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【氷点下の優しさと凍り付く裏切り】

「……(あい)が担当じゃなかったか? 」


「今日から俺が担当する事になりましたー。あちらの方から強制的にね。はい、どうぞ」


「あ、ありがとう。押し付けられるとは可哀想に。サボってもいいんだぜ」


「同情は要らないです。サボりたいのは山々ですけど、バレたらもっと面倒なので」


終始、面倒くさそうに話すこのお化けは恐らく、格好から見ても。妹の一人、(あい)が言っていた元殺人鬼である宮廷道化師の冠化 一依(かんむりけ いちい)。会うことはないと思っていたが、強制により、出会う事となるとは。いや、元殺人鬼ということもあって。万が一、何かあった時にという意味も含めて強制させる、させたのだろうから。いずれにせよ、出会っていたのかもしれない。


俺が食事を鉄格子の隙間から受けとるのを確認すると、ブツブツと文句を吐きながら立ち去ろうとするが。 何を思ったのか、鉄格子を一人のお化けが通り抜けられるくらいに魔法で破壊し。かけられている枷を外そうとしてくる。 まさかの行動に驚き、呆然とするも。すぐさま、止めに入るように。何故、こんなことをするのかと尋ねようとしたが。 手際がいいのか、かけられていた枷は全て外され。自由に身動きが取れるようになり、そして――、


「あー、それにしても。事情を聞いていたとはいえ、ここは随分と寒いですねぇー。 流石に寒いのは勘弁なんで。兄上さんに魔法をコントロールできるように施しましょう。 あと、枷が無い方が食事はしやすいですからねぇ」


さらりと流すように、とんでもない事を告げて。食事を終えるのを待とうとする。

その言動に更に驚き、疑問符を大量に浮かべるが。理由に関しては。呟くように続けて 自ら、口に出してくれた。


「兄上さんの担当がなくなれば、仕事が減る。そうすれば、面倒事も減る。苦痛ライフ、さようなら」


理由としては仕事が減るからという事。しかし、それでも。生まれつきの無能の俺に手助けするなんざ。そんな利己的な感情で容易くできるはずがない。それに――、


「兄上さん。貴方、元から持っている加護に気づいていないから。今まで、ずっと思い込んで来ただけですよ」


「は…、」


「加護の効果を利用すれば、自由になれるのに。そういうところに関しては、無能ですね」


遮るように加護を利用すればと言う一依。

加護。一体、何を言っているのかと首を傾げようとすると、再び遮るように不敵に笑って告げてくる。


「貴方の持つ加護は無効化の加護。つまり、ありとあらゆる物事を無効化できるというもの。 それは魔法も同じ。つまり、魔法がコントロールできないのを無効化すれば…もう、お分かりですよね? 」


「――――」


「無効化してしまえば、貴方は有能なお化けとして頂点に立てることでしょう。

それに、俺からあらゆる演技や魔法を学び、取得すれば。更に素晴らしい。戦闘も、回復も、支援も、妨害も自由自在。 俺の仕事を減らすついでに。三度目の人生、始めてみてはいかがですか? 」


無効化――、もし、本当に無効化できるというのであれば。

諦めていた心の奥底から、沸々と黒い感情が沸き上がってくる。復讐心という殺意と憎悪で満たされる。 ああ、ようやく。俺は自分の氷漬けになった心と思考を溶かすことができた。もう大丈夫。俺は――、


「一依…、教えてくれ。施してくれ。俺は、人生をやり直したい」


こちらも不気味な笑みで返し、一依の施しを受ける意志を見せる。


「じゃあ、飯を食べたら。即座に始めましょう」


一依は返事を聞き、更に不敵に笑う。

こうして、二人の意志が合致し。復讐劇が開始する合図が鳴り、全てを終わらせるべく。黒く染まった道へ、自ら択んで歩み始めた。



―――


食事を終えると早速、加護の使い方について教われる。


「まず、基礎的な事として。その加護の効果を認識するために発動させましょう。

試しにこの皿を落としても割れないようにしてみてください」


「発動させるってどうやるんだ。普通に魔法を出す感じ的なものなのか、それとも念じるとか? 」


「そうですね。大体はそうです。まぁ、別に念じなくても、ちょこっと思えば発動できますよ」


「そんな簡単に…」


「大丈夫ですから、いいからさっさとやりやがれ…やってください」


少し軽く思っただけで簡単にできるものなのかと言いかける俺に。向こうも一瞬、ガラの悪い言葉を言いかけるも、不安がる事や心配しなくてもいいと急かす――いや、口にする。にわかには信じ難い事だが、復讐劇を達成させるためにも物は試しだ。皿をそっと拾い上げて、落としたら割れる原理を無効化すると心の中で少し軽く思う。そして、床に叩き落とすように投げ捨てる――。


「あっ…、割れてない」


「ほーらぁ、言った通りだっただろう…でしょ? 不安がる事も心配も必要ないんですから」


投げ捨てた皿はヒビ一つない上、欠けてもおらず、綺麗な状態のままだった。

まさか、本当に少し軽く思っただけで無効化されるとは加護の効果は素晴らしい――いや、とんでもない。 もし、上達して本格的にありとあらゆる物事を無効化できれば――、そう驚きと悪意で満ちていると。


「じゃあ、今度は俺が放つ魔法。かけた呪いを無効化してください。これも基礎的な事なので、身に付けましょう」


基礎とはいえ、今度はハードルの高い事をやれと口にする一依。

戦闘だって、ほとんどした事がないのに、放たれた魔法とかけられた呪いを無効化にしろだなんて無茶な話だ。 しかし、そんな俺の不安に思う気持ちとは裏腹に容赦なく、魔法を放ち、呪いをかける一依。


「あっ、ぐ…ん?あれ、無効化するって思っていないのに」


無効化することよりも咄嗟に身を護るポーズをとるが、魔法どころか、呪いすらかかっていない。 何故、かかってすらいないのかと不思議に思っていると。溜息混じりに呆れた様子で一依は答える。


「全く、怖がってっちゃぁ、ダメですよ。ほら、次はちゃんと無効化してくださいね」


「…え、まさか。途中で止めたのか? 」


「当たり前でしょう。怪我なんてしたら、施すどころじゃないですし。あとそれと、途中というか、寸前ですけどね。 理解したのなら、無効化してくださいね。二度目はないですから…! 」


「――――」


答えを聞き、何故、かかってすらいなかったのか理解する間もなく。二度目の魔法が放たれ、呪いをかけられる。 今度はすぐさま思い、放たれた魔法をこちらに向かってくるのを無効化し壁にぶつけ。遅れて数十秒ほど時間はかかったものの、呪いの効果を無効化して打ち消し解除する。戦闘経験がなくとも――いや、放たれた魔法やかけられた呪いでさえ無効化できるとは。我ながら、強すぎはしないだろうか。いや、復讐劇を達成するために強すぎる方が上手くいくだろう。そう考え直し、改めて無効化の強さを実感していると。不敵な笑みを浮かべて次なる――いいや、大本命を無効化しようと言う一依。


「時間はかかりましたが、これは慣れでなんとかなるものですし……ちゃんと無効化できましたね。素晴らしいです。 では、大本命である…自身が持つ魔法をコントロールできるように無効化いたしましょう! 」


無効化の強さに気を取られ、完全に忘れていたが。そうだ、無効化しようと教えを受けたのは。この改造によって植え付けられた魔法をコントロールできるようにするためだ。少しでもコントロールできるようになれば、復讐劇は勿論の事。一依が言っていたように三度目の人生だって手に入れる――。だが――、


「ん?急に俯いて、どうかしましたか? 」


「…いや、ただ。今更な部分もあるよなって思ってさ。

今更、コントロールできるようになったところで。全て拭い、失望することはなくなるのかなって」


生まれた時から今までの人生を振り返れば、どんなに希望が見えても、すぐさま失望することも多く。 全てを拭うことなど、出来はしなかった。いや、そもそも。完璧なんてものは存在すらしないのだろう。 それは致し方のない事だし、どうしようもないから諦めるとしても。いや、結局は諦めきれはしない。 だけど、ああ、それでも、俺は――、


「別に自分の人生ですし。幸せを目指すのであれば…まあ、幸せじゃなくとも。何かを目指すのであれば、コントロールできるようになった方が気楽でいいですし。たとえ、全てを拭うことなく。失望することがあっても。昔の弱気で悲嘆に暮れていた貴方と。今、無効化の加護を自分の思うままに操れ扱えるようにする貴方とは違うんですから。ネガティブに陥る必要はないと思いますよ」


心の中で冷えた感情がぐるぐると回転しながら廻っていると、横から回転を止めるように温かな光が差し込む。 確かに今と昔を比べれば、いや――、一依と出会った時点で軌道は大きく変わっている。それに、どうでもいいと思えることの方が多いことを改めて気づけば、否定なんて要らない。否定ばかりするのは妹の一人、厳だけでいい。


冷えた感情が消え去り、ゆっくりと顔を上げて光を差し込んでくれた一依に感謝の気持ちを伝える。


「……そっか。そうだよな。ありがとう、危うく心の中の蟠りを解消しない道に戻るところだった」


「礼を言われるほどじゃ、ありませんよ。在り来たりな言葉ですし。

さて、憂いた物事はこの辺にして。魔法がコントロールできるように無効化いたしましょう…? 」


「ああ、じゃあ。行くぜ…! 」


別にと言うように大したことではないから、礼は必要ないと告げ。魔法がコントロールできるように無効化する事を再開しようと改めて持ち掛ける一依。それに対し、こちらも潔く勿論だと伝え、改めて無効化しようと魔法を放つため力を入れ込む。だが――、


「――あらまぁ。まさか、こんなことになっているとは想像もしていなかったわ」


「「………!? 」」


改めて、無効化しようとした途端。少し高めの落ち着いた声が入り口の方から聞こえて振り向くと、――妹のもう一人。愛が立ち尽くしていた。 まさかの事態に冷や汗が出る。何故ならば――、


「随分と食器を返しに来るのが遅いから、何かあったのかと思って様子を見に来れば…… 枷と檻…、壊しちゃったのね? 」


「「あ」」


穏やかな笑みを浮かべてはいるが、身に纏う空気と口調は怒りが滲んでいたからだ。 この後、起きるだろう更なる事態を予測し、流石に不味いと本能的に察して誤魔化すように言い訳をあれこれと口にするものの、勢いよく放たれた熱風によって全身を焼かれ。 二人一緒に絶叫を上げながら、その日は終わりを迎えた。その後、檻が完全に修復し、接近禁止命令の期間が過ぎた頃に改めて無効化することを再開することとなり、演技の仕方についても同様に延期されることとなった。


―――



あれから、二百年ほどが経過し。完璧とまではいかなかったが、少しは思うようにコントロールできるようになった。 演技も兄妹を欺けるほどまで上手くなり、また一依も宮廷道化師として過ごすうちに何かあったのか。尖っていた性格や口調が緩和していた。何より、最初は仕事が減るからという理由で施していたのに。今では――、


「パズルゲーム…? 」


「はい。ワタクシが来るまで退屈でしょう? だから、来るまでの間。パズルゲームで暇潰しをしてもらおうかと思いまして! 」


「なるほど…。じゃあ、何で最近、麺類が多いんだ? 別に飽きたとか嫌いってわけじゃ、ないんだけどさ」


「ワタクシ達にとって、あっという間とはいえ。百年を最近って言わないでください。分かりづらいでしょう。 まぁ、理由といたしましては。愛さんが、ここ百年ほど。忙しいみたいなので。代わりにワタクシが作ることになりまして。だから単純に作りやすい…いえ、決して。料理を作ることを貶しているとかじゃ、ありませんけど。 とにかく、カロリーが高くて美味しく彗亜さんの口に合うものと言ったら、麺類しか思いつかなくて……」


どうして表現にそこまで気にしているのかと新たな疑問が浮かぶが。

パズルゲームは俺を待たせないために用意した物。また本人にとっては気軽に作れる物かつ俺の口に合うかどうかを考えて麺類を選ぶほど、仕事以外も含めて優しく大切に接してくれている。その優しい想いには、とても嬉しい事で感謝しかない。そのため、だからこそ、俺は協力してくれるだろうと信頼を寄せてしまったのかもしれない。優しさを利用しようとしたのかもしれない。そんな上手くいくはずがないのに。



「復讐劇ですか……? 」


復讐劇を明日の早朝から改めて開始することを告げると酷く驚いた様子で疑問符を浮かべていた。 そして、復讐するのはよくないと否定を重ねてきた。気持ちは分からなくもないが負の連鎖しか呼ばず、一番に傷つくのは俺自身だけだと、実体験も含めて説得しようと寄り添ってくる。そんな態度の一依に俺は不信と共に失望を抱いた。 ああ、結局。一依だって、今の平和な状態でいたくて。俺に復讐などはせずに、それなりの自由で平穏に過ごしてほしいと近づいただけ。生かすだけの事しか考えていない。


「……最低だな。凍えてしまう程に。自分だけはいいと思っているとは。

でも、責任は取るべきだ。俺に復讐させるきっかけを作ったのはお前なんだから」


「彗亜さん…、こんな形の復讐よりも。もっと、違ういい形があるはずです。こんな彩りのない事は」


「それは、お前にとっての話だろ。はぁ…、しょうがない。お前は最後にしてやる。 今しばらくは、吐き捨てられた毒や舞い上がった火の粉。また飛び散った氷の破片や跳ね返った水滴が当たらないように身を隠しておくんだな」


協力しないのであれば、利用する価値などない。予定が大幅にズレてしまったが、致し方ない。 そもそも、最初から俺は一人だ。それに昔の俺とは違う。極限状態になろうと。砕け散ろうと。達成するまで氷漬けにできるほど魔法も能力も違うのだから。一依の協力がなくたって、復讐劇は達成できる。


「彗亜さん? 一体、何処へ……」


「何処って?教えたら、邪魔しに来るだろう」


「ワタクシはただ……」


「明日ではなく、今日という予定変更をしたとだけ告げておく。どっかの誰かさんのせいで、大幅にズレたからな」


背を向ける事や口だけではなく、氷の壁を作り、より冷たく強制的に突き放す。

強制的に突き放したことによってか、俺とは決別することを決めたのかは分からず、知ることさえ――いや、知りもしたくないが。引き留める言葉は後に続かなかった。でも、それでいい。互いに用済みとなれば、価値などなくなれば。


全てがどうでもいい。


復讐劇の目的の一つを達成するべく、王室へと足は無いが足を運んでいく。

僅かな冷気と小さく音鳴らしながら落ちていく氷の欠片と共に――。



―――



「胡宵様の全てを愛しております。何をされても、どんな仕打ち、命令や指示、願いだって全て受け入れます。 この魂が砕け散った後だって、貴方を守護いたします。胡宵様の為ならば、砕け散っても構わない。燃やされ、焼かれ、焦げたって構いません。こんな俺でも胡宵様のお役に立てる事でしたら、何より喜ばしい事ですから。最も幸せに感じる事ですから。俺には貴方しかいませんから。一番である事を変えられない程に……」


王室に着くとすぐさま、愛の告白という名の最後かつ裏切りの言葉を告げる。

潤んだ瞳に、熱のこもった吐息と、愛に満ちる微笑みと声音で。いや――、演技をしたと言った方が正しい。 威厳のある雰囲気と真顔でこちらを見つめる瞳に。昔の自分なら、魅了されてその場から動けなくなってしまっただろう。しかし、今は違う。恋心なんてものはなく、復讐劇の目的の一つとして、王を粉砕する事だけが頭と心を巡り、冷え込み凍てついた空気を作り出す。


「――そう、とうの昔は愛していました。そう依存と心酔をし、盲目的に胡宵様の存在だけを心に宿して。 一番の敵は無能の味方や裏切り者は身内にいると言いますよね。なんとまぁ、冷酷な事なんでしょうか。 胡宵様……、いや、カラフルワールドの王。詩條 胡宵。ああ、俺が。ああ、俺というお化けが」





――ああ、無能で悪かったなァ……?





「狂乱した時よりも、凍てつかせてあげますよ。この場を」





モスキート音が入り混じった甲高い音が鳴り響く。またそれと同時に中も外も城全体が氷の世界へと変え、無能の氷結による凍て付く裏切りが全てを奪おうと立ち塞がる――。

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