って、同じ立場だったら、どうする? 」


告げられた、いや、教えられた意味に即座に気がつくと。驚きと憎悪により、氷柱が出来る程に部屋全体が素早く凍り付く。まさか――いいや、あの道化師は生かすタイプの奴だ。よく考えれば、分かっていたはずなのに。事前に対処できたはずなのに。そう、やはり俺は狡猾にすらなれない生まれつきの無能のなのかと自分を責め立てていると。追い打ちをかけるように有栖花は言葉を続ける。


「もう少ししたら、此処にも来ると思うぞ。手段だけではなく順番を間違えたな。彗亜。 はじめに、一依を利用しながら愛に復讐したら。すぐさま、油断した隙を狙って一依に復讐する。 その後、一依がいないショックで弱っている胡宵様に復讐し。お前の事が好きな夜仲様を利用しつつ、世明様と一緒に二人まとめて復讐し。そして、俺を凍て付かせて復讐し。最後に厳を城の中に置いて行って復讐する。これが最も正しい手段と順番だ。あと、四日ほど待てば。上手くいっていたのに。残念だったな」


追い打ちをかけられ、憎悪は更に肥大化する。

もう取り返しのつかない事態になってしまった。せっかく、此処まで来たのに。いや、悔やんでいる暇はない。 こうなったら――、


「ああ、そうだ。今のうちに、窓から飛び出て、遠くの地へ逃げ込めば。復讐は達成できるぞ。 最初に指摘した通り、俺達は壊滅状態に……彗亜? 」


「一依は転落することを何よりも恐れているんだ。胡宵様は一依がいなくなるのを何よりも恐れているんだ。 夜仲は俺がいなくなるのを何よりも恐れているんだ。世明は兄二人がいなくなるのを何よりも恐れているんだ。 愛は夜仲がいなくなるのを何よりも恐れているんだ。厳は孤独になることを何よりも恐れているんだ。 そして、お前は皆がいなくなるのを何よりも恐れているんだ」


「そうだが…、というか俺も似たような事を説明したはずだが。急にどうし…」


「向こうが転落しないってんなら。こっちから転落させてやろうと思ってなァ。だから、やり直す」


――演技でなァ。





―――





一依は酷く驚いていた。本来なら居るはずのないお化けに。

そして突如、裏切り者を処刑したという事と。宮廷道化師としてだけではなく、全ての役目を。仕事を。地位を。誇りを。解雇され転落してしまった事に。理由としては、裏切り者の暴走を止められなかったことによる罪との事だが。全てにおいて転落する事は勿論の上、裏切り者を処刑してしまった事に動揺を隠しきれず、絶望と悲哀の感情で心が埋め尽くされていた。そのため、息の詰まった声で、何故だと聞くことしか出来なかった。


「ど、うして…、彗亜さんまで。た、た確かにっ、裏切り行為及び復讐は…い、けない事だ…と…は、思いっ、ます、けど。何も…処刑しなくたって、」


「――それなら、何故。転落しなかったのだ。冠化 一依」


「え、」


「何故、暴走を止めるために転落しなかったのか。転落しなかったことが、この結果を招いた原因であり理由だと。 話したはずなのに。どうしてと聞く。愚かにも程があるってものだ」


しかし、冷淡な声音で咎められ。


「もうお前は此処には必要ない。より転落し、即座に死にたくなければ、さっさと此処からでよ」


嫌気を差した視線と共に居場所はもう無く、この城からさっさと出てほしいと改めて告げられる。 告げられたことにより、正気を取り戻し、ようやく一依は現実を受け入れることが出来た。 またこの言葉遣いからして、王は相当、怒りに満ちていると理解が追い付くことができたのだ。 怒りに満ちている時は王らしく威厳のある淡々とした口調に変わる。普段、若者のような口調をしている分。これはとても分かりやすく、危険な状態になりやすい。王は怒りに満ちると、罪を犯した者に容赦がなくなり、場合によっては魔法で即死させる行動に出ることもある。だからこそ、王の手を紅く黒く染めないためにも、素直に城から出て行くことが吉だ。


悲しいが致し方あるまい。自業自得で全てにおいて転落してしまえば、もうどうにもならないのだから。 一依は王に最後の会釈をした後、足は無いが重い足取りで城の外へと姿を消し去っていった。 その光景を黙って見ていた有栖花は驚きと感心をすると共に。彼もまた酷く悲哀に満ちていた。弟が変身魔法で王になりすまし、良くも悪くも憎めず、心優しい宮廷道化師がいなくなってしまった事に――。


「教えた演技と変身魔法が仇となるとは思いもしなかっただろうなァ。まぁ、でもしょうがないさ。 ――復讐は何度も繰り返し現るからなァ」


悲哀に満ちる兄をからかうように、弟は――いや、酷く冷たくなった氷結は。無能で狡猾の氷結、ドライアイスは。 残忍酷薄な笑みを浮かべて、次なる標的へと足は無いが颯爽と進んでいく。

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